このサイトは、おっさんひとり飯の「旧サイト」です。
新サイトはこちら
へ移動しました。
なんでサイトを移動したの?⇒ こちら

2011-05-17

このごろ食ったもん

このごろ食ったもん。

もはや定番となり、週に一度は食べている常夜鍋。

この日は水菜。

そろそろ鍋は暑いかと、暖かくなってきておもったのだが、意外にそうでもない。だいたい僕は、真夏に熱いラーメン食べる人間だから、夏でも鍋、問題ないかも。

翌日は、残り汁でうどん。塩で味付け、コショウをふる。


「壬生やまとの湯」へいったら、すぐちかく、千本通高辻東入ルのあたりに、前は寿司屋だったところが新しく洋食屋がオープンしていたので入ってみた。

「キッチン サンライズ」。

京都駅ちかくのホテルのテナントでレストランをやっていたのが、イオンモールに客をとられて、こちらに越してきたのだそうだ。やさしそうなマスター、チャキチャキした女将さん、もう子供も独立したし、自分たちだけで食べていければいいんだからと、激安価格でひと通りの洋食メニューを提供している。

豚ロースかつ定食、550円。ビール中瓶とあわせて1,000円。信じられん。

マスターは銀座の洋食屋で修行したというひとで、腕は碓か。きちんとうまい。肉もけっこう大きくて、付け合わせの野菜もけっこうな量。さらに小鉢まで付いてくる。ごはんも大盛り。

毎週日曜日は、恒例の「新福菜館 三条店」。

ビールにキムチ、中華そばに、チャーハン小。

ここにくると、なんでこんなにうまいのか、毎回かんがえる。根本的には、「なつかしい感じがするラーメン」なのだな。戦前の創業だから、中国からの味を受け入れるにあたって、今よりももっと、「日本風の味付け」になっている。和食が好きな僕だから、これはたまらないのだ。

久々に、家から至近の「居酒屋 孝べえ」。

サバのへしこに、サワラの味噌漬け焼き。佐賀出身のマスターだから、魚はどれもうまい。

中国産のむき身アサリはあいかわらず安い。

アサリのぶっかけめし。今回はこってりと味つけしてみた。これもなかなかうまかった。

「赤カレイ」を買った。もちろん半額。

ゴボウといっしょに煮付けてみる。煮付けはもう、お手のものなのだ。

酒は山形、「樽平」。酒屋のおっちゃんに薦められたのだ。樽酒の味がする。

2011-05-16

高木仁三郎 「いま自然をどうみるか」


僕が「原発の問題にとりくんでみたい」と相談したら、お世話になっている先生が、「まずこれを読んでみなさい」と教えてくれた、2冊の本のうちの、もう一冊。
「これがほんとにいい本なのよ」
と、いかにも惚れぼれとした様子で、先生はこの本のことを褒めていた。

アマゾンで注文したら、しばらく絶版になっていたものが、震災を機に注目がたかまり、つい最近再版されたとのこと。僕は以前から、自分が読むべき本が、まさに読むべきときに、次々と出版されるという、強運のもとに生まれていると自負している。幸せなやっちゃ。

ということで読んだこの本、実際すごい本だった。自分にとって、巨大な出会いで、これを僕は、これから繰り返し読む座右の書としたい。僕がまさに今、これからやりたいとおもっていることが、ほぼそのとおり、しかもはるかに明確に書かれている。これを僕にすすめた先生は、
「あなたがいま見つけたとおもっていることでも、他のひとが、ずっと前から取り組んでいるということだってあるんだから」
といっていたのだが、いやまさにそのとおり。やはりひとには、何でもきいてみるもんだ。

僕にとって、今回の東日本大震災、そして福島の原発事故は、人生において、ほんとうに巨大な経験だった。

僕はまず、震災の直後、これからこれを復興することは、「日本をあらたにつくり直すことである」というビジョンをみた。ひとがただ、自分勝手に、自分の利益を追求していくばかりでなく、おたがいに助け合い、慈しみ合っていく場所としての「日本」。震災後の一瞬だけ、固い大地が裂けるかのようにして、それは垣間みられたのだったけれど、いまはふたたび、開いた大地は閉じてしまった。でもひとびとの心の奥底に、そういう気持ちがあるということは、たしかに確認できたのだから、それをどうしたら、ふだんの生活のなかで、取り出していくことができるようになるかというのは、考えてもバチは当たらないだろう。

それからもうひとつ、そういう日本をつくっていこうとするときに、最大の障害となるものが、原子力発電所、およびそれを取り巻く、産官学の日本の体制、さらには核をめぐる国際情勢、そういうものであることもはっきりわかった。

原子力の危うさは、ただ「放射能が危険だ」ということにはとどまらない。それをけっして、中和したり、自然に帰したりすることができない、「放射性物質」という存在そのものについての危うさなのだ。それは「科学」というもののなかで生み出され、ひたすら自然を破壊するというところ以外には向かわない。巨大なエネルギーを管理するために、巨大な権力が必要とされ、その権力は、今度は人間のこころを蝕んでいく。ひとびとを甘い言葉でねむらせて、その間にどんどん、自分は大きくなっていく。映画やおとぎ話かとおもうような世界が、まさに現実だったのだ。

これから、それに立ち向かっていくためには、ひとりでも多くのひとびとが、科学者やら、政府やらのいうことを、盲目的に信じてしまわず、ほんとうにそれでいいのかということを、生活実感のなかで理解しようとし続けていくこと、それに尽きるのだとおもう。ひとりひとりが目を覚まし、関心をもち続けることが、けっきょくは世界を変えていく。そのためには「運動」が必要だ。僕はこれから、その運動を組織するということを、やっていきたいとおもっている。

などということを、震災以来、ぼつぼつと考えていたところ、高木仁三郎というひとは、それを何十年も前から、やってきたひとだったのだ。この「いま自然をどうみるか」には、その基本的な考え方が、くわしく書かれている。高木氏にとって「反原発」ということは、ただ反対運動だったのではなく、科学を批判的にとらえることにより、それを乗り越え、あらたな世界に至るための、象徴的であり、かつ具体的な課題だったのだ。僕はあまりに共感するところが多く、後半はもう一気に読んでしまった。

ただ一点だけ、高木氏はそれを、
「オルタナティブな科学」
と呼んでいる。「あたらしい意味での科学」とでもいうようなことかとおもうが、それはあくまで科学なのだ。高木氏にとって、目指すところは、ひとりひとりが「オルタナティブな科学者」になることなのだろう。

しかし僕は、科学者ではないわけだから、それは目指せないし、また目指そうともおもわない。科学者でもない、一般の素人が、自分の生活実感の全体に、科学を批判的に位置付けていく運動。僕はそれを、
「科学批評運動」
と呼んでみたい気がしている。

今週じつは、生前高木氏が代表をつとめた、「原子力資料情報室」へおうかがいし、話をさせてもらうことになっているのだ。それを踏まえながら、またぼつぼつ、いろいろ考えてみたい。

2011-05-15

福山哲郎事務所を訪問

今回の東電賠償問題、いまの政府案が国会で可決されてしまわずに、きちんと東電が「破綻処理」されるよう、微力を尽くしたいとおもっている。これまで選挙以外に、政治的な行動などしたことがなかったのだが、それではダメだと、今回の原発事故をみて、つくづくおもったのだ。

河野太郎氏は自身のブログで、この件について、
「地元の国会議員に、皆さんの意見をきちんと伝えてください」
と書いている。
http://www.taro.org/2011/04/post-987.php
国会議員の事務所を直接たずねるか、または電話して、議員本人ではなく秘書でいいから、このことに反対であることを伝えればいいというのだ。署名活動やデモをやるより、大勢の人が、自分の「おもい」を伝えることが、いちばん効果的であるという。

署名活動やデモとなると、手続きや段取りがめんどうくさそうだけれども、電話したり、たずねていったりするだけなら簡単だ。それに名前を書いたり、こぶしを振り上げたりするよりも、個人と直接話すというのは、僕の性にもあっている。4月の段階で、いちど電話してはいるのだけれど、今回は事務所をたずねてみることにした。

まずは烏丸通丸太町下ル大倉町にある「福山哲郎事務所」。民主党の参議院議員である福山氏は、官房副長官に抜擢され、このあいだも被災地へ、政府の名代として出かけていったり、昨日も菅首相が孫正義氏と食事するのに同席したり、菅首相の厚い信頼をうけ、活躍している若手のホープだ。

地元の事務所なら、議員がいる可能性が高いのは、金曜か月曜とのことだったので、いってみたのは金曜の夕方。福山氏は残念ながらいなかったけれど、ちょうど男性の秘書のひとがいたので、15分ほど話をした。

この秘書のひと、正木さんという名前だったが、いかにも「福山氏の分身」といったにおいのする、押し出しの強い政治家タイプ。福山氏とも、よく話しているのだろう、僕が今回の政府案に反対だということを話しだすと、それにたいして、こちらを説得するように意見を返してくるのが、政府の思考回路を知ったような気がしておもしろかった。

まず強調していたのは、
「被災者のひとたちに、一刻も早く賠償することを、第一に考えている」
ということ。

まあそれは大事なことなのだけれど、だからといって、東電を救済する必要はないわけだ。

それから
「国策として原発を推進してきたのだから、政府にも一定の責任がある」
ということ。

しかしそれによって、産官学一体となり、東電はさまざまな便宜をはかってもらい、営利企業として十分に儲けてきたのだから、事故を起こしたのなら、その儲けをきちんと吐き出すというのは、当然のことだろう。そのうえで、税金の負担をするというのは、僕も国民としてやぶさかではない。

「京都にも風力発電所をたくさんつくったけれど、ぜんぜん使い物にならなかった」
ともいっていた。

おいおい、ほんとなのか。そんなこといって大丈夫なのか。

そのうち、半ば冗談めかした口調で、
「こうなったら東電をつぶしてしまえ、という話もあるんですけどね」
というから、
「僕はまさにそうおもうんです」
といったら、そのあとの反応が、とてもおもしろかった。

まさか僕が、そう答えるとはおもっていなかったのだ。
「そこまでしろとはいっていませんけど」
くらいの返事をするとおもったのだろう。

「あなた、京都の人間として、関西電力がつぶれても大丈夫ですか」
ときくから、
「いやべつにぜんぜんかまいません」
と答えると、
「電気はどうするんですか」
という。
「日本航空がつぶれても、飛行機が飛ばないということはなかったのだから、きちんと再生機構がはいって、それなりのことをすれば、電気を止めずに東電をつぶすことはできる」
と答えると、
「それで本当に大丈夫なのか、時間をかけてきちんと考えなくてはいけない」
というから僕は、
「まさにそうやって、きちんと考える必要があるとおもうから、いまのように東電の救済をあわてて決めずに、とりあえず賠償金を払いはじめる仕組みだけつくって、東電をどうするかは、いろんな人の意見も聞きながら、きちんと時間をかけて考えてもらいたい」
といって、話が終わった。

話をしてみてわかったことは、このひとたちは、
「東京電力をつぶす」
ということについて、まったく、一度も考えたことがなかった、ということだ。

営利企業である東京電力が、払うべき賠償金が払えないという、実質的な破綻状態におちいったのだから、当然まず第一に考えてもいいはずなのは、
「東京電力がつぶれたら、どういう影響があるのか」
ということだろう。しかし、
「東京電力がつぶれると電気が止まる」
と信じ込んでいたことからわかるとおり、それについて、政府は真剣に検討していないのだ。計画停電とかのおどしをうけて、東京電力に洗脳されたのかどうかしらないが、「はじめに救済ありき」で話が進んでいるのだろう。

僕と話して、昨日は孫さんとも話して、すこしは考えを変えてくれるといいんだがな。なんちゃって。

でも菅首相、産官学を敵にまわして大立ち回りを演じるなんて、そこまで思い切るのは無理なのだろうな。

そのあとは、近くの、やはり民主党の衆議院議員、平智之の事務所にいって、おじいさんな秘書のひとに話をした。自分からも伝えるが、平氏はツイッターもやっているから、そちらからも直接伝えてくれとのことだったのだが、ツイッターの140文字なんかじゃ、何も伝えられないから、それはやめといた。