檀一雄は「美味放浪記」で、
「世界中で、どの国の立喰屋、または立飲屋が、一番私達に向いているかと訊かれるなら、それはスペインだ、と私は答えたい。
その安直さ、その雑多さ、その面白さから云ってである」と書いている。この「私達」とは、誰を指すのか、檀の仲間のある特定の人達なのか、「日本人」の全体なのか、または「人間一般」なのか、「美味放浪記」を読んでも判然としないのだが、実際このところ、にわかにスペイン料理にかぶれ、あれこれ作ってみて感じるのは、スペイン料理のなんとも気取らない、気安い態度だ。
魚介から肉から野菜から、何でも取り入れ、一皿に色鮮やかに、てんこ盛りに並べながら、味付けには凝らない。塩とオリーブオイルと、いくつかの香辛料で済ませてしまう。フランス料理のようにソースにこだわる気配もあまりない。
もちろんスペインにだってさまざまな、僕のまだ知らない料理が、山ほどあるわけだから、1週間や10日くらいかぶれたからといって、スペイン料理について、すべてわかったようなことを言うことができないのはもちろんだが、スペイン料理の気安さが、自分でそれを作り、食べてみて、たいへん心地がよく、晴々とした気分がするのはたしかだ。
スペイン人は1日5食をたべ、特に昼の正餐は、仕事をしていてもいったん家に帰り、午後2時から4時半頃までたっぷり時間をとり、さらに昼寝までするそうだ。スペイン人が、ヨーロッパの中でも特に「食」にたいして貪欲で、さまざまな雑食をするのは、数百年にわたりイスラム教徒である「ムーア人」に占領され、アラブのさまざまな飲食が流れ込んできたことが大きいのだろうと、檀一雄は書いている。
米やサフランなどは、ムーア人により、アラブから持ち込まれたものだといわれている。アラブの文化が、ローマを中心とするキリスト教の文化と衝突し、融合し、発展したのがスペイン料理なのだろう。
もちろん海に囲まれ、海の幸、山の幸が豊富にとれる地理的条件や、地中海という交易の中心地に位置し、スペイン帝国時代には、アメリカ大陸をはじめさまざまな地域から、トマトを代表とする新しい材料が持ち込まれたことも、大きく影響したにちがいない。
中国も、さまざまな民族が、代わりばんこに全土を支配し、それら民族の食文化が混ざり、融合するうちに、あの中国料理の多彩な有り様ができてきたという。「文化のるつぼ」は、それだけ多種多様なものを生み出すということだ。
昨日作ったのは、まず「タコのガリシア風」。
ガリシア地方はスペイン北西部に位置するが、入江の多い、複雑な海岸線で知られていて、「リアス式海岸」の名称は、ここが発祥なのだそうだ。そのため漁業がさかんで、魚介をつかった料理が有名だとのこと。
「タコのガリシア風」は、ガリシア地方の名物料理だが、これもスペインらしい、非常にシンプルで素朴なもの。
スーパーでふつうに、ゆでダコを買ってくる。もちろん生のタコでも、悪いことはない。
これを丸まんまの玉ねぎ、ローリエといっしょに、弱火で15分ほど煮る。
玉ねぎといっしょに煮ると、なぜかタコがやわらかくなるのだそうだ。
あとはこれを適当な厚さに切り、塩、パプリカ、チリパウダー、それにオリーブオイルをふるだけ。
好みでレモンを絞ってもよい。
玉ねぎは、付け合せにして食べられる。
やわらかなタコの食べごたえと、オリーブオイルに唐辛子だけのシンプルな味付けが、しみじみうまい。
それから「じゃがいものトルティージャ」。
トルティージャはスペインの家庭料理の中で、基本中の基本だそうで、スペインで「料理ができない」ことを、「トルティージャも作れない」と言うのだそうだ。日本でいえば「味噌汁」なのだろう。
トルティージャは「スペイン風オムレツ」といわれるが、フランス風オムレツのように半熟にはせず、きちんとカタ焼きにするそうだ。生焼けで、切り分けたときに卵がとろりとこぼれだすと、スペイン人は「まだ生きてるじゃないか」といい嫌がるとのこと。
トルティージャの中には、何でもかんでも、さまざまなものが入るそうだが、基本は「じゃがいものトルティージャ」となるようだ。
じゃがいもは、スペインでは大量のオリーブオイルで「揚げる」そうだが、オリーブオイルの高価な日本では、簡易的な作り方。
材料は、卵4個にたいして、大きめのじゃがいもが2個。じゃがいもは、けっこうな量が入ることがわかる。それに玉ねぎ2分の1個。
じゃがいもと玉ねぎはうす切りにして、たっぷりのオリーブオイルを入れたフライパンで、フタをしめ弱火で「蒸し焼き」にする。10分以上はかかると思うが、たまに上下をひっくり返しながら、じゃがいもが十分やわらかくなるまで火を通す。
この時じゃがいもは、水にさらさない。トルティージャは、じゃがいものホクホクとした食べごたえが身上ということなのだろう。
火が通ったら、塩ひとつまみとコショウをふる。
器に卵を割りいれ、塩ひとつまみを加えよく溶きほぐしたところに、火を通したじゃがいもと玉ねぎを、油をよく切っていれる。
木べらでじゃがいもを、「親指の先ほどの大きさ」に突きくずしながら、よく混ぜる。
小さなフライパンに、たっぷりのオリーブオイルと、たたき潰したニンニクを入れ、ニンニクの味をだす。味がでたニンニクは捨てる。
フライパンは、レシピにはよく「16センチ」とか「17センチ」とか書いてある。鉄のフライパンなら、そういうサイズがあるのだろうが、スーパーの日用品コーナーに置いてある、400円のテフロンのフライパンに、そのサイズはない。20センチのを使って、問題ない。
フライパンに卵とじゃがいものネタを流しこむ。ふちが固まってきたら、箸で内側に折り込むようにすると、きれいに丸く仕上がるようだ。
適当に火を通し、底を箸でつまみ上げ覗いてみて、すこし焦げ目がついてきたころ、これをひっくり返す。
まだ表面は、ドロドロの状態だから、ひっくり返すには皿を使う。
皿を左手でもち、フライパンを右手でもって、まず皿をフライパンの上に、「フタ」のようにかぶせ、そのままフライパンを傾け、いったん皿に中身をうつす。
ここで親指をやけどしがちなので気をつける。
そのまま皿からフライパンに滑りこませ、裏面を焼く。これを2度か3度繰り返し、両面にきれいな焼き色がつくまで焼いていく。
ただこの写真の焼き色は、ちょっと焼き過ぎだったかも。
というわけで、完成したトルティージャ。ケーキのようにカットして食べる。
味付けは塩にオリーブオイルだけという、これも非常にシンプルなものだが、ホクホクのじゃがいもとふんわりとした卵が、つくづく、うまい。
スペインの素朴な料理をつまみに、パンをかじりながらワインを飲むのは、しみじみと幸せを感じるところだ。
昼めしも、もちろんスペイン風。かぶれまくりだ。