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2011-08-28

新福菜館三条店の大盛りラーメン(長い前置き付き)

京都のラーメンがうまいとは、もう何度となく書いてきていることなのだが、どれだけ書いても書き過ぎということはない。

京都のラーメンがうまいというのは、全国的にはほとんど知られていないだろう。ラーメンの知名度は宣伝によるところが大きい。どんなにうまい、その土地独自のラーメンがあったとしても、地元の人が食べて楽しんでいるだけでは、他県の人に知られることにはならないわけで、具体的にどのようにやるのかは知らないが、大掛かりな宣伝活動が必要になるだろう。行政なども関わって、町おこしの一環として、その土地の地ラーメンを新たに開発し、全国に売り出すなどということも聞いたことがある。

一時「地ラーメン」のブームもあり、多くのラーメンが世に知られることになったわけだが、地元に他に観光の目玉があったりして、わざわざラーメンを売り出す必要がないなどという場合、非常においしいのにほとんど誰にも知られることなく、ひっそりと地元民に愛されているラーメンが存在したりする。

その一つが広島ラーメンであるというのは、間違いのないところなんじゃないか。


広島にはB級グルメの名物として、お好み焼きがある。これは全国的に非常に知られているわけで、お祭りなどで出る屋台も、広島風お好み焼きはフランクフルトや焼きとうもろこしと並び、主力メニューの一つとなっている。

広島のお好み焼きは、お好み店の店主で一人、商才にたけ、お好み焼きの普及に心血を注いだ人がいて、その人の努力によりこれだけ全国的に有名になったといっても間違いじゃないだろう。ただ地元民が一週間に一度は食べる、などというだけでは、名物にまではなかなかならない。

しかし広島には、お好み焼きの陰に隠れて、ひっそりとうまいラーメンがあるのだな。


広島県のラーメンというと、「尾道ラーメン」が非常に有名なのだけれど、広島市にはそれとは別のラーメンがある。戦後の屋台から始めた店の流れを汲むもので、他の土地のラーメンと比べても、かなり独自だと言えるのじゃないか。

ベースは、西日本のラーメン標準の「醤油豚骨」なのだけれど、出汁をただ豚骨だけで取るのじゃなく、香味野菜はもちろんとして、まず鶏肉を入れる。それだけじゃなくさらに昆布やら鰹節やらを入れるのだ。

尾道ラーメンも魚介出汁を入れたスープが有名だが、尾道市にある老舗のラーメン屋では、元々は魚介出汁を使っておらず、1980年代に土産物として売り出す時に、「尾道ラーメン」という名称と共に、魚介出汁を入れるようになったということなのだ。だから、魚介出汁入りのラーメンが開発されたのは、広島市のほうがよっぽど早い。

また最近は「ダブルスープ」といって、肉の出汁と魚介出汁を混ぜて使うスープが、新手のラーメン屋で流行っていたりする。これだって、いわばダブルスープの元祖は広島だって言ったっていいのである。

とまあ、広島市には以前住んでいたことがあるから、広島となるとついヒートアップしてしまうのだが、広島市のラーメンがうまいのは間違いない。

魚介出汁が入っているのだが、これは言われなければ絶対わからない。つまり広島のラーメンは、魚介出汁が入っていることを売り物にしているのじゃなく、魚介出汁はあくまで隠し味として、目立たぬように入れているのだ。

醤油豚骨のラーメンは、どうしても男性的な、尖ったところがあると思うが、広島の醤油豚骨には、そんな様子は全くない。様々な材料が使われているため、あくまでまろやか。出しゃばったマネは一切せず、旦那の横にピタリと寄り添い、旦那が必要な時にさっと手助けをするよくできた嫁のようで、余分な自己主張は一切ないのだが、足りないところも全くないという、考えられない芸当を軽々とやってのける。

多少のバリエーションはあるのだが、広島市内には、この広島ラーメンを出す店が、数十軒はあるだろう。でもこれを全国的に売りだそうという気はまったくないんだな。しかも名店ほど、駅から遠く離れた辺鄙な場所でやっていたりする。地元の、小汚い店構えの店で、おばちゃん一人で作るラーメンが、信じられないほどうまかったりするのだ。

まあ知ってる人にとっては、観光客などが来ないほうが、味が変わらなくていいわけだが、せっかくこれだけうまいのだからもったいない、という気も、ちょっとはしてしまう。


とまあ、前置きを書いているうちに、もうほとんど疲れて、京都のラーメンまで辿りつけないような気がしてきたわけだが、京都のラーメンも、これまたすごいのだ。

だいたい「京都ラーメン」という言葉自体が存在しない。京都はラーメンがうまいなどということを、普通の人は知らないだろう。京都もそれを売りだそうという気配もないし、だいたい京都にはすでに観光資源が山のようにあるから、今さらラーメンなどを売り出す必要もないのだろう。

しかし京都のラーメンについて知らなくても、京都発祥のラーメンを食べたことがある人は、実は全国に非常にたくさんいるはずなのだ。


まず「天下一品」が、京都のラーメンだ。これは全国でチェーン展開をしているから、食べたことがある人は多いだろう。でも天下一品が京都のラーメンだというのは、知らない人がほとんどだろう。


それから「来来亭」という、これは東京進出をしておらず、西日本に限定してチェーン展開しているラーメンチェーン店なのだが、このラーメンも、「背脂醤油系」という、京都の一つの代表的なラーメンを元にしている。でもこれが京都のラーメンだということも、ほとんどの人は知らないだろう。

それにだいたい、「餃子の王将」が、京都発祥だ。これはラーメンの味としては、あまりどうということはないのだけれど、ラーメンのチェーン店としては、全国有数の規模だろう。

このように、京都発で全国展開しているラーメンチェーン店は多いのだが、京都をまったく売り物にしないところが、面白いというか、不思議なところだ。まあしかし、ラーメンで京都のブランドを付けても、あまり意味がないということか。


あとは「第一旭」という、神戸や名古屋でも暖簾分けした店があるラーメン屋が京都発なのと、それから「新福菜館」という、戦前に創業した、京都では最古、全国的に見てもかなり古い部類に属するラーメン屋がある。新福菜館は、京都以外では店を出していないみたいだ。


というわけで、言いたかったのはただ、昨日も新福菜館三条店へ行ってきました、という、それだけのことだったわけなのだ。


新福菜館三条店のラーメンについては、あまりにもう何度も書いているから、ここではあまり繰り返さないが、昨日は久しぶりに「大盛り」を食って、これがまたやはり、なかなか趣深かった。

大盛りといえば、どんなラーメン屋でも普通は、150円増しくらいにして、麺とスープの量が増えるという、ただそれだけのものだろう。しかし新福菜館は違う。大盛りになると、ラーメンの構成自体が違うものに変化するのだ。


まず新福菜館のラーメンは、並だとチャーシューに青ねぎだけが乗っているのに、大盛りになるとそれにもやしが付く。そして生卵が入ってくる。もやしと生卵は、オプションメニューではなく、大盛りにすると、標準で付いてくるものなのだ。だから例えば生卵が入らないようにしたいと思ったら、注文して生卵を抜いてもらうようにしないといけない。

そしてさらに、チャーシューの量も増える。もちろん麺の量も増え、値段は200円増しの800円。考えられないほどのサービスなのだ。

ラーメン自体の完成度としては、並の方が高いから、初めて新福菜館三条店のラーメンを食べようと思ったら、僕は並をすすめたいところだが、大盛りもまた抜群の風情がある。

なぜ大盛りに、並の量を増やすだけでなく、わざわざもやしと生卵を入れたのかを考えると、昔ながらの商売人の、粋な感覚を感じることができるのだな。

この大盛りを考案した、たぶん新福菜館の創業者だったんだろうが、その人にしてみれば、自分の作ったラーメンは、あくまで並盛で十分な完成度をもっているものであり、その麺やスープの量をただ増やしてしまうと、自分の考えている理想の世界が崩れてしまうと思ったということなんじゃないか。麺を食い、スープをすすり、チャーシューを齧るというその繰り返しは、並盛で食べてこそ、一番満足できるものであり、それを単純に量を増やしてしまったら、間が抜けたものになってしまう。どうしてもそう思えてしまい、それが許せなかったから、そこにさらに、もやしと生卵を配置して、間が抜けないようにしたのだと思えるんだよな。

商売よりも、あくまで自分の世界を重視する、職人気質がここにはっきりと顔を出している気がして、そういう人間性を感じられるところが、この新福菜館三条店の大盛りラーメンを食べる大きな楽しみだ。

だからこれは、食べ方として、僕が今まで食べていたやり方は間違っていたのだな。僕はまず初めに、生卵をレンゲですくって、もやしの上にまぶしつけるようにしていたのだけれど、いやもちろん、ラーメンの食い方など、どうにでも好きなようにやればいいのだが、この大盛りを考案した人の気持ちを考えると、まずは生卵はそっとそのままにしておいて、普通のラーメンの味を味わってほしいと思っただろう。新福菜館の基本の味をまず味わい、そのうちそれに飽きてきたところで、おもむろに生卵を汁に溶かし込んで、ここに一味やニンニク唐辛子など、卓上に配置された調味料を追加したりもし、味を変えて後半を楽しむと。こういう食べ方を想定したんじゃないかと思えるんだな。次に大盛りを食う時には、僕はそうやってみることにする。

ちなみに広島ラーメンの老舗の店では、「大盛り」というメニュー自体が存在しない。メニューは「中華そば」一つだけ。これも、並盛がもっとも完成度が高いという、同じ考えに基づくものなのだと思う。だからせっかくのおいしいラーメンをもっと食べたいと思ったら、ラーメンを2杯、注文するしか方法がなく、僕は広島でその店のラーメンを初めて食べた時には、実際にそうした。