このサイトは、おっさんひとり飯の「旧サイト」です。
新サイトはこちら
へ移動しました。
なんでサイトを移動したの?⇒ こちら

2011-06-23

あさりの酒蒸し

梅雨の晴れ間ってのはいいもんだ。
京都もおとといからか、真夏日に突入して、蒸し暑さに拍車をかけている。
6月からこの気候ってのは、これからいよいよ夏になったら、どうなってしまうんだ。

今年は節電も、それなりにはするつもりで、今のところは扇風機でしのいでいる。
でも去年、京都に来てはじめての夏、やはり京都の夏もすこしは味わっておかないといけないだろうと思ってエアコンを止めてみたら、速攻で熱中症になった。
今年もすでに、沖縄かどこかで熱中症で死んだ人がいるとのことだし、節電のしすぎで死んだというんじゃ、あまり美談にはならないからな。

こうやって蒸し蒸ししてくると、我が家でも微生物が活躍しはじめて、風呂場とかすこし臭ったり、手を洗ってタオルで拭くと、その手が逆に臭くなったりする。
僕も掃除をしたり、洗濯をしたりするということについては、やぶさかではないのだけれど、体を洗うのには石鹸やボディシャンプーは使わないようにしている。

いや念のために言っておくと、僕は冬でも毎日風呂に入るし、夏はさらに、朝シャワーも浴びる。
だから汚くはないのだということは、知っておいてもらいたい。

新聞で体の油脂は40度のシャワーで十分落ちるのであって、それ以上は落とし過ぎだというのを見て、実践してみることにしたのだ。

それから1年以上が経つが、実に快適。
まず臭いやかゆみが、石鹸を使っていた頃にくらべると圧倒的にすくない。
頭とかも、全くかゆくならない。
体の臭いも、昔なら、自分でも耐えられないというほどのことがあったのが、今はそれほどのことはない。
いや足が多少納豆臭かったりというくらいのことはあるが。

床屋とかへ行くと、オネエちゃんにシャンプーしてもらうのは気持いいから、やってもらうんだが、そうするとその後3日くらいは、頭がかゆくなる。
ところがそれが過ぎると落ち着いて、あとは全くかゆくないということになるのだ。

僕はこれは、微生物の仕業であるとにらんでいる。
かゆみというものがどういう仕組によって生まれるものであるか、僕はよく知らないけれど、やはり微生物が関係しているんだろう。
だいたいそういう悪さをするやつは、ほかに誰もいないところへ行くと、やりたい放題をするものだ。
ところがそこへ、いろんな微生物が繁殖してくると、おたがいに牽制しあって、そうそう勝手なことはできなくなる。

それをいちばん実感するのは、まああまりきれいな話じゃないが、水虫。
僕は水虫を長年飼っていて、これはどんなにていねいに薬をつけても、毎年夏になると、活動を始めたものなのだが、これが去年石鹸を使わなくなってから、全然出てこないようになった。
ただしこれは、僕は去年から、夏に革靴を履くということもなくなったので、それも大きく関係しているかもしれないが、しかしやはり、微生物の相互監視体制がととのったということも大きいのじゃないかと思っている。

微生物と人間というのは、何百万年という時間をかけて、共存共栄する道筋をさぐってきて、今のような関係を築くにいたっているわけだ。
たとえば蚊なんていうのは、刺されるとかゆいわけだが、それはまだ、付き合いの歴史が浅いということなのだろう。
別に蚊にだって、かゆくされたり病気を移されたりしなければ、こちらとしたって、血くらい吸わせてやるのはやぶさかではないわけだ。
これはおそらく、蚊だってこれから何万年か付き合えば、刺してもかゆくしないように工夫してくるに違いない。

最近は人間は、自分のまわりを整理整頓したいという気持ちが強くなりすぎて、大事なものも殺してしまうということになりがちなのじゃないかと思うのだよな。
その辺のこと、もうすこし考えてみてもいいんじゃないかと思ったりもする。


昨日の昼は、おとといのカブと豚肉の汁に白めし。
これはほんとに、我ながら、久々の大ヒットだったな。
カブに豚肉、油揚げ、こんなに相性のよい取り合わせを、どうして今まで、スーパーで毎日カブを眺めていたのに、気が付かなかったのかと思うのだが、発見というものはこうやって、さりげないところに潜んでいるものなのだ。

こってりしたものが続くと、あっさりしたものが食べたくなる。
というわけであさりの酒蒸しと冷奴。
あさりの酒蒸しは、酒だけだとちょっとくどいので、水をすこし足し、うすくち醤油をちょこっとたらす。
酒は大七からくち生もとを2合半。