今日の晩酌。
イワシの酢じめ、菜っぱ汁、冷やしトマトにきゅうりの塩漬け。
魚屋で新鮮なイワシを見かけたら、酢でしめる。
イワシはこれからが旬。
夏にむかって、どんどん大きくなる。
イワシは頭を落とし、包丁で背開きにする。
洗って水気をふき取り、塩をふって1時間。
ふたたび水で洗って水気をふき取り、だし昆布にほんの少しの砂糖を入れた酢で、30分。
酢をふき取り、2~3時間おいて味をなじませる。
菜っぱ汁は、京都の郷土料理。
菜っぱと油揚げを吸物の実にする。
酒とうすくちしょうゆ、それに塩で出しに吸物の味をつけ、油抜きした油揚げをしばらく煮、さっと下茹でした小松菜をくわえてひと煮する。
しみじみとうまい。
旬のきゅうりは、塩漬けにする。
斜め切りしたきゅうりに塩をもみ込み、細く切った昆布と鷹の爪といっしょに漬物器で漬ける。
酒は焼酎水割り。
今日も4杯。
今日は立ち飲み屋は休みだし、ホームグラウンドのバー「Kaju」へは昨日行ったばかりだから、とりあえず鉄板焼屋へ入り、店長のお兄ちゃんに角ハイボールをたのんだ。
鉄板焼屋の角ハイボールは180円、コーヒーを飲むより安いから、まずは1杯飲みながら、次をどうするか考えるのにちょうどいい。
以前は遠慮してツマミもたのむようにしていたけれど、最近は店長やオーナーとも顔見知りになってきたから、甘えて角ハイボールだけで勘弁してもらうようになっている。
店長のお兄ちゃんが注文を伝えに行く、奥の厨房には・・・。
「オネエちゃんがいた・・・」
ずいぶん前に「Kaju」で会った女性で、この店でも1度見かけたことがある。
独特の雰囲気をもっている女性で、前から話してみたいとおもっていた。
「今なら怖れず話ができる・・・」
角ハイボールを持ってきてくれたオネエちゃんに、
「こんにちは、またお会いしましたね・・・」
僕は早速話しかけた。
オネエちゃんは年の頃は30前後、今どき珍しいまっ黒な前髪を、顔の横からななめに下ろしている。
パッチリとひらいた目の奥の、やはりまっ黒な瞳が、憂いをたたえているように見えるのが興味をひかれる。
お客さんが引けたので、奥の厨房であれこれ片付けをしているオネエちゃんに向かい、僕は、
「オネエちゃん、オネエちゃん」
と呼びかけては話しかけ、仕事の邪魔をした。
オネエちゃんは普段はべつの店で働き、鉄板焼屋はたまに手伝うだけだそうだ。
「だからこのあいだお会いしたのは、ほんとに偶然なんですよ・・・」
でもこちらは、毎日のように鉄板焼屋へ来ているのだから、偶然でもなんでもない。
このあたりの飲み屋には詳しいオネエちゃんだが、立ち飲み屋へはまだ行ったことがないそうだ。
「おもしろいから、今度ぜひ一緒に行きましょう・・・」
僕はオネエちゃんをさそう。
飲み屋に詳しいオネエちゃんに、まだ行ったことがない、目星をつけているバーの評判をきいてみる。
「私もまだ行ったことがありませんけど、この店に来た、なんとなくイケ好かない感じの男性連れが、そのバーへ向かうのを見たことはあります・・・」
「イケ好かない」とはどんな感じか、よくはわからないけれども、角ハイボールを飲み終わった僕は、とりあえずその店へ行ってみることにした。
ビルの上にある、おしゃれなバー。
マスターはまだ30代の前半で、脱サラして木屋町の店で修行をし、1年前に独立したそうだ。
僕はカウンターの端にすわり、マスターや先客の男性1人客に話しかけたが、どうも話が盛り上がらない。
「関西にもいろんな店がある・・・」
ピンとこぬまま注文した水割りを飲み終わり、僕はふたたび鉄板焼屋へもどった。
鉄板焼屋には、まだオネエちゃんがいる。
角ハイボールをたのんだ僕は、オネエちゃんに今行ってきたバーの報告をする。
話はそこから、僕の立ち飲み屋体験へとうつり、僕は、
「1分だけいい」
を3回ほど繰り返しながら、今回の発見をオネエちゃんに語る。
片付けが済んだオネエちゃんは、僕の近くの柱によりかかり、パッチリと目を見ひらいて僕の長話を聞く。
語り終わって満足した僕は、オネエちゃんに名前をきいた。
教えてもらった名前を呼び捨てしていいのかきくと、
「「ちゃん』を付けてもらえるとうれしいです」
とオネエちゃん。
お客さんがまた入ってきたので、角ハイボールを飲み終わった僕は、オネエちゃんに別れを告げて、店を出た。
前から話をしてみたいと思っていたオネエちゃんと、思う存分話しができて、満足して家に帰った僕。
気持よく布団に入り、ぐっすりと眠った。
翌朝起きて、昨夜のことをぼんやりと思い出してみる・・・。
せっかく教えてもらったオネエちゃんの名前を、思い出せなかった。