2012-07-02
トンコツ
今日の晩酌は、トンコツ。
2年前に会社を辞め、1年ほどは退職金で暮らしていたけれど、今はライター仕事で細々と食べていることになっている僕が好物なのは、魚ならあら。
あらが安いのは「捨てる部分」だからなのだろうけれど、鯛のあらなどは見た目も豪華だし、煮炊きするには切り身の部分より脂が乗っていて味がいい。
秋のサンマももちろんラブだけれど、やはりよく利用するのは年中出ているイワシ。
スーパーで、でっかくて青光りしたのが5匹100円とかで売られていると、おもわず衝動買いしてしまう。
肉ならやはりまずは鶏肉が安いけれど、豚肉好きの僕がよく利用するのは、なんといっても安いコマ肉。
コマ肉もあらと同様、きちんとした肉をとったあとの余りの部分ということだけれど、肉質自体はいいことが多いから、炒めたり煮たりするにはとてもうまい。
豚肉は京都の場合、どういうわけかスーパーの特売より、肉屋のほうが安いから、僕は豚肉は、肉屋で買う。
牛肉はまず食べず、食べるとしてもスーパーの特売で、オーストラリア産のが100グラム98円で売っている時だけなのだけれど、そんな僕が、精一杯奮発するとなると、登場するのがスペアリブ。
肉屋で買うと、日本産のが100グラム150円、300グラムで450円。
これをいかに手をかけ、おいしく食べるかが勝負となる。
今日の「トンコツ」は、檀一雄「檀流クッキング」より。
檀流クッキングは、料理が得意だった作家檀一雄が主婦にむけ、自らの多彩な料理レパートリーを開陳したもので、様々な料理が出ているから実際に役に立つというばかりでなく、読んでいると料理の「たのしさ」がしみじみと伝わってくる。
スペアリブを味噌で煮込むトンコツは、鹿児島の郷土料理なのだそうだ。
鹿児島だから、焼酎やら黒砂糖やらを使うことになっている。
炒め鍋にサラダ油を強火で熱し、スペアリブにこんがりと焦げ目をつける。
水を鍋いっぱいにいれ、たたきつぶしたニンニク1かけとざく切りにした玉ねぎ2分の1くらい、さらに角砂糖「少々」と焼酎カップ2分の1くらいをいれたら、時々アクをとりながら1時間くらい、フタをしないでコトコト煮る。
火加減はかるく沸き立つ程度に調整し、途中で水が足りなくなったら適宜足す。
1時間煮たら味噌をいれ、こってりと甘辛い味にして、ぶつ切りにして水にさらしたゴボウ、厚揚げ、こんにゃく、ゆで卵、5センチくらいの長さにぶつ切りした長ネギをいれ、さらに30分くらい、弱火で煮込む。
この他に、檀一雄は里芋、しいたけ、タケノコなども入れたらいいと書いている。
最後にコショウ、山椒をふり込み、ゴマ油を1たらしする。
トロリとやわらかくなった、甘辛い味噌味のスペアリブ。
出しの味がしっかりとしみ込んだ野菜。
たまらんっす。
酒はもちろん、焼酎水割り。
若い女性がママをつとめる深夜営業のカフェバーは、ガールズバーでもないかぎりほとんど見かけることはないのだけれど、四条大宮には、それがある。
繁華街の外れにあるビルの2階。
4席のカウンターに2人がけのテーブルが1卓だけの小さな店を、年の頃は30代前半、椎名林檎に似た美人の女性がやっている。
ところがこの店、僕は前に行ったときなじめなかった。
3人いたお客は皆、見たところ20代、おっさんはあまりに場違いで、椎名林檎のママも僕を扱いかね、いらだっているように見えた。
僕はひとことも話せずに店を出て、それ以来、おっさんは若者の邪魔をしないようにと心がけてきた。
ところが先日、僕よりも一回りも年上の、横山やすし似のおっちゃんが、椎名林檎の店で若いオネエちゃんをナンパして、キム君の店に連れてきたのに居合わせた。
「そんなことができる店だったのか・・・」
僕は自分の不明を恥じるとともに、椎名林檎の店を夜の散歩のローテーションに加えることを心に誓ったのだった。
ビルの階段を2階へ上る。
ドアを開けると、お客が誰もいない店のカウンターに、椎名林檎が立っていた。
「こんにちは、いいですか」
「どうぞ・・・」
僕はカウンターの一番手前の席にすわり、焼酎の水割りを注文する。
このあいだはまったく話せなかった僕だが、今日はちがう。
早速いろいろ聞いてみた。
「この店は、できて何年くらいになるんですか」
「ええと、じつは、明日で、ちょうど、丸2年に、なるんです・・・」
林檎ママは、ゆっくりとした話し方をする。
芸術家とかにいそうなタイプだ。
前に来たときにはこのしゃべり方を、僕は「いらだっている」と受け取ってしまった。
でもただ、のろいだけだったのだ。
前はきけなかった店の名前の由来もきいた。
林檎ママは、ちゃんと普通に答えてくれる。
営業時間は1時まで、12時半がラストオーダー。
僕が以前通りがかったとき目の前で電気が消えたのは、ただラストオーダーの時間が過ぎただけのことだった。
そのとき、ドヤドヤとお客が入ってきた。
見たところ20代前半の、若きサラリーマン2人組。
パソコン少年がそのまま大人になったような2人は、ワインにみそ汁を注文する。
みそ汁はメニューにないけれど、常連なのだろう、林檎ママに無理な注文をして困らせるのをたのしんでいる。
「麺もいれて」
「みそ汁に、麺を、いれろだ・・・」
林檎ママはつぶやきながらも、素直にそうめん入りのみそ汁をつくる。
「みそ汁つくるの、久しぶりすぎて、みそ汁の味、わすれた・・・」
出来上ったみそ汁を「うまいうまい」といいながらすする、サラリーマン2人組。
僕もそのみそ汁を食べてみたかったけれど、初めから図々しいと思われるのもよくないし、人がたのんだおこぼれをもらうのも癪だから、だまって焼酎水割りを飲んだ。
水割りを1杯で切り上げて、店を出る。
林檎ママは僕が千鳥足で出ていくのを気遣い、消していた階段の電気をふたたび点けてくれる。
ネオンに照らされた道を歩く僕の心ははずんでいた。
「林檎、いいやつだ・・・」
僕は林檎ママに、ちょっと惚れた。