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2010-04-12

中村桂子先生インタビュー(4) 「現在の危機」



中村 生命科学のほとんどの研究は、分析的なやり方をしている。それで本当に人間のことが分かるか、病気のことが分かるかといったら、それはNOです。分からない。そこでもう一回、今ここでね、ハイゼンベルクたちのところへもどって、生命とは何か、意識とは何か、という問いを、物理学としてじゃなく、生物学として、あらためてきちんと立てて、その上で、新しい流れをつくらなければいけない時期ではないかと思います。

ハイゼンベルクたちの時代にすばらしい物理学者たちが悩んだように、また次の時期、私の若い頃、まわり中のちょっと私より年上の、すごいなあという人たち、ジャコブとかモノーとか、クリックとかブレナーとか、日本では渡辺先生とかそういう方たちが、ここをどうやってブレイクスルーしようか、悩んでいたように、今の研究者たちが悩んでるのかといったら、全体的に見てもそうだし、またその中でもとくに日本は、悩んでいません。そこが気になるところなのです。 

今は悩むときです。ところが今、様々なデータが機械でどんどん出せるようになっているから、それだけでやってる気になってしまう。今という時期は、次へ向かう大きなブレークスルーを生み出すべき、とても面白い時期にいると思っていて、そういう時は悩むときのはずだと思うのに、悩まない。 

もちろん、生命現象を知るための研究は大事なことですから続けながらですし、全員が悩まなくてもいいのです。意識のある人さえ、悩めばいい。それを悩まない人たちが邪魔しなければいいのだけれど、大型プロジェクトを組んで、研究費も若い人も、そちらへ持っていってしまう。 

だから今は、ほんとにまずい状況。悩む人たちが、悩む余裕を与えてもらえていない。学問に余裕がなければ、悩むことなんてできないでしょう。それを明日役に立つことをやれとか、そういうことを言われて、それをやる人がえらいんだ、みたいにやられたら、ゆっくりと悩むことできないでしょう。そういう状況を、今つくってしまってる。それが気になることです。 

極端にいえば、お金なんてなくてもできるはず、考えることは。頭を使えばいいのだから。機械はなくてもいい。ところがそんなことを言うと大変。何十億円、何百億円がないと落ち着かない人たちができてしまったから。数百万円あればいいのよ。桁がちがいます。何百億円というプロジェクトは、高い機械を買って並べて、データを出すのです。考えるということとは別のほうへ行ってしまうわけです。機械はできるだけ皆で使うようにして、そこで競争すべきで、機械を持つか持たないかは競争ではありません。 

私が危機だと言っているのは、ハイゼンベルクたちと同じところにいられるんだ、ジャコブやモノーたちと同じところにいられるんだ、そういうとても面白いところに私たちはいるのだから、今度は私たちが、彼らと同じように、みんなで悩んで新しいことを見つけ、次の流れを生み出そうよと思うのだけれど、その同志が少ないことです。 

(つづく)

中村桂子先生インタビュー(1) 「分子生物学の始まり」
中村桂子先生インタビュー(2) 「分子生物学の流れ」