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2013-04-12

おでん、おにぎり6種、お互いに歩み寄ること

昨日の晩酌は、おでん。



冷蔵庫に厚揚げと大根が入っていたから、
それを炊こうと思ったけれど、
考えてみたら同じ手間をかけるなら、
ネタを増やしておでんにしたほうがいい道理。

おでんに絶対に欠かせないと思うのは、
まずは大根、それから厚揚げ、さらに卵・・・。

あとは昨日は、チクワにウィンナー。

おでんは具材に肉系のものを一つ入れると、
味にぐっと深みが出る。

だしは、昆布と削りぶしのだし4カップに、
酒とみりんを大さじ4、うすくち醤油大さじ3、
それに塩少々。



昨日の炭水化物は、


梅干しとワカメのおかゆ。
水でもどしたワカメは最後に入れて少し煮て、
火を止めてから、梅干しをちぎり入れ、塩をふる。






ちょっと前から昼間に食べるようになったおにぎりは、
このところ毎日作っている。

朝起きたら1カップの米で小さなおにぎりを6個作り、
まずすぐにそれを3個食べる。
残りはキッチンペーパーとラップをかけて取っておき、
昼過ぎに2個、夕方1個食べる。

小さなおにぎりだから、具は中に詰めるのではなく、
炊き込むか混ぜ込むようにする。

だいたいは冷蔵庫にあるものを、
見繕って入れることになる。



梅かつおのおにぎり。


梅肉と削りぶしを叩き、
みりんとうすくち醤油を少し加えたものを混ぜ込む。



スグキと塩昆布のおにぎり。


小さく刻んだスグキと塩昆布を混ぜ込む。



ウスイエンドウのおにぎり。


これはおにぎりに入れようと思い、
ウスイエンドウを買った。

鍋にだし昆布、洗って水に浸し、ザルに上げておいた米1カップ、
ウスイエンドウ100グラム、水1カップ、
酒大さじ1に塩小さじ1/2を入れ、普通に炊く。



ニシンと昆布のおにぎり。


冷蔵庫に残っていたニシンとジャガイモの煮物の、
ニシンとだし昆布、それに煮汁を少し、混ぜ込んだ。



ツナのおにぎり。


鍋にだし昆布、洗って水に浸し、ザルに上げておいた米1カップ、
ツナ缶を汁ごと、水3/4カップ、
酒とうすくち醤油大さじ1、塩小さじ1/2、
おろしショウガほんの少々を入れて普通に炊き、
炊き上がったら小口切りにした青ネギを混ぜ込む。



ウィンナーのおにぎり。


だし昆布、洗ってみずに浸し、ザルに上げておいた米1カップ、
小口切りにしたウィンナー2本、水1カップ弱、
酒とうすくち醤油大さじ1、塩小さじ1/2、
おろしたショウガほんの少々を入れて普通に炊き、
炊き上がったら小口切りにした青ネギを加える。






池波正太郎「食卓の情景」に、
池波が若い男性から、奥さんのことについて相談されるシーンがある。

若い男性は、ほんとうは朝飯には、
ご飯とみそ汁が食べたいのに、
奥さんは「そんなの時代遅れだ」と言って作ってくれず、
仕方なくトーストに目玉焼きを食べていると池波に言う。

それに対して池波は、
「それならお膳をひっくり返せ、
そうしないといつまでも、自分が食べたいものなど食べられないぞ」
と啖呵を切る・・・。



以前これを読んだとき、
「ずいぶん過激だ、
今どきこんなことをしてしまっては、
奥さんに一発で離婚される」
と思ったけれど、
今は池波が言わんとしたことは、多少は分かるようになったと思える。



男女は恋愛関係になると、相手を
「自分の思い通りにしたい」
と、互いに思うようになるだろう。
以心伝心で気持ちが伝わる一心同体の関係が、
生活の隅々までを埋め尽くすようになれば、
どんなに幸せだろう・・・。

そこで上の若い男性の奥さんの例で言えば、
自分が好きな洋風の朝食を、
「当然ご主人も好きでいてほしい」
と思うことになる。

ご主人である若い男性も、
「それが幸せというものだ」
と思い、奥さんに逆らうことができない。



でもやはり、どちらかが一方的に、相手に合わすようになってしまうと、
合わせている方がツラくなる。
そのツラさは、時間が経つにつれ、
相手から気持ちが離れることにつながるだろう・・・。

だからやはり、自分が「不愉快だ」と思うことは、
きちんと相手に伝え、相手もにもあるところでは、
自分に合わせてもらうようにしないといけないことになるけれど、
「相手に合わせているのが幸せ」になっているのだから、
伝えるためには、「幸せの外」に出なければいけない。

それが池波にとって言えば、
「御膳をひっくり返せ」
ということになるのだろう。



ところが池波の時代には、女性の立場がまだ低かったから、
男性が多少無理なことを言っても、
女性は従わざるをえないところがあった。

でも今では、女性も1人で生きて行かれるようになりつつあるから、
男性が無理なことを言えば、
「それでは離婚だ」
と女性から言われることになり、
男性の側としても、
キバを抜かれたトラとして家庭に残るか、
それとも離婚して1人で生きていくかを
選択しなければならなくなりつつあるのではないだろうか。



もちろん、ぼくは、
「それなら離婚して1人で生きろ」
と言いたいところだ。

1人で生きることで得られる自由は、
何物にも代えがたいとぼくは思う・・・。



「でも彼女と別れるのは困るんでしょ。」


そうなんだよな。




2013-03-29

これはウマイ。
「ワカメとちりめんじゃこのお粥」

こんにちは。ご訪問いただきありがとうございます。

このブログは、50歳バツイチ独身ひとり暮らしのおっさん、高野が、日々の自作料理と日常の出来事を、あれこれ書き記しているものです。
お酒と恋が中心の、自由気ままな生活ですが、参考にしていただけることがありましたら幸いです。



さて昨日の晩酌は・・・。



あり合わせの肴、それにワカメとちりめんじゃこのお粥。



昨日は金欠明けということで、大好きなラーメン屋「新福菜館三条店」で昼ビールがしたくてしたくて堪らなくなり、もちろん、

「せっかく質素な生活が身に付きかけているのに・・・」

と思わなくはなかったのですけれど、

「これで明日死んだら後悔する・・・」

と思い直し、いそいそと出掛けることにしました。



この店の餃子にラーメン、ホントにおいしいんですよ。
新福菜館は本店が京都駅近くにあり、また支店も他にいくつもあるんですが、ぼくは全てではありませんが食べ比べた結果、この三条店が一番おいしいと思っています。

もしラーメンが好きだったら、京都に来たらぜひ行ってほしいと思うんですよね。

京都は実は、あまり知られていませんが、隠れた「ラーメンタウン」で、おいしいラーメンが他にもいくつもあるんですが、ぼくはこの新福菜館三条店のが一番好きです。



この店のラーメンのおいしさのポイントはいくつもあるんですが、その中でも何といっても特筆すべきは「スープ」です


真っ黒な色をしてるんですが、味はラーメンには珍しく、甘辛くなっていて、さらに少し酸味もある。

これが日本人の味覚のツボの、「直球ド真ん中」だと思うんですよね。

こういう味のラーメンは、他にはあまりないのではないかと思います。



というわけで、新福菜館三条店の餃子とラーメンでノックアウトされたぼくは、家に帰って昼寝を2時間。
これで金欠明けの休養は十分。

夜はもう、お腹も減っていなかったので、買い物へも行かず、あり合わせで簡単に済ませることにしたという話っす。



昨日までに作ってあったものに加えて・・・。



じゃこおろしやら、ずいぶん前に人にもらった奈良漬やら・・・。

これで冷蔵庫の中身は、ほぼ完全に処理されました。

キレイに空っぽになった冷蔵庫、やはり気持ちいいっすね。



熱燗を、2合のつもりが結局3合・・・。





シメはワカメとちりめんじゃこのお粥・・・。


このお粥がウマかったです。

冷蔵庫に残っていた生ワカメとちりめんじゃこを、お粥に炊きこんでみたというだけの話。


塩で味つけ、ゴマを振る・・・。

ちりめんじゃこにワカメは、お粥が生臭くなるかともちょっと思ったんですが、そんなことは全然なかったです。



それで昨日は、いつもより早めの11時半に晩酌終了。
今日は朝の9時半から健康診断だったので、10時間空けないといけなかったんです。

電話に出た受付の女性は、

「お酒は飲まないほうが・・・」

と言ってましたけど、ゴメンナサイ、ソウイウワケニハイカナイモンデ。

とりあえず、血液検査以外の結果は問題なし。
前日にお酒を飲んでいるから、肝臓の数値は少し高めに出るんでしょうけどね。



「またそうやって気が大きくなるんだから。」


飲み過ぎないようにしないとな。




2013-01-19

しみじみとした味わい。
「栗の粥」

今日もご訪問いただき、ありがとうございます。

今日の晩酌、ではなく、夕食は・・・。


治療中の奥歯の根と、さらに隣の歯の歯茎が炎症を起こしていて、痛み出したから歯医者へ行ったら薬を出してくれた先生、

「2~3日は酒を飲まないように」

とのこと。

先生の言いつけを守り、今日は酒なしで食事をすることにした。



酒を飲まないからといって、どうもご飯は、あまりに健康的すぎてまぶしくて、酒飲みのぼくとしてはどうも食べる気がしない。

そこでお粥を食べることにした。

冷凍庫に秋にもらった栗の皮をむいたのが保存してある。

それを使って栗粥にする。



米は普通に研ぎ、栗といっしょに水に浸しておく。


粥は米の5倍量の水で炊くのが標準だけれど、ぼくは汁気の多い粥が好きだから、7~8倍量の水にする。



強火にかけ、沸騰したら弱火にし、鍋の底がくっつかないよう全体をさっとまぜ、あとは吹きこぼれないようにフタを斜めにかけて30分くらいコトコト炊く。


最後に塩少々でうすく味付けする。






米と栗のうまみと甘みだけの味。しみじみうまい。



あとは水菜と油揚げの吸い物。


吸い物の味をつけただしで、油揚げと水菜をさっと煮る。



旬で脂ののった、鰤の塩焼き。


大根おろしとすだちを添え、しょうゆをかける。






とまあ、料理はそれなりにおいしくはできたのだけれど、何年ぶりに酒のない夕食を食べ、

「酒がない食事は、なんと味気ないことか・・・」

とつくづく思った。



だいたいまず、料理の味自体があまりおいしく感じられない。

これはどういうことなのか、酒が味覚を鋭くするところがあるのだろうか。



それからどうも、食事が楽しくならない。

やはり酒は、気持ちを高揚させるところがある。



さらにあっという間に食べ終わってしまう。

いつもは酒をちびちび飲みながら、食事に1時間半~2時間はかけるのに、今日は40~50分で全部食べ、しかも早く食べたものだから、必要以上にお腹が一杯になってしまった。



やはり酒のない食事は、ぼくには余程のことでもないと無理だということがはっきりわかり、明日は何があっても絶対飲もうと決意した。






食事を終えたらスピナーズ。

金曜日はスピナーズへ行くと決めているから、酒を飲めないからといって行かないわけにはいかない。



スピナーズで、まさかのソフトドリンク。


レモンティー。



しかしバーでシラフでいるというのは、いかにも間が持たない。

もう深夜12時過ぎだから、他のお客さんは泥酔している。

こちらは一人で冷静に、客観的にその場を観察してしまうから、雰囲気を楽しむこともできないし、話にも入れない。

それでさすがにこれはいけないと、生ビールを一杯だけ飲んだ。



「歯が痛くなっても知らないよ。」


先生には内緒にするよ。



2013-01-08

昔ながらのしみじみとした味わい。
「七草粥」

昨日は七草粥の日。

八百屋のご主人に教えられた通り、雑煮で使って余った祝大根と、畑菜の二草で、簡略式にやることにした。


あとは、今がまさに旬のブリ。
照り焼きが定番だけど、塩焼きにして大根おろしにスダチとしょうゆで食べるのもいい。





お粥は炊飯器でもできるけれど、ただ米を煮るだけの話だから、鍋でやっても難しいことは何もない。

ふつうに研いで、ザルに30分上げておいた米を、全粥なら5倍量、昨日はサラッとさせたかったから9倍量の水で煮る。

20~30分も煮ればやわらかくなるから、あとは水気と米の加減が好みになったところで火を止める。





塩で味をつけ、塩をふった水で煮た祝大根と畑菜を入れれば出来あがり。




これはうまかった。

米と大根、それに青菜のそこはかとない滋味。



七草粥は1年の無病息災を願うことが目的とされているけれど、ぼくはこれを食べてみて、

「ごちそうばかり食べていないで、こういう素朴な味も忘れるなよ」

と昔の日本人が言っていると思った。



それから「酒のアテとしてお粥」というのはどうなのかとも、思わなくはなかったけれど、実際食べてみると汁物感覚で大変よかった。

ただこれは、ビールや焼酎などではダメかもしれないです。



あとはブリの塩焼き。


ブリの切り身に塩をふり、弱めの中火で焼く。




ちょっと焦げてはしまったけれど、乗りまくった脂に悶絶。




厚揚げはフライパンで焼き、ショウガと青ねぎ、しょうゆをかける。






七草粥は、現代の感覚から見れば決して「うまい」とはいえないと思うけれど、今回ぼくはこれを食べ、かなりの発見があった。

お粥は以前、色々とチャレンジしたことがあり、味付けがむずかしいと思っていた。
だしなどで下手に味をつけると、お粥ではなく「雑炊」になってしまう。

だから中華風や韓国風、リゾットなどは別として、和風のお粥は白粥にして、佃煮や梅干しなど、味の濃いものを添えて食べるのがいいというのが結論だった。



しかし何のことはない、それはお粥に魚介や肉などを入れようとしていたからで、七草粥のように野菜だけなら、米のうまみが消されずに、しみじみうまいお粥になる。

昔の日本人は、このようなえも言われぬ味わいのものを食べていたんだろうなと思う。



七草粥や棒ダラなどが、何百年にもわたって食べ続けられてきているのは、やはりそこに、何かよさがあるからだろう。

それを現代の感覚から「まずい」と切り捨ててしまっては、大切なものを見失う気がする。






「おっさんも年をとった証拠だね。」
そうかもな。


2012-04-06

思い知る黒酢の力。
「家常豆腐」



「食欲」は人間の中心的な欲求だけあって、料理には本当に、さまざまな楽しみが含まれているわけですけど、中でも大きいのは、

「文化を愛でる楽しみ」

でしょう。

料理には何十万年という歴史があり、そこで莫大な数の人たちが、「すこしでもおいしい料理を作りたい」とありとあらゆる工夫を重ねてきた。

その集大成が、現在の料理であり、そこには人間の叡智が詰まっているわけなのですよね。

しかも人間は日に3度、何かを食べなければ生きていけないわけだから、料理に無関係でいられる人は1人もいない。

現在のすべての人間、およびこれまで生を享けてきたすべての人間が関わることにより、料理は形作られ、また日々新たなものが生み出されている。

人間はほかにも、音楽や芸術、科学や宗教、政治や経済、テクノロジーなど、多くの文化を生み出してきているけれども、じつは料理は、その歴史の長さと、蓄積される内容の豊富さという意味で、「最大の文化」であるともいえるのじゃないかと思うんですよね。

日々の食事を作ることで、誰でもが、その巨大文化の一端に触れることができる。

それがおもしろく、楽しいものでないわけがないということなんですね。



このごろウー・ウェン「大好きな炒めもの」を見ながら、紹介されている料理をいくつか作ってみたりしているわけですけど、やはり中国の料理文化は、奥が深いですよね。

「炒めもの」というと簡単な料理の代表みたいに思われているところもあり、初心者が入門するのにふさわしい敷居の低さがありながらも、じつはその先に、いくらでも進むことができる。

もちろんどんな料理でも、奥が深いものですけれども、中国の料理は、「次元がちがう」とすら、いえるのではないでしょうか。

その中心が、「油」なのだと思うんですよね。



歴史的に考えると、料理はまず「焼く」と「発酵」とからスタートしたでしょう。

まだ道具を何ももたない、大昔の人たちでも、火があれば何でも焼けたし、条件さえととのえれば、材料を置いておけば発酵した。

次に1万~2万年ほど前に、「土器」が発明され、「煮る」ことができるようになった。

ここで初めて、「スープ」が登場するわけですよね。

日本の場合は、料理の「形式」としての発展は、どういう理由かここで止まってしまうわけですが、その他の多くの国では、「鉄器」の開発により、「炒める」ことが行われるようになっていく。

ここで、「油と食材との相互作用」が、徹底的に研究されるようになったわけなんですよね。



水とおなじように、油も食材の味を溶かし、それを他の食材に移していく作用があるから、油をうまく活用することで、水だけではできなかった、さらに豊富な味付けの方法が編み出されるようになっていく。

とくに「スパイス」の味は、熱した油に溶かすことで、初めて活きることが見つけられもしたのでしょう。

この「油の使い方」について、あらゆる可能性を追求したのが、中国料理だったのだと思うんですよね。

「水と油」の両方から味が付けられていくから、水だけに頼る日本料理などとくらべると段ちがいの、複雑な味わいを作り出すことができる。



家でチマチマ炒めものを作りながら、そんな中国の料理文化の一端を垣間見ることは、つまらないものではありません。

「ほー」などと感心することも、少なからずあるんですよ。



* * * * *



昨日作ってみたのは、やはり「大好きな炒めもの」から「家常豆腐」。

これは「ジャーチャンドウフ」と読むそうです。

豆腐に野菜だけで作る、中国では代表的な家庭料理なのだとのこと。

これにウー・ウェン先生は、日本に来てから「三つ葉が合うことを見つけた」のだそうで、レシピにも三つ葉が使われています。



木綿豆腐をまるまる1丁買ってきて、皿でもまな板でも、キッチンペーパーでもしいて、まず縦半分に切り、さらに横に4等分した豆腐をおき、水切りしておきます。

べつに押したりしなくても、ただ20分くらいでも置いておけば、水が切れます。



豆腐の水が切れたら、片栗粉を表裏にまぶします。

これは表と裏だけで、横には付ける必要はありません。



サラダ油大さじ3をフライパンにいれ、中火で熱して、豆腐を表裏、こんがりと焼きます。

これはけっこう時間がかかります。

ときどきフライパンをゆすって、豆腐が焦げ付かないようにしながら、下面をのぞいてみて焼き色がついたら、菜箸で1つ1つひっくり返します。

サラダ油大さじ3は、けっこうな量ですが、焼いているうちに豆腐に吸われて、全部なくなります。



ここで味付けをするんですが、ウー・ウェン先生のレシピには、「黒酢」が使われます。

あまり新しい調味料を買うのは、置く場所もないし、好きではないんですが、ウー・ウェン先生のレシピにはよく黒酢が登場するので、買ってみました。

ふつうの白い純米酢とくらべると、倍くらいの値段がします。

舐めてみると、酸っぱいというよりも、濃厚な「コク」があります。



ウー・ウェン先生のレシピでは、5ミリ厚さにうす切りしたタケノコ2分の1を炒め、それから調味料を加えることになっています。

でもタケノコは、出盛りになったら京都産のを買うつもりにしているので、今回はシメジを、調味料を入れてから加えました。

調味料は、まず酒大さじ2、醤油大さじ2、黒酢大さじ1、それに水カップ2分の1、これをこの順番でいれていきます。



ウー・ウェン先生のレシピでは、「弱火で4~5分煮て汁を煮詰める」となっていますが、この煮汁の量では、弱火で4~5分では汁は煮詰まりません。

中火のままでいいんじゃないかと思います。

煮汁から豆腐が顔を出すので、煮汁をスプーンですくって、豆腐にかけるようにしてやると、豆腐により味がしみるかもしれません。



最後に「3センチ長さに切った三つ葉1把」をくわえ、豆腐をくずさないようにしながら、全体を大きく混ぜれば出来あがり。

やさしく鍋返ししてやるといいかと思います。



これは、非常においしかったです。

焼けて水気が完全に抜けた豆腐に、たっぷりとしみ込んだ煮汁がたまりません。

調味料を見て分かる通り、「うま味」のもとが、豆腐の焦げた風味と、それから黒酢だけなんですね。

ところがこれが十分。まったく不足はありませんでした。

黒酢の力を思い知った次第です。



三つ葉もたしかに、あっさりした味付けによく合います。

シメジも悪くありませんでした。



あとは山芋のとろろとスグキ、焼酎お湯割り。

昨日は家常豆腐で頭がいっぱいだったせいか、汁物を作るのを忘れました。



朝めしは、ソーセージの粥。

研いだ米100ccを水500ccくらいに30分浸しておき、酒カップ4分の1くらい、それに小口切りにしたソーセージ2本と繊維に直角に細切りにした玉ねぎ2分の1個をいれて、中火にかけます。

煮立ったら火を弱火にし、塩で味付けして、そのまま15分ほど、フタを半分にずらしてかけ、コトコト煮ます。

汁と米の割合が好きな加減になったら火を止めて、器に盛り、コショウを1ふりして食べます。



これは手軽にできますが、おいしいですよ。

ウィンナーは、やはり「シャウエッセン」「アルトバイエルン」級の、すこし高めのやつを使うとおいしいです。



昨日は近所で、早咲きの桜が満開でした。