魚の調理法といえば、何といってもまず第一に塩焼き。サンマの塩焼きに代表されるが、魚が新鮮だったら、どんな魚でもただ塩を振って焼けば、まずはうまい。あとは焼いてからタレをからめる照り焼き、塩コショウして粉をふるムニエル、それから煮付け。このあたりまでは、そこそこ手を出していたのだけれど、「漬ける」というのは、これまでほとんどやろうとしたことがなかった。
魚を漬けることなど、難しくも何ともない。漬けダレの調合だって、簡単な話だ。その気になれば、すぐにでもできる。でもそれをこれまで、なぜ自分がやろうとしなかったのかを振り返ってみると、やはり「時間がかかる」からなのだな。
夕方になって、その日の晩に何を食おうか考え、買い物に行って作るというサイクルになると、魚を漬けることが、時間的に間に合わない。魚を漬けるには、最低でも数時間はかかるから、その日の食事のことを、前日以前に考えていなければいけないわけだ。それができなかった。
まあしかしそれだって、やってみればべつに難しくはなかった。金曜日に魚屋へ行ったら、うまそうな秋鮭の切り身が安く売っていたから、これを味噌漬けにしようと思い立った。おばちゃんに「いつ頃食べたらうまいのか」を聞いたら、「3日目が一番うまい」というから、これを月曜日の晩酌の肴にすることにして、その日に食べるものは別に買い、一緒に持ち帰ってきた。ただそれだけの話だったのだ。
魚の味噌漬けは、檀一雄も「檀流クッキング」の中で書いている。
鍋物などをして、魚が余ってしまった時は、
「躊躇なく、みそ漬けを作りなさいと申し上げてみたい」と檀はいう。みそ漬けは、日本人の嗜好にもっとも密着したご馳走の一つだから、みそ漬けを味わうことは、日本人としての大きなたのしみだと。
檀によれば、一晩漬け込んで、「翌朝くらいが一番おいしいかも知れぬ」とのことなのだが、魚屋のおばちゃんは、「3日目がうまい」という。
ネットでレシピを見てみると、漬け込む時間は「数時間」というのもあるから、それだけの幅があるということだ。
しかしもちろん、今回は魚屋のおばちゃんに従うことにしている。
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魚には、まず塩をふる。塩をふり、置いておく時間だが、ネットでは「30分」、檀一雄は「3、4時間」、魚屋のおばちゃんは「一晩おく」だった。今回は一晩おいてみた。
一晩おいた秋鮭を、さっと水で洗ってよく水を拭き取り、味噌床につける。
この味噌床は、檀一雄の表現によれば、
「自分の日頃使い慣れているみそに、酒や、みりんを加えて、みそ全体をベタベタにといておく」とのこと。味を見ながら、自分がおいしいと思えるよう、味噌とみりんの量を加減すればいいわけだ。
これをジップロックに入れるか、ラップに包むかして、冷蔵庫に3日間、入れておく。
3日たった秋鮭。漬け込む前より、赤い色が深くなっている。味噌床の成分がしみ込み、熟成が進んでいるということだ。
魚屋のおばちゃんは、「味噌は焦げるから、水で洗い落としたらいい」というが、檀一雄は、「味噌はあまり取りすぎない方がいい」という。
「焼いた時にみそや、酒や、みりんの照りが魚肉の表面を、美しい焦げ茶の色におおうところがおいしさを倍加させるゆえんである…」これについては、おばちゃんではなく檀にしたがい、キッチンペーパーでていねいにふき取るだけにしておいた。
焼く時には、焦げやすいから、言うまでもなく弱火でじっくりとやる。焼けるにつれ香ばしいにおいが漂ってくるのが、もうたまらない。
というわけで完成した、秋鮭のみそ漬け焼き。
大した手間はかかっていないのだが、丸3日かけて出来たというと、なんだか非常に愛着がある。手をかけてはいなくても、冷蔵庫を開けるたびに、目の端で秋鮭の存在を確認したりして、気持ちの方は、3日間、この秋鮭と共にあったわけだ。
味のほうだが、これは死ねた。
「食べる宝石」とでも言いたくなるような味だ。
味噌はこういう仕事をするということだ。
言うまでもないことだが、味噌漬けは、「ただ味噌の味が秋鮭につく」のではない。味噌の作用で秋鮭が熟成されて、味噌と秋鮭とが完全に一体化し、ワンランク上のステージへ上がることになるのだ。
バクバク食べてしまうのはもったいなく、日本酒をやりながらほんとにチビチビ、ちょっとずつ食べた。