今回行った、天龍寺の庭園の中にある「篩月」では、一番安い「雪」というのが、一汁五菜で3,000円。他に一汁六菜の「月」が5,000円、一汁七菜の「花」が7,000円というのもあるが、3,000円なら、近くで湯豆腐を食べるより安いことになる。ただし庭園への入場料500円は、別にかかる。
昨日は平日だったから、予約しなくても大丈夫だろうと思ったら、12時半ごろ行ったら団体が入って満席。さすがに紅葉のシーズンは、平日も休日も関係ないのだ。でも1時過ぎに出直して行ったら、問題なく入れた。
これどうですか。精進料理というと、今まで聞いていたのは、肉や魚が使えないから、わざわざそれに似せてがんもどきみたいなものを作ったりして、ほんとは食べたいのに、食べられないという人達のいじましい努力の成果、というニュアンスばかりだったのだが、まったく違うのだ。
厳しい制約があるからこそ、それを乗り越えようとするときに初めて見えてくる、広大な世界というものがあると思うのだが、これはまさにそれなのだな。スポーツにしても、ボールを手で触っちゃいけないとか、前にパスしちゃいけないとか、ほんとは一番したいことを、しないと決めるときに、そこから様々な工夫が生まれ、人々に広く支持されるようなものになる。ラーメンも同じだ。日本人にとって黄金の味であった、日本そばやうどんと同じであってはいけないということが、現在これだけの種類のラーメンを生み出し、もはや日本人の国民食と言えるものにまで至っている。
肉や魚がうまいというのは、それは決まっているのだ。新鮮な魚を生のまま、醤油とわさびだけ付けて食べれば、これ以上のものはない。でも逆に言えば、それで十分うまいのなら、それ以上料理する必要がないのだな。精進料理とは、その一番うまいものがルールとして禁じられているからこそ発達した、様々な工夫の集積なのだ。
僕はそういう世界、ほんとに好きなのだ。今回3,000円という激安価格で食べたこの精進料理、僕がこれまで食べたどんなご馳走よりおいしい、というくらいおいしかった。季節の材料を使い、それに柚子やらゴマやら、椎茸やらといったもので、様々に味を付け、彩り鮮やかで見た目にも楽しくし、しかもそれが、前に出過ぎることなく、自分の立場をわきまえて、しっかりと品よく脇に控えている。ほんと大したものだわ。感動のあまり、ちょっと涙が出そうになった。
嵐山に観光で来るとなると、名物としては湯豆腐だったりするわけだ。もちろんそれも悪くはないが、それより安い値段で食べられる、この天龍寺篩月の精進料理、お酒も飲めるし、量もちゃんとあって、朝めしを食わずに行った、男の僕でもお腹いっぱいになるし、強力におすすめ。
建物は日本建築で、畳に座って食べるようになっていて、そういう風情もとてもいい。広い座敷の両端に並んで座るようになっているから、せせこましいところがなく、他のお客が気にならない。給仕をしてくれるおばちゃんやオネエちゃんは、皆気立てがよく愛嬌がある。外人とか案内したら、絶対にすごく喜ぶのじゃないか。畳に直に座れない人のためには、低い椅子も用意してもらえる。
しかしこういう値段でお寺の精進料理が食べられるとなると、まだ他にも、色々まわってみないといけないな。
天龍寺 篩月 (精進料理 / トロッコ嵐山駅、嵐山駅(京福)、嵐電嵯峨駅)
昼総合点★★★★★ 5.0
しかしこういう値段でお寺の精進料理が食べられるとなると、まだ他にも、色々まわってみないといけないな。
天龍寺 篩月 (精進料理 / トロッコ嵐山駅、嵐山駅(京福)、嵐電嵯峨駅)
昼総合点★★★★★ 5.0