小林秀雄、50歳、戦争の痛手からは完全に立ち直り、気力も充実し、新境地を次々と開拓していくという体勢に入ったわけだが、その手始めに、「ゴッホの手紙」。これから小林秀雄は、近代絵画の世界に入っていくのだが、このゴッホの手紙は、ゴッホの絵画そのものについて、正面から論じたものというよりも、ゴッホは弟に宛てて、膨大な数の手紙を書いていて、それが弟の奥さんによってまとめられた全集があり、そのフランス語を日本語に翻訳する、ということによって、そこから読み取れる、ゴッホの生涯と思想を、日本に紹介する、ということが、中心的なテーマになっている。評論というより、伝記に近いんだな。だから、この本、前半は説明的な文章も多く添えられているのだが、後半はそれがほとんどなくなり、まるで小林秀雄にゴッホが乗り移ったかのように、翻訳者である小林秀雄の口から、ゴッホの言葉がつむぎだされていく。
こういう書き方、これまで小林秀雄の全集を読んできて、この前巻の、「白痴についてⅡ」というところで、僕は初めて目にしたのだが、年譜を見ると、実際に原稿が書かれたのは、この「ゴッホの手紙」の方が、「白痴についてⅡ」より前で、小林秀雄はこれを書きながら、自分が作者になりきってしまうというやり方を会得したんだな、たぶん。
これからベルグソンとか、本居宣長とか、小林秀雄は挑戦していくのだが、どういう風になっていくのか楽しみだな。