またこういう本を買ってしまったのだ。
好きなんだよな、僕は、こういうの。
以前も「ごちそうちゃんこ」という、相撲部屋のちゃんこ料理を紹介するという趣旨の本を買い、それもけっこう楽しく読むわけなのだが、相撲部屋にしても、軍隊にしても、過酷な運動に耐えるからだをつくるために、食べるのが仕事であるといえるくらいなものだから、食事というものの性質が、飽食のグルメのような、ただ楽しみを追求するというものではなく、当然まず実用第一、十分な栄養とることができ、しかしもちろん、食べる楽しみも満足させられるというものでないといけないはずだし、海軍などでは戦艦で、長期にわたって航行するわけだから、そういう限られた状況のなかで、調理できるようなものでないといけないだろうし、さらにはそれが、それなりの伝統ある世界だから、ノウハウが凝縮し、深化していくということもあるだろうし、そうなると、いらない装飾を廃し、最小限の手間でつくれる、最高においしい一人暮らし料理を追求しようという、「ミニマル料理」を標榜する僕としては、ヒントになることが山ほどあるはずなわけなのだ。
ひと通り見てみると、まずメニューが多彩であることにおどろく。
海軍というと、カレーとか、肉じゃがとかが有名なわけだが、鶏のうま煮やら豚の角煮やら、ステーキ、ハンバーグ、カツレツ、ムニエル、サラダ各種、シュウマイ、チャーハン、中華の炒め物各種、などなど。和洋中、何でもござれという布陣となっている。
軍隊の食事というと、イメージとして、もっと限られた、飛行機の機内食のようなものをイメージしていたのだけれど、だいぶ違うのだな。しかし考えてみたら、飛行機は何時間か乗るだけだが、軍隊は何ヶ月とか、何年とか、拘束され続けるわけだから、きちんとうまいものを食べさせないと、兵隊の士気にかかわるわけだ。兵士によっては、自分が軍隊に入る前よりも、よっぽどいいものが出てくる、というくらいだったのだろうな。
それからびっくりしたのが、めしの量。
一食に、戦闘時でも1合、非戦闘時には2合だったのだそうだ。
20歳くらいの食べ盛りの男を、激務に駆り立てるわけだから、そのくらいは食べさせないと、もたないということだろう。
もちろん、これは実際に何を食べたかということではなく、料理のレシピなわけだから、太平洋戦争も末期になったりすると、そんなに豪勢に食べられはしなかったのだろうけど。
興味ある料理も、いくつかあるのだが、やはり海軍めしといえば、まずは肉じゃが。肉じゃがは今ではニッポンおふくろの味の代表となっているが、もともとは海軍で、シチューを参考として開発されたメニューだと聞く。
この本によると、もともとの料理名は「煮込み」。材料は、牛肉に、じゃがいも、にんじん、ここまではふつうだが、それにだいこんと、長ねぎ。調味料は、しょうゆと砂糖。肉じゃがにだいこんと長ねぎを入れるというのは、今では聞いたこともないわけだが、これはもともとは、和風の煮物に、洋風の材料をつかってみた、とでもいうものだったのだろうな。
つくり方は次のようになっている。
- 牛肉を食べやすい大きさに切る。だいこん、にんじんはいちょう切り、じゃがいもは六等分、長ネギはななめ切りにする。
- 鍋に水適宜を沸騰させ、牛肉、じゃがいも、にんじん、だいこん、長ネギの順で入れる。
- 砂糖、しょうゆで調味して、煮る。味はうす味で。
- 汁気がほとんどなくなり、じゃがいもにすっと箸が刺さるようになったら、もう一度、味を調整する。
このレシピ、いくつか興味深いことがあるのだが、まず、だしを使わないのだな。べつに海軍の料理でだしが使われなかったというわけではなく、料理によっては、煮干しやかつおのだし、またたっぷり時間をかけてとった鶏がらだし、牛だしなども使われているから、この肉じゃがにかんしては、だしは不要であるとみなされたということだ。たしかに牛肉をいっしょに煮込むわけだから、それで牛肉の、おいしいだしが十分にでるわけなのだ。
それから本の注釈によると、海軍では基本的に、アクをとらないのだそうだ。アクも味のうち。アクは牛肉の場合だったら、おいしい肉汁なわけだから、こういうこってりとした味付けをするものならば、とらないほうがうまいということだ。ただほかのページを見ると、豚肉を煮込んだり、また澄んだスープをとったりする場合には、アクは捨てているようだった。
それから、初めはうす味にしておいて、「汁気がほとんどなくなってから、もう一度味を調整する」というのは、最後にしょうゆを足すという意味だと思うが、そうやって煮込みの終わり間際にしょうゆを入れると、しょうゆの風味がきちんと生きるということになるわけだ。けっこうちゃんと、芸がこまかいのだな。
ただこのレシピで、一つ、もっとも大事なことなのに、わからないのが、水の量なのだよな。じゃがいもというのは、煮時間が一定以上になると、煮崩れて溶けてしまうから、肉じゃがを、汁気をとばしてつくろうとすると、じゃがいもが煮崩れないうちに、汁気をきちんととばせるように、あらかじめ水の量を調整しておくということが、なにより大事なこととなる。これがこのレシピには書いていないということは、海軍のレシピはあくまで、大まかなことだけ書いてあって、肝心なことは、現場で指導されるということだったということなのだろうな。
じゃがいもは、だいたい10分で火が通り、それをこえると煮崩れはじめるから、それで煮詰められる水の量というのは、ふつうの26センチのフライパンの場合だと、カップ1なのだ。そうやって書いてあるレシピも多く、僕もわかっていたはずなのに、いざつくろうとすると、これが人間の弱さというものだ、それだとどうも、足りないような気がしてしまって、2カップの水を入れてしまい、結論をいえば、それだとやはり多すぎた。
これはカップ1の水を入れ、フタをして、強火で炊くというのが、肉じゃがにはやはりいいのだ。煮詰める料理法というものは、煮るというよりは、煮ると蒸すのあいだくらいになるのだよな。
まあしかし、沸騰した水に牛肉、じゃがいも、だいこん、にんじん、長ねぎを入れ、砂糖は必要と思える全量、しょうゆはちょびっとを入れ、煮始める。じゃがいもは、レシピにはないが、いちおう水にさらしておいた。こうすると、でんぷん質がぬけ、じゃがいもが煮崩れにくくなるのだ。
IHレンジだと火が弱いので、カセットコンロをつかい、最強の強火にした。
汁がだいぶ煮詰まったところで、しょうゆを足して、ひと煮して出来上がり。
これは今回、けっきょく20分煮てしまったのだが、じゃがいもはなんとか、ギリギリセーフで煮崩れなかった。でも大根は、ずいぶん小さく縮まってしまったから、煮過ぎだったのはたしかなのだ。それと、醤油を入れすぎて、酒のつまみとしては、ちょっとからくなってしまったのだが、全体としては、たいへんおいしくできました。
だしをつかわないとか、アクをとらないとか、ぜんぜん大丈夫だったですね。まったく問題なし。
あとこのレシピでは、酒もみりんもつかっていないのだけれど、それも、なにも問題なかったです。
このレシピ、いちばん重要だけれど、全体の分量や鍋の大きさ、火加減などにもよる水の量の微妙な加減を、あえて書いていなかったりすることからもわかるとおり、けっこうな神経が払われてつくられていると見た。省いてあることは、面倒くさいとか、もったいないとかいうことではなく、はっきり不要であると結論されているのだな。
酒は花酔の熱燗。
昨日は家で1合飲んで、それから呼び出しがかかっていた、なじみのスナックとバーへ行ったのでした。