僕は以前は、ほとんど毎日飲みに出かけていて、またもちろん、それが一軒で終わるわけがなく、何件かハシゴして時計が12時を回ってから帰宅するということを続けていた。
まあそれで、家庭生活が破綻しないほうがおかしいわけで、離婚した大きな原因がそういう生活態度であったということは、いうまでもない。
いまでも外で飲むのはもちろん嫌いではないのだけれど、ここ数年、料理をするのがめっきり楽しくなり、自分でつまみをつくって自宅で晩酌するというのがとても居心地がよくなって、このごろはまったく外で飲まなくてもぜんぜん不満を感じないようになっているのだ。
だいたい自分で料理をすると、べつにそれほど料理が上手だというわけでなくても、自分が好きなものを、好きなように料理して食べられるわけだから、下手な居酒屋で食べるよりも、よっぽどおいしいのだ。気の合う仲間はネットにいるし、酔っ払ったらすぐに寝られるし、おまけに金もかからないとなれば、これはやめられないっすねということになる。
でも世の中には「義理」というものもある。僕は義理を感じる飲み屋が近所に2軒だけあって、いやそこは、マスター、ママと馬が合って、以前はけっこうちょくちょく通っていたのが、3ヶ月ほど行かないときが続いたら、「どうしたのだろう」と心配してくれたところなのだ。やはり見ず知らぬ土地で、自分を心配してくれる人がいるというのは、ありがたいものなわけで、この2軒だけには、義理を欠かないようにしようとおもっている。
といっても、行くのは月一回。「ほっこりバーKaju」と「スナック都」なのだが、都のママえみちゃんについ電話番号を教えてしまったら、わかってはいたが、事あるごとに電話をかけてくる。何度かは断るのだけれど、これ以上空けてはいけないだろうなとおもう限界が、「月一回」というわけなのだ。
いつも9時過ぎにスナック都へいき、そこで1時間くらい飲んで、そのあとKajuへえみちゃんといっしょに流れるということになるのだけれど、昨日はせっかくだからその前に、以前一度行ったきりの店にも寄ることにした。
「啓ちゃんのスタンドバー」というのだけれど、やはり僕と同年代のママがいる店で、その啓ちゃんが僕がちょくちょく昼めしを食べにいく「ikoi cafe」にも行くひとで、そしたらikoi cafeのママが、「こないだ啓ちゃんが来たけれど、高野さんはたぶん店が禁煙だから、それで来てくれないのよね、と悲しがっていた」というようなことを言うものだから、それじゃ行かなきゃ仕方ないだろうというわけなのだ。
啓ちゃんは以前スナックで働いていたこともあったが、自分で店を経営するのは、昨年末にオープンしたこの店が初めてだということで、まだ半年ほどにしかならないから、どうやって店をやっていったらいいのか、いろいろ悩むところもあるらしい。そういうママの悩みなどを聞きながら、こちらはわかったようなアドバイスをし、しんみりと酒を飲むというのはまたいいものなのだ。とこうやって書きながら、艶っぽいいい女の啓ちゃんをおもい出していたら、また行きたくなってきてしまった。
えみちゃんには9時過ぎに来いと指令をうけていたので、啓ちゃんの店には30分ほどいただけで、それからスナック都へ。スナック都は、もう50年くらいはたっているだろうという古い2階建ての居酒屋ビル「新宿会館」の、2階のいちばん手前にある。
もともとこの界隈のスナックや居酒屋で手伝いをしていたえみちゃんが、自分で店をはじめたのはちょうど1年前。僕はそれよりちょっと前に、お客さんを連れて闊歩するえみちゃんに道で会い、顔見知りだったそのお客さんと話していたら、初対面のえみちゃんにいつのまにか、僕もいっしょに引き連れられて、居酒屋に連行されたおぼえがある。
まだ店をはじめて1年だから、なかなか慣れないところがあるとはいえ、えみちゃんは僕にいわせると、こういう仕事をするために生まれてきたひとだという感じがする。
森公美子にもちょっと似たところがある、愛くるしい顔と迫力バディの持ち主で、それがバブル時代のようなロングヘアーに前髪をくるりと上げた髪型にヘアバンドをつけ、着ているのは冬でもつねに、赤いアロハシャツ。もうその見た目だけで、こちらは降参してしまいたい気分になる。
それが意外に気の小さいようなことを言うものだから、オヤジとしては可愛くなってしまうということなのだな。
でも年齢は、僕とだいたい同年代。
Kajuのマスターも僕とおない年で、気がついたら僕は、自分が居心地がいい店というのは、同年代のひとがやっているところなのだよな。
あと血液型というのもけっこうあって、べつにそれを聞いて行くことにしたというわけではないのだけれど、えみちゃんもikoi cafeのママも、僕とおなじAB型だったりする。
Kajuのマスターは、若い頃からこの業界一本でやってきたひとで、20代から自分で店を経営しているから、やり方にそつがなく、安心していられるということはある。でもKajuを僕がいいとおもうのは、そういうことだけでもなく、ひとことで言うと「隠れ家」的な、世の中からちょっと距離をおいた姿勢が好きなのだ。
知らないひとはまず行かないような場所にあって、さらに知らないひとは、あの分厚いドアを開けるのにもかなりの勇気が必要なのだが、そうやってかなり敷居を高くしてあるから、何かを求めてくるひとしか来ないようになっているのだな。
といっても狭いとはいえ店はいつでも満員なのだが、そうやってただ一般大衆を相手にしているのではなく、自分が対象とするひとを細く絞っているように見えるところが、僕がKajuのマスターを好きなところだ。
昨日は3軒をまわって、ビールを1本に酒を4合。たまに飲むと掛け金が外れたようになって、前回も飲み過ぎて翌日を棒にふってしまったのだったが、昨日はなんとかギリギリ、許容範囲におさめることができた。
でもそれほど飲みたくもなかったのについ頼んでしまった最後の一杯がやはり余分で、昨日は帰り道にめずらしくゲボを吐いた。