魚屋へ行ったら何ともうまそうなブリのあらが、破格の価格300円。ブリあらというと大根といっしょに甘辛く煮付けるブリ大根をまず思い浮かべるけど、「鍋に入れてもうまい」と魚屋のおばちゃん。さらに八百屋のご主人のアドバイスも参考にし、大根といっしょに昆布だしで炊いて、ポン酢で食べることにした。
大根は3センチほどの分厚い輪切りにし、竹串がすっと刺さるまで下ゆでする。
ブリあらは湯通しし、水でよく洗う。
昆布をひいた鍋にブリと大根をならべ、1カップの日本酒、そしてたっぷりの水を入れる。
鍋を火にかけながら酒を飲むのは、なんとも気分がいい。
ポン酢に青ねぎと七味をふる。
トロトロに煮えたブリと、味がしみ込んだやわらかな大根。
昨日はカフェで仕事をした帰りにKajuへ寄ったら、池波正太郎がいた。
いかついメガネをかけた池波正太郎は、カウンターの奥で一人静かにスコッチの水割りを飲んでいる。
バーで有名人を見かけたからといって、気安く話しかけてはいけないのは知っているが、池波正太郎とくれば黙ってはいられない。
ぼくは池波正太郎の一席あけた隣にすわり、マスターに生ビールを頼んでチャンスをうかがった。
池波正太郎は、マスターと鍋の話をしている。
「好きな女と差し向かいで、火鉢にかけた小鍋を突付くなんていうのが、昔は何より粋なものだったんだよ・・・」
自分が入るのにまさにドンピシャな話題だと思ったぼくは、早速池波正太郎に話しかけた。
「池波先生は、お宅でもちょくちょく、一人で小鍋立てをされていらっしゃるんですよね。」
池波正太郎は鋭い眼光でこちらを見、一瞬、バーでいきなり隣の客に話しかける非礼を訝しがる表情をしたが、「ここは関西だから」と思い直したのか、マスターの方へ向き直り、諭すような口調で答えた。
「女に振り回されちゃダメなんだ。うちには母と女房と、二人の女がいるだろう。自分はあくまで、自分が食べたいものを食べるようにしておかないと、あっという間に子供が食うような、箸にも棒にもかからないものを食べさせられるようになる。」
マスターが相槌を打つ。
「池波先生は、『男の作法』についても、いろいろお書きになっていらっしゃいますもんね。」
池波正太郎は大きくうなずくと、
「今はどんどん、男が男らしくなくなっている。君なんかはどうなんだ。」
ぼくに尋ねる。
「ぼくもまだまだ、女に振り回されてしまうんですよ。」
ぼくの答えに憐れむような顔を見せた池波正太郎は言う。
「女はちゃんと、操縦しないとダメなんだぞ。」
ぼくは苦笑いをしながら答えた。
「ぼくの場合、完全に操縦されちゃってます・・・」
「おっさんはすぐデレデレしちゃうからね。」
ダメだよな。