レッド・ツェッペリンは僕は高校生のときにハマって、友達と競ってギターをコピーしたり、バンドでやったりしてたのだが、それから幾多のバンドを見ても、いまだにいちばん好きであることは、変わらないのだ。
ツェッペリンの魅力を語りだせば、それこそキリがないのだが、ひとことで言うならば、「かっこいい」のだな。
ツェッペリンのかっこよさが、いちばんストレートに出ている曲は、これだと思う。
「胸いっぱいの愛を」という曲名だが、ちなみにこのビデオ、音源はライブじゃなく、もともとのアルバムのやつを使っていて、そこに様々なライブ映像を、タイミングが合うようにはめ込んだという、なかなか凝ったつくり。
この曲が収められたアルバム「レッド・ツェッペリンⅡ」が発売されたのは、1969年だが、当時の音楽状況を想像するに、まず1962年にビートルズがデビューして、60年代はビートルズと、ビートルズに刺激された、ロックンロールを原型とした多数のバンドが、全盛を誇っていたわけだ。
ビートルズが偉大であることは間違いなく、誰もそれは否定できないわけだが、これだけ人気だと、やはり「ビートルズみたいじゃない音楽」をやりたいと思う人たちも現われるわけで、そういう人たちは、「源流」に還ろうとしたんだな、たぶん。
で、行き当たったのは「ブルース」で、ブルースというのは、ビートルズが手本にしたロックンロールの、そのまたルーツだったりするのだ。
折しも電気技術の発達により、ギターアンプの大容量化がすすみ、さらにそれをオーバーロードさせて、ひずませた、迫力のあるギターの音が出せるようになってきた。
このひずんだギターを全面にだして、ブルースをやるというのが、一つの流れになってきて、その代表が、ジミ・ヘンドリックスだ。
ジミ・ヘンドリックスは「ギターの神様」と言われていて、今のロックギターの奏法の、基本的なものについてはすべて、この人が開発したと言っても過言じゃないのだ。
ところでこの、ジミ・ヘンドリックスのビデオは、上のレッド・ツェッペリンの「胸いっぱいの愛を」が発表されたのと同じ、1969年に撮影されているのだ。
ツェッペリンは、このジミ・ヘンドリックスに代表される人たちがつくり出していったロックに刺激されて、それを踏まえて、さらに新しいロックをつくり出したわけなので、ギターの感じとか、曲の感じとか、この二つはとてもよく似ている。
でも違いもあって、その違いこそが、ツェッペリンが果たしたことになるわけだが、要は、「ブルース臭さ」、もっといえば「黒人臭さ」を、完全に取り去ったのだな。
それによって、ツェッペリンは、空前の大ブレークをしていくことになる。
ツェッペリンはさらに、このブルースに起源をもつロックと、イギリスに昔からあったフォークソングとを融合させた、新しいロックの形を生み出していく。
それが結実したのが、「天国への階段」だ。
これでほぼ、ツェッペリンの音楽は、完成したのだな。
でも僕は、この曲よりも、もうちょっと後の、円熟期ともいえる時代の、「永遠の詩」という曲のほうが好きだ。
さらに、僕がツェッペリンの曲の中でいちばん好きなのは、「ブラックドッグ」という曲。
これは埋め込みできなかったので、リンクを見てください。
いやかっこいいわ。