急に涼しくなってきたから、温かいものが食べたくなったおっさん。
「そういう時は、やはり、おでん・・・」
おでんとは不思議なものだとおっさんは思う。
鍋でもない。煮物でもない。
それでは何かといわれれば、「おでんである」としかいいようがない・・・。
「おでんは、料理名であると同時に、ジャンル名でもあるわけだ・・・」
そんな唯一無二の存在であるおでんが、おっさんは愛おしい。
一人暮らしでおでんを食べる場合、具をしぼるのがポイントだとおっさんは思っている。
おでんには様々なおいしい具がある。
でもそれらはすべて、ある程度の量で売られているから、いちいち全部買ってしまったら1人では食べきれない量になってしまう・・・。
「まずは大根。それから厚揚げ。さらに玉子・・・」
あとは魚屋でゴボウ天を買い、冷蔵庫に余っている水菜も入れることにする。
まずは出しを取る。
「やっぱり出しは、ちゃんと取ったのがうまい・・・」
5カップの水に、削りぶしをひとつかみ、出し昆布を1枚。
中火にかけ、煮立ったら弱火にしてアクを取りながら3分煮る。
ザルにペーパータオルをひき、出しをこし取る・・・。
大根を下ゆでする。
「大根は、固いのとやわらかいのがあるんだよな・・・」
下ゆで時間はまちまちだから、竹串をさしてすっと通るようになるのをたしかめる。
味付けして、煮る。
「今日は関西風のうす味でいこう・・・」
5カップ弱の出しだから、日本酒とみりんは大さじ5、うすくちしょうゆは大さじ4。
「しょうゆを入れ過ぎないのが大切なんだ・・・」
具を入れる。
厚揚げとゴボウ天は、湯をかけて油抜きする。
「卵は生のまま入れて、あとで殻をむけばいい・・・」
30分コトコト煮たら、火を止めてそのまましばらく置く。
「冷めるとき、味がしみ込むんだ・・・」
ふたたび火をつけ、沸騰したら水菜を入れる。
「おでんに水菜が入ると、味がぐっと引き締まる・・・」
おでん。
「酒は、やはり熱燗・・・」
「1日目なのに、もうかなり味がしみている・・・」
和久井映見は、
「今夜おっさんの家に行く場合は電話する」
と言っていた。
風呂に入るときにも脱衣所に携帯電話を置くおっさん。
すると風呂から上がりかけたとき、携帯電話が鳴った。
「キタ・・・」
ディスプレイの表示を見る・・・。
「九十九一・・・」
「昨日はスピナーズで、急にギターを弾けなんて言ってしまってすいませんでした・・・」
九十九一似の男性は、おっさんが和久井映見と2人の時間をすごす邪魔をしてしまったと思ったらしい。
「全然だいじょうぶですよ。僕も和久井映見にいいところを見せられましたし・・・」
「ところでこれからスピナーズへ来ませんか・・・」
九十九一はおっさんのブログを見ている。
おっさんが今夜は一人で過ごしていると見て、誘いをかけてきたようだ。
「わかりました、食事をして、1時間後にうかがいます・・・」
おっさんがスピナーズの店内に入ると、
「ウォー、おっさん来たー」
ガッツポーズをする九十九一。
何をそんなに喜んでいるのかたずねると、
「おっさんが1人で来るか、和久井さんと2人で来るか、桐島かれん、熊の男性と1杯かけて、僕が勝ったんです・・・」
それからおっさんは、
「それで実際のところどうなんですか・・・」
和久井映見とのことを根掘り葉掘りきかれる。
「だいたいブログに書いてある通りなんですけどね・・・」
おっさんは答えられる範囲で、自分の気持をひかえめに答える。
「まだ和久井さんと出会って1ヶ月ちょっとなのに、それは早すぎるんじゃないんですか・・・」
「僕はこうと決まると、あとは突き進むタイプなんです・・・」
おっさんと和久井映見の話がひとしきり終わると、話題はあれこれと広がっていく。
熊の男性は言う。
「ところでどうして僕だけ熊なんですか。他の人はみな俳優やタレントなのに、動物は僕とチェブ夫だけじゃないですか・・・」
店内は大爆笑になる。
おっさんは思う。
「こういう仲間がいるのはありがたい。一人身の寂しさが癒される・・・」
くつろいだ気分で話をし、早めのお開きとなったスピナーズを出たおっさん、ふと、
「和久井映見は家に来ているのではないか」
という予感がした。
和久井映見は、おっさんの家の鍵を持っている。
電話をせず、いきなり家に入ってくることも少なくない。
おっさんに会いたくなったけれど、今日はもう遅いからおっさんは寝ているかもしれない。
起こさないよう、自分で鍵をあけ静かに入ろう・・・。
「和久井映見はそう思ったにちがいない・・・」
おっさんの予感は、確信に変わった。
帰り道を、早足で急ぐおっさん・・・。
エントランスのドアをあけ、エレベーターのボタンを押す。
「家のドアをあけると、和久井映見の靴がそろえられて置かれている。
『スピナーズへ行ってたんでしょ、おかえり・・・』
和久井映見が、すこし眠そうな顔で迎えてくれる・・・」
エレベーターを降り、家のドアの前に立つ。
もどかしげに鍵をあけ、ドアをひらく・・・。
真っ暗に静まりかえった家の玄関には、おっさんが脱ぎ散らかしたサンダルが置かれているだけだった・・・。
おっさんは歯を磨き、1人で布団に入って寝た・・・。
「会えない時間が愛を育てるんだよ」
オレもまだまだ未熟だな。