よそでおいしいものを食べたとき、向田邦子は決まった姿勢をとった。
その味を記憶し、次に自分が真似するためだ。
全身の力を抜き、右手をこめかみに軽く当て、目を閉じる。
レストランのざわめきも、同席する友人たちの会話も消え、闇のなかにひとり座る、無念無想の境地となる。
やがて全神経が、ビー玉ほどの大きさとなり、右目の奥に、スウッと集まる。
すると、「この味はおぼえたぞ」ということになる。
邦子はそうしておぼえた味を、真似し、自分流に作り替えていった。
邦子の料理にしばしば登場する、素材の意表をついた取合せも、こうして生まれた。
その中から昨日は、「あじの干物とポテトのサラダ」を作ってみた。
材料は、4人分で、アジの干物3枚に、ジャガイモ大2個、レモン1/4個、三つ葉1/2束。
アジは焼いて骨をとり、大きめに裂く。
ジャガイモは皮をむき、ごくうすい輪切りにして、たっぷりの水にさらす。それをすこし、固めにゆでる。
サラダ油大さじ1と1/2、酢大さじ1、醤油大さじ1~2、練りがらし小さじ1を、泡立て器でよくまぜ、アジとジャガイモ、うすいイチョウ切りにしたレモン、さっと熱湯に通し2~3センチのざく切りにした三つ葉を和える。
向田流「あじの干物とポテトのサラダ」の出来あがり。
このあじの干物とポテトのサラダは、まずもちろん、アジとジャガイモの取合せが意表をついている。しかし意表をついているのはそれだけではない。
アジとジャガイモを、レモンを使い、全体として酸味をきかせた、サラダ仕立てにしてあるところが、また意表をついてくる。
さらにいえば、そのドレッシングに、からしがきかせてあるところも、意表をつかれることとなる。
素材も調味料も、和食でふつうに使われるものだから、和食の献立によくなじむ。日本酒にも合う。
しかしそれらの取合せ方が、地中海料理やドイツ料理など、ヨーロッパを感じさせるものとなっている。
そうしてけっこう、複雑な構成になっているのに、全体としてちゃんとまとまり、うまい。
この料理、どこまでが、おぼえたもので、どこからが、邦子の自己流なのか。
ぜひ邦子にきいてみたい。
あとは、ほうれん草と湯葉のおひたし。
湯葉と、ゆでたほうれん草を、出汁とうすくち醤油で和える。
このやり方は、京都の豆腐屋でおそわった。
豚肉とネギの吸物。
豚小間肉と昆布を、アクを取りながら、たっぷりの酒をいれた水で煮る。
ネギを入れ、塩とうすくち醤油、おろし生姜で味をつける。
中華風の、ラーメンスープのような趣きとなるが、ニンニクを使わなければ、和食の献立にうまくおさまる。
昨日は名古屋の友達が、飲み会をするというから、自宅からスカイプで参加した。
テレビ電話だと、その場にいるのと変わりない調子で、飲み会に加われる。
それが無料だというのだから、世の中はほんとに便利になった。