以前は僕も、けっこう買っていたレシピ本なのだが、このごろはほとんど買わなくなってしまって、だいたい料理研究家が本にのせる料理というのは、ほんとにその人が毎日食べているものというよりも、本にのせたときに見栄えがして、その本が売れるということを第一に考えるはずなのであって、そのためには変わったものだったりとか、その人独自の工夫がされていたりだとか、どうしたってそういう風になるわけで、そういうものは僕に言わせると、毎日の料理の参考にならないし、むしろ毎日の料理には必要のない、調味料を使ったり、手間をかけたりするということを、しないといけないと思わされてしまう危険があって、百害あって一利なしなのだ。
いちばん気を付けないといけないのは、「プロのテクニック」というやつで、家で自分たちのために料理をするのと、プロが料理屋でお金をとって、他人のために料理をするのとでは、物事の種類がまったくちがうのであって、プロの料理人は、それはしなければいけないけれど、家庭料理にはまったく必要がないことは、かなり多いと思う。
僕は味見の必要性というものについても、かなり疑っていて、レシピ本には、きちんと味見するとか、肉を焼くときにも串をさして中から出てくる汁を見るとか、そういうことを書いてあるのが多いけれど、料理のいちばんの醍醐味は、作っている最中の料理の味を、自分で想像する、というところにあるのであって、汁物や煮物は、たしかに味見をすれば、ほぼ確実に味がわかるが、焼き物や炒め物などは、中途半端に味見をすると、かえって全体の味がわからなくなり、味が狂ってしまうことも多い。
オープンキッチンの店などへ行くと、料理人はほぼかならず、味見をしたり、麺を指でつぶしてみたり、している姿を目撃するが、これは自分勝手な味を作らないこととか、お客に自分がきちんと料理をしていることをアピールするためとか、客商売の職業人として必要な作法であって、少なくとも一人暮らしで、自分のために料理をするなどという場合には、まったく必要ないことだと僕は思う。
という僕なのだが、人が日常的に、どういうものを作って食べているのかということには、とても興味があり、田舎のおばあさんが郷土料理を作る場面などというものは、死ぬほどワクワクする。
お相撲さんが毎日、どんなものを食べているのかということも、同じようにとても興味深いテーマで、この本は、その欲求を満たしてくれる、貴重な本となっている。
「ちゃんこ」とか、「ちゃんこ鍋」とかいい、ちゃんこ鍋というものを出す店もあったりするくらいだから、ある特定の料理なり、料理法なりを指しているものかと思っていたが、実際にはそういうことではなく、この本によれば、ちゃんこは「お相撲さんが毎日食べる料理」ということを指すだけなのであって、毎日かならず鍋は食べるが、それ以外にも様々な家庭料理がならび、また鍋も、特別な様式が決まっているということではなく、様々な種類の、それぞれに工夫を凝らした鍋が、部屋によって少しずつ異なりながら、毎日入れ替わり登場するのだそうだ。
実際「りんご鍋」から始まり、豆乳もつ鍋、変わり種スタミナ鍋、さらにはトマト鍋やカレー鍋、いちばん驚いたのはサバのしょうゆ鍋など、ありとあらゆる鍋があるといっても過言ではなく、「ちゃんこ鍋」というものが、ある決まったスタイルであるということは、作られた幻想であるということがよくわかる。
作り方もわりかしシンプル。
酒を多用し、だしも取らずに水にしょうゆやその他の調味料を入れただけの汁で、そのまま煮てしまうというものも多い。
お客を呼んで、ごちそうとして食べるというならいざ知らず、毎日の料理というのは、やはりそういうものなのじゃないのか。
しかも男が作っているわけなので、材料の選び方も、作り方も、男の僕には共感できることが多く、毎日の献立を考えるのに、けっこう参考にさせてもらっている。
というか、僕がここしばらく、ほとんど毎日鍋ばかり食べているのは、この本の影響もあるのかも。
ただ一つ難点として言えば、これを編集しているのが、たぶん料理研究家の女性で、いちばん気に食わないのは、料理の写真のほとんどが、相撲部屋で出されている料理そのものではなくて、相撲部屋で仕入れたレシピをもとに、スタジオで改めて作ったもののようだということなのだ。
たぶん、相撲部屋のちゃんこ鍋は、見た目が雑然としすぎて、それを写真にとった場合の美しさというものが、料理本にのせるレベルをはるかに下回ってしまったからなのじゃないかと想像するのだが、できれば僕は、どんなに雑然としていてもいいから、相撲部屋で作られたものそのものの写真が見たかった。
あとはこの料理研究家が、相撲部屋のレシピをもとに、自分で「アレンジメニュー」なるものを考え、のせているのだが、それは僕には、まったく興味がもてない。
ということはあるのだが、この本、独身一人暮らしの男性が、料理をしてみようかと、参考にするのには、悪くない本であると思う。