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2010-12-14

恵 美


「恵美」と書いて、「めぐみ」と読む。広島草津港、中央卸売市場の中にある、食堂の名前。僕は広島にいるとき、週に2回か3回は行って、土曜日は朝から、ここで酒を飲み、うまい魚を食べるのを楽しみにしていた。なにしろ草津港でその日水揚げされた魚を、その日の朝や昼に食べるというわけだから、これはもううまいに決まってる。しかも激安。寿司とラーメンのセット、寿司が7貫ついて、850円。ラーメンがまたしみじみとうまいわけで、これはもうほんとにたまらん。ビールと酒を飲み、つまみと寿司をたらふく食い、ラーメンでシメるという利用の仕方をしても、3,000円以上取られたことない。

明日から広島へ行くので、恵美には絶対に行きたかったのだけれど、残念ながら長期で休んでいるらしい。おばちゃんもういい年で、去年もちょうど今頃、体調を崩して同じように長期で休んでいたから、今年もそういうことなのだろう。

恵美はまず何と言っても、魚がうまいのだけれど、出しているものは何を食べてもうまい。食堂というと、うどんそばにどんぶり物、それに日替わりの定食くらいを出すというのが多いけれど、ここは寿司は握るしきちんと時間をかけてスープをとったラーメンは出すし、刺身やら海鮮丼やら魚介系はもちろん、天ぷらやらトンカツやらカレーやら、かなりのレパートリーの広さ。ただ家庭料理に毛が生えたようなものを出すというのではなく、恵美のおばちゃん、かなりの腕力の持ち主なのだ。

でも僕がこの店が好きなのは、それだけじゃない。飲食店に限らないが、何かをやっていこうとするとき、やはりやる方は不安だし、変なお客から馬鹿にされたり、クレームを受けたりすることもあるだろうから、何かの権威を身に付け、それにもとずいて物を決めていくということ、多いと思うのだよな。「本格的」とか、「専門店」とか、そういうことだ。それを悪いと言うのじゃないが、それが世の中の悪意から、自分を守るための、鎧のようなものであるのは確かであって、そうやって自分を守っている分、生き生きとした面白味に欠けることになると僕は思う。

ところが恵美のおばちゃんは、そういうものには一切頼らぬ無手勝流。あくまで自分の感性を信じ、お客さんにちょっとでもおいしく食べてもらいたいと、心を込め、工夫をこらす。ムニエルなどの、食堂らしからぬ洒落た料理も手がけるし、注文があると、ただカウンターに並んだおかずを電子レンジでチンしただけで、機械的に出すということではなく、一人ひとりのお客に対して、何をどのように出すかということを、いちいち考えているということが、おばちゃんの動きを見ているとよくわかる。おかずの組み合わせだったり、それにちょっとした付け合せをきちんと添えてみたり、効率優先の流れ作業で終わってしまうということが一切ないのだ。だからよく、注文を忘れたり、ピークの時には皿洗いが間に合わなくて、席という席に食べ終わった食器がそのまま置かれていたり、それをまた常連のお客さんが片付けていたりするのだが、もちろん効率というのは大事であって、仕事はこなさなければいけないものだが、僕はおばちゃんのそういうところが好きなのだ。

ますます効率を追い求め、秒単位の遅れが巨大な損失をすら生み出しかねない今の世の中において、こういう心のこもったものを出す店というのは、貴重な存在だと思う。体がしんどくなったら無理せず休んで、長く続けてもらいたいな。