小林秀雄全作品、今回は面白かった。昭和24年だから、戦後4年目、小林秀雄47歳、僕と同い年だな、の作品が収められているのだが、戦争が終わってこれまで3年は、小林秀雄、解説を見ると戦後すぐ、お母さんが亡くなったり、あと小林秀雄は戦時の翼賛体制に協力したと中傷を浴びたりもしたようで、そういうことも関係あるのかも知れない、なんとなく気が抜けたようなというか、山に籠ってモーツアルトとか、ドストエフスキーとか、自分の好きなことばかりしていた、という感じがしてたんだな。ところが今回やっと、里に下りてきて、僕たちの前に現れ、すっくと二本の足で立ち上がってくれた、という感じがしたのだ。
圧巻なのは、この巻の表題にもなっている、「私の人生観」。これは雑誌に発表したのではなく、単行本として出したらしい。文庫本で読んだ時も大変面白かった記憶があるのだが、今回読み始めたら釘付けになって、昼めしを食うのも忘れ、最後まで目を離すことができなかった。
講演を文字に起こしたという体裁になっていて、そういう形自体はこれ以前にもあるのだが、違いは、おそらく講演の内容の間あいだに、圧倒的な量の加筆がされているのだ。それで講演の部分の「です、ます」調と、加筆部分のものだろう、「だ、である」調が交互に現れるという、独特の変体な文体になっていて、これは「考えるヒント」の中の文章なんかでもお馴染みのものなのだが、それが緊張と弛緩を繰り返す、何とも言えぬ迫力のあるリズムを生み出すのだ。これはここから始まったということなんだな。
講演は専門家に対してでなく、一般の人に対して行われていて、「です、ます」調というのも、そのことを示しているわけだが、だから、この文章は文芸の専門家や、それに興味がある特別な人ではなく、一般の人、つまり僕、に向けられて書かれている。主題も「私の人生観」だから、モーツアルトとかドフトエフスキーとかいうより、全然一般的だよな。待ってたよ、秀雄、って感じだ。
内容だが、それはここでかいつまんで言うことはできない。読んでくれ、としか言えないな。ただ言えるとしたら、小林秀雄は自分のあらゆる背景、若いころ学んだフランスの文学や哲学から、ここ10数年で学び始めた日本の古典まで、そのすべてを動員して、現代の日本の持つ問題点、この「現代」は60年前だが、今と根本的には変わっていないと思うし、たぶん問題はより深刻になっているんじゃないかと思う、を鋭く指摘し、さらにそれだけでなく、それを乗り越えて未来に向かう方向までを、はっきりと示している、ということなのだ。それを単行本にまでして出しているのだから、これは単に批評家ではない、思想家としての小林秀雄誕生の、決意表明とも言えるものだな。
ちなみに、この「私の人生観」の前後に発表されている、いくつかの短編も興味深くて、まず「中原中也の思い出」。小林秀雄は二十歳頃、友達だった中原中也の恋人を奪い取ってしまって、その彼女と2年くらい、一緒に暮らしていたのだが、その事はこれまで、中原中也については何度か書いてはいるものの、一切触れてはいなかったのだが、ここで初めて、詳しく書かれている。何らかの大きな心境の変化があったのだろうと思うのだが、でもそれがただ告白ということに留まっておらず、小林秀雄が言う、「中原中也の心の底にいつもあった悲しみ」というものを、小林秀雄自身を媒介としながら、読者に切ないまでに伝えるという、小林秀雄の文章としてはこれまで、あまり見たことがない深みに進めることに成功している。小林秀雄はこれまで、なんだかんだ言っても、書こうとする対象の外側に、自分を置いていたと思うのだ。それが批評家の死守すべき位置だということなのだと思うのだが、思想家たらんとした時には、書こうとする対象が、モーツアルト、とか、ドストエフスキーとかいうように明確ではないわけだから、自分自身を対象の側にも、置かなくてはいけないことになるわけだよな。この「中原中也の思い出」は、文庫で読んだ時には、鮮烈な印象があったものの、なんとなく偽善的な感じもしたとこがあったのだが、今回全集という、小林秀雄の人生の文脈に置いて再読してみると、その意味がよくわかった。
それから「私の人生観」に続いて発表された、「秋」と「酔漢」という短編も、奈良東大寺での秋の風景や、泥酔した友人と汽車で旅をするという、日常の風景を描きながら、その中に、小林秀雄自身が、考えようとしていること、それはフランス文学のことだったり、モーツアルトのことだったりするのだが、そういうものが盛り込まれている。こういうスタイルの、日常の風景に自分の思想を盛り込んだり、しかもその思想が、自分なりに完結したものではなく、発展途上のものだったりすることは、これまであまりなかった。大きな変化なんだよな、やっぱり。
小林秀雄全作品〈17〉私の人生観
考えるヒント (文春文庫)
私の人生観 (角川文庫)