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2011-03-10

原稿、おでん、ikoi cafe

原稿は、順調かどうかはわからないが、ともかくなんとかすすんでいる。
あらかじめ頭に描いていた構成があったのだけれど、書きはじめてすぐに、それでは足りないことがわかって、あらたな内容を大幅に追加することにした。
でもそれはこれまで、幾度となく話したり、書いたりしてきたことだから、いままた書くのは、それほど大変なことではないのだ。

小林秀雄はその著作のなかで、
「自分は書きながら考える」
ということを、くりかえし語っている。
「書く」ということは、すでに自分のなかにあるものを、そのまま文字として表現するということでは決してない。
「ことば」というものには、独特の力があって、自分が原稿用紙に記した文が、つぎにあらたな文をよびこみ、それがまたあらたな文を・・・というように、あたかもそれ自体が「いのち」をもつものであるかのように、みずから形を成していく。だから自分は、書かないと、自分が何を考えているのかすらも、わからないのだと。

僕のブログや原稿が、そこまでのものだと言うつもりはないのだけれど、僕が今回、書こうとする本の全体として、表現したいテーマというのは、まさにそのことなのだよな。
郡司さんが「徹底した不定さ」ということばで言う内容も、おなじことだと僕は思っている。

カダフィのような独裁者が、なぜあのような、「ひとをひとともおもわない」ようなことをするのか。
というよりもむしろ、「ひとをひとともおもわない」ことが、独裁者であるために絶対に必要な条件であるとおもうのだけれど、それは「ひとが意思をもつ」ことをみとめると、
「どうなるか予測がつかない」
からだ。

人間は未来を、ある原因があって、それにたいする結果があって、それがまたあらたな原因となって、という形でしか予測することができない。
それは機械の設計原理とおなじことで、自動販売機にお金をいれると、結果として飲み物とお釣りがでてくるというのは、まさにそういうものとして計算されている。

人間もそのように、ある原因があって、その結果がひとつ決まって・・・、というものであったとしたら、人間の行動は「すべて予測できる」ということになるのだけれど、しかし残念ながら、人間は「意思」をもっているから、ある原因があったとしても、それにたいしてどう行動するかは、ひとつには決められない。そのときの気分ひとつで、人間はいくらでも、ちがったことをしかねない。

独裁者にとっては、それは「恐怖」である。
人間が自分の意思で行動をはじめたら、どうなるかわからない。もしかしたらヤツらは、自分に歯向かい、自分を排除しようとするかもしれない。
そういうおもいから、独裁者は「国民が意思をもつ」ということを、徹底的に弾圧することになるのだ。

それはいわば、「車を運転する」などということと、まったくおなじことだ。
ハンドルやタイヤが、勝手な意思をもって行動してもらっては困るわけで、あくまで自分の意思に忠実にしたがうものでなければいけない。
それが「機械」の機械たるゆえんなわけだけれど、独裁者はだから、「国を運転している」ようなものなのだ。

しかしそれはなにも、独裁者にかぎったことではない。
いまの社会の「組織」というものは、大なり小なり、そういう考え方にもとづいて運営されている。
「民主主義」はちがうだろうというかもしれないが、たとえば「法案」というものが、議会で審議されるとして、「法案の効果」が予測できないものであったとしたら、審議というもののしようがない。
また「法案の可否」というものも、政党政治のもとでは、「数の論理」で決まるわけだから、そこには「議員の自由な意思」などというものは、かぎりなく存在しないことになっている。
ただ「選挙」だけは、その結果をあらかじめ予測することはできないから、それによって民意が反映されることにはなっているけれど、今回日本で政権交代をしてみて、民主党政権が以前の自民党とおなじ路線に、ひたすらもどろうとしているのを目のあたりにすると、選挙によって反映される「有権者の意思」などというものは、ほんとに微々たるものであると痛感せざるをえないわけだ。

このように、いまの世の中の「しくみ」のほとんどは、ものごとが「予測可能である」という考え方のうえに立って、つくられている。
しかしそれは、「幻想」なのである。

もちろん人間の行動も、ある程度のことは予測することができる。しかしその根本においては、「予測不能」であると考えること。予測が不能であるということを、きちんとふくみこんだ論理を構築し、それにもとづいて、社会のしくみを考えなおしていくこと。
それこそがいま、求められているのだと、僕はおもう。

そういうことを、きちんとした正しさと、わかりやすさをもって、書くことができて、さらにそれが、売れるようなものであったら、いいなと僕はおもっている次第なのです。



昨日の晩めしは、「おでん」にした。
大根と玉子と厚揚げと、これだけは僕は、
「はずせない・・・・・・」(池波正太郎風)
わけなのだけれど、今回はフライパンで、一食分だけをつくることにしたから、入れられるとしたらあと一品。
ここにごぼう天とかチクワとかじゃなく、「肉」を入れるのが、僕は好きなのです。
昨日は鶏の手羽元。これをアクをださないために、強火で焼いて、火を通しておく。

だしは昆布とだしパック、それに酒と淡口しょうゆで味をつける。みりんなどの甘みはなし。
これはかなりイケました。

いままでおでんをつくるたびに、ゆで卵にひびが入って、うす皮がくっついて、殻がうまくむけずに悲しいおもいをしていたわけなのですが、そしたら二人の方から、「殻がうまくむける卵のゆで方」を教えてもらった。
「ためしてガッテン」のページ
http://cgi4.nhk.or.jp/gatten/archive/program.cgi?p_id=P20100929
を見てもらうのが早いのだけれど、

要は卵をゆでる前に、とがったほうではなく、丸いほうの底に、あらかじめヒビを入れておくのだ。
卵のなかにある「二酸化炭素」が悪さをしているとのことで、こうやってヒビを入れることで、それを抜くのだそうです。

おかげでほんとにきれいにむけました。
めでたしめでたし。
今回七味をかけてみたりもしましたが、これも悪くなかったです。

酒は「桃の滴」の冷やを2合。

今日の昼は、「ikoi cafe」でランチ。
豚バラと大根のオイスターソース炒め。
なかなかうまかったです。
菜の花も、この春はじめて食べました。


2011-03-07

原稿、郡司さん、アサリの小鍋だて、ぶっかけめし

今日からいよいよ、本の原稿を書きはじめた。

僕はいま、本を書きたいと思っていて、去年から勉強をし、構想をねり、年があけて、「よし書きはじめよう」とおもって、まえがきを書いてみたのだが、そうしたら、その先をつづけるためには、「取材」が必要であるということがわかった。

やはり本というものを書こうとおもったら、それなりの経験なり、体験なりにもとづいた「実感」というものが必要で、それをどこに求めるかということは、書こうとする内容によってもちがうだろうし、ひとそれぞれだともおもうのだけれど、今回の場合、とりあげたい研究者が4人いて、そのひとたちの本をくりかえし読みはしたのだが、やはり実際に会ってみないとはじまらないということを、書きはじめてみて感じたのだ。

それでそれから、手紙を書いたりアポをとったり、それから実際に会いにいって、話をきいて、ということをしていたら、2ヶ月があっという間にたった。金のたくわえも尽きはじめているから、あまり悠長なことをいってはいられないのだが、焦ってつまらないことを書いても仕方がないから、ここはじっくり腰を落ち着けてやろうとおもっている。

4人のひとに会って、実際に話をきいて、やはりほんとうによかった。

いくら本を読んでいても、やはり本を読むだけでは窺い知ることができない、そのひとの「人生」というものについて、実際に会えば、ふれることができるわけで、内容の論理的な構成については、あらかた出来ていたのだが、それをどちらにむけて、どのように書いたらいいのかということについて、自分のなかで、ものすごくはっきりした。

しかしそうすると同時に、自分がまだ知らない、もっと奥深い世界というものの存在に、その先生方を通してふれることにもなるわけで、それぞれ本を紹介してくれたりもするし、「僕はまだまだ浅はかで、何もわかっていない」ということについて、痛切に感じることにもなるのだが、そういっていると切りがないので、とりあえずいま、自分が書けるだけのことを書くということに、とりかかることにしたわけだ。

それがこれから、僕の力で書けるものなのかどうなのか、そこのところはよくわからない。

書くということは、すでに出来上がった内容を、紙のうえに写すということではない。内容は書きながら組み立っていくものであって、それそのものが、ひとつの「体験」といえるものだ。いまの科学についての、批判的な内容もふくむから、いい加減なことを書くことはできないし、かといって小むずかしい、誰にもわからないようなものになってしまっても仕方がない。

さらにそれがもし、最後まで書けたとしても、ひとに読んでもらえるような、おもしろさをもったものになるのかとか、またそれを出版してくれるところがあるのか、はたまたそれが売れるのか、まったくわからないという「ないないづくし」なわけだけれども、べつにダメでも、死ぬわけでもなし、できるだけのことを精一杯やろうとはおもっている。

先日「郡司ペギオ-幸夫」さんに、あらためてお話をおうかがいした。

研究をはじめた経緯など、まとまった話をいくつかお聞きして、あとは疑問点について質問させてもらったのだけれど、やはりこのひとは、ほんとうにおもしろい。

何がおもしろいのかといえば、このひとは「何か科学的な業績をあげたい」とか、「世の中の役にたつことがしたい」とかいうことではなく、いやもちろん、それも科学者として生きていくためには、真剣に考えなくてはいけない、大事なことではあるのだけれど、それよりも、「心の底からおもしろいとおもえることをやりたい」とおもっているのだ。

郡司さんはその「おもしろさ」について、科学者生命をかけて、磨きに磨きぬいているひとなのであって、それはすでに、生半可なおもしろさではないのだ。

僕は先日郡司さんのお話しをお聞きして、まだまだ遠く手のおよばない、その先にある強烈におもしろいものの存在を、はっきりと知った。

ひとことでいえば、生き物が「目的」をもつということが、どのようなメカニズムによって生みだされるものなのか、ということについてなのだが、それがいま、郡司さんがまさに見つけていることで、去年の夏に出版された「生命壱号」から、郡司さんはまだ先に行ってしまっているのだけれど、残念ながら今回は、そこまでは僕の手にあまるので、割愛することにした。

いずれにせよ郡司さんがすごいのは、それをただ哲学的に語るのではなく、生物学的な実験による証明をきちんともっているということで、僕はどう考えても、それが世の中にたいしてそう遠くない将来、巨大なインパクトをあたえることになるというのは、まちがいのないところだと信じている。

郡司さんからもらった、僕のお礼のメールにたいする返信のなかに、

「徹底した不定さを思想として展開すること、こそが重要だと思っています」

という一文があった。

ここにこれだけ書いても、何のことやらさっぱりわからないとおもうのだけれど、僕はそのことこそを、この本を書く目標に定めた。

その思想こそが、いまの世界の危機を、決定的に救うものになるのであると、僕は疑いもなくおもうのだ。

◇ ◇ ◇

昨日の昼は、おとといの「サバの船場汁」の残りで、昼酒。もちろんそのあと、たっぷりの昼寝付き。というか僕は休日にかぎらず、毎日昼めしのあとには、かならず昼寝をしてるのだ。てへっ。

夜はアサリの小鍋だて。

いまアサリが旬の時期に入ってきて、グルメシティでも値段がぐんぐん下がっている。水菜やほうれん草も、やはり値段が下がっているし、これからうれしい季節になりますね。

今回は淡口しょうゆで味をつけ、七味をふった。これも池波正太郎「そうざい料理帖」から。

それに砂肝の生姜煮。

酒は「古都」の冷やを1合半。これで古都は、のみ切った。

今日の昼は、残しておいたアサリで、アサリのぶっかけめし。昆布でだしをとり、酒、みりん、しょうゆで味をつけた汁で、大根とアサリを煮て、それを炊きたての白めしに、汁ごとぶっかける。これも「そうざい料理帖」からだが、ほんとに素朴な味で、たまらんす。


 

2011-03-04

生物記号論者・川出由己さんインタビュー (4/4)

(まえがき) インタビュー(1/4) インタビュー(2/4) インタビュー(3/4)

最後に今後の展開について、川出先生がどうお考えになるかをお伺いしました。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

高野 今後、生物記号論の議論は、どのように深まっていくとお考えですか。

川出 僕はそれがちょっと弱いんですよ。記号論から考えて、生物の理解がこういう方向にいくべきだとか、こういう展開をすることができるはずだということは、僕には一向にわからないんです。

僕にとってはいまのところ、生物記号論というのは、哲学的なもので、解釈するためのものなんです。機械論的生物学が見出してくる知識にたいして、正当な解釈をし、生物や人間存在を理解する、ということのためには必要なものですが、自分で生物学的な知識を開拓するために、どう役立つのかはわかりません。それができることは望ましいけれど、僕の力では無理なんです。ホフマイヤーの最近の本を読んでも、そういうことはあまり考えられていないような感じがしますね。

僕が「生物記号論」のなかでいちばんいいたいことの一つは、生物の「個体」というものは、生物を研究しようとすると、すぐ目につくものですけれど、じつはそれ自身では存在しない、ということです。個体はあくまで、歴史と社会によって構成された、高次階層のなかに存在する。生物個体をそれから切りはなして理解するということは、本来できない、ということです。でも生物学者は、そういうことは考えません。

そういうことをいっても、生物学が進歩するとは思わないけれど、われわれの生物理解に、そしてとくに人間存在の理解には役にたつ、必要なことだと思います。

高野 先生はマイケル・ポランニーは、どう評価されますか。ポランニーは、生物というものが、その発生の初めのときから、「暗黙知の次元」をもち、生物の進化は、科学や芸術における「発見」とまったくおなじように、ただ原因と結果の連鎖としておこるものではなく、未来にむけた「潜在的可能性」によってもたらされる緊張が、偶然の作用をうけながら、行動に解き放たれたものだといいます。またそのとき、「意識」が発生していなければいけないはずだといいます。僕にはこのポランニーのいう「暗黙知の次元」「潜在的可能性」「意識」ということばがさす内容が、先生のおっしゃる「記号の次元」「目的」「心」というものと、おなじものであるように思えるのです。

ポランニーは、そういう「有意味な世界」は、これまでの科学がつくりあげてきた不条理な世界にかわって、「宗教へと共鳴していく可能性をもつ」というわけですけれど、先生はそのあたりのことは、どのようにお考えでしょうか。

川出 ポランニーの本は、日本語の訳のせいか僕にはよくわからないところがあるのですが、Science誌に出た有名な論文(1968)には大いに共感します。僕は生物記号論を、宗教と関連づけて考えたことはありません。僕は生物の進化というものは、「自由の探求」であると思います。

生物は、「自分の系を維持する」という固有の目的をもち、「意味の世界」をつくりあげるという点で、物質の世界による束縛を脱し、新たな自由を手に入れたものだといえます。しかしそうやって手に入れた「自分の系」は、こんどはつねに崩壊の危機にさらされることになるのであって、それは新たな束縛を背負いこむことでもある。

生物とはそうやって、自由と束縛とのあいだで揺れうごきながら、新たな自由を見つけつづけ、それと同時に新たな束縛を背負いこみつづけていく、そういう存在なのではないでしょうか。その延長線上に、人間というものも、まったくおなじものであるということだと思います。


2011-03-03

生物記号論者・川出由己さんインタビュー (3/4)

(まえがき) インタビュー(1/4) インタビュー(2/4)

川手さんの理論の核心について、お伺いしました。

◇ ◇ ◇

川出 僕の考えが、ほかの生物記号論者とちょっとちがうところは、一つには、生物に社会性が内在すること、孤立した生物個体というのは人工的な生物像だということ、もう一つは、ふつうの生物記号論者は、記号の次元が、生物にだけあって、無生物にはないと考える。それにたいして僕は、そこは連続であって、無生物にも記号の次元が存在すると考えるんです。現役の記号学者では、John Deelyという人が無生物の記号性を主張しています。

僕が最近書いた論文を、生物記号論の指導的人物である、イェスパー・ホフマイアーに送りました。それを彼は、「ワンダフルペーパーだ」といってくれたけれど、ただし無生物の記号性については、自分は意見がちがうといっていました。

高野 僕は先生がそういうふうに、無生物にも記号の次元があると言い切るところが、先生の理論でいちばんおもしろく、まさにその通りであると思うところなんです。それはどういうところから、そう思うようになられたのですか。

川出 それはごく単純なことなんです。生命の起源を考えたときに、連続的だと思うんです。生命とはいえないけれど、生命らしさをもった存在がある。きちっとここからが生命であると境界をたてることは、生命の勝手な定義をするのでないかぎり、できない。そうすると生命は非生命と連続している。そうであれば、記号性も連続しているはずだと。ホフマイアーは、それには反対だというんです。

高野 もし40億年くらいまえのあるときに、様々な分子が高濃度で存在する分子の海から、初めての生物、細胞なら細胞が生みだされたと考えるとすれば、当然その前には、細胞とまではいえないけれど、ほとんど細胞に近いようなものがあったと考えなければいけないわけで、そうするとそれだって、生物だといってもいいじゃないかということになる。おなじように、その前も、その前の前も、考えられるわけだから、どこかのある時点で生物が生まれたと考えると、おかしなことになりますよね。

川出 そうですね、論理的に考えるとそうなんです。記号論の生みの親であるパースは、そう考えていました。でも僕は、パースがいっているからそう思うというわけではありません。自分なりにいろいろ考えた結果として、パースとおなじ結論にいたりました。それから今西錦司も、「物質にも命がある」といっていました。ホフマイアーは、その点は自分と考えがちがうけれど、個人の意見だから、それはそれでかまわないといってくれています。

高野 ホフマイアーが、生物と無生物をきちんと区別したほうがいいと考えるというのは、どういうところからきているんでしょうか。

川出 それは考えたことがなかったけれど、西欧的知性なのではないでしょうか。「自然界のなかで、人間だけはとくべつなものである」という大前提。それは彼らももう防衛できないけれど、無生物にまで連続させるのはあんまりではないかな。

高野 現在の主流の生物学者は、先生の生物記号論をどのように評価されていますか。

川出 近年のヒトゲノム計画を推進した、分子生物学の世界的中心人物の一人である和田昭允が、「情報とは意味をもった秩序であり、遺伝情報は、子孫を残すという意図を、意図せずにもつことになったものだ」といっているんです。「意味」や「意図」というのは、自然科学には、ぜんぜんないことばなのだけれど、そういう自然科学をこえた観念がなければ、生物は理解することができないと、主流の生物学者も考えるようになっている。だから僕の考えがきびしく批判されるなどということは、いまはあまりないでしょう。ただ「なんだか理解できない」とか、「まともに相手にするには及ばない」と思われていることでしょう。

でも分子生物学というのは初めから、「情報」ということばをつかっているんです。分子生物学で情報ということばがつかわれだしたころに、江上不二夫という、そのころの生化学の大御所が、「これはいかん」といったんです。「これは科学のことばではない」と。だけど、分子生物学は、おかまいなしです。だって情報ということばをつかわなければ、遺伝のメカニズムについて説明できないんですから。分子生物学は初めから、人文系のことばを密輸入しているんです。


2011-03-02

生物記号論者・川出由己さんインタビュー (2/4)

(まえがき) インタビュー(1/4)

川出さんが、それではどういうきっかけで、「生物記号論」に興味をもつようになられたのかをお伺いしました。

◇ ◇ ◇


川出 僕がそういう方向へ進んでいったというのは、柴谷篤弘さんの影響がありますね。現役のころから、柴谷さんの影響で、「生物学批判」という視点はもっていました。

僕が定年になるすこしまえ、池田清彦さんと柴谷さんが、「構造主義生物学」について、やかましく言い出したころ、柴谷さんが大阪で、外国の、構造主義に興味がある生物学者を数人よんで、研究会をやったのです(1986)。それに僕もよんでもらって、話を聞いて、よくわからなかったけれど、おもしろかった。

そのあとには京都で研究会があって、郡司ペギオ-幸夫さんとか、米本昌平さん、松野孝一郎さん、などといっしょに僕も出席して、座談会がありました。そこで3日間、話をして、それはあとで本にもなりました(1989)。僕はそのころは、そういう方面の知識はなかったけれど、柴谷さんに誘ってもらったんです。

高野 それでは柴谷先生は、以前から、川出先生には見込みがあると思っておられたということなんですね。

川出 そう、僕は渡辺格の弟子なのだけれど、柴谷さんと格さんが、日本の分子生物学の草分けです。この二人は非常に肌合いはちがうのだけれど、二人で日本の分子生物学を指導してきました。

ポーランドの哲学者コラコフスキーがいっているのですが、「どんな社会にも知識人というのがおり、それには2種類ある、ひとつは祭司、もうひとつは道化だ」。祭司と道化が両方いることで、社会は維持されている。祭司は秩序を維持する。道化はそれをときどきかきまわして、活性化する。格さんは、まさに祭司。柴谷さんは道化。それが非常にぴったりあうというのが、僕の実感です。僕はその二人にみちびかれたんです。

高野 そういう意味では、川出先生は、生命とは何かを考えるうえで、いちばんいい場所にいらしたということなのですね。

川出 結果としてね。それで僕は、格さんに忠実であるよりは、柴谷さんに忠実なほうになっていったんです。

柴谷さんは、「構造主義生物学」をやっていて、それがネオダーウィニズム、現代生物学に反対するという趣旨はわかるのだけれど、もうひとつよくわからない。それで僕は、柴谷さんのいうことをちゃんと理解できないままに、ちがう方向をさがして、言語学に助けをもとめたんですね。

高野 先生は、構造主義生物学とおなじように、現代生物学にはまったくない視点から、生命とは何かを明らかにしようとする、松野孝一郎さんが提唱されている「内部観測」は、どう評価されますか。

川出 難しくてよくわからないんです。基本的には、僕の言っていることと通じることがある、つまり自然科学のように、対象を見るのに、その外から、どこだかわからないところに身を置いて見るのではない、生きてはたらく系自身の内部から見るのでなければ、意味や価値をつくりだす主体のことは理解できない、と思うのだけれど、松野さんのいわれていること自体は、よくわからない。

それよりは、おなじ「内部観測」とくくられることがある、郡司ペギオ-幸夫さんの研究のほうが、まだすこしわかります。物と物との関係を論理であらわしたものとして生命をとらえ、それをコンピュータでシミュレーションしている、というくらいのことはわかる。でも「生命の論理」というのは、「生物」とは、ちょっと、ちがうのじゃないかという気がします。郡司さんは「生命壱号」とはいうけれど、「生物壱号」とはいわないでしょう。「生命」と「生物」とは、ちがいがあると思うんです。生物とは、やはり「モノ」、分子などの物質なのであって、僕はそこにこだわるんです。


2011-03-01

生物記号論者・川出由己さんインタビュー (1/4)

(まえがき)

川出さんのインタビュー、まずは大学教授時代のことからです。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

高野 僕は川出先生がお書きになった、「生物記号論」を拝読しまして、すばらしい本であると思いました。

川出 この本は書くのにかなり時間がかかったですよ。これは僕が書いた唯一の本なのですけれど、4、5年かかったかな。

生物学者でほめてくれた人は、ほんのわずかです。京大の古手で前々から付き合いのあった山岸秀夫、村松繁などの他は、池田清彦、団まりな、そして数学出身の経営哲学者村田晴夫くらい。

嬉しかったのは、工学部でロボットの設計をやっている人が、非常に評価してくれたんです。ロボットに記号作用をさせようと思っている人たちがいて、僕はそれは無理だと思うんだけれど(笑)、その人たちが、これは非常にわかりやすくて、参考になったと。彼らは、生物に似た機械をつくろうとしているんです。そのためのアプローチに使えそうだと。

高野 工学の人って、科学にたいするしがらみがないですもんね。実用になるものがつくれればいいわけですから、いい意味でいい加減な、自由な発想から物事を考えはじめる。科学ではとても重要視される、主観と客観の切れ目とか、工学の方は関係ないですもんね。

先生はもともと、分子生物学の研究者として、免疫のことなどを研究されていたわけですが、そうでありながら、現代の生物学がおかしいと思うようになったというのは、どういうきっかけだったのですか。

川出 もともと僕は、理科はあんまり好きじゃなかったんですよ(笑)。それなのに理科に進んだというのは、僕はずるいから、戦争中だったので、理科に行けば兵隊にとられないですむと考えたということで、もともと機械論的な科学は、性にあいませんでした。でも戦後まもない1947年に化学科を卒業して、渡辺格さん、日本に分子生物学を導入した「格さん」に拾われるという幸運に恵まれて、なんとか無事に63歳の定年(1988年)まで過ごして、それでこれ幸いと科学とは縁を切り、自分で勝手な本を読んで、勉強をはじめたのです。

定年になるころにはもう、自然科学はどこかまちがっている、生物を扱うには何かが足りないはずだと思っていました。「生物記号論」にも書きましたが、生き物を機械であると考えることが、どうも自分にはしっくりとこなかったのです。

僕はもともとディレッタントで、高校や大学の時代は、理科系でしたけれど、小説ばかり読んで暮らしていたような気がします。その当時は職も少なかったから、大学を出て商売替えをする勇気がなくて、おとなしく、まともな科学者の生活をしていたのですが、芸術にはずっと興味がありました。自分では、楽器もやらないし、絵を描くこともしないけれど、それをエンジョイすることは好きでした。だから科学者としては、二流、三流というところです。で、この本を書いたことで、ようやく自分の存在意義を自分で認めることができたように感じています。

科学には何か大事なものが足りないはずだと思っても、まわりにはそれを受け止めてくれるような人はいませんでした。ちょうど分子生物学がどんどん伸びているころだから、それに疑いをもつ人など誰もいやしないし、自分自身も感心して尻馬に乗っていました。分子生物学は発展するにつれて、テクノロジー化して、科学全体も技術化していった。ずっと昔ですけれど、アンドレ・ルヴォフという、フランスのパスツール研究所にいた、ノーベル賞をとった微生物学者が、自身がノーベル賞をもらいながら、「このごろノーベル賞というのは、思想に与えられるのではなく、分子に与えられるようだ」と皮肉をいったくらいで、そういう科学全体の傾向が疑問でしたね。

でもだからといって、どうしようということはなく、そういう生物学のテクノロジー化を批判するようなエッセイをいくつか書いたことはあるけれど、それ以上のことはありませんでした。

高野 でもそれは、先生が現役でいらっしゃったころには、そういう批判をしようものなら、へたをしたら生物学者としての職を失いかねないとか、そういう時代だったのですよね。

川出 そう。それで大学を退職する少し前あたりから、免疫系のはたらきが、言語系と似てるような感じがして、言語学の勉強をしているうちに、生物記号論と出会ったんです。非常にラッキーでしたね。



2011-02-27

生物記号論者・川出由己さんインタビュー (まえがき)

「生物記号論」は、お世話になっている中村桂子さんの本棚で見つけた。

その本棚は、それまでも何度も見ているもので、この本の背表紙も、当然目にしていたはずなのだが、やはり出会いというものは、タイミングがあるのだと思う。

僕は郡司ペギオ-幸夫さんの研究を、ほんとにおもしろいと思っていて、僕はもちろん素人だから、科学的な研究成果にたいして、きちんとした評価はできないわけだが、郡司さんの最新刊である「生命壱号」は、生物学にとって革命的ともいえる内容ではないのかと、勝手に信じている。

「生物とはどういうものであるのか」と考えるとき、これまでの科学では、それをあくまで、原因とその結果というものの連鎖によって構成される、客観的なものであるととらえ、記述しようとしてきた。

たとえば目の前に、自分が飼っている猫がいたとして、猫の飼い主なら、猫が人間と同じではないにせよ、ある感情をもち、飼い主の行動にたいして喜んだり、不満をもったりするということは、あまりにも明らかなことだろう。また猫はいうまでもなく、自分が生きていくという目的のために、餌を食べ、さまざまな探索をし、自分が居心地のよい場所を見つけようとする。

日常的な感覚からすれば当たり前な、そのようなことも、科学では根本的には、認められていない。

人間以外の自然には、感情や目的などというものは、一切存在してはならないということが、科学における公式見解だ。一見感情とか、目的とかいうように、見かけ上見えるものも、長い時間をかけた生物の進化のなかで、高度にプログラミングされてきた結果なのであって、あくまで生物は、この歯車が動けば、それによってこちらの歯車が動き、というような、機械の一種であると考えるのだ。

科学のそうした見解にたいする異議は、これまで100年以上にわたって、さまざまな人が、提出してきた。それは「生気論」と総称され、生物には、物理的、化学的な過程だけでは説明できない、それとはべつの「生気」とでも呼ぶべき、とくべつな性質があると考えるものなのだが、そのすべては、科学によって否定されてきた。もちろん中には、理論として実際に未熟なものもあったに違いないが、今ふりかえると、説明として一考に値する、もっともなものであるにもかかわらず、徹底的な弾圧によって、抹殺されたものもあったと、科学史家の米本昌平氏は、著書「時間と生命」に書いている。

米本氏は、科学が「感情」や「目的」などというものを認められないのは、科学がキリスト教的な考え方と戦い、そこから離脱することによって誕生したという、その出自に大きな理由があるという。すべてを「神の意志」「神がつくり給うた」ものとしてではなく、真理というものをどう、探求することができるのか、という苦闘が、科学に「客観性」というものをもたらした。自然はあくまで、客観的に記述できるものであり、人間はその外側から、自然を眺めている存在なのだという自然観が、あくまで人間の属性であると考えられる「感情」や「目的」などというものを、自然にもちこむことを許さないのである。

しかし単純に考えれば、人間も自然の存在であり、46億年におよぶ地球上の進化の歴史の延長線上に、自然によって生みだされてきたものである。

そうであるとすれば、いま人間がもっている、「感情」や、「目的」などということが、人間が誕生して初めて生み出されたものではなく、その前から存在したものであると考えることは、何もおかしいことではないだろう。むしろあるとき突然、それらが生まれたと考えることのほうが、よっぽど無理がある。

生物学者もいま、徐々にそういう方向へシフトしつつある。

郡司さんはそのトップランナーであると、僕は勝手に思っているのだが、郡司さんは、生物というものが「記号」の性質をおびたものであると考え、それを仮定して、コンピュータによってシミュレーションさせた結果と、粘菌や鳥の群れなどとの観測結果が、ピタリと一致するという成果をみちびきだしている。

郡司さんの研究の前提として、「記号」をいうものを、生物に適用するという試みの歴史があり、それが「生物記号論」だ。

記号とは何なのか、それを生物に適用するとは、どういう意味なのかということは、「生物記号論」を読めば詳しいのだが、その著者である川出由己さんに、僕は先日、インタビューしてきた。

その内容を、このブログでこれから4回にわたって公開する。

川出さんは、1924年生まれ。東京大学を卒業され、京都大学ウィルス研究所教授をつとめられた。63歳の定年後、生物記号論の勉強を始め、2006年に、この「生物記号論」を出版された。

なおインタビューの内容は、事前に川出さんにチェックし、修正していただいたものである。

川出先生、お忙しいところ、本当にありがとうございました。


  

2011-02-24

リビア、民主党、DNA

リビアの動向から目が離せない。

中東の革命は、チュニジアから始まり、エジプトに飛び火をし、それがリビアにも飛んでいったということなわけだが、チュニジアやエジプトは、その独裁君主の顔をよく知らないということが、僕の場合あったのにたいして、カダフィは有名で、テレビや新聞で、顔をなんども見たことがあったからということかもしれないし、チュニジアやエジプトの場合は、「フェイスブック革命」などといわれ、IT機器の進歩が、革命をうながしたなどと言われるが、リビアの場合、あまりそういう様子が見えてこなくて、状況がよりシンプルで、民衆対カダフィという、対決の構図がわかりやすいからかもしれない。

カダフィはあくまで権力にしがみつく構えを見せ、デモの民衆にたいして空爆までし、千人以上を殺害したといわれているから、さすがにそれは、リビアの国民も、周辺国も、許すことはできず、もう勝敗は、ほとんど決したといえるのだろう。あとはカダフィが、どのような形で排除されるのか、亡命するのか、自決するのか、はたまた処刑されるのか、ということだけが、残された問題であるようにみえる。

しかしそれより、カダフィが排除されたあと、リビアがどのようになるのかということが、気がかりだ。

エジプトのように、軍がまとまって、国政にたいして影響力をもつようには見えないし、ほかにこれといって、民衆の意を汲みながら、カダフィ後の体制をつくりあげていけるような存在も、あるような話は聞こえてこない。アルカイダが支援を始めたという話もあるから、そうするとカダフィ後のリビアは、誰も統制をとるものがいない無秩序状態となり、テロリストが跋扈し、部族同士の内戦が頻発する、それだったら前の方がよかった、というようなことにもなりかねない。

実際、今の独裁政権だって、多くは、革命により、王政を打倒したあとにできたりしているわけだから、革命が、何でもいいものであるとは、到底いえないわけだ。

しかしいずれにせよ、独裁というものが、民衆によって明確に否定されるという世界の流れは、はっきりしたといえるのだろう。今度はそうすると、中国や北朝鮮など、アジアの独裁国家が、どういうことになるのかが、次の展開ということになるのかもしれない。



独裁の反対といえば、民主主義になるわけだけれど、この民主主義も、はなはだ危ういところにあるように思える。

民主主義国家の代表はアメリカだろうが、このアメリカも、経済は低迷し、格差が広がり、オバマ大統領の支持も凋落している。

日本もいちおうは、民主主義国家のはしくれだが、この体たらくはいうまでもない。

アメリカも日本も、独裁国家である中国に、今や追い抜かれようとすらしているわけだ。

そうやって世界では、独裁というトップダウンも、民主主義というボトムアップも、どちらもが否定されようとしているように見える。



日本においても、菅首相がなぜここまでダメなのかということについて、僕なりに想像力を働かせると、鳩山・小沢の時代に、民主党はトップダウンで、マニュフェストを実現させようとした。しかしそれが結果として、鳩山の宇宙人的発言やら、小沢の強圧的印象やらをうみ、民主党の支持率を低下させることにつながったから、菅は、自分はそういうトップダウンではなく、ボトムアップでやろうと、それなら国民に支持されるのではないかと考えたのではないかという気がする。

それで部下である官僚のいうことをよく聞き、また関係者である財界やマスコミのいうことを聞いたら、こんどはリーダーシップが感じられない、マニュフェスト無視、自民党時代へ逆もどりと言われることになってしまった。

ここでも、トップダウンもボトムアップも、両方がうまくいかない、ということが、同じようにあらわれているように見える。

要は今、トップダウンでも、ボトムアップでも、どちらでもない組織運営の仕方がもとめられている、ということなのだと思うのだ。



今生物学のことを、いろいろ勉強していて、ものすごく似たようなことがあると思っている。

生物の細胞にはすべて、その生物に固有の「DNA」がある。

DNAは以前は、「生物の設計図」だといわれ、DNAが、生物の形や機能の、すべてを決めるものだと思われていた。

しかし今や、DNAがそのようにトップダウン的に、物事を決めているとは、思われないようになっている。

DNAは「細胞」のなかにあり、その細胞には、莫大な数の、さまざまな分子があって、それがおたがいに、猛烈な数の関係性を、何十億年という時間のなかで、築くにいたっていて、生物の形を決めるためには、この細胞のなかの分子のすべてが、重要な役割をはたしていると考えられるようになってきている。DNAが重要な役割をはたすことは、それはまちがいがないことだが、同時に細胞のさまざまな分子の、ボトムアップ的な役割が、解明されなければいけないと考えられ始めているのだ。

おそらく生物は、このトップダウンとボトムアップの調和を、なんらかの形で実現しているのであって、それがどのようなものであるのかが、生物学の中心課題の一つとなっている。世界の情勢と、まさにリンクしているということなのだな。

しかし世界と日本、それに生物学が、そういうふうにリンクしているように見えるということは、なにも偶然ではなく、いずれも「組織運営」という共通の問いにたいする、同じ認識のあり方をしめすものなのだ。

それこそが、現代社会で最大の問いであると、僕は言えるのじゃないかと思っている。

2011-02-23

「時間と生命」、ぶりのはりはり鍋

東京へは、科学史・科学論の専門家である、東京大学の米本昌平という人に会いにいった。

中村桂子さんの本棚で、米本さんが書かれた「時間と生命」という本を見つけ、読んでみたらとてもおもしろく、僕が書こうとする本に、ぜひ取り上げたいと思ったのだ。

米本さんは、いまの「科学」について、徹底的に批判している。

科学というといま、「正しいものの代表」という感じがするけれど、本当はそんなものじゃない。たしかに物質のふるまいの、ごく一部について、実験の結果をものすごい正確さで、科学は説明できるようになったのだけれど、そのやり方を延長して、「生物」について明らかにしようとすると、なかなかうまくいかないということがわかってきたのだ。

だいたいまず生物は、想像もできないくらい複雑だ。たとえば人間の細胞には、何十兆個という、様々な種類の分子があって、さらにその細胞が、何十兆個もあつまって、ひとつの体というものをつくり上げていて、しかもそのなかで分子はたがいに、数え上げられないほどの数の関係をもっている。そういうものを、これまでの方法で正確に実験するということ自体が、まずかぎりなくむずかしい。

さらに生物は、何十億年という時間をかけて、進化してきている。そんな長い時間をかけておこることを、実験によって再現するということは、ほとんど不可能だ。

そうやって生物が、これまでの科学の方法では、明らかにすることがむずかしいという現実に突き当たると、科学者どうしの戦いが、じっさいの正しさというものに基くのではなく、考え方とか信念、さらには派閥の政治力などというものによって、勝敗が左右されるようになる。

科学は、むかしはキリスト教が、「真理の探求」を支配し、すべては神の御心のもとにつくられたと考えるところから、脱却しようという動機のもとに生み出された、「反キリスト教」的な性格をもつから、「意思」とか「目的」とかいうものを持ち込むことを、極度に嫌う。

生物というものが、生きるという「目的」をもったものだと考える「目的論」や、さらには目的を生み出すための、物理的、化学的なものとは別の、何らかの仕組みを考えなければいけないとする「生気論」は、徹底的に弾圧され、葬り去られてきた。

つい30~40年前、米本さんが学生の時代には、目的論や生気論を口にすること自体がタブーとされ、そんなことを言うものは、科学者としてふさわしくないというレッテルを貼られるという、暗黒時代ともいえるような空気が満ちみちていて、米本さんはそれに反発し、科学者にはならない決意をする。

証券会社に就職して、仕事の合間に、科学史についての研究をつづけ、外側から、科学を批判するという道をえらんだ。

ところが縁あって、三菱化成生命科学研究所に就職することとなり、そこで生命倫理や地球環境についての研究をつづけてきたが、それを定年で退職し、ふとまわりを見わたしてみると、世の中の空気が、以前とは変わっていることに気が付いた。「意思」とか「目的」とかいうことを、主流の生物学者が、口にするようになっていたのだ。

そこで米本さんはあらためて、「目的」というものが生物学から、理不尽に抹殺されてきた歴史を克明に記し、「目的」を中心として構築される、新たな生物学の論理体系の可能性をしめすために、「時間と生命」という本を書いたのだ。

実際にお会いして、お忙しいところ、2時間ほども、お話を聞かせていただくことができたのだが、さすが現役の研究者、科学にたいする批判について、口にすることばに、いちいち迫力がある。

ただ僕は、ちょっとそれに気圧されてしまって、言いたいことをイマイチ、きちんと伝えられないまま、時間切れになってしまったところがあって、それがすこし残念ではあった。



きのうは新幹線で、京都に帰ってきて、3日ぶりの家めし。

グルメシティで天然モノのぶりを買ってきた。

ぶりは今年、天然モノが豊漁で、値段が下がり、毎年値段の変わらない養殖モノより安くなっている。ぶりもそろそろ、旬が終わるから、いまのうちにちゃんと味わっておかないといけないのだ。

ぶりは好きな大きさに切って、さっと湯通しして、水で冷やす。

それをきのうは、水菜とあわせてはりはり鍋。

はりはり鍋は、もともとは鯨肉をつかった関西の料理で、水菜にあまり火を通さず、その「はりはり」とした食べごたえを楽しむところから、付いた名前だという。

ネットでレシピを調べると、ポン酢で食べるやり方と、汁に味をつけるやり方と、両方があるのだが、きのうはポン酢でやってみた。僕のポン酢は、いつもの通り、しょうゆに自分でレモン汁をたらしたもの。

食べる分だけ煮て、火が通ったらすぐに食べる。ぶりのほっくりとした味に、シャキシャキとした水菜が、よく合うわけなのだ。いっしょに豆腐を入れるか、油揚げにするか、かなり迷ったのだが、きのうは豆腐。ぶりの味がしみて、これもまたうまい。

酒は佐々木酒造の「古都」、特選本醸造。この酒は、すこし酸味があって、それがまたうまさのポイントなのだよな。

最後のシメは、鍋の汁に塩で味付けしてしょうゆをたらした吸い物。これがほんとに癒される。


佐々木酒造


この本は、ぜんぜん予備知識がないと、ちょっとむずかしいかもしれません。

読売新聞 「時間と生命」書評

2011-01-28

生命本紹介 「生物記号論」 (川出由己)


「生きているとはどういうことか」に興味があるという場合、科学において、「生きている」ものをあつかう分野、生物学をひもといてみるというのが、当然王道にはなるはずなのだが、現在、生物学の主流となっている分子生物学について、いろいろ触れてみても、どうも今ひとつしっくりこない。

分子生物学は、生き物を「分子でできた機械」と考えるもので、生き物の最小単位である、目にも見えぬほど小さな細胞というものが、DNAやら、タンパク質やらといった様々な分子が、いかに巧妙に組み合わさることにより、全体として「生きる」ということを実現しているのかということについて、驚くほどたくさんのことを明らかにしていて、細胞というものが、なんともうまく出来ているものだと感心するとともに、それを次々と明らかにしていく生物学者の力量にも、舌を巻く。

しかしそれに触れれば触れるほど、わき起こってくる疑問があり、それについて納得のいく説明が、どこにもされていないということに、気づくことになるわけなのだが、それは「そんなにすぐれた機械を、誰が何のために、どのようにつくったのか」ということだ。

たとえばここに時計があり、時計というものを知らない人が、それを理解しようとする場合、もちろんその時計のフタをあけて、一つひとつの歯車がどうなっていて、それが他の歯車とどのように組み合わさって、全体としてどのような働きをするのもなのかをくわしく調べるということは、当然やってみるべきことなのであるが、それだけでは時計というものを理解したことにはならない。
時計というものが、「時刻をしめす」という目的のためにつくられたものだということがわからなければ、時計の仕組みについて、どんなにくわしく知ったとしても、何もわかったことにはならないし、さらには、もともと時計というものが、こういう形で発明され、それがどのように発展して、今の形になったのかということも、知るべき大事なことだろう。

生き物というものは、これは当然、人間がつくったものではないわけだが、神様がつくったということも、今は信じる人は少ないだろう。
自然によって生み出され、何十億年という長い期間をかけて、育てられてきたものなわけなのだが、それでは自然は、これだけ様々な種類の生き物を、何のために、どのようにつくってきたのかということについて、現在の科学はどのように答えるのかといえば、自然や生き物に目的などはなく、原始の地球にたまたまあった、いろいろな種類の分子が、ただ偶然、よせあつまり、ランダムに変化しながら、まわりの環境にうまく適合し、たくさん増えることができたものは生き残り、そうでないものは死滅するということの繰り返しで、今のような複雑精妙な生き物までが、生み出されたきたのだという。
それは例えてみれば、サルにタイプライターを打たせていれば、いつかシェイクスピアのような、立派な文学作品ができるだろうと期待するようなものであって、常識的にはまったく信じることができない。

シェイクスピアが時代をこえて、あれだけ人を感動させる作品を残せたということは、それなりの想いがあり、それを実現する才能があって、さらにそれをじっさいに努力して書き上げるということがあって、初めて可能だということは、誰もが認めるところなわけだが、現在の主流の科学は、それはあくまで人間についての話であって、自然はそういうものではないという。
自然には目的や思い、意思や努力などというものは、いっさい存在することはなく、ただ偶然生みだされた原因が、環境の作用を受けながら、ある結果を導きだすだけであると、言うわけなのである。

科学はもともと、キリスト教に対抗し、キリスト教が、すべては神が造りたもうたと言うのにたいして、そうではなく、神ということばを抜きにして、真実を明らかにしようというところから生まれたものだから、目的とか意思とか、そういうものについて、過敏に反応するというのは、わからないこともないのだが、しかしそういうものをまったく抜かして、これほど複雑精妙な分子の機械が、どんなに長い期間があったとしても、ただの偶然の結果として出来上がってくるというのは、素朴な常識的な感覚からすれば、ちょっと理解するのは難しい。

しかし科学者のなかにも、じつはそのように考えている人もいるのであって、この本の著者である川出由己もその一人。
川出は63歳の定年まで、京都大学で免疫について研究していたが、そのあいだずっと、生き物をただ物理的な機械が、偶然の産物として生み出されてきたと考えることになじめず、大学を退官後、それでは生き物を、どのように理解したらいいのかということについて、自分の頭で考え始めた。

いろいろな本や論文を読み、人の話を聴くうちに、ある日出会ったのが「生物記号論」。
記号論というのは、人間のことばのふるまいをもとに、それを抽象し、一般化したもので、生物記号論は、生き物もただ物理的な側面ばかりでなく、記号的な側面をもつと主張する。
目的や意思をもち、主体的なふるまいをするものであると考えるものなのだ。
もちろんこれは、主流の生物学とは、真っ向から対立するものであって、生物記号論を真剣に研究する人は、ほんとに少数派であるわけなのだけれど、川出は十数年にわたって、自分の頭で考え続け、その末にまとめられたのが、この「生物記号論」。

これはまったくよくできた本で、まず書かれている日本語が、とても平明でわかりやすい。
学者の書いたものというと、どうしても難しく、わかりにくくなってしまいがちだが、この本には微塵もそういうところがない。
もちろんマンガや雑誌を読むのにくらべれば、たしょうの骨は折れるが、「生きているとは何か」を真剣に考えたいと思っている人であれば、専門知識のまったくない、ずぶの素人であったとしても、最後まで読み通すことができるようになっている。

内容については、まったく納得ができる。
生き物が記号という側面をもつということについて、これだけの根拠をしめしながら論じられれば、ふつうなら誰でも、まったくその通りであると、思わざるを得ないだけのものとなっている。
議論に飛躍したところもない。
一歩一歩ていねいに、踏み外さぬようゆっくりと進んでいく。

著者の結論は、「生き物はすべて、心の次元をもつ」ということだ。
それは現在の一般常識からすれば、ちょっと奇妙な感じはするのだが、一般常識から反することが、なにもまちがいであるとはかぎらない。
相対性理論や量子力学が、どれほど一般常識と反する理論を打ち立てたのか、思い出してみるがよい。

この本は、現在の主流の生物学がまったく無視する、しかしなくてはならぬ重要な側面について、現時点で望みうるかぎり、もっともわかりやすく、そしてバランスよく、書かれたものである。
「生きているとは何か」を知りたいと思う人には、専門家であるとないとにかかわらず、必読の書であることは疑いがない。

2011-01-23

茂木健一郎氏、郡司ペギオ-幸夫氏の講演を聞いた


1月21日に、大阪大学人間科学研究科で開催された、シンポジウム「生命ってなに?生きている私ってなに?」で、脳科学者である茂木健一郎さんと、理論生物学者である郡司ペギオ-幸夫さんが話をするというので聴きに行った。
吹田にあるキャンパスで、家からは1時間ほど。
でも途中4度も乗り換える。
万博をやった場所の近くで、太陽の塔、初めて見た。
意外にでかかった。

大学の新しいキャンパスというのは、だいたい山の中にあるもので、吹田キャンパスもそうなわけだが、寒いこと寒いこと。
京都も寒いが、それよりだいぶ寒く、また会場も、途中で暖房を止めたりするものだから、階段教室だったから上のほうは暖かかったのかもしれないが、最前列、階段のいちばん下に陣取った僕は、ダウンを着ながら話を聞いてた。

それはどうでもいいのだが。

いちばんの興味は、郡司さんの話に、茂木さんや、あと主催者である哲学者、檜垣立哉さん、またやはり哲学者の塩谷 賢さんが、どう絡むのかということだったのだけれど、結論をいえば、あまり絡んでいなかった。
郡司さんの書いたものとか、皆あまり読んでいないのだな。
だからそれぞれの視点の話がただ並ぶということになり、それについてはちょっと残念だった。

でも郡司さんと茂木さんの話は、それぞれとしては、とてもおもしろかった。




郡司さんというのは、猛烈な早口で、しかもぼそぼそしゃべる人で、郡司さんの話がわかりにくいと言われるのは、内容の難しさもさることながら、その話し方にも、大きな理由があると思うのだが、それでも昨日は、文系の大学生を相手に話すということで、専門用語は極力つかわず、短い時間のなかで、できる限りわかってもらおうとしているということが、よく伝わってきた。

郡司さんは今、動物の「群れ」についての研究に取り組んでいて、群れというものが実は、人間や動物の「からだ」と同じようなものだと言えるいう、あまりに刺激的なことに取り組んでいる。
考えてみたら、郡司さんが言うとおり、人間のからだというものも、無数の細胞が集まったものであって、群れの一種であると言えないこともない。

群れというのを説明するこれまでの理論というのは、鳥なら鳥が、一匹一匹が、まわりの鳥と、進む方向とスピードを揃えようとすることで、群れ全体として一つの方向へ進むのだと考えるというものだった。
これは集団が統制されたふるまいをするという場合に、誰でもすぐ思いつく考えだ。
軍隊の行進などは、実際、まさにそういう考え方によって統制されている。
しかしそれだけだと、すべての鳥が同じ方向へしか進まないことになるので、「ゆらぎ」というものがあって、一匹一匹が気分によって、ランダムに方向やスピードを変えてしまうことがあり、その変化にまた、まわりが合わせようとすることで、全体として方向やスピードが変化するということにする。

ところがここ数年、コンピュータによって映像を解析するという技術が著しく進歩して、動物の群れをビデオで撮り、そこから動物の一匹一匹が、実際にどういう動きをしているのかということを、きちんと測定することができるようになってきた。
そうするとそこから、今までの考えではまったく説明ができないことが、群れのなかで起こっていることがわかってきたのだ。

群れが全体としてある方向へ進んでいるとして、一匹一匹がその全体の方向から、どのくらいずれているのかということを、撮影したビデオの映像から計算することができる。
今までの理論では、ゆらぎは一匹一匹の気分によって、ランダムに起こることなわけなので、それらはすべての鳥について、バラバラなものであるはずだ。
ところが実際には、群れの中のかなり大きな集団で、その中にいる一匹一匹の鳥の進む方向の全体からのずれが、みな揃っている場合があるということがわかってきた。

集団の中で、ずれが揃っているとは、群れの全体はある方向へ進もうとしているのに、群れの中のその集団だけは、それとは別の方向に進もうとするということだ。
これは例えてみれば、人間が歩いているときに、腕を動かせば、その腕は、歩いて進もうとする方向とは別の方向に動くというのと、同じような話だ。
動物の群れのなかに、からだの腕や脚などの器官にも相当するような、独立した集団があるということなのだ。

そういう独立集団が、それではどうやって、揃った動きをするのか。
音波などの物理的な信号によって、おたがいに連絡をとりあっているのか。

もしそうであるとしたら、音波なら音波のとどく距離というものは、その物理的な性質からきまる、一定なものであるはずだから、集団の大きさというものは、そこから一定なものになるはずなのだが、実際にビデオから測定してみると、なんと、その集団の大きさは、群れが小さいときには小さく、群れが大きくなると、それに比例して大きくなるという。
小さな子どもは腕も短いが、大人になれば長くなる、ということと同じ話だ。
そうであるとすると、その集団は、物理的な信号によって統制されているのではなく、別の理由でそういうふるまいをするようになっていると考えなければいけないわけで、これまでの理論ではそれを、まったく説明できなかった。
ところが郡司さんがあるモデルを作り、それがこのことを、ピタリと説明したということなのだ。

モデルの詳しいことについては、僕もよくわからなかったが、根本的な考え方としては、郡司さんはカニについてのモデルを作ったのだが、このカニが、自分のまわりを認識するのに、ふた通りの認識の仕方をするということなのだ。

まわりに仲間のカニがそれほどいないときには、カニは、自分のまわりのカニがどこかへいなくなったら、そこへ自分が移動する、ということをする。
これは、カニは自分のまわりというものを、一匹ずつのカニが何匹かいる、という形でとらえているということだ。

それにたいして、自分のまわりにたくさんのカニが集まった状態になってくると、カニは、自分のまわりのカニたちを、ちがった形で認識するようになる。
カニは自分の進もうとする方向について、たくさんの可能性をもっているわけだが、それを同様にたくさんの可能性をもった周囲のカニと、郡司さんは「共鳴」ということばを使っていて、これが具体的にどういう計算をすることなのか、よくわからなかったが、とにかく、近くにいるカニどうしが、おたがいの可能性について折り合いを付けながら、全体として一つの方向を決めていくということをするというのだ。
ただ他人に合わせるとかいうことではなく、あくまでたがいに共鳴しながら、一つの方向を見出していくという、場のようなものが、できてくるというのだな。

そういう、自分の進む方向が、自分が一人で決めるということでもなく、他人に合わせるということでもなく、そのどちらでもない、中途半端といえば中途半端なやり方で決まっていくと考え、それをモデルに組み込むと、これまでの理論では説明できなかったカニの群れのふるまいについて、見事に説明できるようになるという話なのだ。
なぜそう考えると、群れのなかに、全体と方向がずれた、独立した集団ができることになるのか、不思議といえば不思議な話だが、とにかくそういう考えを組み込んだモデルをコンピュータでシミュレーションしてみると、たしかに実際のカニの群れのふるまいを、まことにうまく説明してしまうのだ。

郡司さんがすごいと思うのは、郡司さんも、そのモデルを作るにあたって、実験結果を見て、それを説明できるのは、このモデルだ、ということを、論理的に導きだしたのでは、たぶんないのだ。
郡司さんにとってはまず、ただ自分をまわりと合わせるだけの、そういう存在が生命であるはずがない、という確信が、はっきりとあるということなのだな。
そして生命というものは、こういうものであるはずだという、郡司さんの考えがあって、それをモデルにしてコンピュータで計算させてみたら、偶然といっては失礼なのだが、結果として、実験結果とピタリと合った、ということなのではないかと思う。

自分の確信が、実験を見事に説明するというのは、相対性理論を作ったアインシュタインにしても、量子力学建設の立役者だったニールス・ボーアにしても、全盛期にはそういうことだったわけなのだが、郡司さんが今、そういう風にして、実験結果を次々と説明していっているということは、郡司さんが科学者として、まさに脂がのりきった時期に入っているということなのだろうな。




茂木さんは、夏目漱石の話から入った。
夏目漱石が、東大だったかの教授の口がほとんど決まっていたのに、それを断って、朝日新聞社という、当時でいえばほとんどベンチャー企業のようなところへ就職したりだとか、イギリスへ留学しても、自分はイギリスのような文学はやらないと決心して帰国したりだとか、世の中の確立した体制だとか、考え方だとか、そういうものに頼ったり属したりせず、そこからは「降りる」決意をし、一介の文学者として、物事を自分の実感にもとづき、自分の頭で考えていくという生き方をしたことを紹介し、自分はいま、そういう風に生きようとしているし、これからの日本や世界にとって必要なことは、そういう生き方をすることなのじゃないかと、茂木さんは言う。

茂木さんは何人かの学生を指導もしていて、彼らにたいしては、きちんと博士号が取れるように、「クオリア」などということはひとことも言わず、今の認知科学の確立した方法論のなかで、無難なやり方で研究をさせるようにしている。
しかし本当は、クオリアなどという、これこそが解決すべき最大の問題であるというものを突破していくためには、いま科学者たちが、ただ論文をたくさん書き、自分の実績を作るために行っている研究のやり方など、まったく意味がない。
茂木さんはそれを、どこかの学会で、みなの前で言ってしまったらしくて、それでいま、科学者仲間から「干されている」という仕打ちにあっているのだそうだ。

茂木さんは、クオリアなどの問題は、いま主流に行われている研究のやり方では、ぜったいに解決できないということを、論理的に結論したということで、そうではない進み方というものを、なんとか見つけようと、日々模索している。
それと同時に、去年1年間は、ツイッターによって日本を変えられるのではないかと考え、それに向け努力をしたけれど、世の中の確立した体制というものは、なかなか手ごわくて、そう簡単にひっくり返せるものではないということがわかり、それはもうあきらめたのだそうだ。
しかし日本が、そして世界が、今どんどん崩壊しつつあるのはまちがいないことであって、それを食い止めるためには、ただいい大学へ入って、いい会社へ就職して、などということを考えていてもダメなのだ、自分が何をやらなきゃいけないのかということについて、ほんとに自分の頭で考え、それを行動に移していくことをしなければならないと、大教室にいっぱいの聴衆の学生たちに向かって、茂木さんは力強く語っていた。



僕も基本的に、茂木さんと同じ想いであって、前の会社に入ったのも、そしてまた辞めたのも、世の中のレールにただ乗って進むのではなく、自分の頭で考えたいと思ってのことだった。
 
思い出してみれば、僕が大学に入ったときには、大学の権威というものは揺るぎないもので、まさかその大学が、つぶれるなどということは、考えられもしなかったことなわけだけれど、それから早30年、時代は変わり、大学も統廃合され、一流企業や銀行すら、つぶれたり、外国資本になったりする、激動の時代を歩んできている。
ソ連が倒れ、戦後の体制が崩壊し、これからはアメリカ中心の明るい世の中になるのかと思ったら、アメリカは巨大な軍事力を背景として、自分たちに都合のよい体制を世界に迫り、ひたすら金儲けに走るようになる。
それに対抗して、軍事的な、また最近では情報的な、テロリストが横行し、また中国を初めとして独裁政治が、ふたたび息を吹き返している。
民主主義だというけれど、もうそれはほとんどお題目に近いものになってきていて、アメリカも日本も、どちらへ進んだらいいのか、まったく先が見えなくなっている。

なぜ世界がそのようになっているのか。
それは、その世界を形作っている、根本的な考え、「近代」とよばれる考え方が、もうすでに限界にきていて、「ポストモダン」とかいって、何十年か前に「近代は終わりだ」と盛んに言われたけれど、けっきょく近代にかわる新しい考え方を生み出すことができず、今に至ってしまっているということが理由なのだ。
近代という考えの根幹に、科学があり、科学はたしかに、人類を大きな隆盛にみちびいたけれど、それは同時に、各国が保有する膨大な数の兵器や、深刻な環境汚染というものをも生み出しているのであって、このままでは人類は破滅しかねないと、皆がうすうす思っているのに、誰も立ち止まることができない。

そのとき、そこでもっとも問われるべきことは、「生命」とはなにか、自分の「意識」とはなにか、という問題なのだ。
現在の科学は、ここにはっきりとした答えを与えることができずにいるのだが、それは、科学というものがもつ限界そのものの、はっきりとした表れでもあるのである。
科学が、この問いに正面から向き合い、もしそれを突破できることがあったとすると、そのときには、科学というものそのものが、根本から大きく、つくり替えられるということを意味する。

郡司さんも茂木さんも、このことをはっきりとわかっていて、そこになんとか、少しでも貢献したいと、日々努力している人たちなのだ。
それはもちろん非主流派であり、少数派なのではあるが、しかし確実に、少しずつ前に進んでいるのであって、僕がいちばん願うことは、僕もそういう人たちのそばにいて、自分ができることを少しでも、いっしょにやっていきたいということなのだ。

2011-01-05

書こうとしている本のまえがき

僕は本を書こうとしているのですが、これから具体的にすすめていくにあたり、どうしようか色々考えてみた結果、とりあえず書いてみるということにしました。
そのままやがな。
それでまず、まえがきを書いてみたのです。

これはこれから、また書きなおして、まったくちがうものになる可能性もありますが、僕がどんな本を書きたいのか、なんとなくわかってもらえるかなと思いますので、下のリンクから読めるようにしました。

ちょっと長文ですが、お時間とご興味がありましたら、見ていただけましたら嬉しいです。

「生きる」を理解する新たな科学(仮) まえがき

2010-12-02

生命記号論

昨日「生命記号論」(川出由己)という本を桂子先生の本棚で見つけて、借りてきてパラパラと読んでいるのだがすごくおもしろい。その本棚は僕がこれまで半年以上、何度も見てきているもので、この本の背表紙も目にしているはずなのだけれど、やはり本にも出会いってあるのだな。今僕は自分が書こうとする本の内容をあれこれ考え始めていて、書きたい主題ははっきりしているのだけれど、本にまとめるには材料が、もう一歩足りないかなと思っているところだったのだが、この本はその最後のピースを埋めるかのように、ぴったりと僕の心に響くものだった。

記号論というのは人間の言語をもとに、その性質を抽象し、体系付けたものなのだけれど、この本では生き物のふるまいというものも、それは犬や猫のような高等動物から、アメーバのような単細胞に至るまで、人間の言語と同じように、記号という側面を持つと考えなければ理解できないと主張する。そして序文の最後にはっきりと次のように書いている。
私は生物すべてに共通の、もっとも基本的な、無生物にはない特性は、「心の次元」をもつことだという結論に達しました。もちろん「心」といっても人間の心と同じものではなく、別のことばを使ったほうがよいかもしれませんが、要する人間の心は、生物進化の過程で人間の出現において突然生じたとか、あるいは人間以前のどこかの段階で心が成立し、それ以前にはなかった、というのではない、生命誕生の最初から、物質をこえた、ある“内的次元”が生物にはあって、それが生物進化とともに発展したのが人間の心だと考えるのです。この本の後半を通じて私のもっとも伝えたいメッセージはそのことです。
これはもう、まさに僕が書きたいことそのものなのだな。

小林秀雄には「感想」という、数年にわたって連載しながらも、未完に終わった作品があるのだが、その冒頭は、亡くなった小林秀雄のお母さんの魂を見た、という話から始まっている。魂というものは、現代においては、非科学的な迷信であると考えられているが、自分がお母さんの魂を見たというのは、実感としてはっきりそう感じられたものであって、今でもそれは、お母さんの魂であったと、自分は信じている、というところから始まって、ベルクソンの生命論の、長々と続く読みほどきに入り、返す刀で近代科学が、分子のふるまいを精密に追いかけていくことにより、生命や意識というものを明らかにできると信じていることに対して、バサバサと斬りつけ、量子力学の観測の理論の説明に入って、それが終わったところで中断してしまった。

小林秀雄自身は、「方向は見えていたのだけれど、自分には知識が足りなかった」と話しているのだが、僕は小林秀雄が書きたかったことは、「魂の実在」であったのだと思う。それをベルクソンの哲学と、量子力学の理論から導き出したいと思ったのだけれど、力尽きてしまった。

今でも魂や心というものが、科学の中にはっきりとした位置を占めるということにはなっていないのだけれど、それにチャレンジしている科学者は、少数派ながらも存在する。生命記号論がそういう理論の一つだと、僕は今回はっきり知ったわけなのだけれど、たぶん主流派の科学者から言わせれば、「それは単なる解釈であって、実験的に証明されていない」ということなのだと思う。でもそれを、決定的な形で、実験的に証明しつつあるのが、郡司さんであると、いうことなのだ。


2010-11-17

「不均衡進化論」 (古澤 滿)


この本は中村桂子さんに薦めてもらったものなのだが、死ぬかと思うくらい面白かった。僕の長年の興味とドンピシャで重なるものだったということはあるのだけれど、べつに生命科学について特別な興味を持っているわけではない、普通の人が読んだとしても、基本的にこの本は、一般の、何の予備知識も持っていない人に向けて、噛み砕くようにやさしく書かれているので、内容としてはまさに最先端の生命科学についての話なのだが、十分おもしろく読めるのじゃないかと思う。

「最先端」と書いたが、この本に書かれている「不均衡進化論」という理論は、まだ完全に確立し、認められたものではない。著者はこのテーマについて20年以上取り組んできているのだが、現在もその理論を証明すべく、実験が重ねられていて、また学会でも、支持者は増えているとはいうものの、全体として認められているという状況からは程遠い。この本自体が、生物学者、およびそれ以外の人たちにたいして、この理論への支持を広く求めるために書かれたものであって、論文や雑誌への投稿以外の、まとまった形で公開されるのは、日本ではこれが初めてという、まさにホカホカ、湯気が出そうなものなのだ。

「不」均衡進化論というくらいだから、この理論は「均衡進化論」にたいして異を唱えている。均衡進化論とは、進化論における現在の主流派、「総合進化説」のことである。ダーウィンの進化論と、メンデルの遺伝学とが統合されたものであるこの理論は、すべての生き物は、遺伝子がランダムに変異することにより生まれる、様々にちがった姿形をもつ生き物の中から、環境に適合したものが生き残り、そうでないものは死に絶えるということによって、40億年前に初めて、細胞という形が生み出されて以来、進化してきたものであるという考えだ。

総合進化説では、遺伝子におこる変異は完全にランダムなものであると考えられていて、それが「均衡」という意味なのだが、それ以外の可能性は厳密に排除されている。しかし素人が素朴に考えたとしても、ただランダムな変化の積み重ねだけで、例えば眼やら脳やらのような、精妙に調節された、極度に複雑な器官ができ上がってくるとは、いくら40億年という、想像を絶する長い時間があったにしても、到底思えないわけで、実際これまでも、変異がランダムではないと考える理論は数多く提出されてきた。しかしそれらの全ては、実験によって決着が付けられるというよりも、主流派による徹底的な弾圧により、葬り去られてきた。進化というものは、膨大な時間がかかるという性質上、実験によって確かめるということがきわめて難しい。なのでその正否についての争いは、政治的、またはイデオロギー的な色合いを帯びてしまいがちなのだ。

しかし著者は、自身の不均衡進化論を、まさに実験によって証明しようとしている。それが可能になったのは、進化を「加速する」ことができるようになったからだ。

細胞が分裂する際、細胞の中にある遺伝物質であるDNAも複製され、分裂したそれぞれの細胞に分けて収められていく。大腸菌など単細胞生物について言えば、このDNAの複製の際に、忠実な複製が行われず、元のDNAの並びとは違った並びに変異してしまうことが、進化につながっていくということになる。

DNAは二重のらせん構造になっていて、複製の際にはそれがチャックを開くようにほどけ、チャックの左右それぞれが複製されて、都合二組のDNAができるということになる。このとき起こる変異は、これまでは左右のチャックに均衡して、同じ割合で起こると考えられていたのだが、著者はそうではなく、左右に起こる変異は不均衡であり、変異は片方のチャックにだけ集中的に起こるということを見つけたのだ。

DNAが変異するということは、生き物にとって必ずしもいい結果だけをもたらすとは限らず、それまできちんと機能していたDNAを変異が打ち消し、機能しないDNAとしてしまうという、有害なものである場合があるし、またそうでなく、DNAの変異によって新たな機能が付け加えられたとしても、それが環境にうまく適合しないこともあり得る。左右が均衡に変異するという場合、分裂した二つの細胞の、どちらにも変異が入ってしまうわけだから、その変異が有害だったり、環境に適合しないものだったりした時、分裂した両方が死んでしまう可能性があり、なので変異の割合をあまり高くすることができず、そうなると、進化はゆっくりとしか進まないということにならざるを得なかった。

ところが左右のチャックにたいして、変異が不均衡に入り、一方は正確に複製され、変異はもう片方だけに入るということになると、分裂した二つの細胞の、一方は以前のまま、そしてもう一方にだけ、新しい性質が付け加えられるということになる。もし付け加えられた新しい性質が、有害なものであったとしても、死ぬのは一方だけで、以前のままのもう一方の細胞は、とりあえず生き残り、絶滅は免れることになる。いわば一方で保守的に、現状維持を担保しながら、もう一方で革新的な実験を行うことができるようになるわけで、そのようなやり方だと、これまで考えられていた、均衡な進化より、はるかに早く、進化が進むと考えられることになったのだ。

著者はさらに、この片方のチャックにだけ起こる変異を、実験室において人工的に、さらに増やすことにも成功した。それにより、抗生物質にたいする耐性を、考えられないほど早く獲得してしまう大腸菌というものをつくり出すことができた。抗生物質という困難な環境を、克服できる新たな手段を身に付けるというわけだから、これは立派に進化を加速したと言えるのである。

さらに面白いことに、この実験において、大腸菌のDNAのどの部分に変異が入ったのかを調べてみると、耐性を獲得した大腸菌のDNAは、何回かの試行錯誤の末、必要な変異を得たのではなく、必要な変異は一発で、獲得されていたのである。これが意味するのは、変異は左右のチャックで、不均衡に偏って起こるだけではなく、変異が入る一方のチャックの中でも、変異が起こりやすい場所と、そうでない場所とに分けられている、不均衡な状態となっているということなのだ。

DNAは、ただ情報が記録された、磁気テープのようなものではない。あくまで一つの立体構造をもった分子であり、凹凸をもった形をしていて、その凹凸によって、他の分子とくっついたり離れたり、相互作用をするようになっている。ある特定の情報の並びは、それに応じて特定な凹凸をつくり出し、それによって、ある特定の分子と相互作用しやすい場所というものをつくり出し得る。そういうことによって、変異が集中的に起こる、特定の場所が選ばれるということがあるのだろうというのである。

総合進化説が、あくまで変異をランダムなものであると、頑ななまでに考えようとするのは、そうでないと数学的に記述することが難しくなるからだろうと著者は書いているが、今この不均衡進化論によって見え始めている世界は、これまでの物理学の延長に、DNAやタンパク質を、単に情報や機能を担った、抽象的な存在と見るのではない、それぞれが個性的な、独特な形をもち、それによってお互いが作用しあう、分子の場なのである。それぞれが独特な、非対称な形をもつがゆえに、不均衡が生み出され、それが進化へとつながっていく。そういうまったく新しい世界への扉を、この本は開こうとしているのである。


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2010-11-09

意識(5)

この連続投稿、4回で終了の予定だったのだけれど、終わらなかった。だんだん小難しさが増幅して、しかも僕の妄想も入ってきていて、まったく読みにくいものになっているかと思うのですけど、興味ない方はスルーしてくださいね。

量子力学は、20世紀の初頭に約30年ほどをかけて、多くの物理学者の協力によって確立された、電子とか、光子とか、眼にも見えないミクロの物質について説明をする理論体系だ。それまでニュートンの「力学」や、「電磁気学」など、「古典物理学」と今では呼ばれる理論体系で、物質のふるまいの基本的にすべてが、すでに明らかにされたと多くの物理学者は考えていて、あとは重箱の隅をつつくような、細かな仕事が残っているだけだろうと、思われていたところに、それではまったく説明のできない現象が存在することが、明らかになってしまったのだ。

それは誰もが身近に知っている、「光」についてのことだった。それまで光は、「波」のようなものであると考えられてきた。それは光が波であることを示す、ある実験結果がたしかに存在したからなのだが、今度は光が「粒」のようなものであると考えなければ説明できない実験結果が現れてしまったのだ。

波というのは空間で広がりをもったものだ。それに対して粒というのは、ある一箇所にかたまって存在する。波と粒とはまったく異なったものであって、どんなものであっても、波か、粒か、どちらかの性質をもつことしかできないはずなのに、光はある実験では波であると考えなければならず、また別の実験では粒であると考えなければいけない、波であり、かつ粒であるという、まったくあり得ないことになってしまった。

そこで物理学者たちは、ここに古典物理学の明らかな限界が、はっきりと表れていることを悟り、新たな理論体系、「量子力学」の建設へ向けて、全力をあげることになったのだ。

最終的に、この同じ光というものが、波でもあり粒でもあるというあり得ない事態が、どのように解決されたのかというと、実はここで「観測」が持ち出されてきたのだった。

光は、まわりに何もない時には、波のようにふるまう。ところがこれを、粒として観測しようとすると、というのはたとえば、何か別の粒をそこに置いて、光の粒がそこにぶつかるはずであるような状況をつくる、ということなのだが、そうするとその時だけ、光は粒としてふるまうというのだ。そしてさらに、光を粒として観測しようとする場合でも、ある一定の精度以上に詳しいことは絶対にわからない、実験装置をどんなに精密に作ったとしても、決して明らかにできない、ということになってしまったのだ。

この結論に噛み付いたのが、アインシュタインだった。アインシュタインは量子力学建設のきっかけとなる、光が粒であると考えなければいけない実験結果を初めに明らかにした人で、量子力学建設の立役者の一人なのだが、この最後の結論には納得することができなかった。

そもそも物理現象は、人間とは関係なく、あくまで客観的に存在するはずのものである。それが「観測」などという、人間の都合によって、光が波であったり、粒であったり、ふるまいを変えるというのは、まったくあり得ない、ナンセンスなことである。

アインシュタインは何通りもの、こういう状況では量子力学が成り立たないはずだという思考実験を考え出し、量子力学建設の中心人物であったニールス・ボーアに挑むのだが、それらはすべて退けられ、アインシュタインが間違っているということが証明されるということになった。しかしそれから、アインシュタインは死ぬまで、量子力学を認めることはなかったのだそうだ。

(つづく)


意識(4)

2010-11-08

意識(4)

郡司氏が理論の中に、「観測」という決して客観的に見ることができないものを持ち込むということは、「科学は客観的でなければならない」という精神からは、はっきりと反するものになる。さらに郡司さんの理論をよくよく考えてみると、なんとも不思議な世界が現れてくるのだ。

「人間が観測を行う」ということは、誰にでも納得できるだろう。お母さんは赤ちゃんの泣き声に、自分自身の内側で、あ、おっぱいが欲しいんだとか、おむつ替えて欲しいんだ、という「全体」を見る。

犬や猫が、やはり「観測」を行うということも、まあ納得できるだろう。犬は飼い主と気持ちを通じ、お散歩に連れていってくれるのかどうか、瞬時に知ることができる。アメーバが、まわりの養分を検知して、そちらに泳いでいくということも、観測であると言っても違和感はないだろう。

しかし例えばこういうことがある。これは郡司さん自身は、そこまでは言っていないことで、あくまで僕が考えたことなのだが、40億年前、初めての細胞が生まれる、その前の時代。まだ生き物と言えそうなものは存在しておらず、DNAやらタンパク質やら、そういった分子だけが、世界にあっただけの時代。そこに「観測」は存在したのか。生命の本質が、もし「観測」というところにあるのだとしたら、生き物が生み出される現場には、まだ生き物らしきものは存在していなくても、観測は行われていると考えなければならない。人間はおろか、細胞の一つもなかった時、それでは誰が、何者が、観測していたというのか。

さらにもし細胞が存在する以前から、観測が行われていたと考えるとするのなら、それでは宇宙が始まった、100億年前、まだ分子はおろか、原子すらもなく、いくつかの素粒子が存在するだけだった時代、観測は存在したのか。

郡司さんがそんなことをひとことも言っていないところで、何も知らない素人がこんなことを考えることは、まったくもって早計の極み、妄想とも言えることであるわけなのだが、それを承知であえて言うとするならば、僕は100億年前に、「観測」があったらいいなと思う。いや、あった筈だと思うのだ。

「生命とは何か」というものを、もし本当に明らかにすることがあったとしたら、それは「理論」という形でなければいけない。具体的な個別の生き物が、それは犬や猫やアメーバが、それぞれどういうふるまいをするものであるかということも、もちろん大事な課題だが、「生命とは何か」を明らかにするとは、その全てに通底する何らかの理論を探すということであって、そしてその理論は、生き物が40億年前にいかにして生まれたのかを説明できなければならない。今の実際に存在する生き物についての理論が、40億年前や100億年前に、同じように成立すると、とりあえず考えていけない理由はないし、また逆に、そういう理論こそが、真の理論であると言えるはずだ。

それは物理学の世界では、当たり前のこととして考えられている。現在の物理現象から導きだされた理論である、量子力学や相対性理論は、100億年前にも同じように成り立っていたと、当然のように仮定されている。それによって、宇宙がどのようにして出来上がってきたものなのかを、初めて考えられるようになり、ビッグバンの理論が提唱されるに至っているわけだ。だからもし郡司さんの、観測を含みこんだ理論が、正しい理論であるとするならば、それは当然100億年前にも成り立っていたと考えられるはずなのだ。

そこで、まだ生き物が存在しもしないうちから、「観測」という、人間や生き物だけが行うことであるように見えるものが存在するということが、なんとも不可解なことなわけなのだが、それには実は先例がある。量子力学だ。量子力学というものは、「観測」を含みこんだ理論体系なのだ。

(つづく)


2010-11-05

意識(3)

今科学によってはっきりと区別され、別物であると線が引かれている「生命」と「意識」とについて、それらを同じ原理に基づく、根本的には同じものであるとみなすたくさんの理論のうち、僕が最高に面白いと思い、真実に向けて大きな一歩を踏み出していると信じるものが、このブログでも何回も書いているが、郡司ペギオ幸夫氏の理論だ。郡司氏は「観測」というものを、理論に持ち込んでくる。

物事には常に、「部分」と「全体」との両面がある。例えば生まれたばかりの赤ん坊が、泣いたとする。「部分」として取り出してみれば、そこに存在するのは、ただ赤ん坊の泣き声だけだ。しかしそれを聞いたお母さんは、瞬時に、この子はおっぱいを欲しがっているのだとか、おむつを変えて欲しがっているのだとかいうことを汲み取ることができる。それは単に赤ん坊の泣き声だけから結論されたことではなく、その赤ん坊がいつも何時頃におっぱいを欲しがるのかとか、さっきおむつは取り替えたばかりだとか、またはさらにその赤ん坊の性格とか、まわりの状況とか、そういった、その赤ん坊とお母さんの生活の「全体」として、わかることだ。

べつに赤ん坊の泣き声に限らない、人間があるものを見て、それが「わかる」という時、その目の前のあるものを通して、それが本ならば、著者の人となりであるとか、何らかの風景であるとか、そういう「全体」を、自分の中で、思い描いているものだ。それが思い描けないときは、目の前の本や泣き声は、ただの「部分」に留まり、自分とは関係ない、身近に思えないものとなってしまう。

郡司さんはそのことを、「観測」と呼んだ。ある「部分」が観測され、それによって「全体」が形作られる。そのような、観測に仲立ちされて、部分と全体の両方が存在するもの、それが「意識」であり、そしてまた、「生命」も同じものであると、郡司さんは考えたのだ。

しかしここで大きな問題がある。「全体」というものが、そのように、お母さんが自分と赤ちゃんとの日常的な関係において、自分の中に見い出すようなものであるとすると、それがどのようなものであるのかはお母さん次第であって、極端な話、子育てに疲れ切ったお母さんにとっては、赤ちゃんの泣き声はただうるさいだけの、自分の人生の邪魔をするものとしか映らない場合もあるし、別のお母さんにとっては、この上ない喜びであるということもある。

赤ん坊の泣き声という部分に対応する全体というものは、本質的な意味で、一つに定まらないものなのである。

そういう側面というものを、これまでの科学は、「主観的である」ということで、切り落としてきた。上の例で言えば、言語学においては、単語というものには、「意味」があって、それが社会的な約束によって対応関係を持っていると、そのように見なしてきた。「意味」という仮想的な、客観的に取り扱うことができるものを考え出し、それによって理論体系を構築してきたのだ。それは大人のことばについては、近似的には正しいのだけれど、「赤ちゃんの泣き声の意味」というものについては、それでは全く説明することはできないし、大人のことばについても、実際には間違っているのである。

郡司さんはだから、「観測」というものを組み込んで、コンピュータ上のモデルを作っていく、そのモデルにおいて、「全体」はあくまで、モデルの中の観測者が、初めて見つけるものとしている。

モデルは理論家が作るものなわけだから、やろうと思えば、「全体」が、ほんとは客観的に見れば存在しているけれど、モデルの中の観測者にとっては、情報が少ないために、それがきちんとはわからない、という形で、「定まらない全体」というものを組み込むことも簡単だ。

しかし郡司さんのモデルはそうではない。客観的な全体は一切存在せず、全体はモデルの中の観測者のみによって見つけられるということになっている。いわば徹底的に主観的な「全体」が、モデルに組み込まれているのだ。そしてそのように「全体」を規定して初めて、そのモデルは実際の粘菌など、生き物のふるまいと、実験的に一致するようになるのである。

(つづく)

意識(1)

2010-11-04

意識(2)

人間の意識は、様々な物事を、大まかな全体から始め、それが徐々に明確になっていくという過程でつくり上げる。このことは生き物が、自分のからだをつくり上げる過程と、驚くほど共通するのだ。

生き物のからだが、一つの受精卵から始まり、人間のからだだったら数十兆個という数に分裂し、眼やら鼻やら、手や足などになっていく過程、「発生」と呼ばれるこの過程は、卵の殻やお母さんのお腹の中で進んでいくわけだが、このとき人間が工場で、機械を組み立てる時のように、まず初めに眼やら鼻やらの部品を作り、最後にそれを組み立てるというようにしているわけではない。受精卵は初め、猛烈な勢いで分裂し、たくさんの細胞からできた一つのボールのようになったあと、まず前と後ろが決まり、それから背と腹が決まり、そのうち手足や頭ができていくが、それも初めはただのお団子のようなものだったのが、それがくびれて一つひとつの指ができ、という具合になっていく。まさしく初めに大まかな全体ができ、それが徐々に明確になっていくという過程なのだ。


さらに発生だけでなく、生き物がこの40億年の歴史の中で、進化してきた過程についても、それとまったく共通するように思える。生き物は40億年前、一つの単細胞から始まった。それが徐々に複雑化していくという過程をたどって、現在いる様々な、複雑な構造をもつ生き物が出来上がってきている。

人間の意識と、生き物のからだとが、物事をつくり上げていく過程がこのように共通するということは、素人の考えとして、それらは同じ原理に基づいているものなのではないか、ということを思い浮かべる。まだ見つけられていない、生命に関する何らかの原理があって、それは万有引力の法則やアインシュタインの相対性理論のように、この宇宙を支配しており、それがこの地球上に生き物を生み出し、また同様に、人間の意識をも生み出した。それがまったく共通するように見える意識の過程と発生や進化の過程を見比べたときに、誰でもが思い付く、最も単純な考えだ。実際これまで、多くの人たちが、生き物と人間の意識とを同じように支配する原理というものについて、様々な理論を提出してきた。

その理論の中でいちばん古くからあり、今でも言われ続けているものは、生命や人間の意識は、「神の意思」によって支配されている、というものだ。実際これを今でも信じている人は相当な数に上るだろう。

しかし150年ほど前にできた「科学」は、それを否定した。科学においては進化を、何らかの「意思」に基くものではなく、生き物はその時々で、遺伝子が突然に変化してしまうことがあり、それが様々なからだの形や機能をつくり出すが、そのうち自然の環境の中で、生き延びる力が強いものが生き残り、そうでないものは絶滅することによって、今の様々な生き物が出来上がってきたと説明する。このとき遺伝子に起こる突然の変化は、あくまで偶然によるものであって、何ら意思と呼べるようなものではない。

科学にとっては「客観性」が金科玉条だ。「意思」とか「思い」とか、そういう主観的なものを一切排除して、数学によって説明でき、実験によって確かめられることだけが、真実であると規定した。そうすることによって、すべては、部品を組み立てることによって作られる機械のようなものとして説明されなければならず、人間の意識のように、意思も思いも持つものと、生き物とは、はっきりと区別されることとなった。

しかし科学がそのように、人間の意識とそれ以外のものについて、いくらはっきりと線を引こうとしても、それが人間の素朴な直感に大きく反することは否めない。実際ただの偶然の積み重ねによって、眼なら眼のような、複雑極まりない、ある機能を持つように設計されたとした思えないようなものが、いくら何億年という時間があったにせよ、出来上がっていくとは、素朴に考えると、あり得るとは思えない。

科学者の中にももちろん、同じように思う人はたくさんいて、科学の成立以後にも、進化がただの偶然の積み重ねによって実現するものであるということに対して、数多くの異論が唱えられてきた。アメリカなどでは、進化はあくまで、ある意思に基いて行われてきたものであるという理論が、キリスト教を支持する科学者によって唱えられ、一部の高校などでは、科学の主流の進化論ではなく、そちらを教えなければならないということにすらなっていたりする。

それはまさに今、喧々諤々とした議論が行われている真っ最中なのであり、ある理論が提案されては、それが潰され、ということが、続けられている。それを潰す側である、科学の主流派の態度というものは、あまりにも頑なであるように、素人から見ると映るのだが、しかしそれは、科学が守らなければいけない、科学の成立の基盤に関わる一線、についての問題なのだ。科学が「意思」のようなものを認めてしまっては、科学でなくなってしまうのである。

(つづく予定)



2010-11-03

意識(1)

赤ん坊がことばを話せるようになっていく時、大人が外国語を話すのとは、まったく違った道筋を歩むということは、誰でもが知っていることだ。生まれてから1、2週もすると、赤ん坊は、お父さんはなかなか難しいのだが、少なくともお母さんとは、まだことばらしきものは一言も喋らないのに、おっぱいが飲みたいのか、おむつを変えて欲しいのか、泣き声だけで完全に伝えてしまう。お母さんはそれを、まず間違うことはない。

1ヶ月もすると、おっぱいやおむつの時に、火が付いたように泣くのとは違った、「あーん」というような、甘えた声で泣くようになり、これは「抱っこしてくれ」という意味なわけで、なぜそれが解るかというと、抱っこすると泣き止むからなわけだが、それがまた一人前に贅沢だったりする。

「抱っこして立て」というのがあるし、これは抱っこしても泣き止まないが、抱っこして立つと泣き止むわけだが、それから「抱っこして立って、歩け」というのもある。「抱っこして立って歩いて、外へ連れていけ」というのまであったりする。まだ目も見えているのか見えていないのかよく解らないような、1ヶ月の赤ん坊が、立ったり歩いたり、ベランダから外へ出たりということを、どうやって解るのか不思議だが、赤ん坊は生まれてすぐの時から、もういっちょ前であって、まだ泣くことしかできないが、人間として感じ、主張する物事の内容については、根本的にはすでに大人と同じものがあるということを、子どもを育てたことがある人なら、誰でも感じることだと思う。

全体として一人前のその内容を、初めは「泣く」というきわめて直接的な手段で伝えることしかできないが、成長するに従って、それをことばでもって、徐々に明確に伝えることができるようになるということで、終いには「権利」とか「義務」とか、そんな社会的な約束事まで駆使するようになっていく。

赤ん坊の場合、そうやって「内容の全体が徐々に明確になっていく」ということは、成長を追ってゆっくり進んでいくから解りやすいが、すでにことばを喋るようになっている大人でも、物事を理解するプロセスは同じように進む。

何かを思いついて喋りだそうとする時とか、こうやってブログで文章を書き始めようとする時とか、その内容について、あらかじめ事細かに解っているわけではない。大まかな内容が頭に描かれているだけであって、それが話したり書いたりするにつれて、明確になっていく。「論理的思考」などと言われると、あたかも機械を組み立てる時のように、一つひとつの部品を組み合わせていくような気がしてしまうが、実際に自分が話したり書いたりするとき、どうやっているかを思い出せば、そんなことではなく、赤ん坊が成長する時と同じように、大まかな、漠然とした全体が、徐々に明確になっていく、という過程をたどることが解る。

このことは、「人間の意識が、何かの形を作り上げていく時は、大まかな全体が徐々に明確になっていくという過程をたどる」とまとめることができる。

実はこのことは、生き物が、自分のからだを作り上げていく時に、まったく同じことが見られるのである。

(長くなるので、続きは後日)


2010-11-02

物質と精神

僕がいま、「この世の中のすべてのことの中で、最もおもしろい」と思うことは、「物質と精神」がどう接点を持ちうるか、ということなのだ。

物質のふるまいについては、ニュートンが万有引力の法則を発見して以来、数学と実験によって説明するというやり方が、巨大な成功をおさめてきた。先日、小惑星探査機「はやぶさ」が、7年にわたる飛行の末、無事地球に帰還できたのもその成果だし、さらにそういう目に見える領域だけでなく、「宇宙の全体」や、「素粒子」などという、実際に眼で見ることができない、超巨大な領域や、超微小な領域までもが、正確に説明されるようになってきた。

そういう物質世界での成功が、「世の中のすべてのことは、客観的に説明できる」という思想を生んだ。数学や実験というものは、誰がやっても同じ結果をみちびき出す。そういう客観的なやり方で、森羅万象すべてのことを説明し尽くそうということを目標として、「科学」というものが誕生した。科学はたしかに多くのことを実際に説明し、それが人間がものごとを説明しようとするときの有力なやり方であるということについては、疑いようがない。

しかし科学が発展し、説明できる領域が広がるにつれ、「ほんとにそれで、すべてのことが説明できるのか」ということについて、深刻な疑問が生まれ、それは日々大きくなっている。その最大のものは、「意識」である。人間は誰でも、自分が意識をもっているということについて、実感として知っている。人が日々、様々なことを感じ、考え、見つけていくということを、自分の内面で行っているということは、誰にも疑うことができない、間違いのないことだ。

ところがその「人間の内面」というものは、科学がこれまで、「主観的」であるとして、徹底的に排除してきたものなのだ。科学はあくまで、個人の主観によらず、客観的な、誰でもが正しいと認めるものとして、行われていかなければならない。そういう立場からすると、誰でもが主観的には、間違いなく存在していると知っている意識は、一切の居場所がない。

科学者の多くは、脳細胞の分子的な、物質としてのふるまいが、この先究極まで明らかになれば、その総合として、意識も説明できるようになると思っている。しかしどんなに意識が客観的に説明されたところで、それを見る自分の意識は、「ほー」と感心するだけだ。論文に書かれた事情と、自分の意識とは、何の関わりもない。

また同じように、「生命」ということについても、これまでの科学では、どうにも説明できないことがある。生き物は明らかに、まわりの環境を認識し、そこから何らかの判断を生み出し、自分の行動を決めている。それはもっとも単純に言えば、「生き物は意識をもっている」ということだ。実際科学が生まれる以前は、人間はみなそう考えていた。

しかし科学は、それを認めることはできないから、生き物をなんとかして、ロボットのようなものとして説明しようとする。たしかに生き物はすべて、DNAやタンパク質、脂肪などといった物質からできていて、それらが組み合わされてできている。でも生き物がいつも行っているように、あらかじめプログラムしておくことができない、まったく新しい状況で、自分の行動を決めていくことができるということについての、納得できる説明は、これまでの科学は見つけてきていない。

そうやって長い間隔てられてきた、「物質と精神」のあいだの厚い扉が、しかし今、押し開かれようとしているのだ。少数派ではあるが、それに挑戦する科学者は存在し、茂木健一郎もその一人だが、彼らはここ数十年、試行錯誤をつづけている。それはもちろん、ただ精神について、科学とはべつに論じるということではなく、科学的な枠組みの中に、精神をどう位置づけられるのかという問いなのだ。続けられてきた努力は、今少しずつ実をむすび、突破口はもうすぐ目の前にあるという、最高にエキサイティングなところに今、来ているのだと僕は思う。