今日の晩酌は・・・。
一人鍋といえばやはりこれ、常夜鍋(じょうやなべ)。豚肉とほうれん草を水炊きにしてポン酢で食べるこの料理は、元々魯山人が紹介したものらしく、同じ読みで「宵夜鍋」という、中国に起源をもつもののようだ。「宵夜」は中国語で「夜食」の意味らしい。
ほうれん草は、魯山人は生のまま入れるとしているけれど、それだとアクが出て汁がダメになるので、サッと下ゆでする。
面倒でも一茎ずつ入れ、沸騰を止めないようにしながら煮たほうが、エグミが出ずうまい。下ゆでしたら水にとってしぼり、食べやすい大きさに切る。
豚肉はコマ肉。
コマ肉は日本産だから、下手なアメリカ産のロース肉より味がいい。
鍋をはじめる前に、まずは小さなツマミで一杯飲む。
鍋に水を張り、昆布を入れて中火にかける。
沸騰したら昆布はとり出し、日本酒1カップくらいを入れる。
あとは豚肉を1回に食べる分だけ、沸騰するかしないかくらいの火加減で煮て、豚肉の色が変わったらほうれん草を、これも食べる分だけ入れ温める。
ポン酢に一味唐辛子を振り込んだタレで食べる。
豚肉とほうれん草は、言わずと知れた黄金のコンビ。
残った汁は、塩コショウで味つけしてうどんを煮る。
普段は家で飲むと2~3杯も飲めば眠くなるのに、昨日は飲むほどに目が冴えてきてしまったから、Kajuへ出かけることにした。
早い時間や遅い時間のKajuはわりと静かで、マスターとゆっくり話ができるのがいい。
Kajuへ行ったら、熊の男性がいた。
熊の男性は、いつもはスピナーズにいることが多いけれど、スピナーズが休みの日には、Kajuにいることもある。
マスターに焼酎のお湯割りをたのみ、熊の男性と乾杯して飲み始めたぼくは、ふとある予感がした。
「今夜も松嶋菜々子が来るのではないか・・・」
予感は的中した。
Kajuの分厚い木のドアがゆっくりとひらくと、ドアのすき間から目をクリっとさせ、いたずらっぽい表情をした松嶋菜々子が顔をのぞかせた。
「まだやってますか。」
おずおずと尋ねる松嶋菜々子に、
「どうぞどうぞ、お入りください。」
マスターは愛想よく答える。
熊の男性は、初めて会う松嶋菜々子に緊張し、目を大きく見ひらいて下を向き、顔を何度もこすっている。
松嶋菜々子は、熊の男性が持参した、12月7日スピナーズでの出版記念パーティーのフライヤーに目をとめた。
「あ、これがそのフライヤーなんですね。楽しみだなあ。高野さん、料理は何を作られるんですか。」
「まだちゃんと決めていないんですが、檀一雄レシピのイカのスペイン風はやろうと思っています。カセットコンロを持ち込んで、調理の実演もするつもりなんですよ。」
「そうなんですか。高野さんが料理を作っているところを見られるなんて、最高ですね。」
注文したラム酒のロックにゆっくりと口をつけながら、松嶋菜々子はさらに続ける。
「私、実は料理が苦手だったんですよ。でも高野さんの本を見ていたら、『私にもできそうかな』って思えるようになって・・・」
「はいはい、妄想はそのくらいでけっこうです。」
すまん。