東京へは、科学史・科学論の専門家である、東京大学の米本昌平という人に会いにいった。
中村桂子さんの本棚で、米本さんが書かれた「時間と生命」という本を見つけ、読んでみたらとてもおもしろく、僕が書こうとする本に、ぜひ取り上げたいと思ったのだ。
米本さんは、いまの「科学」について、徹底的に批判している。
科学というといま、「正しいものの代表」という感じがするけれど、本当はそんなものじゃない。たしかに物質のふるまいの、ごく一部について、実験の結果をものすごい正確さで、科学は説明できるようになったのだけれど、そのやり方を延長して、「生物」について明らかにしようとすると、なかなかうまくいかないということがわかってきたのだ。
だいたいまず生物は、想像もできないくらい複雑だ。たとえば人間の細胞には、何十兆個という、様々な種類の分子があって、さらにその細胞が、何十兆個もあつまって、ひとつの体というものをつくり上げていて、しかもそのなかで分子はたがいに、数え上げられないほどの数の関係をもっている。そういうものを、これまでの方法で正確に実験するということ自体が、まずかぎりなくむずかしい。
さらに生物は、何十億年という時間をかけて、進化してきている。そんな長い時間をかけておこることを、実験によって再現するということは、ほとんど不可能だ。
そうやって生物が、これまでの科学の方法では、明らかにすることがむずかしいという現実に突き当たると、科学者どうしの戦いが、じっさいの正しさというものに基くのではなく、考え方とか信念、さらには派閥の政治力などというものによって、勝敗が左右されるようになる。
科学は、むかしはキリスト教が、「真理の探求」を支配し、すべては神の御心のもとにつくられたと考えるところから、脱却しようという動機のもとに生み出された、「反キリスト教」的な性格をもつから、「意思」とか「目的」とかいうものを持ち込むことを、極度に嫌う。
生物というものが、生きるという「目的」をもったものだと考える「目的論」や、さらには目的を生み出すための、物理的、化学的なものとは別の、何らかの仕組みを考えなければいけないとする「生気論」は、徹底的に弾圧され、葬り去られてきた。
つい30~40年前、米本さんが学生の時代には、目的論や生気論を口にすること自体がタブーとされ、そんなことを言うものは、科学者としてふさわしくないというレッテルを貼られるという、暗黒時代ともいえるような空気が満ちみちていて、米本さんはそれに反発し、科学者にはならない決意をする。
証券会社に就職して、仕事の合間に、科学史についての研究をつづけ、外側から、科学を批判するという道をえらんだ。
ところが縁あって、三菱化成生命科学研究所に就職することとなり、そこで生命倫理や地球環境についての研究をつづけてきたが、それを定年で退職し、ふとまわりを見わたしてみると、世の中の空気が、以前とは変わっていることに気が付いた。「意思」とか「目的」とかいうことを、主流の生物学者が、口にするようになっていたのだ。
そこで米本さんはあらためて、「目的」というものが生物学から、理不尽に抹殺されてきた歴史を克明に記し、「目的」を中心として構築される、新たな生物学の論理体系の可能性をしめすために、「時間と生命」という本を書いたのだ。
実際にお会いして、お忙しいところ、2時間ほども、お話を聞かせていただくことができたのだが、さすが現役の研究者、科学にたいする批判について、口にすることばに、いちいち迫力がある。
ただ僕は、ちょっとそれに気圧されてしまって、言いたいことをイマイチ、きちんと伝えられないまま、時間切れになってしまったところがあって、それがすこし残念ではあった。
きのうは新幹線で、京都に帰ってきて、3日ぶりの家めし。
グルメシティで天然モノのぶりを買ってきた。
ぶりは今年、天然モノが豊漁で、値段が下がり、毎年値段の変わらない養殖モノより安くなっている。ぶりもそろそろ、旬が終わるから、いまのうちにちゃんと味わっておかないといけないのだ。
ぶりは好きな大きさに切って、さっと湯通しして、水で冷やす。
それをきのうは、水菜とあわせてはりはり鍋。
はりはり鍋は、もともとは鯨肉をつかった関西の料理で、水菜にあまり火を通さず、その「はりはり」とした食べごたえを楽しむところから、付いた名前だという。
ネットでレシピを調べると、ポン酢で食べるやり方と、汁に味をつけるやり方と、両方があるのだが、きのうはポン酢でやってみた。僕のポン酢は、いつもの通り、しょうゆに自分でレモン汁をたらしたもの。
食べる分だけ煮て、火が通ったらすぐに食べる。ぶりのほっくりとした味に、シャキシャキとした水菜が、よく合うわけなのだ。いっしょに豆腐を入れるか、油揚げにするか、かなり迷ったのだが、きのうは豆腐。ぶりの味がしみて、これもまたうまい。
酒は佐々木酒造の「古都」、特選本醸造。この酒は、すこし酸味があって、それがまたうまさのポイントなのだよな。
最後のシメは、鍋の汁に塩で味付けしてしょうゆをたらした吸い物。これがほんとに癒される。
佐々木酒造
この本は、ぜんぜん予備知識がないと、ちょっとむずかしいかもしれません。
読売新聞 「時間と生命」書評