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2012-04-24

初音ミクとねこふんじゃった。
「パエリア」




「初音ミク」が最近流行っていて、去年は紅白に出場するのじゃないかとすら思うほど、一般の知名度を獲得したわけなんですけど、僕は初音ミクは大して詳しいわけでもありませんが、ネットの知り合いが初音ミクが好きで、曲を教えてくれたりしているので、初音ミクの曲を、わりと前から耳にしていたということはあるんです。



初音ミクが面白いと思うのは、「バーチャルアイドル」だということなんですよね。元にあるのは、ヤマハが開発・販売した「VOCALOID」という音声合成システムと、その上で動く、ソフトウエア。女の子の歌声を自由に合成できるソフトウエアで、それを開発した会社がそのソフトに「初音ミク」という名前をつけて、あの緑色の噴水頭のキャラクター画像をつくり、あたかも「1人のアイドル」であるかのような設定をしたということなんですね。



ソフト開発会社の立場からすれば、ソフトは使ってもらわなくては売れないわけだから、1人でも多くの人にソフトを使ってもらうためにはどうしたらいいのかという、販売戦略上の作戦なのだと思うんです。女の子の歌声を合成するソフトなのだから、どうせならその女の子に名前やキャラクター設定をして、イメージがわくようにしたほうがいいだろうと。それで権利関係もゆるやかにして、使用者がキャラクター画像を使って、新たな動画などをネットなどに自由に投稿できるようにした。



そうしたら、それが大当たりして、1大ムーブメントが巻き起こったというわけなんですね。初音ミクの音声を使って、自分で作詞作曲した曲や、CGで初音ミクが踊って歌う動画が、次から次へとネットに投稿されるようになっていく。さらにそれが、日本ばかりでなく海外でも人気となり、去年はアメリカで公演が行われたり、トヨタのアメリカのCMや、グーグルのCMにまで使われるようになったりしたというわけなんです。



実際の話、初音ミクのコンサート映像とか、見てると感動があります。まず1つには、「初音ミクの可愛らしさ」ということはたしかにあって、キャラクター設定が秀逸だったということなのでしょう、今年50になるおっさんから見ても、「いいな」と思えるものがある。しかしさらに感動的なのは、そこにいる観客の盛り上がりなんですね。初音ミクの定番アイテムである「ネギ」のペンライトを振りながら、野太い声で合いの手を入れる様子は、べつにそこいらのアイドルのコンサートと変わらないのだけれど、彼らが見ているステージ上の初音ミクは、「バーチャルアイドル」だということなんです。



「バーチャルアイドル」ということは、もちろんまず、「人間」としての実態がないということなんですが、しかしそれだけではないんですね。「初音ミクは、観客自身によって作られている」ということなんです。初音ミクが歌っている曲は、プロによって作られたものではなく、観客の中の誰かによって、作られたものだということです。ですから初音ミクのコンサートで、観客が盛り上がっていることは、一般のアイドルのように、「天上の偶像」を讃えているのではなく、「自分たち自身」を讃えていることになる。「俺達って、いいよな」とでもいうような、連帯感の表明なんですよね。



ところで面白いと思うことは、それを仕掛けているおおもとにいるのが、「ヤマハ」だということなんです。ヤマハだと聞いて、すぐに思い出すのが、「ポピュラーソングコンテスト」なんですね。



ポピュラーソングコンテスト(ポプコン)は、ヤマハが主催して、1968年~1986年まで行われました。素人が、自分で作詞作曲した曲を披露して、それに順位をつけるという形で、コンテストが行われるわけですけれど、そこから錚々たる人たちが、プロになり活躍したことは、よく知られているでしょう。井上陽水、上田正樹、上條恒彦、庄野真代、八神純子、松崎しげる、中島みゆき、世良公則、などなど。新人アーティストの登竜門ともなっていたわけなんですよね。



でもこれ、なんとなく、初音ミクと似ていませんか?ポプコンも、ヤマハの狙いとしては、楽器を使う人の底辺を広げることにより、楽器の販売を促進するということが、根本にあったと思うんです。そういう狙いでやったことが、大当たりして、大きなムーブメントとなっていく。そういう意味では、初音ミクが、音声合成の機器およびソフトウエアの販売を狙いとしていることと、まったく同じだといえると思うんですよね。「ヤマハ商法」と言っては語弊があるかもしれませんが、ヤマハ一流の、1つのやり方なんだという気がします。



さらに僕は、ヤマハがこのやり方を、どうやって覚えたのかということについて思うことがあるんですけど、それは「ねこふんじゃった」なのではなかったか。



「ねこふんじゃった」は、僕などでも子供の頃、幼稚園の頃にすでに弾けるようになっていたわけですけれど、誰に教わったという覚えもないんです。幼稚園においてあるピアノで、誰かがねこふんじゃったを弾いているのを見て、すぐに弾けるようになってしまったわけなんですね。ねこふんじゃったは、黒鍵をフルに活用する曲で、それを楽譜に書けば、シャープやらフラットやらがたくさん出てきて、すごく難しく見えるものになりそうだけれど、弾いているのを見ると、目立つ黒鍵を順に押していくほうが、簡単なんですね。



「ねこふんじゃった」は、作曲者も不明で、それがいつ、どのようにして日本に伝わり、日本の子供たちがあれほど熱狂して弾くようになったのか、よくわかっていないそうですけれど、この「ねこふんじゃった」がピアノの販売に寄与した役割は、とても大きかったのではなかったでしょうか。僕もそのクチだったかもしれませんけど、ねこふんじゃったが弾けるようになったから、ピアノがやりたくなり、親に「ピアノを買ってくれ」といった子供とか、少なくなかったのではないでしょうか。また親の方にしても、子供が「ねこふんじゃった」を弾けるようになるのを見て、「そんなに簡単に弾けるようになるのなら、ピアノを買ってもいいかしら」と思ったということもあったでしょう。



「ねこふんじゃったはヤハマが流行らせた」とまでは、僕はさすがに言わないですが、そうであってもおかしくないほど、「ねこふんじゃった」はピアノの販売に貢献したにちがいありません。僕はヤマハはそれを見て、「楽器は使う人が楽しまなければ売れない」ことを痛感し、それからポプコン、さらには初音ミクへの道を歩んでいったのじゃないかという気がするんですけどね。ぜひヤマハの人に、実際のところどうなのか、聞いてみたいです。



* * * * *



昨日は「パエリア」。パエリアは言わずと知れた、スペインの代表料理です。スペインは、イタリアなどとちがって、「米」を使った料理が多いんですね。味付けも、ハーブやチーズなどをゴテゴテいれたりはせず、オリーブオイルとニンニク、それにパセリ、とかいうくらいの、シンプルなものが多くて、なんとなく、日本とセンスが似ているような気がします。僕も1回スペインに行ったとき、「バル」に並んでいる小皿料理が、どれも死ぬかと思うくらいおいしくて、ヨーロッパでいくつか行った国の中では、スペインが一番おいしいと思いました。



ちなみにスペインは、女の子もかわいいです。僕は1回、スペインからローマまでの飛行機に、セビリアの団体と乗り合わせたことがあるんですが、その人達、飛行機の離陸までと、着陸してから、ギターをかき鳴らしながら歌えや踊れやの大騒ぎ。その中にいる女の子たちが、また生き生きしていてかわいくて、まだ20歳そこそこだった僕は魂を抜かれてしまい、ローマではその女の子たちと一緒に、美術館やらどこやらへ行ったこともありました。



パエリアは、見た目豪華で、「洋風ちらし寿司」とでもいった風情、お客さんが来たときのもてなし料理とかにも最高なわけですが、作るのはそれほど難しいことはありません。材料さえあれば、それほど手間もかからずに、失敗する危険もそれほど高くなく、初めての人でもできるのじゃないでしょうか。ご飯の炊き加減が、たしかに多少、難しいといえば難しいこともありますが、それでもそれほどではありません。調味料も、スペインではパエリアを作るとき、「サフラン」を使うんですが、べつにそんなものは使わなくても、十分おいしくパエリアが出来あがります。



調味料というものは、たしかにその国その国で独自のものがあり、その国の料理をよく知っている人に言わせれば、「その調味料がなければ、その国の味ではない」ということになるんですが、べつにそんなことを気にしていては、いくつ調味料があっても足りません。手近にある調味料で何とかしながら、自分なりに世界の料理を楽しむということも、1つのやり方で、それでおかしいことはまったくないのじゃないかと思います。



パエリアの材料ですが、まずは米。これはどのくらいでもいいんですが、フライパンで作るのなら、2カップ程度がやりやすいです。ただこれだと、1人で食べるにはちょっと多すぎなので、昨日は晩と朝との2食分で、1.5カップでやりました。



上にのせる具ですが、これは檀一雄によれば、「何でもいい」のだそうです。スペインの各地で、さまざまな種類のパエリアがあり、具がたくさん入っているものから、少数のものまで、色々あるそうですから、レシピに書いてある材料にあまりとらわれず、自分で好きに取捨選択したらいいと思います。ただ絶対あったらいいと思うのは、まず「鶏肉」。これは100グラムでも200グラムでも、自分がいいだけ入れたらいいんです。それからアサリ。この2つは、「だし」という意味でも、パエリアでは重要かと思います。



他にも、赤や黄色のパプリカは、入れると彩りもきれいになりますが、昨日は省略。そのかわりふつうのピーマンを1ついれました。あとはしめじ。それからトマト。トマトは、入れるやり方も、入れないやり方もあります。オリーブオイルとニンニク、タマネギ、それからパセリは、もちろん欠かすことができません。



フライパンを中火で温め、オリーブオイルを大さじ2くらいいれて、みじん切りにしたタマネギ半~1個と、やはりみじん切りにしたニンニク1~2かけを炒めます。タマネギがしんなりしてきたら、つづいて具を、中火のまま炒めていきます。まずは1口大に切った鶏肉。それから乱切りのピーマン、しめじ。次に殻のついたままのエビ。それから8等分程度に串切りにしたトマト。最後に砂出ししたアサリ・・・という具合に、火が通りにくいものから順にいれていきます。



エビは、「背わたを取る」といいますが、これはあまりにも死にそうにイライラしますから、気が短い人はあきらめたほうが無難です。べつに背わたが入っていても死にません。それからトマトの皮も、湯剥きしたほうがていねいですが、そのままいれてしまっても、とくべつ問題ありません。



材料をすべて炒め終わったら、給湯器の最高温度のお湯を1カップいれ、そのまま煮立たせて、塩小さじ1くらいにコショウをふり、アサリの口が開くまで、4~5分煮ます。



アサリの口が開いたら、ザルで漉して、具とスープを分けます。このスープを、ごはんを炊くのに使います。スープは、お米の1.1~1.2倍、米が1.5カップなら、スープは2カップ弱になるように、お湯を足しておきます。



フライパンを洗い、あらためてオリーブオイル大さじ2くらいをいれ、弱火にかけます。ここにコメをいれて、炒めます。米が油を吸い、ツヤツヤになるまで、2~3分炒めます。



ここにさっきのスープを注ぎ、そのまま弱火で、フタをして炊きます。この炊き加減が、1つのポイントとなるわけですが、時間にして10~15分。別にフタを開けてもかまいませんから、中をのぞきこみ、スープが沸騰するのが見えなくなったら、炊き上がりだと思ってかまいません。



そのまま弱火をつけたまま、ザルにあげてあった具を、ご飯の上にならべます。アサリは、全部殻をつけたままだとちょっとうるさいので、半分ほど殻を外しておいてもいいかもしれません。具を並べたら、フタを閉め、火を止めて、それから10分ほど蒸らして出来あがりです。



パエリア。パセリをふります。レモンを添えて、それを自分でかけながら食べるのがスペイン風、という話もありますね。



酒はもちろん、白ワインならおいしいですが、べつに焼酎お湯割りでも問題ありません。



2010-10-13

サザンオールスターズ

サザンオールスターズは、僕は今でも、日本でいちばん好きなバンドのひとつだ。これはまさに、僕らの世代の音楽であるという気がする。

サザンがデビューしたのは、高校1年になった頃で、デビュー曲の「勝手にシンドバッド」およびデビューアルバム「熱い胸さわぎ」は衝撃だった。曲が洒落ているということはもちろんあるのだが、なにより歌詞がすごくて、日本語としてあまり意味が通っていなかったり、さらに二枚目のアルバムでは、日本語ですらなく、なんとなく日本語みたいな、また英語みたいでもある、適当な音が発音されていて、歌詞カードには「○▲※…」のような記号が書かれていたりしていたのだ。

日本のロックというものは、そのスタートから、アメリカやイギリスで生まれ、英語で歌われていた音楽に、どう日本語を乗せていくかということについての、苦心の歴史であったという気がする。英語の語調に合った音楽だから、そこにただ日本語を乗せてしまうと、ダサくなってしまうわけだ。歌詞に英語を混ぜてみたり、日本語を英語のような、巻き舌で発音してみたり、様々な試みがあったことと思うが、サザンにいたって遂に、歌詞が日本語であるということを放棄するということに相成ったわけだ。

サザンのリーダー桑田佳祐は、おそらく、歌の歌詞によって何か表現したいことがあったということは全くなく、洋楽風のメロディーに合った発音の日本語、そのメロディーで歌われるとかっこいい音をもつ日本語、そういうものの断片を選んで、歌詞を構成していったのだ。だから歌詞だけを取り出して、それを追っていっても、ある雰囲気は伝わってくるのだが、辻褄の合った内容を読み取ることはできない。そしてそのことが、僕、および僕らの世代には、強烈にかっこいいこととして映った。

僕よりふた世代上、今70代の人達は、演歌世代だっただろう。そしてひと世代上の人たちは、フォーク世代だった。どちらも歌詞が重要視され、歌詞によって表現される悲しみだったり、喜びだったりする世界に浸ることが、歌を楽しむということだったのだと思う。ところが僕らの世代というのは、子どもの頃から洋楽を楽しんでいた。僕が初めていいと思った音楽は、カーペンターズ。それから中学に入って、ビートルズ。そこのろ流行っていた、日本人のフォークやロックには、あまりピンと来ていなかった。

洋楽を楽しむということは、英語で歌われた歌を楽しむということだが、僕らより上の世代の人達は、ビートルズの歌詞の対訳を見たりして、その内容がどうのこうの、などと言う人もいたように思うが、僕の仲間で、ビートルズの歌詞の内容などに興味を持ったやつなど一人もいなかった。ただレコードを何度も聞いて、そこから聞こえてくる音楽そのものが、強烈にかっこいいと思っていたのだ。だからと言ってそれが単に表面的とも思わず、僕はビートルズの生き方に大きく影響を受けたつもりでいたりした。

歌詞の内容を理解せずに、何をそんなにいいと思っていたのか、不思議といえば不思議だが、もともとロックの歌詞など、大したことは言っていないということがあるだろう。ビートルズはその中で、例外的に歌詞が哲学的だと言われたりするが、たしかに僕は、歌詞のほとんどを作っていたと言われるジョンには興味がなく、ポールが好きだった。ビートルズをひと通り聞き倒したら、解散後のものを聞くようになったが、それはジョンではなく、ポールばかりだった。僕の仲間はみんなそうだった。

そういう僕たちにとって、サザンはまさにかっこよかった。自分たちがまさに求めていた音楽を、日本語でやってくれる、初めての存在だった。歌詞の内容にこだわらず、聞こえてくる音そのもののかっこよさを追求してくれる人たちだったのだ。

ちなみに、このサザンオールスターズとはまったく別に、かっこいいと思う音楽の、今に至る系列があって、その元祖は吉田拓郎だ。吉田拓郎はフォークだから、曲を作るときにも当然、まず歌詞が先にあるのだろうと思うが、その曲を、歌詞の日本語の流れにたいして素直に付けず、わざと引っかかるような、字余りになるような、そういう付け方をする。「僕の髪が」という日本語にたいして、「ぼくの、かみが」と素直に切れるように付けずに、「ぼくのか、みーが」と切るのだ。

これはべつに、洋楽や、英語とのかかわりのなかで生み出されたものというわけでもなく、日本語の歌詞をかっこよく聴かせるためのひとつの流儀なのだろうと思うのだけれど、吉田拓郎は自分で歌詞を書かないにもかかわらず、この作曲のセンスがあったために、歌詞が重視されるフォーク界において、ビッグネームになった。だからもしかしたら本当は、フォークだって歌詞はあまり関係ないのかも。この吉田拓郎の流儀を受け継いでいるのが、佐野元春、そしてミスター・チルドレンだと僕は思う。


2010-08-15

福 耳


もう2年も前の曲だから、何を今さら、という話しなのだけど、この福耳「DANCE BABY DANCE」はいいな。
前からちょこちょこ目にして、いいなとは思っていたんだが、昨日からYouTubeで見だしたら一気にハマって、今じゃボーカルの杏子さん、とすでにさん付けなのだが、のファンクラブに入ろうかとすら思っている。

まず何といっても曲とボーカルが圧倒的によく、僕はとくに、こういうジャリジャリとしたギターが全面にでた曲と、こういう姉御肌の女性が好きだということはあるのだけれど、まあしかしこのプロモーションビデオのよさは、それだけではないのだよな。
流れる空気が、なんとも言えずによい。

この「福耳」というのは、定常的にやってるグループではなく、毎年夏のイベントに向けて、「オフィスオーガスタ」という芸能事務所の所属アーティストの総勢によって結成されるユニットで、バックには山崎まさよしスガシカオ元ちとせスキマスイッチなど、当代の人気アーティストが軒並み出演している。
事務所が所属アーティストを宣伝するための、ショーケースみたいなものなわけだが、皆が同じ事務所だから、ということはあるのだろう、なんとも仲がよさそうな、仲間的な雰囲気をかもし出している。
それがたまらないのだよな。

しかしこの仲間的な雰囲気、この数分という短い時間の中で表現するというのは、たぶん実は至難の業で、実際、同じ福耳の、以前の曲のプロモーションビデオ、やはり同じ、「仲間」というコンセプトで作られたのじゃないかと思われ、それぞれが仲良さそうにする場面が挿入されているのだが、この「DANCE BABY DANCE」から流れてくる、感動的ともいえる空気は感じられない。
ただ仲間内で仲良さそうにしているのを、こちらは外から見せられている感じがしてくる。
そう思って、「DANCE BABY DANCE」のビデオをよく見ると、緻密な計算が随所にほどこされていることに気付くのだな。

まずこのビデオは、完全に杏子さんを主役にすえている。
いくら同じ事務所だからとはいえ、それぞれ独立したタレントだから、こういう場で誰か一人をフューチャーするというのは、なかなか難しいのじゃないかと思うが、この福耳が社長の肝いりでやってることであり、また所属事務所の上下関係的に、杏子さんがいちばんキャリアが長いということで、それが許されるということなのだろう。
さらに杏子さんの妖艶なムードを増幅し、このビデオの中心が、あくまで杏子さんであることを強調するために、ときどき、これはよく見たら杏子さんではないのだが、水着姿のダンサーの映像まで挿し込んである。

その上で、山崎まさよしとスガシカオを、杏子「姐さん」に仕える舎弟であるかのように描き、また他の若手男性陣は、子分であるかのように描いている。
さらにいつもはおでこを出す元ちとせの、前髪を下ろさせて、清純に見えるようにして、これを杏子さんの妖艶と、対置させるようにしている。
こうして上下関係をつけ、対をつくることによって初めて、それぞれのキャラクターが全体の中に位置付けられ、それが「仲間感」というものをかもし出すことになっているのだと思うのだ。
このビデオを作った人、誰だか知らないが、かなりのテクニシャンなのだと思う。
事務所の社長のアイディアなのかな。

しかしまたこういう、皆から担がれる、という位置付けが、よく似合うんだな、杏子さん。
杏子さんの個人の曲を聞いても、この「DANCE BABY DANCE」に見られるような、はじけるような良さはないのだ。
たぶんほんとに姉御肌の、お祭りとかになると、先頭にたって燃えるタイプの人なのじゃないかと想像するが、姉御肌というのは、弟分、妹分がいないと成立しないわけで、だからこのビデオは、杏子さんの良さを最大限に発揮させたものとも、言えるのかもしれないよな。

同じやり方をして、やはり感動的な仲間の雰囲気をつくりだしたと、僕が思うのが、「踊る大捜査線」なのだ。
警察の中に、会社にあるような上下関係を、きちんと描き、それが逆に、横の平たい関係を感じさせるのだよな。

外国だったら、こうやって多数のミュージシャンが登場して、そこに連帯を表現するものというのは、「ウィーアーザワールド」とかがあるわけだが、基本的に「チャリティー」という目的のために、皆が集まり、個人の我をおさえて協力する、ということになるわけだ。
それにたいして、こちらは上下関係。
日本的ということなのだろうな、まさに。

2008-04-23

サザンオールスターズ

雑誌は、週刊文春を読んでいる。先週号のコラム「近田春夫の考えるヒット」に、Jポップの歌詞のことが書いてあった。ちょっと引用したい。

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「昨今大半の場合、Jポップは先にメロディが出来ていてそこに歌詞を載せる。どうしてそうなったかというと、詞はなくともメロディだけあれば、とりあえずレコーディングが出来てしまうからである。そうして“オケ”さえ整えば発売日がフィックスできる。あくまで商業的な効率のためにそうなっているのだ。

だが、それを本当に歌と呼べるのかどうか。本来歌というものは、まずコトバがあってそれにふしのついたものだろう。音楽よりさきにコトバなのだ。詩と書いて“うた”と読むのが何よりの証拠である。音楽にコトバをハメるというのはうたを作るのとは別のことなのではないか。

一方でそうした時メロディには大抵ハナモゲラ、すなわち“英語のようなもの”で仮うたが入っていたりする。全く無意味な、いかも日本語的ではない響きで歌詞がイメージされていることもすごく多いのである。

であるから誤解を恐れずにいえば“うた”でもない“日本語”でもない、それ等と似て非なる何かを作り出す作業が、現実のJポップにおける歌詞ということになるのだ。

読むと分かると思うが相当の割合で、Jポップ歌詞は、実際日本語としては役に立っていないのである。

すべては音楽をもっともらしくする為に、見栄えのいい飾りを尺に合わせてハメ込むという、処理のような仕事なのだ(オーバーにいえばネ)。」
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以上はまぁ、普通の人の考えと言えるかも知れない。しかしこれを読んでぼくは、「あ、近田春夫はサザンオールスターズの洗礼を受けていないんだな」と思った。

日本の歌の系譜というもの、まずたぶん初めは詩吟のような、百人一首を読むときのような、そういうものがあったろう。次にどこかの段階で、演歌が登場する。詳しいことは全く知らないので、実際にどうだったのかは分からないが、演歌は日本古来のものではなく、おそらく朝鮮半島から輸入されてきたものなのではないだろうか。韓国の歌が実際、演歌そっくりで、日本の演歌をもっとアクを強くしたような感じなのだ。美空ひばりを初めとする有名な演歌歌手の多くが、韓国出身であるというのも知られた話である。

さらに次にアメリカやヨーロッパの歌、「洋楽」が流入し、それ自体が日本で親しまれていくと同時に、その影響を受けた日本語の歌が作られていく。これが今の日本の歌の主流であり、Jポップもその流れにある。

まずはアメリカやイギリスのポップスに影響を受けた歌謡曲と呼ばれるものがそうだろう。次にフォーク。そしてビートルズなどに影響を受けた、キャロルなどのロックグループ。このように洋楽を日本に取り込んでいくに当たって、一つの問いが生まれた。それは「洋楽風のメロディーと日本語の歌詞とを、どう調和させることができるのか」ということである。

ポップスにしてもフォークにしても、ロックにしても、洋楽のメロディーは、それが歌われる言語である「英語」の特性と、密接に関係しているだろう。そのメロディーにそのまま日本語の歌詞を載せると、なんとなく不自然なものになる。それを自然に、日本の歌として聞かせようと、無数の工夫がされてきたと思う。そういう努力のなかで、洋楽そのものとはちょっと違う、独特のメロディーも編み出されてきたのではないかと思う。

話は外れるがその一つの代表例が、吉田拓郎だと思う。拓郎は日本語の節回しをわざと壊すような、そういうメロディーをつけると思う。普通に日本語で話す場合にはアクセントがないところに、わざとアクセントをつけてみたり、普通話す場合の区切り目とはわざと違う場所に区切り目をつけたり。それが逆に新鮮にかっこよく感じられるのだ。こういうことも、洋楽のメロディーと日本語の歌詞の調和の一つのあり方だろう。その流れを引き継いでいるのが、まず佐野元春、そしてミスターチルドレンの桜井和寿だと思う。

さてサザンオールスターズだが、デビューしたのはぼくが高校1年の頃。デビュー曲の「勝手にシンドバッド」およびファーストアルバム「熱い胸さわぎ」を聞いて、衝撃を受けたのだった。「これがまさにぼくの聞きたかった歌だ」と確信した。

何がすごいと思ったかと言うと、「歌詞に全く意味がない」ところだった。

サザンの歌は、特に初期のものは、歌詞にほとんど脈絡がない。初期の頃のアルバムに収録されている曲の中には、歌詞が最後まで決まらず、歌詞カードに「●※◎△・・・」のような記号が印刷されているものがいくつもあった。サザンは、少なくとも初期の頃は、歌詞にきちんと脈絡があり、意味が通る日本語である必要を全く感じていない。歌詞とはメロディーを引き立たせるためにあるのであり、ことばの断片が使われることによって醸し出される雰囲気や、ことばの音、そのものの面白さこそが重要なのである。

ぼくの世代はおそらく、小学校高学年でカーペンターズを知り、中学生でビートルズのリバイバルブームの中でその洗礼を受け、キッスやエアロスミスといったバンドに触れ、まぁ人それぞれだとは思うが、基本的に洋楽で育った世代だ。洋楽の歌詞は英語だから、聞いても意味は分からない。歌詞カードを見てもぴんとは来ない。それでもそういう音楽から強いメッセージを感じ、のめりこんだのである。そういう感覚で言うと、その頃の日本の歌、それは歌謡曲もフォークもロックもそうだったが、それらのちょっと暗い、湿っぽい歌詞は、どちらかと言えば余分で、それほど共感できるものではなかったのである。

サザンはそういう時代の感性に、ぴったりと沿うものだったと思う。洋楽を聞いていた日本人が、その洋楽の英語の歌詞を聞くのと同じように、日本語の歌詞を取り扱った。そしてそのように日本語の歌詞を捕らえることで、日本語の制約から全く自由になった。

先に述べた通りそれまでは、自分が慣れ親しんだ洋楽のメロディーと、それとは異質な日本語とを、どのように調和させるか、が問いであった。しかしそのように歌詞を捕らえると、この問い自体が存在しないことになった。自分が慣れ親しんだ洋楽風のメロディーを、そのままストレートに表現すれば良いことになったのだ。そのメロディーを飾り付けるために、日本語風の歌詞を添えるのである。

近田春夫は、そのことが「あくまで商業的な効率のため」にそうなっていると言っている。しかしもともとの出発点は、時代の感性によって生み出された、偉大な創造行為であったと思うのである。

もちろん今たくさんの曲が作られる際、そのような商業的な効率に傾きすぎる局面も多々あるのだろう。しかし少なくともその曲がヒットしたということがあるとすれば、歌詞に大した意味がこめられていなくても、受け取る側は全体としてきちんとしたメッセージを受け取っているのである。

さらには近田氏は、そのようなものは「歌ではない」と言っている。歌であるかぎり、「音楽より先にコトバがないといけない」からだと言う。本当にそうなのだろうか。

そうではないことは明らかなのだが、もう面倒くさくなってきたので、このことを考えるのはまた次の機会にしたいと思う。