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2010-09-25

サンマ塩焼き

遠征から帰ってきて、一週間ぶりの家めし。
毎日の習慣が途切れると、作るのがちょっと面倒くさいような気がしてしまうのだけれど、やり始めてみれば何てことはない。
仙台、東京、名古屋で、散々うまいものを食べてきているのだが、それでもあらためて、自分で作っためしはうまいなと、つくづく思ってしまう。

自分で作っためしが、こんなにうまいというのは、やはり僕は性格的に、ちょっと変わっているのだろうな。
人が作っためしだと、どうしてもケチを付けたくなってしまうのだが、自分で作ると、そういう思考回路が働かない、ということなのかもしれない。
僕は自分が、とても好き、ということなのかな。
人に厳しく、自分にやさしいとか。
じっさい僕は、こうやって書いているブログにしても、推敲を兼ねながら何回も読みなおして、いやこれほんとおもしろいなと、自分で思ってしまうのだ。

今回東京と名古屋で、友人、知人に会って、挨拶と近況報告をしてきた。
自分がやりたいと思っていることを話して、またそれにたいして思ったことを言ってもらうということを、何度もしたわけで、あらためて、自分のやりたいことが明確になり、またこれからどうしていったらいいのか、新たな視点で見えてきたりもした。
友人というのは、ほんとにありがたいな。
以前はあまりそんなこと思ったりもしなかったけれど、こうやって一人で活動を始めると、それを身にしみて思ったりする。

今日はちょっと、焼き足りなかった。
最近焼き加減が、狂うことが増えているのだよな。
慣れてしまって、緊張感が足りなくなっているということなのかとも思うが、なんだかIHヒーターが、ちょっとおかしくなって、火が弱くなっているのじゃないかと、ちょっと疑ってみたりもしている。
大根を買い忘れたのだが、大勢に影響はない。
生サンマ、今日はグルメシティで98円。
じゅうぶん、例年なみの値段になっているよな。

ナスのおしたし。
こちらは今日は、ゆで過ぎ加減だった。
ナスってちょうど良いゆで加減を、あっという間に通りすぎてしまうよな。


名古屋

名古屋にいたのは、1年半強なのだけれど、来ると、帰ってきたという感じがするのだ。
僕がいた時期というのが、3年前までの1年半で、名古屋の経済がピークだったときだということや、僕自身の仕事という意味でも、充実していた時期だったということもあると思うが、それだけじゃなく、名古屋の人の気質というものが、僕にとって水が合う、ということもあるのじゃないかと思う。

「名古屋は閉鎖的だ」ということは、僕がこの春まで住んでいた広島や、今いる京都と負けず劣らず、言われることだと思うが、名古屋の人は、その人が自分の「仲間」であるのかないのかということを、するどく見分け、仲間にたいしては徹底的に温かいが、そうでない人間にたいしては冷たい、ということは、たしかにあるのだと思う。
しかし仲間になるというのは、べつに何も難しいことでもなんでもなく、まっすぐに自分を語る、ということに、尽きるのじゃないかという気がする。
そして仲間になってしまうと、そのなかに上下関係は、一切ない。
お互いが対等な、平たい立場で付き合うことができて、僕はそれが、何とも言えず心地よいのだ。

上下関係というものが一切ないということは、自分が何かを主張しようとする場合、立場を上にしたり下にしたりということが、できないということだから、そうなると必然的に、ひたすら濃くなっていく、ということ以外、ありようがない。
昨日は「ブラッサリー・アブサン」という、僕が以前住んでいたとき、毎日のように通い、自宅の居間がわりにしていたフランス食堂へ行って、そのころ知り合った人たちと、再会を喜んだのだが、その人たちがまたみんな、例外なく濃い人ばかりで、ちょっとした話題が、あっという間に、雪だるま式に膨れ上がっていくのを、僕は目をみはって眺めていた。

「アブサン」は、久屋大通の交差点を、ちょっと上がったあたりにある。
外から見ると、中がどうなっているのかよくわからず、僕は名古屋にいたころ、この店のすぐ近くに住んでいて、毎日前を通っていたにもかかわらず、数カ月は入れなかった。
あるとき友人を誘って行ってみたら、バーカウンターもあって、一人でも問題なく時間を過ごせることがわかって、それから入り浸るようになったのだ。

入り口を入ると、細い廊下がつづいているのだが、この左側が個室、先にバーコーナーがあって、その先はテーブル席というつくりになっている。
名古屋の長屋を改造したものなのだが、この工事を、開店当時のオープニングスタッフと社長とで、手作りでやり遂げたのだそうだ。

社長は長崎の人で、長崎といえば和洋折衷の洋館が立ち並ぶことで知られているが、この店の意匠も基本的に、和洋折衷。
和風のような、洋風のような、得も言われぬ微妙な感じがたまらない。

装飾も、社長がみずから蒐集した調度品や新聞の切り抜きなどが使われている。

この店は、まず酒が、ワインからカクテル、そして店名のとおりアブサンなど、膨大な種類があり、ほんとはそれを楽しむものなのだが、僕はここではいつも、まったく洒落気のない、スコッチの水割りを飲む。
ボトルは、ほんとにたまにしか来ないのに、ずっと置いておいてくれていて、今回もこれを飲みきってしまったので、また新しいのを入れてきた。

料理も、フランス式の、ちょっとくだけた料理がいろいろあるが、ひとりで行った場合には、この「ワンプレート」が食べやすい。
1,700円でひと通りのものが付いてきて、さらにこれにパンと、ワンドリンクが付く。

昨日は7時過ぎにここに来て、それから仲間が合流しながら、閉店の午前2時までいて、さらに仲間のひとりに、社長や従業員の人たちといっしょに、タイ料理を食べに行って、明け方の5時にホテルにもどった。
久しぶりに、フルに遊んだわ。


2010-09-24

東京でよくあるラーメン。「麺屋武蔵二天」

麺屋元就」という店が広島にあって、「麺屋武蔵」で修行した人が、開いたという店なのだが、わりと端正な、品のよいラーメンを出す店なので、修行元の麺屋武蔵も、そういうラーメンが食べられるのだろうと思っていたら、印象とはずいぶん違ったな。

頼んだのは「らーめん」、750円。
麺が無料で大盛りにできるようになっている。

こってりとした肉のだしに、かなり強い魚介だし、それに魚粉。

麺は極太。
しこしことした歯応え。

トッピングは、まずチャーシュではなく、角煮。
スープに合わせて、しっかり味がつけられている。
それにメンマ、白ネギ、焼き海苔。

全体としてバランスもよく、うまいかまずいかと言えば、うまいのだが、この手のラーメン、東京ではほんとに多いよな。
各部がいちいちと強調され、元々のラーメンをデフォルメした、マンガのような感じがして、解りやすいというのは認めるのだが、どうも僕には、陰影がなさすぎて、おもしろさを感じないのだよな。
しかし刺激に麻痺した東京人、ラーメンも、もうこういうものでないと、認識できないということなのか。
ようわからん。