広島といえば、名物はお好み焼きだ。これはよく知られている。
それからこれは、あまり知られていないが、広島はラーメンがうまい。しょうゆとんこつの中華そばが、ふつうといえばふつうなのだけれど、ほんわかとしてやさしい、なんともたまらない味で、ああいうラーメンはほかにはなかなかないから、もし広島へいく機会があれば、ちょっと不便な場所にあるのだが、「すずめ」という店でラーメンを食べてみることを、僕はぜひすすめたい。
広島にはほかにも、独自の麺類として、広島つけ麺というのと、汁なし担々麺というものがあって、広島つけ麺は全国にチェーン展開しているし、汁なし担々麺は、「ブルータス」のお取り寄せグルメで1位になったりもしているから、知っている人も多少はいるかもしれないけれど、辛いものが好きな人は、ぜひ食べてみてほしいところだ。
あとはカキ、小イワシ、あなごめし、もみじまんじゅう、そのくらいが、広島の名物としてあげられるものかと思うのだけれど、じつはそれ以外に、かくれた名物といえるものが、広島にはある。それが「ホルモン天ぷら」だ。
肉の天ぷらというもの自体が、ふつうはあまり見かけないもので、すくなくとも東京では、まず見たことがないのだが、広島の食堂などでは豚や若鶏の天ぷらを出すところも少なくない。これを酢醤油で食べるわけなのだが、僕はカツや唐揚げより、こちらのほうがうまいと思うくらいだ。
ホルモン天ぷらというのは、その肉がさらに、ホルモンであるということになるわけで、それを酢醤油に一味唐辛子をたっぷりといれたタレで食べる。ホルモンをこういう食べ方をするというのは、全国広しといえども、広島くらいにしかないのじゃないか。
またこのホルモン天ぷらの店というのが、いくつかの名店があるのだが、いずれも繁華街でもなんでもない、住宅街の、裏路地の、めだたない場所に、ひっそりとのれんを出していて、行列ができるわけでもなく、知る人しか知らない、まったく地味な営業のしかたをしている。
僕は広島から引っ越すことが決まったころに、ようやくこの店のひとつへいった。ホルモンといえば、焼肉にするか、こってりと味噌で煮込むか、いずれにせよ韓国風の味付けが多いところ、天ぷらという純日本風の料理で食べる、ホルモンの素朴な味わいに、舌つづみをうつとともに、創業40年以上になる老舗の、飾り気のない店内、気のおけない会話をかわす、常連のお客さん、無口で無愛想だが、さりげなく心づかいをしめす女将、それらの渾然一体とした空間に心が洗われ、どうしてもうすこし早くこなかったのかと、かなり後悔したのだった。
その広島ホルモン天ぷらの店が、ここ京都の、しかも家から歩いて10分くらいの場所にあるということを、つい最近知人に聞いて知り、最近では決まった店にいく以外は、ほとんど飲み歩かなくなっている僕なのだが、これは行かずばなるまいと思って、おととい、でかけていったのだ。
「ホルモンくれや」という名前で、大将は呉の出身。長く広島市内に住み、ホルモン天ぷらに心を奪われ、これを県外でひろめるということを、自分の人生の目標と見定めて、1年半ほどまえに30代後半で、京都へやってきたのだそうだ。
この大将というのが、絵に描いたような広島男児だ。
広島出身の男というと、矢沢永吉、世良公則、奥田民生、吉川晃司。こう並べるだけで、硬派な、独特な雰囲気があるということが、すぐに感じられると思うのだが、基本的に、情に厚く、純粋。その純粋さをまっすぐに人にぶつけ、しかしもし、その気持ちを受けとらないという人がいたら、最終的にはケンカも辞さない、そういう覚悟を秘めている。またそれにたいする広島の女性というのが、そういう男性に三歩さがって尽くす、絵に描いたような日本女性だったりするわけなのだ。
この大将が、僕が店にはいるなり、話しかけてくれ、僕も広島がなつかしいものだから、意気投合して、初めから最後まで、ずっと心地よく時間をすごした。何度か通うと、小さな表札のような板切れに、自分の名前を書き、それを店に飾ってくれるようになるのだが、これが何百枚という、膨大な枚数。繁華街ではなく、大宮と西院のあいだくらいの、ちょっとさびれた場所にあるのだが、見知らぬ土地で、がんばってやっているわけだ。
お客さんのほとんどは、ホルモン天ぷらを食べるのは初めてだそうだが、女性などでも、ホルモンを食べるのはあまり好きではなかったが、天ぷらにするとおいしいと、いってくれるのだそうだ。
天ぷらをふたつみっつと注文すると、出してきてくれたのは、ミノとハチノス。広島ではこれを、小さなまな板と包丁で、自分で切って食べるようになっているのだが、あちらは夜9時に終わるからいいが、こちらは深夜12時すぎまでやっているから、包丁はあぶなくておけないとのことだった。
酢醤油には、一味唐辛子をたっぷりといれる。一味は韓国唐辛子で、それほど辛くなく、甘みがあるから、手加減せずにたっぷりといれるのがうまい。
ホルモンの天ぷらというのは、あえて例えれば、イカの天ぷらのような味わい。淡白な味で、歯ごたえのあるのホルモンに、さくさくの衣がつき、これを酢醤油に一味の、ちょっと刺激のある味で食べるから、酒のつまみとしてはたまらない。
ホルモン以外にも、いろんなものを天ぷらにしてくれるようになっていて、おすすめだった砂肝、それに玉子とレンコン。
砂肝の天ぷらは初めて食べたが、なかなか悪くない。
シメはホルモン汁と白めし。
ホルモン汁というのは、ホルモンをかつおだしで炊いて、和風の吸い物にしたもので、臭みなどはもちろんまったくなく、しみじみとうまい。
お勘定は、お酒を2合のんで、総額2,900円。いいのじゃないでしょうか。
ホルモン天ぷら 鉄板焼き ホルモンくれや (ホルモン / 西院駅(京福)、四条大宮駅、西院駅(阪急))
夜総合点★★★★★ 5.0