檀一雄「檀流クッキング」では、はじめの数回こそ、「カツオのたたき」や「タケノコの竹林焼き」など、わりにおとなしい、定番の料理を紹介しているが、そこからいきなり数回にわたり、「モツ料理」がつづくことになる。
しかも檀は、
「肉屋で豚の舌から心臓、さらにレバーまでがつながっているのを買ってこい」
と指南するので、それは「檀流クッキング」が連載された昭和44年当時においてはもちろん、今の時代だって、連載の主要な読者である家庭の主婦にとっては、まったく考えられもしない、尋常とは思えぬことだろう。
そんな突飛ともみえる主張を、檀が自分の連載の早い段階でするというのは、もちろんそれが、檀の料理についての考え方の、根本に位置するものだからだ。
檀は世界各地を放浪しながら、朝鮮やら中国やら、ヨーロッパやら各地で、多くのモツ料理を食べてきた。そして日本の料理について、次のように嘆くのである。
「さて、これから2、3回、豚の舌だの、豚のモツだの、さまざまの内蔵を、いろいろに食べる工夫をしてみよう。
悪食などと思ったら大間違いだ。これらのものを、利口に処理し、おいしく食べるのが、人間の知恵というものである。
日本人は、清潔で、潔癖な料理をつくることに一生懸命なあまり、随分と、大切でおいしい部分を棄ててしまうムダな食べ方に、なれ過ぎた。ひとつには、長いこと殺生が禁じられた時代のために、鳥獣のほんとうの食べ方がすっかり忘れられてしまったのである。
日本人は、いわばササミのところばかりを食べて、肝腎の、おいしい部分を、ほとんど棄ててしまう気味がある・・・」
じっさい僕も今回、檀に習いモツ料理を作ろうとおもい、肉屋へ豚のレバーを買いに行ったが、売っていなかった。もちろん豚の舌やら心臓やら、耳やら足やらなどあるわけもない。
肉屋のおばちゃんに聞いてみたら、「豚のモツが肉屋においてあるのは、関東だけじゃないか」とのこと。関西では、豚のモツはすべて、廃棄処分されるのだそうだ。
それで今回、檀のレシピ「レバーとニラいため」は、スーパーで買ってきた鶏のレバーで作ることとなった。残念だが、レバニラ炒めは鶏のレバーで作っても、問題があるわけではない。
レバニラ炒めは、レバーとニラを炒めるだけの簡単な料理だから、僕もこれまで何度も作っている。しかし檀のレシピに忠実に作ってみるのは、はじめてのことなのだ。
レバーは「食べよい大きさにザクザク切って、10分くらい水につける」。これで血抜きをする。
鶏のレバーには、脂肪がまとわりついていることがあるから、これはある程度、落としておいたほうがいいだろう。
レバーの中には血の塊が入っているから、これもていねいに洗い落としておいたほうがいいに違いない。
「その肝臓の水を切り、お茶わんかドンブリに入れて、ニンニクとショウガを少しばかりおろし込み、お醤油を少々、お酒を少々ふりかけて、20分ばかりほったらかす。下味をつけるわけだ・・・」
調味料をふりかけたら、韓国式に手でもみ込むようにしておくと、さらに下味がつきやすくなるだろう。
ほったらかして20分たったレバーは、「カタクリ粉をふりかけて指でまぜ」ておく。
ニラはざく切りにし、「醤油を大匙1杯」、用意しておく。
さて炒めはじめるわけだが、檀はレバーを炒めるのに「ラード」を使う。
そこで今回、僕もラードを買ってみた。250円ほどだから高いことはない。ラードは動物性の脂肪だから、なんとなくカロリーが高そうな印象があったが、サラダ油もオリーブオイルもラードも、すべてカロリーは同じなのだそうだ。
フライパンを強火にかけ、ラードを入れる。
フライパンが熱くなり、煙がでてきたら、レバーを入れよく焼く。
家庭のガス台は火力が弱いから、「炒める」というより「焼く」つもりで、あまりガチャガチャかき混ぜたりしないほうがよいだろう。
片面を焼いて、火が通ってきたら、箸でひとつひとつひっくり返し、裏面を焼くようにする。
レバーに火が通ったら、「ニラを放り込んで一緒にまぜる」。
「ニラがシンナリしかかった頃、醤油を大匙1杯、鍋の中に入れる。醤油がからみついた時に火をとめる。強い火で手早くやるほど、おいしいはずだ・・・」
檀流「レバーとニラいため」の完成だ。
このレバニラ炒めはうまかった。
僕がこれまで自己流でやっていたのより、はるかにうまいのはもちろん、下手なラーメン屋のレバニラ炒めより断然うまい。
僕がこれまで中華料理屋で食べた、「いちばんうまい」と思ったレバニラ炒めと、同じくらいうまかった。
理由はまず、下味をつけ、「カタクリ粉をふらずに20分おく」というところにあるだろう。レバーにきちんと味がしみている。カタクリ粉をふってしまうと、カタクリ粉が調味料を吸ってしまって、レバーには味がしみこまないことになるわけだよな。
それから「ラード」を使ったのも大きい。サラダ油でやるのにくらべ、濃厚なコクがある。
もやしを入れず、「レバーとニラだけ」でシンプルに作るのもいい。もやしを入れると、もやしから水がでて、味がうすまってしまいがちだ。
最後に入れる調味料が、酒だの何だの余分なものを入れず、「醤油だけ」なのもいい。香ばしく焦げた醤油の味が、全体を引き立てている。
レバニラ炒めなど、当たり前な、簡単そうに見える料理だけれど、実は奥が深いものだとあらためて感じるとともに、さり気なく書いてある檀のレシピが、じつは考え抜かれたものであることに恐れ入った。
あとは昨日の台湾おでん。豆腐を入れて、さらに煮込んでみた。
味がしみて、非常にうまい。