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2012-06-06

鶏とジャガイモの卵とじ


べつに長生きしたいとは思わないけれども、生きているあいだは元気でいたいとおれはおもう。

できればひとに面倒をかけずに、早めにぽっくり逝きたいものだとおもうけれども、こればっかりは神のみぞ知ることだろう。

しかし「元気でいる」ことについては、若いうちは何もしなくていいけれど、40をすぎると、それなりの努力が必要になると痛感したことはある。



ちょうど40をすぎたころ、すでに別居して一人暮らしをしていたおれは、疲れがとれなくてどうしようもなくなったことがあった。

たっぷり寝てもダメ、風呂やサウナにはいってもダメ、運動してもダメ・・・。

ところがなんの気なしにニラを1把、鍋にいれて食べてみたら、翌朝、前の日疲れていたことをわすれるくらい、疲れはきれいさっぽリとれていた。

それ以来、食べ物の大事さを痛感したおれは、週に何度かは、自分がつくったものを食べるようになった。



といっておれは、栄養に気をつかうというわけでもない。

自分が食べたいものを食べていれば、元気でいられると信じている。

体のほうだって、足りないものがあれば、それをなんとか知らせようとするはずだ。

だから「体の声」を感じようとする気持ちさえあれば、問題はないはずだとおもっている。



「その日に何を食べるか」をかんがえるのは、おれにとってはたのしいことだ。

まず初めにかんがえるのは、「肉か魚か」ということで、魚を食べたいとおもったら、あとは魚屋へいき、店先にならんでいるものを見ながらかんがえる。

だいたいは、その場では決めないで、候補を2つ3つに絞りこんでおき、つぎに八百屋へいって、そこで売っている野菜との兼ねあいで、魚のほうも決めるようにしている。

豆腐は最後に、魚と野菜との料理法の兼ねあいで決める。



肉を食べたいとおもったら、肉屋かスーパーへいくことになるけれど、肉屋もスーパーも、売っているものはだいたい予想がつくから、買い物にいくまえに、あらかじめかんがえる。

これには1時間くらいかけることも少なくない。



肉といっても豚なのか鶏なのか、まるごとなのか、ミンチなのかなどいろいろあるが、今日はまず、一口大に切りそろえた鶏もも肉の姿があたまにうかんだ。

それをネギとシイタケといっしょに焼いて、焼き鳥風に甘辛いタレで仕上げようかとおもったけれど、どうもピンとこない。

やがて親子丼風に、だしで炊いて、卵とじにすることに心が決まり、この時点でシイタケはいれないことになった。

しかしそれでも、まだなにか足りないような気がしたのだけれど、家にあまっているジャガイモをいれることをおもいつき、それに冷蔵庫にはいっているおひたしと白菜、くわえてシジミの吸物で、今夜の晩酌のメニューは確定した。






鶏とジャガイモの卵とじ。

まず昆布と削りぶしで出しをとる。

フライパンにその出しを、鶏がひたひたになるだろうというくらいの量を張り、カップ4分の1くらいの酒、大さじ1~2のみりん、それに味をみながら淡口醤油をいれて味付けする。

一口大に切りそろえた鶏肉と、皮をむきゴロゴロとした大きさに切り、しばらく水にさらしたジャガイモを、その出しで10分くらい煮る。

斜め切りにしたネギをいれ、ネギがしんなりとしたら溶き卵でとじれば出来あがり。

七味をふって食べる。






シジミの吸物。

シジミは海水くらいの塩水に、1時間ほどひたしておき、そのあとよくこすり合わせながら水で洗う。

鍋にシジミと水、カップ4分の1くらいの酒をいれ、火にかける。

アクをとりながら煮て、シジミの口が全部ひらいたら火を止めて、すこしの淡口醤油と塩で味付けする。

とろろ昆布をそえる。






昨日から漬けてある白菜。

だいぶうまくなっていた。






昨日つくったほうれん草のおひたし。







芋焼酎の水割りを2杯のむ。






夜の散歩に家をでたおれは、昨日の中国人の女の子の面接がどうなったのか気になった。

かなりの酒をのみ、おまけに最後はテキーラまで煽り、ちゃんと受け答えできたのか。

それでまず、後院通をななめにおりて、錦小路を東へぬけ、鉄板焼屋へいってみる。

縄のれんごしに中をのぞいてみたけれど、女の子はいないみたいだ。



いつもいくバー「Kaju」は今日は定休日。

先日Kajuであった、おれと同年代のご夫婦が、Kajuが定休日の日だけちかくで店をやるといっていたのをおもいだし、ドアをあけてみたけれど、もう閉店し、あとかたづけの最中だった。

そのとなりの若いマスターがやってるバーは、おれにはどうもオシャレすぎる気がして、あまり居心地がよくない。

男性客の下手くそなカラオケがひびきわたっている店もあり、おれはカラオケもきらいじゃないけれど、スナックは値段もたかいし、こんな夜中からいく気もしない。



それでおれは、「キム君」のバーへ、いくことにした。

ガラスのドアと壁で仕切られた半地下の店内をのぞいてみると、オレンジのドレスをきた女性の、むきだしになった、白い二の腕がみえる。

さらによくみてみると、奥につづく7人がけのカウンターの、右に女性が3人、左に男性が3人すわり、まん中の席がぽっかりあいているようだ。

「あそこにすわれば、たのしそう・・・」

男性客と女性客とをうまくとりもち、人気者になれるかもしれないとおもったおれは、入口へむかう階段を降り、意気揚々とドアをあけた。



しかし店にはいったおれは、カウンターの右に女性、左に男性がいるというのは、ただの見まちがいだったことに気がついた。

カウンターの右側の、一番右端にはたしかにオレンジのドレスをきた女性がすわっていたが、そのとなりには、女性の彼氏らしき男性、さらに左に1人客の男性。

カウンターの左端には、女性が2人すわっていたけれど、その右側に、熊のような体格をした、長髪、髭もじゃの男性。

まん中にすわったおれは、意に反し、男性2人に挟まれることとなった。



芋焼酎の水割りを注文。

お金がとぼしくなっているから、キム君にはおごらない。

カウンターの話題は「冷凍ご飯」。

家にかえり、奥さんだか彼女だかが冷凍庫に用意している冷凍ご飯を、

「どうも食べる気がしない」

というキム君にたいし、

「それはぜいたくだ」

という話になっている。



おれも話にはいろうと、

「冷凍うどんはおいしいですよね・・・」

「おじやにすればいいんじゃない・・・」

口をはさんでみるけれど、空気のよめないおれが何かいうたびに、場の雰囲気はもり下がる。

そのうちおれの左の熊のような男性は、あっちを向いて女性2人と話しはじめ、右端のカップルも2人の世界にはいっていき、しかたなく、おれは右にいる1人客の男性と話すこととなった。



40歳くらいのその男性は、長崎出身。

グラバー邸の話でしばらくもり上がる。

つぎはこのあたりの飲み屋の話で、またすこしもり上がる。

男性は芸術家で、ここに作品を飾っているというから、それをみせてもらい、さらにすこしもり上がる。

男性は、はタコの足のような螺旋形の「蛸唐草」の図案や、食虫植物「ウツボカズラ」の絵を描いている。

おれは、

「タテ・ヨコ杓子定規の世の中で、この出口のないグニャグニャ感が、いいですね」

などといったりする。



しかし、

「作品がなかなか売れない」

と男性がいうから、

「知り合いの女性画家が、作品の値段を安くして、固定客に何枚も買ってもらうようにしているから、そういうふうにしてみれば・・・」

と親切のつもりでおれがいったら、どうもそれが、男性は気に食わなかったらしい。

いっしょに話をしていたキム君も、

「芸術作品の値段は、なかなかむずかしいものがありますよね・・・」

と遠い目をしている。



話はそのままもり下がり、男性はやがてかえっていき、1人になったおれは、グラスの酒がなくなったのを機に、家にかえって布団にはいった。