向田邦子は、食べ物の「はしっこ」が好きだった。
昭和4年に生まれ、戦前に子供時代をすごした邦子は、大人になり、「懐石は『枡半』がいい、洋食は『アリタリア』がおいしいと利いた風な口を利き」ながらも、本音をいえば、子供のころ食べた、質素な食事がなつかしい。
のり巻きのはしっこ。
子供のころ、お客さんのために作られたのり巻きの、残してあるはしっこだけを、兄弟で分けあい食べるのがたのしみだった。
カマボコや伊達巻の両はし。木綿豆腐の布目のついたところ。ハムやソーセージのしっぽ。カステラの、こげ茶色になり紙にくっついている部分。
「なんだか貧乏たらしくて、しんみりして、うしろめたくていい。苦労の足りない私はそんなところでせいぜい人生の味を噛みしめている・・・」(「父の詫び状」)
大根も、邦子は皮やしっぽのところが好きだった。
皮のまま食べられるよう、大根の調理法を工夫する。しっぽは生醤油や、レモンの輪切りを浮かべたはちみつに漬けておく。
「向田邦子の手料理」にのせられている大根料理の中から、昨日作ってみたのは、「大根と牛肉のうま煮」。
大根1/2本は、皮をむかずに、5センチ長さのせん切りにする。
細切りにした牛ロースうす切り肉100グラムを、サラダ油大さじ2で炒める。
牛肉の色が変わったら、大根を入れ炒める。
レシピには、「もたもた炒めていると、大根から水分が出て水っぽくなるので、強火で手早く炒めること」と書いてあるが、家庭用の、火力の弱いコンロのばあい、それはちょっとむずかしい。むしろあまりガチャガチャかき回さず、「焼きを入れる」ような感覚でしっかり炒め、水気を完全に飛ばしてしまうのがいいのではないか。
砂糖大さじ2、酒大さじ2、醤油大さじ4をいれる。さっと混ぜあわせ、味が全体になじんだら出来あがり。
完成した、「大根と牛肉のうま煮」。
これは、うまい。
「大根を炒める」というのは、一般にあまり思いつかないことなのではないだろうか。
ところが大根を、せん切りして炒めると、煮るのとは全然ちがい、火がきちんと通っていながら、しかも歯ごたえがある、切り干し大根にも似た風情となる。
この大根に、牛肉のうまみと甘辛い醤油味がしみているから、酒のつまみにも、ご飯のおかずにも、いうことがない。
色合いも地味で、一見ありふれたお惣菜に見えるが、邦子のセンスと、そして得意のせん切りの技が光る一品。
邦子のレシピから、もう一品。
さつま揚げとほうれん草あえ。
細く切ったさつま揚げを、砂糖、酒、塩、醤油、それぞれ少々で味をつけただしで、煮ふくめる。
火を止め、さっとゆでてよくしぼり、3センチくらいの長さに切ったほうれん草をいれる。そのまま冷まし、汁気をきって、器にもる。
ほうれん草に油揚げは、定番中の定番だが、さつま揚げとあわせるのも、また非常にうまい。
あとは、あさりの赤だし。
昆布だしであさりを煮て、殻がひらいたら、赤だし味噌を溶きいれる。三つ葉をふる。
冷や酒を1合半に、白めし。