運動神経、反射神経とも抜群だった邦子は、集中し、歯ぎしりをかむように口をとじ、いきおいよく切っていく。
包丁ももちろん、自分で砥いだ。
「包丁の峯の下に十円玉を入れ、その角度を利用して砥ぐと間違いなく切れる包丁になる」
と、小説に書いている。
邦子がせん切りの技を生かし、考案した、「ピーマンと油揚げ」。
今回はこれを作ってみた。
ピーマンは縦半分に割り、種をとり出して、熱湯にくぐらせる。
水気を切り、マッチ棒くらいの太さの、縦せん切りにする。
油揚げは、うらおもてを直火でこんがりと焼き、やはりマッチ棒くらいの太さにせん切りする。
せん切りしたら、油を抜くため、熱湯にくぐらせる。
ピーマンと油揚げを、生醤油か、めんつゆ、または醤油にうま味調味料をふり込んだもので和える。
これは、すごい。
ピーマンは、適度な歯ごたえがあり、甘い。
ピーマン特有の青臭みや苦味は、まったくない。
それがせん切りにされているから、食べごたえが、なんとも、いい。
細切りにしたピーマンの料理は、青椒肉絲が知られているが、あれは炒めるタイミングがなかなかむずかしい。モタモタして炒めすぎてしまったり、逆に炒め足りなかったりしがちになる。
ところがこれは、ただ「熱湯に通す」だけだから、何のむずかしいところもない。しかも手間もかからない。
ピーマンを熱湯に通すのを、邦子が自分で考え付いたのなら、すごいことだ。
歯ごたえのあるピーマンに、やわらかな油揚げのとり合わせが、またいい。
醤油だけの味付けも、文句がない。
向田邦子、ただ者ではない。
あとは、サンマの蒲焼。
3枚におろしたサンマに、小麦粉をふり、フライパンでこんがりと焼く。
醤油に酒、みりんと砂糖のタレを煮詰め、よくからめ付けたら出来あがり。
山椒をふって食べる。
サンマは塩焼きもうまいが、塩焼きは冷めると、急激にまずくなる。
ところがこれは、冷めてもおいしく食べられる。
酒の肴にいい。
池波正太郎が若い頃、「三井老人」の家で食べた、大根の煮たの。
厚く輪切りにした大根を、昆布をしいた鍋で、気長く煮る。
煮上がる寸前に、鍋の中へ、少量の塩と酒をふり込む。
醤油を2、3滴たらし、熱いうちに食べる。
シメは、うどん。