松本復興商が宮城県知事に暴言を吐いた件で辞任して、菅首相への辞任圧力が強まっている。
足元の国対委員長からも公然と辞任要求され、岩手県知事も菅首相の辞任に言及したから、外堀はかなりのところ埋められてしまっているということだろう。
実際松本復興相の発言は最低で、あの言い方は「恫喝」そのものだ。
被災地の知事にたいして平然と、テレビカメラを前にしてああいうことをやってみせる政治センスのない人を復興大臣にする菅首相の見識は、問われて当然しかるべきであるとも思える。
菅首相はこれまで、あれだけ人格的に最低で、最高指揮官として無能であると言われながらも、これといって具体的な攻撃材料がなかった。
原発事故の初期にベントを止めたの止めないのというくらいのものだ。
でも今回は震災復興という肝心なところでの大きな失点であるだけに、首相を続けていけるのかどうなのか、かなり厳しいことになっていくというのは間違いないところなのだろう。
僕は菅首相を擁護するというわけではない。
菅首相が人格的に最低で、指揮官として無能であるというのも、おそらくその通りであるのだろうと思う。
でも菅首相をやめさせれば問題が解決すると考える、その考え方が嫌いなのだよな。
だいたい菅首相をやめさせたところで、何か実際的に問題が解決するのか。
やめさせたい人たちは、「与野党の協力」とか「大連立」とか言うが、僕はそれほど危ないものはないのじゃないかという気がする。
復興は巨大な利権なのだから、大連立などというのは、
「みんなでその利権を分けあいましょうよ」
と言っているようにしか聞こえない。
そうやって復興が食い物にされていくというのなら、まだ無能な菅首相がやっていた方がマシだと思える。
だいたい日本人というのは、何かというと人の足を引っ張り、引きずり下ろすことによって、自分が優位に立とうとするというところがあるのじゃないのか。
松本復興相の宮城県知事にたいする恫喝とかは典型だ。
ああやって人をまず叩いて、「オレは偉いんだぞ」と言ってみせるタイプの人って、世の中にはほんとに多い。
でもそうやって人を叩いて威張ってみせて、それで何か新しいものが生み出されるのか。
何もありはしない。
ただ小さなお山の大将を競い合っているというだけの話だ。
菅首相を引きずり降ろそうとすることも、これと同根なのだと思うのだよな。
ただ「どちらが上」とか「下」とか、そういうつまらない問題にこだわっているだけなのだ。
谷垣自民党総裁にたいして閣僚への就任を
「電話で依頼するというのは失礼だ」
とかいう話だからな。
僕はまず、日本人がそこのところの考え方を変えていかない限り、日本はどうにもならないのじゃないかと思うのだよな。
狭い国土なのだから、とにかく人を伸ばし、育てていく。
そういう考え方に、自分たちを大きく変えていかないといけないんじゃないか。
人を育てるには、きちんと褒め、応援することだ。
広島ファンにしても阪神や中日のファンにしても、球団にたいしてそのように接しているのじゃないか。
僕は日本人は、自分の政府にたいしても、そのように接しないといけないのじゃないかという気がしている。
民主党は、選挙によって、自分たちで選んだのじゃないのか。
それならいくら首相が人格的に最低でしかも無能であったとしても、「ダメな子はかわいい」くらいに考えて、すぐに首相を替えるなどということを言い出さずに、きちんと応援してやらないといけないのじゃないかと思うのだがな。
だから今の状況というものは、政治家ではなく、国民が問われているということなのじゃないかと僕は思う。
昨日の昼めしは、前の日の残りの鶏のごった汁とすぐきで白めし。
いつも普通の片手鍋でめしを炊いている僕は、水が全部なくなって火を落とすとき、完全に火を止めてしまわないで、いちばん弱い火にして5分くらい鍋を温めておくようにしている。
なのだが昨日は、もしかしたらそんなことする必要はないのじゃないかと思って、火を完全に止めてしまったら、やはりちょっと水っぽくて、ふっくらした感じが足りなかった。
蒸らしている最中の鍋の温度って、やっぱり重要なんだよな。
晩めしは豚肉と小松菜の焼きそば。
麺はひと玉にしておいた。
それくらいでちょうどいいんだよな。
この料理は僕の個人的な考え方としては、「焼きそば」というそばがメインのものではなく、主役はあくまで炒め物で、そこにそばを添えた、というものだ。
だから名前もほんとは正確に言えば、
「豚肉と小松菜の炒めもの中華麺入り」
ということなのだ。
そうやって考えると、炒め物は何だっていいわけだから、まだまだ色んなものが作れそうだよな。
酒は大七からくち生もと。