2012-06-05
鯛の塩焼き
今日は魚屋も八百屋も豆腐屋も、店をあけている。
僕はいろいろまよった結果、魚屋では鯛の切り身、八百屋でほうれん草、豆腐屋で厚揚げ、さらにスーパーで白菜を買った。
まずは白菜を、塩漬けにする。
いつも僕は、商店街に露店をだしている上賀茂の農家のおばちゃんから漬物を買うことにしているのだけれど、おばちゃん最近体調でもわるいのか、姿をみかけない。
それで以前スーパーで買って、まだ冷蔵庫にあまっていた高菜漬けをだしていたのだけれど、どうも毎回、食べきれずにのこしてしまう。
塩辛いからかとおもっていたけれど、昨日になって、僕はその理由がわかった。
「化学調味料のせいなんだ・・・」
僕はひとが化学調味料をつかうことは、べつに否定はしないけれど、自分が料理をつくるには、化学調味料はつかわない。
粉末をただパラパラふりかければうまみが付くあの粉は、手間ははぶけるかもしれないけれど、料理のたのしみを奪うものだとおもっている。
だからいっさい化学調味料がつかわれていない僕の料理のなかに、唯一おそらく大量の化学調味料がつかわれている高菜漬けがあったとき、僕のからだは、もうそれを受け付けないようになっていたのだと、僕はおもった。
でも漬物はほしいから、
「それなら自分でつくることにする・・・」
ねじ込んだ中ぶたで圧力をかける簡易漬物器なら、以前買ったのを僕はもっている。
簡易漬物器の容器のなかに、まずは出し昆布、それから唐辛子を1~2本、ヘタだけちぎって種をだしたものをいれておく。
洗った白菜を、食べやすい大きさに切り、大きな器で塩をふりかけもみこんで、漬物器につめこんで、フタをし中ぶたをねじこみ冷蔵庫にいれておく。
ほんとは2~3日たったのがうまいけれど、とりあえず半日漬けたのを、カツオぶしとしょうゆをかけて食べてみる。
「高菜漬けよりぜんぜんうまい・・・」
ほうれん草は、「京都産のはもうおわり」だと、八百屋の奥さんがいっていた。
僕はほうれん草は、1年中あるものだとおもっていたから、あわてて買った。
昨日とった出しが冷蔵庫にすこしとってあったから、それをつかって本格的におひたしをつくることにする。
ほうれん草は、面倒でも1本1本ゆでたほうが、圧倒的にうまいと僕はおもう。
1度にゆでて、湯の温度が下がってしまうと、エグミが出てしまう。
あくまで湯がグラグラと煮立った状態でゆでるのがポイントだとおもっている。
ゆでたほうれん草を水にさらし、よくしぼって4~5センチに切り分ける。
ほうれん草がひたるくらいの量の出しに、みりんとしょうゆで少しからめに味をつけ、ほうれん草をつけこむ。
10分もすれば食べられるけれど、そのまま冷蔵庫で2~3日おいておいても問題ない。
厚揚げは、今日もフライパンを中火にかけ、表と裏をさっと焼き、ショウガと青ねぎ、しょうゆをかける。
僕は豆腐が好きで、以前から冷奴や湯豆腐は、よく食べていたけれど、これは、
「豆腐のあたらしい食べ方だ」
と、僕は心底おもっている。
鯛は、今日も天然鯛。切り身が350円。
塩をふって焼くだけだけれど、魚を焼くのは意外にむずかしく、僕はこれまで何度も失敗した。
コンロに焼き網で焼くときは、火加減はよわめの中火。
焼き網をよく熱してから、キッチンペーパーにひたしたサラダ油を塗っておくと、くっつきにくい。
僕は焼き魚には、ポン酢かレモン汁をふる。
酒は芋焼酎の水割り。
酒はたしかに日本酒より焼酎のほうが、飲み過ぎない気が、昨日のんでみて僕はした。
このところ僕は、晩酌のあとの夜の散歩がかんぜんに習慣になっているわけだけれども、しかし晩酌を12時におえたとして、腹がいっぱいのまますぐに寝れるわけでもなし、どうせネットをぼんやりながめたりして寝るのは1時か2時ごろになってしまうのだから、それなら外へでかけて、夜の街をながめたり、しらない店にはいってみたり、気のあうマスターとはなしをしたり、ほかのお客さんがはなすのを聞いていたりしていたほうが、有意義だろうというものだと、僕は最近おもっている。
家をでて、蛸薬師通を東へいき、大宮通をあがったところにある「キム」君のバーへいったら、「今週いっぱいお休みします」とかいてある。
キム君は威勢のいい青年で、お酒をおごると
「ありがとうございあーす」
とでっかい声でいう
最近はお金がとぼしいからおごってはやれないなとおもいつつ、キム君の顔がみたいと僕はおもったけれど、休みならしかたない。
Kajuはきのういったし、鉄板焼屋のまえをとおりがかると、ずいぶん人がはいっているみたいだったから、のぞいてみることにした。
この鉄板焼屋、最近ちょくちょくいくのだけれど、なにがいいって、「ゆるい」のがいいと僕はおもう。
オーナーはべつの場所でも店をやっているから、こちらは若い店長が仕切っている。
店長も、もちろん一生懸命やっているにはちがいないけれど、お客さんに若いおねえちゃんがいたりすると、すぐ仕事よりそちらに夢中になってしまったりする。
そういうゆるさが、深夜にひとりで酒をのむ者にしてみれば、気がラクだという気がする。
お客さんは、手前の鉄板のところに、業界風の40才くらいの男性ふたり。
ふたりとも黒ぶちの、僕がしているのとおなじような、平たい小さめのめがねをかけ、ひとりはハンチングに白っぽいカッターシャツ、インド柄のようなえんじ色のベストをはおり、もうひとりは季節はずれの黒い革ジャン風厚手のブルゾン。
その奥の、やはりカウンターに、20代くらいの男性がすわっていた。
黒いTシャツに、あざやかな青いウエストポーチ。
あとからふたり、やはり20代後半らしき男性ふたりがはいってきて、奥のカウンターにすわったが、このふたりも、やはり腰にはウエストポーチ。
このウエストポーチの3人、僕からみると、
「いかにもモテなそう・・・」
この店は、店員のおねえちゃんがかわいいから、この3人はそれが目当てにちがいないと、僕はみる。
でも今日は、店にいるのは若い店長と、やはり若い男の子。
「残念でした・・・」
僕は心のなかで苦笑する。
そしてさらに奥のカウンターには、中国人の女の子2人組。
僕の目当ては、この女の子達だった。
店のまえを通りかかったら、
「ぎゃはははは」
という女性の嬌声がきこえたから、つい吸い寄せられるように店にはいった僕だった。
カウンター席もあいていたのだけれど、僕はそこにはすわらず、うしろのテーブル席へひとりですわる。
そのほうが、お店のお客さんと、そして女の子達がよくみえる。
注文したのは、角ハイボールにトマトスライス。
トマトスライスは、塩とマヨネーズがそえられているのは普通の居酒屋とおなじだけれど、そこにオリーブオイルとパセリのみじん切りがふられているのが、この店のポイントなのかと僕はおもう。
この店は、キムチにも、ゴマ油と青ねぎをふってきて、それも意外においしいと僕はおもった。
僕がはなしを盗み聞きしたところによると、女の子達は留学生で、就職活動中のようだ。
それでもこんな時間に、厚化粧で酒をのんでいるのだから、どこぞの中国スナックででもはたらいて、店がはねてからやってくるのだろう。
ひとりは明日が面接らしいが、それなのにすでにかなり酔っぱらっている様子。
いろいろイヤなこともあるのだろう、ふたりでうさを晴らし、なぐさめあっている。
僕がチラチラみるものだから、女の子達とときどき目があうけれど、僕のようなおっさんはもちろん、眼中にはいっさいなし。
ウエストポーチ3人組をみてみると、女の子達をチラ見することもなく、石のごとく、自分たちでしずかに酒をのんでいる。
「おまえらもっとがんばれよ」
と僕はいいたいところだけど、それはおっさんのかんがえ。
若い人には、若い人なりのかんがえがある。
やがて女の子達は、
「テキーラいこー」
ともりあがりはじめた。
「明日面接だけど、テキーラ1杯のんで帰るよ、わたしー」
ショットグラスになみなみ注がれたテキーラと、レモンの切れっ端を注文し、店員の男の子にも無理やりテキーラをおごる。
それから「わたしこんなの飲んで、だいじょうぶかな明日」だの、「わたしのちょっと量が多いんじゃないの」だの、「ちゃんと全部のまなきゃダメだからね」だの、にぎやかにすったもんだした挙句、ふたりしてショットグラスを一気にあおり、レモンをかじって、颯爽とお勘定をして出ていった。
静かになった店内に、のこされた男8人・・・。
「こりゃ勝てないわ・・・」
僕は家へかえり、ふとんにはいった。