2012-06-04
肉豆腐
日曜日で魚屋も八百屋もあいていないから、僕はひさしぶりにスーパーで買い物し、肉を食べることにした。
買い物のときには、いつもまず魚屋をみて、なにを食べるかんがえはじめるから、食べるのはいうまでもなく、魚ということになってしまう。
「それなら、肉屋から買い物をはじめればいい」とおもうかもしれないけれど、肉屋は魚屋とちがって「オススメ」をしてくれない。
肉には魚のように「旬」がないから、あるものはいつもおなじ、オススメのしようがないのでしょう。
オススメをしてくれる魚屋へいったほうが、献立を決めるのがラクだから、僕はついついこのごろは、魚屋へいくことになってしまう。
肉を食べるためには、買い物のまえにある程度は、なにをたべるか考えておかないといけないわけだけれど、僕がきのう、食べようと心にきめていたのは、肉豆腐。
僕はよっぽど豆腐が好きらしい。
豆腐屋が休みの日ぐらい、豆腐じゃないものを食べればよさそうなものなのに、肉のメニューを考えると、まず豆腐がおもいうかんでしまう。
肉豆腐は、関西では牛肉をつかうもののようだけれど、根が関東人である僕は豚肉。
豚肉は、牛肉にくらべて好きであるのはもちろん、すべての食べ物のなかでいちばん好きだ。
豚肉の次に好きなのは、ほうれん草。
その次が豆腐という順番になる。
それでまず三条会商店街の西のはしにある、日曜もやっている激安肉屋で、豚の切り落とし200グラムを買い、それから商店街を東にいき、西友で豆腐に長ねぎ、あとは売り場をみながら、潮汁にしようとおもってアサリを、おひたしにしようとおもって水菜を買った。
肉豆腐をつくるには、まずは出しをとる。
しかしそもそも、肉豆腐は肉を煮るわけだから、肉からたっぷり出しがでて、それで十分じゃないかとおもう人もいるかもしれません。
でも肉の味を活かすには、ニンニクか酸味、または出しが絶対に必要だ。
中華風にニンニクをたっぷりいれるか、またはポン酢などで食べるようにすれば、出しは必要ないけれど、そうでなければ、出しをつかわなければうまくない。
僕は出しは、昆布と削りぶしでとっている。
一番安い出し昆布と、カツオぶしではなく、サバや煮干しなどがはいっている削りぶし。
出し昆布1枚と削りぶしでっかく1つかみを水にいれ、中火にかける。
沸騰したら弱火にし、アクをとりながら3分煮て、ザルにキッチンペーパーをひいてこす。
このだしを、たっぷりと鍋にはり、中火にかけて、4分の1カップ程度の酒と、大さじ1~2杯のみりん、そしてうすくちしょうゆを、味をみながら塩気がちょうどよくなるまでいれる。
いうのを忘れたけれど、まずはじめに豆腐を皿のうえにだし、水切りしておく。
それからアサリも、海水くらいの濃さの塩水につけ、砂出ししておく。
それで水切りし、ちょっと大きめに切った豆腐と1口大に切った豚肉を鍋にいれ、アクをとりながら、沸騰するかしないかくらいのほんとに弱い火で、20分くらい煮る。
そのあと斜め切りにした長ねぎをいれ、長ねぎがしんなりすれば、肉豆腐の出来あがり。
七味をふって食べる。
小松菜のおひたし。
油揚げと合わせることにした。
油揚げは、僕はいつも4等分にしたのをジップロックにいれ冷凍してあるのだけれど、これをとりだし、給湯器のお湯で解凍兼油抜きをし、キッチンペーパーで水気をよくふきとったら、中火にかけたフライパンで焼く。
表と裏に、かるく焦げ目がついたら細く切る。
水菜は水洗いして、1分ほど、かためにゆでて、水にとってよくしぼり、4~5センチ長さに切る。
いつもなら、ちりめんじゃこを使うところだけれど、今日はせっかく出しがあるから、このだしを大さじ2くらいと、みりんを小さじ1くらい、うすくちしょうゆを大さじ1くらいのタレをつくり、これで油揚げと水菜をあえれば出来あがり。
アサリの潮汁は、ほんとに簡単。
世の中で一番簡単で、うまい料理をあげろといわれれば、僕はアサリの潮汁だと答えたいくらい。
砂出ししたアサリは、両手でこすりあわせながらよく洗う。
100グラムのアサリなら、200~300cc程度の水にいれ、火にかける。
アクをとりながら煮て、アサリの口が全部ひらいたら火をよわめ、酒4分の1カップ程度に塩少々、それからほんの少しのうすくちしょうゆで味付けすれば出来あがり。
アサリにはけっこう塩気があるから、塩をいれすぎないように気をつける。
とろろ昆布をいれるとうまい。
酒は芋焼酎の水割り。
やはり肉は、焼酎のほうが合う。
これを3杯のみ、肴をたべて、あまりのうまさに死亡して、そのあと腹ごなしに、夜の散歩。
Kajuへいったら、もうとっくに深夜12時をすぎているのに、ずいぶんお客さんがはいっていた。
Kajuは人気の店で、10時から11時あたりのゴールデンタイムにくると、はいれないこともすくなくない。
カウンターに8席、補助椅子をいれても9席だから、3~4組もお客さんがはいればいっぱいになってしまう。
さびれたエリアの裏通りから、さらに細い路地をはいったところにある店だから、飛び込みのお客さんはそうは多くはないはずだ。
マスターの人柄を慕い、常連のお客さんがあつまってくるということなのだとおもう。
先客は3組。
男女の、30代とおぼしき常連さん。
熟年の女性2人と若い男性。
50歳くらいの夫婦。
それで7人。僕がはいってちょうど満席になった。
日本酒の常温を注文。
もうたっぷり食事はしてきたのだから、ほんとうは飲み物だけたのみ、ワンコインで勘弁してもらおうとおもっていたのだけれど、メニューを書いてあるボードに「水キムチ」とあるのが目についた。
マスターは料理がうまい。
手製のキムチは何度も食べたけれど、たいへんおいしい。
水キムチは食べたことがなかったから、注文してみることにした。
水キムチは米のとぎ汁に野菜をいれ、発酵させる。
マスターは小麦粉をすこしくわえるとのこと。
セロリやら三つ葉やら、白菜やらがはいっていて、唐辛子のピリ辛味がきいている。
「すごくうまい・・・」
僕がほめたら、マスターは、
「でしょう・・・」
うれしそうな顔をした。
スクリーンにかかっているのは、「アジアン・カンフー・ジェネレーション」のライブ。
30代のお客さんがDVDを持参して、マスターにかけてくれとたのんだようだ。
ぼんやりと見ていたけれど、僕にはなにがいいのかわからない。
貧相な顔にメガネをかけて、さわやかな歌をうたい、僕にいわせれば、
「なんの色気も感じられない」
としかおもえない。
でもだからこそ、若い人達がいいとおもうのだと僕はおもう。
上の世代がわからないからこそ、「自分たちの音楽」とおもえるのでしょう。
吉田拓郎をはじめとしたフォークが登場したときも、美空ひばりを見なれた世代は、
「なにをあんな、小きたない・・・」
とおもったにちがいない。
お客さんはそれぞれが、自分の連れと話をしていたから、僕は1人で酒をのみ、水キムチを食べ、アジアン・カンフー・ジェネレーションをながめ、ときどきマスターとはなした。
しかし僕は、そういうこともまたきらいじゃない。
人のなかで、孤独を感じながらも居場所があるのは、僕にはなんとも心地よい。
と、そのとき、僕のうしろにあるドアがあいた。
ふりかえると、目がクリっとした女の子の一人客。
「かわいい・・・」
満席だけれど、
「補助椅子がありますからどうぞ」
とマスターはすすめている。
補助椅子をだすとすれば、ちょうど入口のちかくにいる僕のとなりにくるはずだ・・・。
でも女の子、
「またあとで来ますから・・・」
とでていった。
僕が酒をのみおわるまでには、もどってこなかった。