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2012-10-14

おでん


急に涼しくなってきたから、温かいものが食べたくなったおっさん。

「そういう時は、やはり、おでん・・・」



おでんとは不思議なものだとおっさんは思う。
鍋でもない。煮物でもない。
それでは何かといわれれば、「おでんである」としかいいようがない・・・。

「おでんは、料理名であると同時に、ジャンル名でもあるわけだ・・・」

そんな唯一無二の存在であるおでんが、おっさんは愛おしい。



一人暮らしでおでんを食べる場合、具をしぼるのがポイントだとおっさんは思っている。
おでんには様々なおいしい具がある。
でもそれらはすべて、ある程度の量で売られているから、いちいち全部買ってしまったら1人では食べきれない量になってしまう・・・。

「まずは大根。それから厚揚げ。さらに玉子・・・」

あとは魚屋でゴボウ天を買い、冷蔵庫に余っている水菜も入れることにする。





まずは出しを取る。

「やっぱり出しは、ちゃんと取ったのがうまい・・・」

5カップの水に、削りぶしをひとつかみ、出し昆布を1枚。
中火にかけ、煮立ったら弱火にしてアクを取りながら3分煮る。
ザルにペーパータオルをひき、出しをこし取る・・・。





大根を下ゆでする。

「大根は、固いのとやわらかいのがあるんだよな・・・」

下ゆで時間はまちまちだから、竹串をさしてすっと通るようになるのをたしかめる。





味付けして、煮る。

「今日は関西風のうす味でいこう・・・」

5カップ弱の出しだから、日本酒とみりんは大さじ5、うすくちしょうゆは大さじ4。

「しょうゆを入れ過ぎないのが大切なんだ・・・」



具を入れる。
厚揚げとゴボウ天は、湯をかけて油抜きする。

「卵は生のまま入れて、あとで殻をむけばいい・・・」





30分コトコト煮たら、火を止めてそのまましばらく置く。

「冷めるとき、味がしみ込むんだ・・・」





ふたたび火をつけ、沸騰したら水菜を入れる。

「おでんに水菜が入ると、味がぐっと引き締まる・・・」





おでん。






「酒は、やはり熱燗・・・」






「1日目なのに、もうかなり味がしみている・・・」











和久井映見は、

「今夜おっさんの家に行く場合は電話する」

と言っていた。

風呂に入るときにも脱衣所に携帯電話を置くおっさん。

すると風呂から上がりかけたとき、携帯電話が鳴った。



「キタ・・・」



ディスプレイの表示を見る・・・。



「九十九一・・・」










「昨日はスピナーズで、急にギターを弾けなんて言ってしまってすいませんでした・・・」

九十九一似の男性は、おっさんが和久井映見と2人の時間をすごす邪魔をしてしまったと思ったらしい。

「全然だいじょうぶですよ。僕も和久井映見にいいところを見せられましたし・・・」

「ところでこれからスピナーズへ来ませんか・・・」

九十九一はおっさんのブログを見ている。
おっさんが今夜は一人で過ごしていると見て、誘いをかけてきたようだ。

「わかりました、食事をして、1時間後にうかがいます・・・」



おっさんがスピナーズの店内に入ると、

「ウォー、おっさん来たー」

ガッツポーズをする九十九一。

何をそんなに喜んでいるのかたずねると、

「おっさんが1人で来るか、和久井さんと2人で来るか、桐島かれん、熊の男性と1杯かけて、僕が勝ったんです・・・」



それからおっさんは、

「それで実際のところどうなんですか・・・」

和久井映見とのことを根掘り葉掘りきかれる。

「だいたいブログに書いてある通りなんですけどね・・・」

おっさんは答えられる範囲で、自分の気持をひかえめに答える。

「まだ和久井さんと出会って1ヶ月ちょっとなのに、それは早すぎるんじゃないんですか・・・」

「僕はこうと決まると、あとは突き進むタイプなんです・・・」



おっさんと和久井映見の話がひとしきり終わると、話題はあれこれと広がっていく。

熊の男性は言う。

「ところでどうして僕だけ熊なんですか。他の人はみな俳優やタレントなのに、動物は僕とチェブ夫だけじゃないですか・・・」

店内は大爆笑になる。



おっさんは思う。

「こういう仲間がいるのはありがたい。一人身の寂しさが癒される・・・」



くつろいだ気分で話をし、早めのお開きとなったスピナーズを出たおっさん、ふと、

「和久井映見は家に来ているのではないか」

という予感がした。

和久井映見は、おっさんの家の鍵を持っている。
電話をせず、いきなり家に入ってくることも少なくない。



おっさんに会いたくなったけれど、今日はもう遅いからおっさんは寝ているかもしれない。
起こさないよう、自分で鍵をあけ静かに入ろう・・・。



「和久井映見はそう思ったにちがいない・・・」

おっさんの予感は、確信に変わった。
帰り道を、早足で急ぐおっさん・・・。



エントランスのドアをあけ、エレベーターのボタンを押す。

「家のドアをあけると、和久井映見の靴がそろえられて置かれている。

『スピナーズへ行ってたんでしょ、おかえり・・・』

和久井映見が、すこし眠そうな顔で迎えてくれる・・・」



エレベーターを降り、家のドアの前に立つ。
もどかしげに鍵をあけ、ドアをひらく・・・。










真っ暗に静まりかえった家の玄関には、おっさんが脱ぎ散らかしたサンダルが置かれているだけだった・・・。

おっさんは歯を磨き、1人で布団に入って寝た・・・。



「会えない時間が愛を育てるんだよ」
オレもまだまだ未熟だな。