2011-12-26
トマトは和食にもよく合う。
「味噌トマト鍋」
今年は正月料理を、いくつか自分で作ってみようと思っていて、三条会商店街をちょっと下見してきた。京都は他の土地には置いていない、色々と変わった材料があり、それが正月になると、続々と登場してくることになるから、せっかく京都に住んでいるのなら、それを使って料理をしてみないともったいない。
「棒たら」というのがあって、これは前から狙っている。タラを丸ごと、カチンコチンに干したもので、一週間水に浸してもどし、それを半日かけて、「海老芋」といっしょに炊くのだそうだ。もちろんひとりで住んでるのに、丸ごとの棒たらを買っても、食べ切れるわけはないが、正月前になると棒たらを魚屋で戻したものを、さらに小分けにし、パックにして売ってくれるのだそうだ。
海老芋は、茶色と灰色の縞模様をしていて、形もひょろっと尖っていて、まさにエビのような形をした芋なのだけど、それの親株である「頭芋」というのがある。これはどっしりとした、コマのような形をしているのだけれど、こちらは茹でておいたものを、雑煮に入れるのだそうだ。京都の雑煮は、昆布とかつお節で出しをとり、白味噌で味付けする。雑煮には、この頭芋と、祝大根という小さな、犬のうんちほどの大きさの大根、あとは金時人参、それに生麩を添えたりするのだそうだ。
八百屋が一押しで勧めてくれたのが、堀川牛蒡。ゴボウというにはずいぶん太い、タクワンほどの大きさがある、ゴボウなのだけど、これは太めの輪切りにして、それだけで炊くと、味がしみて、とてもうまいのだそうだ。八百屋の若女将は、たぶん本人が大好きなんだろう、いかにもうまそうな言い方で教えてくれた。
正月料理のための材料を揃えるには、29日がいいそうだ。その前だとまだ揃っていないものもあるし、その後だと、売り切れることもあるとのこと。
毎年、雑煮だけは自分で作って、おせち料理は買うようにしていたが、芋棒に、堀川牛蒡の煮付けに、あと1~2品、料理を作って、雑煮があって、かまぼこに数の子、それに鍋の材料でもあれば、正月は余裕で越せるだろう。
昨日の晩飯は、味噌トマト鍋。韓国料理はそろそろ飽きてきたので、また日本料理にもどろうと思ったのだが、ちょっと変わった味付けにしてみようと思い、トマトを入れてみた。トマトを料理に使うときには、オリーブオイルやニンニク、チーズなどで味付けし、洋風にするのが定番だけど、それではあまりに日本酒に合わなくなる。トマトには味噌が合うという話を聞いたので、やってみたというわけだ。
まず昆布でだしを取る。
ここに、水と同量程度の、カットトマト缶を入れる。水と同量程度ということは、カットトマト缶の分量を見ておいて、これと水の量を、おなじくらいにするという意味だ。
味付けだが、まず味噌。白味噌を使ってみたけど、これはべつに、ふつうの米麹味噌でいいと思う。というか、そっちのほうがうまいかも。味噌は、4カップの水にたいし、写真の倍量ほど入れた。それに、醤油と塩で味をととのえる。白味噌は、甘みがあるので、みりんなどは入れなかったが、米麹味噌を使うのだったら、みりんをすこし入れたほうがいいのかも。
ただいずれにせよ、鍋は、材料を煮ているうちに出しがでてくることになるから、はじめからあまり細かく味付けしてしまうと、味がくどすぎることにもなりかねない。材料を煮て、ちょっとしてから、最終的に味付けを調整するのが、いいのじゃないかと思う。
材料は、鶏もも肉。白菜。長ネギ。しめじ。それに厚揚げ。厚揚げは、いつもおでんには入れるが、鍋にははじめて入れてみた。しかしこれは、こういう味の濃い鍋には、味をよく吸って最高だな。
野菜と肉に火が通れば出来あがり。一味唐辛子を振って食べるとうまい。トマトと味噌というのは、味の想像ができないかもしれないけれど、トマトの酸味を、味噌がうまくバックアップし、穏やかにするようになっていて、非常にうまい。なにも洋風の味付けにしなくても、トマトは和食でも、十分使えるということだ。
ただ、日本酒には、うーむ、ギリでアウトだったかも。トマトと、日本酒とは、根本的に合わないのかもしれないという気がしてきた。トマトがどうしたら日本酒に合うようになるのか、ようわからん。まあ日本酒にこだわらず、ビールにでもすれば、問題はない。ただビールや焼酎は、嫌いじゃないのだが、酔い方がちょっと中途半端で、酔い足りなかったり、興奮してきたりするので、下手に飲むと寝られなくなり、家では飲まないようにしているのだ。
2011-12-25
手軽に作れる韓国の味。
「豚キム雑炊」
「豚キムチ」といえば、日本でも定番の家庭料理のひとつだが、豚キムチに水を入れて煮れば、キムチチゲになり、さらにそこにご飯を入れれば雑炊になるなど、意外に応用範囲が広い。
キムチは漬物だから、日本でいえばタクワンとか梅干しに相当するものではあるけれど、料理への使われ方はだいぶ異なる。日本と同様、お新香としてごはんの友に食べるのはもちろん、豚キムチでは、キムチは炒め物の材料であるともに、味付けとしても使わているわけだ。キムチはさらに、だしの材料としても使われる。
韓国には「キムチクッパ」という名前の食べ物があるそうだ。これは日本の韓国料理屋などではまずお目にかかることができないもので、要はキムチだけを煮て作ったスープに、ご飯を入れたものだ。韓国人の友人は、キムチクッパを「貧乏人の食べ物だ」と言っていたけれど、日本でいえばたぶん、日の丸弁当にでも当たるものなのだろう。韓国ではキムチは自分で漬けるもので、安いから、貧乏人が食べるものということになるわけだ。
日本ではキムチは高いから、そうそう気軽にたくさん使えるものではないけれど、おいしいキムチが手に入ったら、ただ食べたり、豚キムチにするだけでなく、スープにしたり、雑炊にしたりするのは、また楽しい。
豚肉は何でもいいのだが、かならずまず、キムチで下味を付けるようにする。そうしないとスープにした時、豚肉に味がしないことになってしまう。鍋に、まず豚肉をならべる。
その上にキムチを盛って、できればキムチの汁もかけまわし、そのまま10分ほど置いておく。そうすると、キムチの味で、豚肉に下味がつくことになる。
さらにそのまま、鍋にフタをして弱火にかけ、豚肉とキムチを10分ほど、蒸し焼きにする。キムチの汁が、さらに豚肉に味をつける。キムチの汁があるから、弱火でやれば、肉が焦げ付くようなことはないから、心配しないでだいじょうぶだ。
雑炊にするには、ここに洗ってザルに上げておいた米と、米の5倍量の水を注ぎ込む。5分ほど煮て、豚肉のだしが出たころになったら、味を見る。キムチをたっぷり使えば、塩を足すだけで十分なのだが、なかなかそういうわけにも行かないだろう。味が足りなければ、酒と醤油、韓国唐辛子、おろしたニンニクで味を足し、最後に塩で味を決める。
そのままさらに10分ほど煮て、米と汁の具合が好みの加減になれば出来あがり。長ネギとしめじなどを入れてみてもいい。
煮ているうちに、鍋の底がくっついてきたりするから、途中でときどき、かき混ぜるようにする。
好みでゴマ油を、すこしたらし込んでもいいが、豚肉のコクがきいているから、あまり入れすぎるとクドくなる。
2011-12-24
なつかしい気持ちがする味。
「肉ジャガ韓国風」
韓流ドラマにハマる女性の気持ちは、よくわかる。私の場合、韓流ドラマは見ないのだが、それはじつは、見ないように「努力している」からだ。見はじめたらハマってしまい、それに莫大な時間を浪費するには、目に見えている。チェ・ジュなどは、写真やCMなどで、チラリと見るだけでも、もうハマりそうな予感がするから、TVを見るときでも、まちがえてチャンネルを合わせてしまわないよう、気を付けるようにしている。といってもここ数年、テレビ自体をほとんど見ていないのだが。
韓国料理も似たところがあり、数日前に深い考えもなく、韓国風の味付けにしてしまって以来、毎日韓国風の料理を食べることになってしまっていて、まるで韓国人のようだ。韓国風の味付けは、イカワタなどを使うのであれば、日本風の味噌味より、圧倒的によく合うし、ぶり大根にしてみても、実際のところかなりおいしい。「どうして日本では、この味付けにしないのか」と、不思議になるくらいだ。昨日も韓国風の味付けにして肉ジャガを作ったが、これも非常にうまい。
韓国へ何度か行ったり、また映画を見たり、料理を食べたりして思うのは、韓国の文化は、日本人にとって、独特の「なつかしさ」のようなものがあるのではないかということだ。韓国ドラマを評し、「50年前の日本のようだ」という人がいる。それは、経済成長により、日本は変わってしまい、韓国人のように、前向きに人生に目標をもったり、素直に感情を表現したりすることが少なくなってしまったということを言っているのだろう。しかし韓国文化に感じる「なつかしさ」は、もっと根が深いところにあるのではないかと思える。
たとえば、韓国の料理にふんだんに使われる、「ニンニク」だ。料理にニンニクをたっぷりと使うと、なんとも言えず気取らない、くつろいだ味になる。ニンニクを使った料理といえば、日本では「ラーメン」が代表的だと思うが、ラーメンがうまいのは、ニンニクがたっぷり使われていることと、無関係ではないだろう。
ニンニクは、古代においては、日本でもふつうに食べられていたらしい。もちろんもともとは、中国や朝鮮から、伝わってきたといわれている。だいたい古代においては、日本は中国の属国だったのだから、中国や朝鮮の文化と、日本の文化とは、それほど変わらないものだったのだろう。仏像にしても、朝鮮人の仏師が日本へやって来て、当時の日本人に作り方を教えたものだ。食べ物だって、中国や朝鮮で食べていたものと、同じようなものを、日本人も食べていたにちがいない。
ところが時代が下り、平安から鎌倉時代に入ると、日本ではニンニクは、食べられないようになっていく。禅宗が肉食のほか、ニンニクやネギなどの臭いのする野菜を禁じたことから、正統的な日本料理では、ニンニクは使われない。ニンニクは日本では、ついこの間、戦前まで、ほとんど使われることがなく、戦後になってようやく、ふたたび使われるようになったとのことだ。
しかし日本でニンニクが使われなくなったのが、禅宗の影響だというのだが、禅宗を日本に伝えた中国では、その後禅宗は衰退し、ニンニクもふつうに食べるようになっている。「禅の心」は、日本文化の中心の一つであることになっているのだから、ニンニクを食べなくなることは、日本が中国の属国から脱出し、「日本」という独自の文化を打ち立てていくことと、軌をひとつにしていたのだろう。
禅宗の精進料理では、肉や魚、ニンニクやネギを使わずに、ひたすら澄んだ味を追求していくことになる。その影響で、今でも日本の料理では、アクや臭みをひたすら取り除いて、あとは塩味にほんのちょっとの醤油で味付けする、吸い物のような料理が、尊ばれるところがある。もちろんそういう料理も、うまいには違いないのだが、禅宗のお坊さんも、じつは隠れてニンニクを食べていたそうだ。「隠れ忍んで食べる」ものだったから、「ニンニク」という名前がついたともいわれている。
ニンニクは、その臭みによって、肉や魚の臭みを中和してくれるから、ニンニクを使えば、材料の臭みを抜くことに、あまり神経質にならなくてもよい。日本料理では、臭みが嫌われるから、とにかく新鮮な材料を使ったり、アクを徹底して取ったりなどして、臭みをなくすることに、大きな努力が払われることになるけれど、ニンニクをひとつ、ポンと入れてしまえば、そこまで神経質にならなくても済むことになる。朝鮮や中国にかぎらず、世界をみても、ニンニクを料理に使うところは多いだろう。
日本はニンニクを使わないかわりに、「臭みを徹底的に排除する」というやり方で、独自の料理の世界を打ち立てたけれど、もともとは、朝鮮や中国、その他の世界と同様に、ニンニクを使って料理していた。韓国の文化に感じるなつかしさは、その「日本のもともと」を見ることのなつかしさだと、言ってもいいのじゃないかという気がするのだ。
昨日はクリスマス前だからというので、スペアリブが安く売っていた。これを使って、肉ジャガをつくることにした。韓国にも、「カムジャタン」という、豚の骨付き肉とジャガイモを使った煮込み料理がある。
スペアリブには塩をすり込み、30分ほど置いておく。
フライパンを中火にかけ、サラダ油をひいて、スペアリブのおもてうらに焼き色をつける。
水とたっぷりの酒、それに長ネギの青い部分、たたき潰したニンニクを入れ、軽くアクをとり、30分から1時間ほど、フタをしてコトコト煮る。
砂糖とコチュジャン、韓国唐辛子、それに醤油で味をつける。
大きめに切り水にさらしたジャガイモ、乱切りのニンジン、それにぶつ切りにした長ネギを、10分ほど煮る。
最後にゴマ油をたらし込んだら出来あがり。
豚肉に、甘辛い味噌の味は非常によく合う。ジャガイモも、大変うまい。
酒は、日本酒で問題ない。チマチマ食べるから、卓上コンロで鍋をあたためておく。
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