今日は僕の50回目の誕生日。
誕生日はほんとうなら、かわいい彼女とデートでもして、しっぽりと過ごすのがいいわけだけれど、それが見つからぬまま当日を迎えてしまった僕は、いつもどおり家で晩酌をし、そのあと四条大宮のなじみのバー「Kaju」へ向かった。
マスターには、すでに何日か前、「行きますのでよろしく」とお願いしてある。
マスターからも当日、「お誕生日おめでとう」のメールをもらっていた。
カウンターの一番奥にすわり、焼酎の水割りをたのむ。
するとマスター、
「お誕生祝いに一杯おごりますよ・・・」
ありがたく頂戴することにする。
お客さんは、僕の横に男女の3人連れと、カウンターがL字型に曲がったその先に、男性の2人組。
みなマスターがかける音楽DVDを眺めながら、暗い店内で静かに時がすぎていく。
以前なら、カウンターでのトークがうまくできなかった僕は、マスターとだけ話をし、ほかのお客さんとは、話しかけられない限りこちらから話しかけはしなかったけれど、このごろ僕は、会話には「話題」があるのがわかってきた。
齢50になってそれに気付くなど、今までどれだけ自分勝手な人生送ってきたんだお前という話だけれど、カウンター全体での話になるときは、みなが話題を追いかけながら話をしている。
さらに関西人は、そこでいかにウケることを言おうかと、手ぐすねをひいて身構えていることもある。
僕もようやくそれがわかったから、今ではそれほど場違いになることなしに、カウンターでの話に入れるようになっている。
今夜のKajuのカウンターでは、マスターがかける音楽DVDの話題を拾いながら、みなが静かに話をする。
僕もときどき会話に参加しながら、誕生日の夜にふさわしい、心地よい時間をすごす。
やがて3杯の焼酎を飲み終わった僕は、そろそろ閉店時間も近付いてきたKajuを出ることにする。
誕生日の夜は、やはりなじみのバー「Spiner's」にも顔を出しておかないといけない・・・。
Spiner'sのカウンターでは、熊の男性と九十九一の男性が、何やら話し込んでいた。
九十九一の隣に僕がすわると、話題はそれから、僕のブログの話になった。
熊の男性も九十九一の男性も、僕のブログをたのしみに見てくれている。
熊の男性は、九十九一と僕が「おっさんふたり飯」と題して、京都の飲食店を食べ歩き、飲み歩きしたら面白いのじゃないかとけしかける。
それでしばらく、その話題で盛り上がる。
やがてそこへ、店を終えたKajuさんがあらわれ、熊の男性の隣にすわった。
入れ替わりに、明日朝から仕事がある九十九一が帰っていく。
僕が熊の男性の、Kajuさんとは反対側の隣に席をうつすと、「もう遅いし、そろそろ帰ろうか」とおもい始めていた僕の心を見透かすように、
「もう1杯おごりますから、今日は誕生日だし、徹底的に飲みましょう」
とKajuさん。
僕も腰を据えることに腹を決め、マスターのキム君に焼酎をもう1杯たのんだ。
そこへ、若い男性のお客さんが入ってきた。
一休さんにそっくりの、坊主頭にクリっとした目をしたその男性は、僕の隣にすわるとコロナビールをたのむ。
二十歳そこそこに見えるその男性は27歳、これまでイギリスやドイツの日本料理店で働き、2年前から、日本料理を本格的に修行しようと、京都の有名料亭に弟子入りをしたのだそうだ。
将来はデンマークで自分の店をやりたいというその男性の話がしばらく続いて、やがて話題は、ほかへ移っていく・・・。
そのうち僕は、その男性にもっと日本料理のことを詳しくきいてみたいと、むくむくとおもい始めた。
僕も家で自炊をしながら、日本料理について色々おもうことがある・・・。
でもカウンターの話題は、今はまったく別のことになっている。
今ここで話を切り出してはいけないと、僕は話したい気持ちをぐっとこらえ、タイミングを見計らった。
やがてカウンターの話が途切れたのを機に、僕は一休さんの男性にきいてみた。
「日本料理は歴史的に、中国料理のアンチとしてあって、それが理由で文明開化まで肉食をせず、さらに終戦までニンニクを使わずにきていると思うんです。でももし、肉とニンニクにもっと正面から向かい合えば、日本料理は新たに大きく発展できるのじゃないかと思うんですが、どう思いますか・・・」
そうしたらそれに、一休さんの男性が答えるより先に、熊の男性が食い付いてきた。
「いやそんな、中途半端な創作料理などを考えるより、まず一休の男性は、正統的な日本料理をきちんと学ぶ必要があると思うよ・・・」
それから一気に、カウンターは料理の話題で盛り上がった。
僕の話に、熊の男性が反論し、さらにそれに、また僕が反論する。
Kajuさんが熊の男性と僕の意見を仲裁しようとするけれど、熊の男性も僕も、それに納得しない。
一休さんの男性も、興味深そうに話に参加する・・・。
話をしながら、僕はおもった。
「今まで場違いなことしか言えなかった僕がふった話題で、カウンターがこんなに盛り上がったのは初めてだ・・・」
料理の話はそれからも延々とつづき、切りが付いたのは午前6時。
店を出ると、太陽はすでに明るく道を照らしはじめていた。
この日の夜は、まさに誕生日にふさわしい、僕にとって記念的な一夜になった。
でもさすがに50になって、朝6時まではきつかった・・・。
翌日はもちろん、それから数日は、体のだるさが抜けなかった。