2012-06-24
3度目の正直
今日の晩酌。
肴はなすの味噌炒め、しじみの吸物、トマトと卵の炒め、白菜の浅漬。
旬のなすを使った味噌炒め。
なすは大きめに切り、塩水にしばらくひたして油を吸い込みすぎないようにし、多めのサラダ油とゴマ油でじっくり炒める。
火が通ったなすは一旦とり出し、今度は豚ひき肉を、出てくる肉汁が完全にとび焦げ目がつくまで、強火でよく炒める。
味噌と酒、みりん、砂糖、おろしショウガを甘辛くどろっとした加減に調整したタレを入れ、肉に味がついたら水4分の1カップを加えて、とり出しておいたなすを戻す。
全体をまぜながら煮汁が煮詰まったら、酢をひとたらしして出来あがり。
トマトと卵を炒め合わせるのは意外なうまさ。
フライパンに多めのサラダ油を強火で熱し、溶き卵を注ぎこむ。
すぐ混ぜてしまわずしばし待ち、いくつか大きめのかたまりにまとめて一旦とり出す。
湯剥きしたトマトを強火で炒め、汁が出てきたあたりで卵を戻す。
酒とうすくちしょうゆに砂糖で味をつければ出来あがり。
酒飲みの友しじみ。
肴にするには味噌汁より吸物がいい。
海水くらいの辛さの塩水に1時間ほど浸けておいたしじみをこすり合わせてよく洗い、水に入れて強火にかける。
アクをとりながら殻が全部ひらくのを待ち、中火に落として酒少々、うすくちしょうゆをほんの少し、あとは塩で味付けしたら出来あがり。
とろろ昆布を添える。
酒は焼酎水割りを3杯。
千円札をポケットにねじ込み、夜の散歩に向かう僕は、期するものがあった。
立ち飲み屋で2度にわたってうまく話せずに終わった僕だが、なんだか今日は、体にエネルギーが充満し、いけそうな感じがする。
しかも今日は金曜日、お客さんも多いだろうから、面白いことが起きるかもしれない・・・。
念のためキム君のバーと鉄板焼屋をのぞき、変わったことが起きていないことを確認した僕は、立ち飲み屋へ向かった。
立ち飲み屋の先客は、男女の4人組と、やはり男女の3人組、見たところいずれも30代。
僕はまん中の空いたところに位置をしめた。
酎ハイレモンを飲み始めると、すぐに女性の1人客が入ってきた。
「お久しぶりです~」
見たところ30代の後半、ムーミンにも似た愛嬌のある顔をして、茶色と金色に混ぜて染めた髪の前髪は垂らし、後ろはポニーテールにしている。
黒いジャージーのカーディガンをはおり、その下にはやはりジャージーのくるぶしまであるワンピースを着ている。
女性は1年ぶりに来たとのことで、
「結婚したんです~」
左手の薬指にはめた結婚指輪をキラリと見せる。
「そうなんや、おめでとうございます」
女性が大将に向かって言うのに、横から調子よく合わせる僕。
女性は僕の隣に場所をとった。
未婚の母だった女性は、ご主人と知りあって2ヶ月で結婚したそうだ。
「固い仕事で収入は安定しているし、車はベンツやからね~」
「そうなんや、それはさすがやわ」
僕は横から相槌を入れる。
近くのバーのマスター「川口君」が好きで、結婚したいと思っていたけれど、結局ちがう男性と結婚したのだとか。
「今川口君の店のまえを通ったら、ドアが開いていたから中を見て、
『店がはねたらいっしょに飲もう』
と約束してしまったんよ、緊張するわ~」
「そうなんや、ドキドキやね」
と僕。
女性は店内のほかの客と、賑やかにしゃべる。
ちょうど今日が誕生日だという男性がいて、
「それはめでたい、1杯おごるわ~」
男性に酒をおごる。
「そしたら誕生日の歌うたおう」
僕も男性に名前をきいて、音頭をとり、
「ハッピバースデー、トゥーユー」
誕生日の歌を合唱する。
女性は、僕にも酒をおごるという。
「その代わり、1人じゃ不安だから、川口君の店へいっしょに行ってくれない」
「でもおれ、金ないねん」
「いいわ、そしたら私おごるし」
「そんなら行こ」
僕は女性と、川口君のバーへ行くことになった。
川口君はマッチ棒のような細身の体に、黒いカッターシャツを着て、ボタンを1番上まで留めている。
おかっぱの頭に、はにかんだような笑みをたたえ、バーのマスターというより「パソコン少年」といった面持ちだ。
女性はカウンターに入り込み、後ろから川口君に抱き付きながら、嬉しそうに言う。
「川口君、今日はお店がはねたら、私と飲むんだよね~」
「おお、今日は徹底的に飲もう」
川口君も、笑顔で応える。
川口君は、女性の小学生のお子さんに、自転車を買ってあげたのだそうだ。
「子供に初めて自転車の乗り方を教えるには、ちょっとしたコツがありますからね」
すこし得意気に川口君。
席に戻ってきた女性にきく。
「そんなことまであったのに、なんで結婚せえへんかったん」
「なんか縁遠くなってしまったんよね・・・」
女性と僕は、アドレス交換をした。
「今度私こっちに来るとき電話するから、いっしょに飲も」
「彼女はいるか」ときくから「いない」と答えると、
「そしたら私、フリーの友達いっしょに連れてきて紹介するわ」
「おお、それは楽しみやな」
徐々にお客さんが引け、終わりに向かうかと思われた川口君のバーは、ふたたびお客さんが入り、賑わい始めた。
それに連れ、だんだん不機嫌になる女性。
「なんで約束してるのに、お客さん入れはるねん・・・」
しばらくの後、まだだいぶ時間がかかりそうだからと、女性と僕は先に居酒屋へ行き、川口君を待つことになった。
酔いがまわり、自力で歩けなくなっている女性を、僕は抱きかかえるようにしながら、女性がなじみの居酒屋へ連れて行った。
肘掛けのある椅子に寝そべるように腰掛けながら、女性は川口君に、来られるのは何時になるのかメールを送る。
「5時くらいかな・・・」
川口君からの返信。
まだ1時間以上ある。
女性は寂しげに携帯を閉じた。
やがて女性は、気分が悪くなってきた。
「私奥の座敷でちょっと寝るから、もう帰っていいよ」
いきなりお役御免となった僕は、
「女性は川口君と飲めるのかな・・・」
気になりがらも、大将にあとを頼んで店を出た。
帰りの道すがら、僕は朦朧とした頭で考えた。
立ち飲み屋で楽しく過ごすコツは、その場にいる人達と、
「友達のように飲む」
ことだった。
これまで立ち飲み屋でうまく楽しめなかったのは、大将の橋渡しなしに、どうやって「他人」から「友達」への垣根を越えたらいいかがわからなかったのだ。
でも隣にいる人が、初めから友達だと考えてしまえば問題はない。
これが「関西」なのか。
それとも「若い世代」ということなのか。
はたまた、僕のまわりに元々あったものを、ただ僕が気付いていなかっただけなのか。
いずれにしろ今夜は、楽しいばかりかおごってまでもらって、ほんとうに得をした・・・。
僕はふらふらと歩いて家に帰り、ぐっすり眠った。
次回はおごれよ。