それはイカ。
今が旬ということなのか、丸まんまのスルメイカが、わりと安く出ていて、お、いいなと思うのだけれど、これをどうやって料理したらいいのか、以前一回やったことはあるのだが、胴と脚をどうやって切り離したらいいのか、内蔵はどうしたらいいのか、皮は剥いたほうがいいのか、など、わからないなと思うと、ついいつも使い慣れている材料のほうへ、目が移ってしまうということになっていたのだ。
しかし昨日は、ついにそういう自分の気持に真正面から向きあって、って大げさだ、この生スルメイカ、買ってみることにした。
しかしどうしていいのか、わからないことは確かなので、そういうときは人に聞く。
スーパーのバックヤードに声をかけて、鮮魚担当の人に出てきてもらった。
やり方を聞いたら、「こちらでやりましょうか」と言うので、とりあえずお願いしたが、やってるところをそばで見せてほしいと言ったら、「バックにはお客さんは入れないんですよ」と言いながら、わざわざキャスター付きの台にまな板をのせて、売り場まで出てきてくれた。
これは声を大にしておくと、グルメシティ四条大宮店の鮮魚コーナーのお兄ちゃんなわけなのだが、だいたいスーパーの人でも、魚屋の人でも、料理のやり方を聞くと、ほんとにていねいに教えてくれる。
たぶん自分の知識を人に教えるということに、ちょっとした喜びなんかもあるのじゃないかという気がする。
だからこれは、どうあっても、聞かないことは損なのだ。
胴と脚は簡単に離れるようになっていて、脚についている内蔵の横に張り付いている、長細い墨の袋だけとりのぞかないといけないが、茶色の内蔵は、塩辛に使うことができる。
胴に残った灰色の内臓は、使えないから捨て、煮付けにするのなら、皮は剥がずに、そのまま切れえばいいのだそうだ。
塩辛を作るのは、初めての体験だ。
塩の量だが、これは完全に好みでいいのだ。
漬ける時間を聞いたら、「塩がなじめばいいので、2、3時間で」とのこと、実際このワタだけなめてみたら、こってりしてそのままで十分うまかったので、甘めがよければ塩は少なめ、辛めが好きなら多めにすればいいというだけのことなのだ。
もし保存したいと思ったら、塩は多めにしたほうがいいのかもしれないが、たいした量じゃないから、保存などせずその日に食べてしまえば、あれこれ考える必要もなくなる。
いや楽しみだ。
それから胴は、大根といっしょに煮付けることにした。
どうでもいいのだが、大根は下にしたほうが、煮たとき汁がしみやすくなって、いいのじゃないかという気がする。
それが逆だって、べつにいけないことは、まったくないが。
この大根とイカを、どういう煮汁で煮るかが問題となるわけだが、当然昆布やだしパックのだしで煮たほうが、おいしいに決まっている。
でも初めからこれを使ってしまうと、使わない場合に、どの程度まずいのかが、わからなくなるのだな。
もしかしたらだしなど使わず、イカのだしだけで炊いたって、十分かもしれず、それなら単純なやり方でやったほうが、いいに決まっているというのが僕の考え。
そこで今回は試しに、だしは使わずやってみることにした。
臭みが取れるし、コクもでる。
ちなみに月桂冠「月」は、もう飲まずに、料理に使うことにした。
これも大さじ一杯とかじゃなく、じゃばじゃばじゃば、とかいう感じで、けっこう多め。
やはり甘辛くこってりと仕上げてみたい。
ここに、醤油は入れず、イカがたしょう顔を出すくらいの量の水だけ張って、強火にかける。
魚は短時間で煮ないといけないので、初めから醤油を入れてしまうと、中まで味が入らなくなるのだ。
これは広島でしょっちゅう通った、食堂のおばちゃんの受け売り。
なんでも甘いものは分子が大きいので、分子の小さな塩辛いものが先に入ってしまうと、後からは入れなくなってしまうらしい。
煮時間なのだが、以前広島のスーパーの鮮魚コーナーのおいちゃんに聞いたときには、イカは2、3分と言っていた。
これは、あくまでイカのやわらかさを大事にするという立場なのだな。
このおいちゃんは、アラでも、15分でいいと言うのだ。
昨日のグルメシティのお兄ちゃんは、「いや、2、3分だと味がしみないので、10分くらい」とのことだった。
なるほど。
ということで、僕はその中をとって、7、8分でいってみることにした。
たしかに2、3分では、大根に味が入るのは難しいだろうから、そうすると、大根に事前に味をつけておいて、それからイカを入れて、とかいうようになって、段取りが面倒くさくなるからな。
大根にも味が入って、イカもギリギリ固くならず、というあたりの線を狙ってみたというわけだ。
短時間勝負だから、つねにきちんと、グラグラと汁が沸き立つようにしておく。
アクが出たら、たしょう取ってみたりする。
味を見て、好みの味になるように加減する。
僕は甘辛いといっても、たしょう醤油の勝った、辛めの味が好き。
ということで、結果はいかに。
これはですね、抜群だったです。
イカの鮮度が最高というほどでもないので、死ぬほどうまいとまではいかなかったけれど、パックに入って売っている既製品よりはぜんぜん濃厚。
塩だけだとちょっと生臭いので、ほんとはゆずがうまいと思うが、レモン汁で代用。
それに青ネギで、バッチリでした。
これも、しみじみうまかった。
だしを使わなくても、ぜんぜん大丈夫。
イカのうまみは十分で、味の素に慣れた舌には、ちょっと物足りないかもしれないが、素朴な味、僕はこういうほうが好き。
イカもぎりぎり固くはならず、大根にもちゃんと味がしみていた。
豆腐はなしではいられない。
昨日も2合。
いっしょに写っているのは、湯豆腐のタレ。
生醤油に、青ネギとおかかとチューブのショウガ。