でもそれだけじゃなく、もし写真に何か魅力があるという意味なら、ありがたくまた嬉しいことで、僕は写真を撮りだしたのはこのブログを始めてからのことで、写真の善し悪しについてそれほど考えがあるというわけでもなく、撮るべき対象をあまり深く考えずに撮っているから、ちょっとこそばゆい感じもする。
ただ写真を撮るときひとつだけ、気を付けていることはあって、写真は世界を四角に切り取るものだから、実際に眼で見ているもののうちほとんどは、写真の中には入れ込めない。だから大事なのは、写真がそのように実際の世界から物事を四角に取り出しているのだということを自覚し、何を写すかというよりも、四角の中から何を切り捨てるかを考えることなのではないかとは思うのだ。
それって要は、ズームしたり近づいたりして、大事なところだけ写すようにするという意味なのだけれど、近づいてアップにして写せば、写真の迫力は出るのだけれど、それが過ぎると、まわりの様子が切れてしまうことにより、臨場感がなくなってしまって、その加減が重要だということだ。
何を切り捨てるかが重要って、人生にも言えることだと思うのだな。物事がうまくいかない時ってだいたい、色々なものを抱えすぎているってこと、あるのじゃないかという気がする。
ただ僕は、写真にはあまり凝らないように気を付けているのだ。祇園祭に行ったとき、写真を近くで撮ったらいいというのは、誰でもが思うことなので、素人の写真愛好家のおじさんたち、熾烈な場所取りを展開していてすごいんだ。その醜い姿を見て、僕はああいう大人になってはいけないと強く思い、それからは、写真はほどほどで満足するようにしている。