熱海で原稿書きをする檀一雄のもとを、陣中見舞いにおとずれた邱永漢に、檀一雄が、
「ひとつ、台湾の、一番簡単で、面倒の要らない料理を教えてくださいよ」
とたのんで教えてもらったという料理が、「檀流クッキング」に載っている。
檀一雄は「台湾おでん」と呼んでいるが、正式には「豆油肉(タウユウバァ)」というそうだ。
その作り方というのが、またふるっている。
「・・・そこで二人で町に出て、豚にバラ肉の塊を300グラムばかり、ネギの束を2束3束買い込んだ。あとはシイタケと、卵ぐらいのものだったろう。
邱君は、そのネギの根っ子だけを取りのぞき、ザブザブと水洗いして、長いまま全部、鍋の中に入れた。切りも何もしない。その上に少しばかり水を入れ、今度は豚バラの塊を、丸のまま、ほうり込んだ。そこへ大量の醤油を入れて、ガスに点火した。もしかしたらカンざましの酒を少し加えたかもわからない。それで終わりであった。トロ火で、2、3時間も煮こんだろうか。その間、邱君は見向きもしなければ、かきまわしもしない。まったく簡単きわまりない料理であった。やがて、ゆで卵の皮をむいて3つ4つほうり込み、シイタケをほうり込み、
『味がしみたら、それで出来上がりですよ』
やがて、邱君のやる通り、そのとろけたネギをメシにかけて食べてみたら、なるほどうまい・・・」
たしかにまったく簡単な料理だが、これは台湾の代表的な常備菜で、肉を足し、ネギや具を足し、煮汁を足しとしながら火を入れて、何日でも食べつづけるのだそうだ。
昨日はこれを、作ってみることにした。
材料は檀の言うとおり、豚バラ肉に長ネギ3束、シイタケと卵。
鍋に肉とネギを入れる。
邱永漢は、ネギを「切りも何もしない」で入れたそうだが、べつに切ってはいけないわけではないだろう。
ここに水と醤油を入れるわけだが、この量が問題だ。
檀はただ、水は「少しばかり」、醤油は「大量」と書いている。
しかしこれは、実際やってみて、
「まず酒を好きなだけ入れ、次にヒタヒタよりちょっと少ないくらいの水を入れたら、火にかけて、味を見ながら、すこしうすいかな、というくらいに醤油を入れる」
のが正解だ。
ネギからそれほど大量の水が出るわけでもないから、ある程度の水を入れないと、煮汁が足りないことになってしまう。
醤油も、この料理は砂糖を入れないのだから、あまり入れすぎると辛すぎることになる。
煮ているうちに煮汁も減るから、すこし足りないくらいにしておいて、途中で味をみて、醤油を足すようにしたらいいだろう。
昨日は煮汁が足りなかったから、小さな鍋に入れかえた。まあしかし、これでちょうどよかった。
鍋のフタをし、トロ火で3時間煮込むと、ネギがクタクタになっている。途中で適宜、水をたしてもかまわない。
ゆで卵とシイタケを入れ、シイタケがやわらかくなったら火を止めて、そのまましばらく冷やし、味がしみたら出来あがり。
台湾おでんの完成だ。
これは実際、材料もシンプルで、作るのもなんとも簡単、下ごしらえも必要ないし、ただひたすら煮込むだけのことなのだけれど、実にうまい。
豚肉とネギの、取りあわせの妙なのだな。
豚肉の臭みやら油っこさやらを、ネギが完璧なまでに取り去ってしまい、うまみだけを引き出すようになっている。
調味料も、台湾ではショウガだの八角だのを入れたりもするみたいだけれど、むしろ邱流に、酒と醤油だけにしたほうが、まさにおでんのよう、日本人好みの味になる。
しかし台湾というのは、奥深いな。
僕は一度だけ、台湾に行ったことがあるのだけれど、食い物がどれも、死ぬかと思うくらいうまかった。
台湾は、屋台の料理に特徴があって、街中に、朝から晩まで、屋台がでているのだが、それらがいずれも、「簡単中国料理」とでもいうような趣きだ。
鉄板焼きやら、麺類、スープ類、点心、豆乳の料理、などなど、簡単な材料で、シンプルな作り方をするのだけれど、味覚のツボを、ドキュンと撃ちぬかれるような、一撃必殺の味がする。
台湾へは、第2次世界大戦後、中国本土から国民党が逃げてきたわけだが、それ以前から土着の人が住み、独自の文化があったわけだ。
台湾の屋台料理はもしかしたら、その土着の文化に近いということなのかもしれないよな。
この台湾おでんも、そんな台湾の文化の力を、まざまざと見せつけられるような味がする。
しめはもちろん、台湾おでんを温めしにのせ、上から汁をかけまわす。
もうこれで、ご飯何杯でもいけちゃいますわ。