この3日間、ロシア人の相手をした。頼まれて東京の観光に付き合ったり、成田空港への見送りをしたりしたのだ。
ロシア人というと一般のイメージとしては、暗いとか、怖いとか、アエロフロートのスチュワーデスはサービスが悪いとか、男はウォッカばかり飲んでいるとか、国は強権政治で、新興マフィアが跋扈しているとか、そんな感じかもしれない。でももちろん、親しくなってみれば、どこの国の人も普通の、同じ人間である。
何年か前、ロシアはウラジオストックでホームステイをしたことがある。ぼくとほぼ同じくらいの年の、医者のご主人と薬剤師の奥さん、15歳の男の子という家庭だったが、ほんとに良くしてもらった。
年末に行って年始に帰るという行程だったので、もちろん皆仕事は休み。なので親戚や友達の家に出かけたり、またそういう人たちを家に招いたり、ということが、やることのほとんど全てだった。
ロシア人はとにかく人に食べさせたがる。まぁどこの国にホームステイしてもそうなのだが、仲良くなる基本は出される料理をひたすら美味しそうに食べることだ。年末年始だからご馳走もたくさん用意してあり、むしゃむしゃ食べ始めるのだが、お皿の上の食べ物が、いつまでたっても一向に減らない。気づくと両側から、こちらが食べるそばから新たによそってくれるのだ。
そして10分に一回くらい、ウォッカで乾杯。小さなショットグラスにウォッカをついで、皆で乾杯して一気に飲み干す。そしてまた食べ始め、また乾杯。あっという間にお腹はいっぱい、そしてウォッカでいい気分。
食事が終わると「出かけよう」ということになり、親戚の家に行く。そうするとなんと、そこにもまたご馳走がたんまり用意されている。そしてさっきと同じことが、再び一から始まるのだ。
ぼくは生まれてこの方、あんなにたくさん物を食べたり、お酒を飲んだりしたことがなかった。日本に帰国してから一週間くらいは、一日5食食べないと我慢できず、お酒もいくら飲んでも大丈夫になっていた。
今回のロシア人たちも、楽しい人たちだった。ご婦人3人が資生堂の乳液が欲しいというので、渋谷に買いに行った。ロシアから空き瓶を持ってきていてそれを探したのだが、結局14本、マツモトキヨシ2軒分の在庫を、全て買い占めていった。
奥さんと娘さんと一緒に来ているお父さんも一人いて、ピンクフロイドのLPレコードを3枚、中古レコード屋で買っていった。ロシア人はピンクフロイドが好きらしい。あの実直な、見るからに頼りがいのある感じがするお父さんが、ピンクフロイドの理屈っぽくて重苦しい音楽を聞きながら何を想うのだろうと考えると、なんとも微笑ましい。
帰る前日の夜、お寿司屋に連れて行った。4人がけのテーブル一つしか空いていないところに、こちらは6人。しかも一人はかなりの巨漢である。店員が分かれて座れというところを無理矢理6人、ぎゅうぎゅう詰めで腰掛けた。小さなテーブルに固まって座るのが、ロシア式宴会の作法なのだそうだ。慣れない箸で寿司をぼろぼろにこぼしながら、一生懸命食べていた。
ずっと以前、ぼくにとって外国といえばアメリカだったことがある。しかしいろんな国の人、特にヨーロッパの人と出会ううち、外国はアメリカだけではないし、むしろ世界の中でアメリカが特殊な国なのだということが分かってきた。
アメリカ人は本当にドライだ。なんでも理屈で考えたがるし、理屈が通らないとすぐ人を切り捨てるところがあると思う。しかしヨーロッパや、そしてロシアの人たちは、もっと湿っぽくて、じとっとしている。
歴史が長い国は、理屈が通らないことでも我慢しなければならないことも多いだろう。そういうものを受け止め、堪えていく人の辛さや、またその辛さを互いに共感していくこと、そしてそこから生み出される連帯、そんなものが、それらの国には日本と同じように、あると感じられるのである。