酒飲みというものは、事あるごとに、自分が酒を飲むことを正当化しようとするものだが、ある飲食店の「常連」になることは、しかしたしかに、意義あることだと言えると思う。(というのももちろん酒飲みの意見)。
僕は普段、晩酌のつまみは家で自分で作るし、ネットで自前のキャバクラもどきも確保しているから、この頃はあまり外で飲む必要性は感じないようになっている。
まあたしかに外で飲めば、それなりに新しい出会いもなくはなく、もちろん楽しいわけなのだが、でもそれだけのためにお金を遣うのなら、もっと他で遣いたいと思わないこともない。
しかしいくつかの飲食店に、何とはなしに義理を感じるところがあって、そこには定期的に通うようにしている。
定期的といっても、月いっぺんだけだから、「常連」などというのは口はばったいわけだが、店のほうでもそれなりに「そろそろ来るか」と待ってくれ、行けば喜んでもらえる。
飲食店は、当たり前の話だが、お客さんがいないと続けていくことができない。広島へ行ってつくづく感じたのは、広島のお好み焼き屋があれだけ多いのは、ただ広島の人がお好み焼きを好きだというだけではない。広島の人が、お好み焼き屋に通い続け、日常的に応援しているからなのだ。
お好み焼き屋は広島では元々、原爆によりご主人を失った女性が、女性一人が子供を抱えながらできる仕事として始めたのが、住宅地などの裏通りにたくさんの店ができたきっかけだったという。原爆で亡くなった人の数があまりに多かったから、お好み焼き屋が広島に特別多い理由なのだろう。広島の人は今でも、お好み焼きを食べることで、不幸な原爆未亡人を助け、応援する気持ちを、どこかに持っているのじゃないか。
そういうわけで僕も、自分の好きな店を、自分ができる範囲で、応援したいと思っているのだが、その筆頭が、四条大宮上ルのあたりにある「Kaju」というダイニングバーだ。
四条大宮はなんとも中途半端な場所で、昔は京都の中心街として栄えたそうだが、阪急電車の「河原町」駅ができ、そちらに中心街を持っていかれてしまったから、現在は中心街から離れてしまっている。
京都のオフィス街は、河原町とこの四条大宮の間にある、「烏丸」が中心なのだが、四条大宮はそこからも外れている。
もっと離れて、四条大宮の先にある「西院」くらいまで行ってしまえば、今度は新興の飲み屋街もできたりするのだが、四条大宮は古い飲み屋街がいまだに多く残っているから、新しく発展のしようもない。観光名所も四条大宮の近くにはないから、観光客が来ることもあまりない。なんとなく、どん突きの吹き溜まりのような場所になっている。
しかしそういう場所だからこその良さもあるわけで、その最大のものは、四条大宮には、京都には唯一で、全国的にも少なくなりつつある、「ドヤ街」のような、古い飲み屋街が残っていることだ。
「寛遊園」という名前で、まさに終戦直後のような、小さな平屋の飲み屋が、細い路地の両側にぎっしりと軒を並べている。
いかにも昔のヤクザ映画にでも出てきそうな場所で、菅原文太やら梅宮辰夫やらが、今にも立ち回りを演じそうだ。
個々の飲食店にはトイレがなく、共同便所になっている。今どきこんな場所は、そうはないだろう。戦後にできて、それから大きくは手を入れられていないのじゃないか。
全国的にこういう飲み屋街がどんどん立ち退きにあい、ビルが建つ傾向にある現在、ここを昔のままの姿で頑張って残している、大家がエライ。
こんな場所だから、出入りする人たちがまた半端無いわけで、自称革命家やらヒモやら生活保護の受給者やら、怪しい人達がうじゃうじゃしているわけなのだが、「Kaju」はその一角にある。
中心街から離れた吹き溜まりのような地域にある、その中でもさらに吹き溜まりのような飲み屋街の中にあるから、知らない人がこの店をたまたま訪れることは、まずないだろうが、Kajuはその吹き溜まりの中の、さながら「オアシス」とでも言えるような店なのだ。
知らない街で飲み屋を探そうとする場合、中心街から少し外れた所にいい店があるというのは、よく知られた話だ。中心街だとどうしても家賃が高いから、お店も「儲け」を重視せざるを得ない。しかし中心街から少し外れることで、もう少し余裕のある経営が可能となる。
Kajuのマスターは元々、京都の銀座である「祇園」で、もっと大きな店をやっていたのだが、わざわざ辺鄙な四条大宮に移ってきた人だ。詳しい理由は聞いていないが、店を経営するに際して、ただ儲けを考えるのでなく、「自分自身が居心地がいい」ことを重視したのだろうと想像する。
カウンターのみ8席ほどの小さな店内は、暗く照明が落とされ、マスターが好きな古い映画だの芝居だののポスターがベタベタと貼られている。隅にあるテレビ画面には、マスターが好きな昔のフォークだの、ロックだののDVDがいつも流されている。まさにマスターの体内空間が、そのままとり出されたかのような場所になっている。
まわりを怪しい、凶暴な人たちが闊歩するドヤ街にあり、Kajuのマスターはそういう人の入店をすべて断ることにより、神聖とも言いたくなる空間を作り出している。お客さんの多くは20代から30代の男女、物静かな人が多く、黙ってDVDを見たり、マスターやまわりのお客さんと少し言葉を交わしたりしながら、ゆったりとした時間を過ごしている。
よくレストランやバーに対して、「隠れ家的」という表現がされることがあるけれども、ここはまったくほんとうの意味で「隠れ家」だ。特に何の宣伝もしていないのだが、口コミでお客が集まり、10時頃のピークの時間帯では、満席で入れないことも多い。
僕はこの店が気に入って、以前しょっちゅう通っていたのだけれど、一時自炊が本格的に楽しくなり、何ヶ月か顔を出さないことがあった。そしたらマスターは、やはり僕がちょくちょく通っていたスナックのママと二人で、「どうしたんだろう」と心配してくれたとのこと。べつにお仕着せがましいところは一切ないマスターだが、そうやって心配してくれるのがありがたく、それ以来、このKajuともう一軒のスナックには、定期的に顔を出すようにしているのだ。
Kajuは基本はバーだが、マスターの手作りによる料理も、得難い良さがあり、しかも安い。メニューはどちらかといえば、あまり一般的ではない、変わったものが多いのだが、すべてマスターの、思いが込められたものが選ばれているのだろう。
ここで僕が最もすすめるつまみはチャンジャ。
チャンジャとはタラのはらわたを韓国風に辛く漬けたものだが、下手な店へ行くと、おちょこにほんのちょっぴり入ったようなのが、600円も700円も取られることがある。しかしここではたっぷりの量が、400円。チャンジャはマスターが漬けたものではないが、味もとても良い。たっぷりの青ネギが添えられ、ゴマ油がかけられていて、それをよく混ぜて食べる。
マスター手作りの餃子もうまい。ニンニクが利いている。
チキンラーメン。ワカメやらカマボコやら、卵やらの具が載せられて、350円。
Kajuは多くの人が、2軒目としての利用をするが、1軒目として利用しても、安くお腹いっぱいになれる店だ。
昨日はこのドヤ街寛遊園の中に、新しくカレー屋ができているのを見つけたので入ってみた。
「よるカレー」とのことで、夜だけ営業するカレー屋らしい。
オーナーは30歳くらいの女の子で、やはり同年代の女の子2人と計3人で、交代で店を回しているようだ。
こういうドヤ街に、夜だけ営業するワインとカレーの店があるのは、たしかにオシャレ。ドヤ街のおっさんより、女の子に人気が出そうだ。
白ワインにカレーを食った。カレーはプレーンな欧風カレー。玉ねぎの甘味が味の決め手となっているタイプ。
ただ昨日は、煮詰まってしまったみたいで、ちょっと塩気がきつかったから、まだオペレーションが安定していないということなのだろう。