一つは「非人」というものについて、徹底的に解明していて、今では非人は、単に差別される人としか捉えられていないのだが、元々はそうではなかったのだということが書かれている。非人は平安から鎌倉時代くらいまでは、金融業とか動物の屠殺業、遊女など、人々の日常にはなじみにくいことを、神様から請け負うという形でやっていた人たちだったのだ。だから身分は、天皇の直轄ということになっていた。ところが室町以降、天皇の権威が下がるにつれて、差別民として扱われるようになっていった。それと関連して、非人をも信者として取り込み、みずからの勢力を拡大していった真宗など鎌倉新仏教のこととか、女性の立場についてのこと、天皇についてのこととかが書かれていて、日本の社会が室町時代を境として大きく変わっていったことが、全体として見えてくる。
それからもう一つは、日本は元々農業を中心とした、農業国家であると考えられてきたわけだが、実はそうではなく、河川や海を交通路として、これまでは研究から見落とされていた、様々な行き来があることがわかってきて、それを前提とすると、日本の社会というものが、これまで考えられたものとはまったく違ったものであったということが、はっきり見えてくる。もちろん農業というのが、一方の大きな柱だったことは間違いないのだが、もう一方で商業や金融業といったものが、これまで考えられていたよりはるかに盛んで、後醍醐天皇などは、そういう勢力を背景として、権力闘争を行ったのだが、けっきょく敗れ、それ以降は権力が、商業や金融業を規制する方向に動いていった。朝鮮や中国など、海外との行き来も、今考えられているより、はるかに盛んだった。
それらを、著者は仮説としてではなく、資料をきちんと読み込んだ末の事実として、きちんと描いていく。同じ資料を、これまでも幾多の研究者が見てきていたのだが、先入観のために目が曇って、見えていなかったということなのだ。80年代以降の新しい研究の成果で、最近の教科書などには、それが反映されているところもあるらしいのだが、昔の教科書で勉強した僕などは、そんなことは全然知らなかったわけだ。
著者は歴史学者で、幾多の専門書も書いているのだが、この本は一般の人にむけ、これまでの著作との重複をおそれず、自分の生涯の研究成果を、全体としてわかりやすく伝えるということを目的としている。実際そのとおり、気楽に読めながら、日本というものがまったく新しい姿として見えてくるという、ほんとにすごい本。これを知らないというのは、まったく損だとすら、言えるんじゃないかと思う。
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日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
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