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2009-11-30

晩めし さば塩焼き

先日サバの鍋をやったとき、マダムジョイ、己斐店、でシメサバ用のサバを二枚に下ろしてもらって、骨のある方は、鍋に使ったのだが、残りの半身、シメサバ用なのだから、シメサバにしようかとも、一瞬考えはしたが、鍋とシメサバ両方は面倒臭かったのと、だいたい一人でサバ一尾は、ちょっと食べ切れないなということで、冷凍にしておいたのだ。冷凍すると、もちろん魚の味は落ちるわけだが、絶頂に向かいつつある今のサバは、そんなこと、もろともしないな。脂が乗ってて、たまらない。冷凍しなかったら、もっとうまかったということだよな。当たり前だ。12月から2月が、サバがいちばんうまい季節だと、恵美のおばちゃん言ってたが、十分食っとかないとな。

今日はサバを焼くとき、ひっくり返すのに失敗して、二つにへし折れてしまって、写真では、わからないように修正したが、これは半身まるまるでなく、半分に切って焼けば、何の問題もないことなのだ。はいはい。

酒は、広島の酒第5弾、「亀齢」。多少辛めでコクがある、後を引く飲み口。これは危ないな、飲みすぎてしまう予感がするな。すでにキテルかも。

2009-11-29

晩めし 鯛のアラの鍋

いやー、毎度のことながら、たまらん。鍋に日本酒。今日は鯛のアラ。まるまる一尾分が、298円なんだよな、マダムジョイ。今日は汁に、醤油で味をつけた。魚の鍋は、そのほうがうまいな。魚の風味が、醤油と合わさることで、ほんとにいい香りになるんだよな。

作り方を簡単に説明すると、鯛のアラはよく洗って、血合いとかをよく取り除いて、で、これはうろこ取り器があったほうがいいのだが、うろこを丁寧に取って、そしたら鍋に湯を沸かして、火を止めたらそこに入れて、しゃぶしゃぶ、とかしたら、湯を空けて、もう一度水で、よく洗う。こうするとアラの臭みとかアクとかが、取れるんだよな。

別の鍋に、1リットルの水を入れ、ここにだし昆布2枚くらいを、30分以上前から浸けておいて、中火にかけ、沸騰する直前に、だし昆布は取り出す。で、酒1/2カップくらい、みりん大さじ3、醤油、大さじ2、あとは塩を、味を見ながら、ちょっと辛いかな、というくらいに入れる。あとから野菜の水が出るから、辛めくらいで、ちょうど良くなるのだ。

鍋、僕は炒め鍋を使っているが、もちろん土鍋でもいいのだ、ここに、鯛のアラと、好きな野菜を、汁を張らずに盛り付けていく。汁を張らずにやったほうが、盛り付けやすいのだ。今日は、白菜、長ネギ、大根、ニンジン、豆腐。水菜とエノキダケは、後から入れる。で、さっき味をつけた汁を注ぎ、強火にかける。沸騰したら火を中火にし、ふたを開けてアクなど取って、またふたをして5、6分、そしたら一度火を止め、水菜とエノキダケを入れて、これはほんとに、沸騰してから30秒くらい、煮たら出来上がり。

ほんとに簡単で、料理とは言えないようなものだが、こんなにうまいものはないよな。これが本来のうまさだ、ってことだ。

大手町 「藤原ラーメン」

広島つけ麺の店を全国にチェーン展開する「ばくだん屋」が始めたラーメン屋。地蔵通りに出来たのは、ブログなんかを見て知っていたのだが、その2号店が本通りの西のはずれ、元安橋の東側すぐの所、前は中途半端なカレー屋があった場所だな、に出来たということで、広島の食文化を全国に発信する事業家、もしかしたらお好み焼きの「みっちゃん」以来なんじゃないか、がどんなラーメンを作るのか、チェーンのラーメン屋にさほど期待はしなかったが、興味はあったので、元安橋は地蔵通りよりは家からも近く、ってほんとはたいして変わらないのだが、行ってみることにしたのだ。長いな、一文が。

メニュー筆頭の「醤油とんこつ」、600円。マー油とネギ油と、どちらをかけるか選ぶようになっていて、マー油はこってり、ネギ油はあっさり、ということだったので、あっさりのネギ油にしてみた。店員のねえちゃんは、「マーユあぶら」と言っていたが。

で、このラーメン、けっこううまかった。予想していたよりも、だいぶうまい。狙い方が上手いんだな。こってり系の醤油とんこつに、化学調味料をばっちり利かせ、ネギ油でアクセントをつけ、で麺が、ちょっと太めの平打ち麺。チャーシューは、ぼそぼそ。ディテールの一つ一つは、これまですでにあったものだが、こういう形でまとめられたことは、なかったな。

まず一番新しいのは、平打ち麺。これは昨日、尾道の「満麺亭」で食べたのと同じタイプで、「朱華園」のカップヌードルタイプよりちょっと太く、存在感がありながら出過ぎない、という、よく出来た奴なのだが、これが広島の醤油とんこつに合わせてあるのは、見たことない。しかもただ奇をてらっているということではなく、こってりした醤油とんこつに、よく合うと思う。尾道ラーメンは県内なのに、これまで広島のラーメンと融合することはなかったわけなので、これは盲点だったとも言えるんじゃないか。

それからスープも新しくて、こってりした豚骨だし自体は、最近の新しい広島ラーメンの店に、よくあるタイプなのだが、そういう新しい店は、伝統的な広島ラーメンから脱却したい、という思いがあるんだろうな、化学調味料を使わない場合が多く、そうするとどうしても、ラーメンとして締まりに欠けた味になってしまうんだよな。それをこの店では、こだわりを捨て、伝統に則り、化学調味料をきちんと使っている。そのほうがうまいと思うよ。化学調味料を使わないこだわりというのも、もうすでに古いんじゃないかと思うな。でそこにネギ油を入れることで、アクセントをつけると共に、新しさを醸し出している。化学調味料をきちんと使っているから、またネギ油が生きるわけだ。

チャーシューも、ぼそぼそなのは、トロトロの時代は終わった、という主張だよな。

というようにこのラーメン、尾道と広島の東西、そして伝統的なラーメンと新しいラーメンの新旧を融合したとも言える、かなりよく研究され、緻密に考えられた、よく出来たラーメンだと思う。

これまた、県外に展開するのかな。ぜひしてほしいな。広島の醤油とんこつ文化を、ぜひ全国に知らしめてほしいと思う。

藤原ラーメン (つけ麺 / 本通、原爆ドーム前、紙屋町西)
★★★★ 4.0

2009-11-28

晩めし

仕事の現場近くの回転寿司。

福山市川口町「満麺亭」

今日は福山で仕事。口コミサイトで見たら、福山、尾道、三原で人気ナンバーワンだった、この店に来てみた。建物は一見古びた感じなのだが、古い建物を移築したのか、それともわざわざこうやって古びて見えるように作ったのか、外装、内装ともに昭和系の装飾がほどこされ、けっこう若い店主が経営する、新しめの店なんじゃないかと思う。店に入ると、「いよっ、いらっしゃいませー」と店員全員が復唱してのお出迎え。こういうやり方、活気がある感じがしていいということだろう、最近の新しい店では、けっこう多かったりするかと思うが、どうもわざとらしい感じがするし、だいたいうるさいし、僕はあまり好きではないんだよな。
メニューには、すべてのラーメンに。「あぶり」という言葉がついて、「あぶりラーメン」とか、「あぶり味噌ラーメン」とかなっているのだが、これはチャーシューのことらしく、バラ肉を煮てカットしてから、あぶってあって、香ばしい風味がするのだ。トロトロチャーシューの流行りに対抗して打ち出した新機軸だと思うが、なかなか悪くない。
メニュー筆頭、醤油味の「あぶりラーメン」、550円を頼んでみた。スープをすすると、プンと香る、上品な魚介の風味。尾道ラーメンの定番、背脂も入っているが、全体としてかなりあっさりした、和風ラーメンと言いたくなる調整になっている。麺はちょっと太めの平打ち麺、固めにゆでてあって、これもカップヌードルの味はしなかった。尾道ラーメンはカップヌードルの味がするものだと思っていたのだが、このところ食べたものは、しないな。僕の口が変わったのか、それとも店が意識してるのか、どちらかな、いずれにせよカップヌードルの味は、しないほうがよい。
全体としてバランスが良い、よく出来た店で、まあ僕自身の好みとしては、もうちょっと素朴で、職人肌の店のほうが好きだが、口コミ一位になるのもうなずける。




2009-11-27

晩めし チゲ鍋

今日もすでにノックアウトされて、フラフラなのだ。だいたい、けっこうな量を、平気でぺろっと食べちゃうんだよな、鍋って。今日は、豚ばら肉230グラム、豆腐1パック、カキ100グラム、小松菜1把、もやし1袋、ジャガイモ1個、玉ねぎ半分、大根2センチ、シイタケ小6、7個、キムチ1/3パック、なわけだ。フラフラにもなるよな。

小松菜がチゲ鍋には合うと、どこかで読んで、入れてみたのだが、たしかに合う。水菜とか春菊とかだと、汁のパンチに負けちゃうだろうな。小松菜の入った辛い汁って、韓国で食べたことがある気がするな。

それからジャガイモ。チゲにはよく合うんだよな。

汁は、昆布を浸した水1リットルで、昆布と、熱湯に通した豚バラ薄切り肉を、アクを取りながらちょっと煮て、まあ正確に言うと、昆布は沸騰する直前に取り出すのだが、そこに、酒、1/2カップくらい、みりんと醤油、大さじ1くらい、味噌とコチュジャン、今日はちょっと、味噌が少なかったんだよな、味を見ながらけっこうたっぷり、ニンニクとショウガ、一カケ分のすりおろし、韓国唐辛子。

味を付けたら、カキ以外は全部入れて、7、8分煮て、最後にカキを入れて、一煮して出来上がり。

細かいことを言えば、ジャガイモは切ったら、しばらく水に浸しておく。こうすると、煮崩れしにくいんだよな。でも10分煮てしまったら、煮崩れしてしまう。

あとカキは、加熱用を買って、塩をふって揉んで、あとは水で洗う。

酒は、やはりチゲ鍋にはジンローでしょう、ということで、わざわざ買ってきた。20%と25%というのがあって、ストレートで飲むから20%でいいかと思ったら、水で薄めたみたいで、あまりうまくなかった。やはりこういうのは、ひよっちゃいけないんだよな。

2009-11-26

晩めし サバの鍋

今日もすでに、腹いっぱい食い終わって、酒も飲んで酔っ払って、満足しきった豚のような状態になっているのだ。鍋はあまりにうまくて、途中ではやめられないな。身体の中の、小さな細胞の一つ一つが、「おいちー、おいちー」と言っているような、そんな感じがする。

これまで僕は、「なぜ、鍋はこんなにうまいのか」ということについて、鍋を食べるたびに考えに考え、なのだが、まったくわからない、という、まさに袋小路にハマっていたわけだが、今日はっきりわかった。僕は問いをまちがっていた。鍋はうまいのだ。うまいものに理屈はない。細胞の一つ一つがうまいと言うのだから、これほどうまい食い物はない、と言っても、まったく過言ではないわけだ。

そうすると、問うべきは、「なぜ鍋よりうまくない食べ物が、世の中にこれほどたくさんあるのか」ということになるだろう。違うか。鍋がいちばんおいしいのだから、全ての人が毎日鍋を食べれば良さそうなものなのに、なぜ実際はそうなっていないのか。

そう考えると、答えは簡単だよな。人間は、ほんとにおいしいものだけを食べたがる生き物ではないからだ。洒落ているとか、変わっているとか、そういう理由で、人間はそれを、食べたいと思ってしまうのだ。カップラーメンみたいな、ああいうクソうまくもないものも、食べたがってしまうのだよな、人間というものは。

鍋というのは、人間の料理の歴史というものを考えた場合、かなり初期に登場したものだと言ってもいいだろう、たぶん。肉や魚と野菜をとにかく煮て、塩や何かで味を付けて、そのまま汁まで食い尽くしてしまうのだから、これほど簡単なものはない。実際こういう料理法は、アフリカの未開の原住民など、世界中のどんな地域にも存在するらしい。料理の進化というものがあったとすると、鍋から始まって、様々な料理法が考え出されてきたと言ってもいいよな。

しかしそれが、必ずしもうまいものを編み出すというわけではなかったということは、進化というのはどうなんだろう、必ずしも前向きな方向に進むとは限らない、ということだよな。そうだよな、小林秀雄じゃないが、現代が過去の色んな時代より良かったかといえば、そうとは限らないからな。まあいいんだが、そんなことは。

で、サバの鍋。サバを鍋にしようと思う、と言うと、マダムジョイのおいちゃんも、恵美のおばちゃんも、あまりいい顔をしなかったのだが、実際やってみると、けっこううまい。これはたぶん、サバを鍋にして食うというのが、貧乏人の食べ物だったからだろうな。料理として、あまり表沙汰になっていないのだ。船場汁というのがあって、これは要は、サバを煮た汁だったそうだが、大阪の「船場」という問屋街で、従業員に、食費を安く、食事をさせるために考えられたものなのだそうだ。

サバは、これはほんとにそうしないといけないのかどうか、わからないのだが、ウェブで見たレシピにみなそう書いてあったからそうしてみたのだが、臭みを取るため、塩をふって30分くらい置き、熱湯にくぐらせて水でよく洗う。今日はシメサバ用のサバが、マダムジョイに売っていたので、それを二枚卸にしてもらい、骨のあるほうを使った。で、それを適当に切って、野菜と一緒に、昆布だしで煮る。煮時間は、7、8分、という感じ。途中、酒と塩で軽く味をつける。

今日は初め、上のやり方で水炊きにしてみて、これも悪くはなかったが、後から、醤油とみりんで味を付けてみたら、こちらのほうが、全然うまいな。サバの煮物のような味のする鍋。しかも煮物より、鍋のほうがうまい。魚の鍋は、水炊きより、やはり汁に味を付けた方がうまいな。水炊きは、肉を食べるやり方だな、たぶん。

次は味噌味だな。

小林秀雄全作品22 近代絵画

小林秀雄、相変わらず読んでいるのだ。全集28巻、プラス別巻4巻のうち、今22巻。やっと3分の2を越えたな。初めのうちは、何を書いてあるのか、よくわからず、でも小林秀雄の語り口が心地よくて、とりあえずただ文字を眼で追っていたことも多かったが、この頃は、読みながら、こういう本の読み方を少しずつ、覚えてきたということもあり、わからないと思うことも、ほとんどなくなった。小林秀雄から僕は、47にして、人生を学んでいると思っていて、小林秀雄を読んでいる時が、いちばん充実して、幸せな時間だな。

前の21巻を読んだとき、小林秀雄の人生のストーリーを、それまでは追いながら読めていたのに、いきなりそれが見えなくなったと思ったのだが、それもそのはず、小林秀雄は昭和28年に、半年間、エジプト、ヨーロッパを旅行し、各国で絵をひたすら見てまわったのをきっかけに、昭和29年から33年までの足掛け5年にわたって、この「近代絵画」を毎月連載し、そこに精魂のすべてを注ぎ込んでいたのであって、21巻に掲載されている文章は、それ以外の、いわば雑文というのに近いようなものだったのだ。わからないはずだ。昭和29年から33年というと、小林秀雄が52歳から56歳、まさに男子の一生で、脂の乗り切った時期だよな。その5年間を、ほとんど一つの仕事に費やすというのはすごいことだよな。まあしかし、そういう時期だからこそ、そうやって腰を落ち着けて一つの仕事にかかりきりになることが、できるようになるものなのかもな。

「近代絵画」だから、まさに近代の絵画について書いてあって、って言うまでもないが、モネから始まり、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、ルノアール、ドガ、ピカソが取り上げられている。僕は絵のことはあまり詳しくないから、Googleの画像検索で、いちいち実際に絵を見ながら読んだ。ドストエフスキーについて書かれても、それを読んだことがない、というか、高校生の頃読んで、何が書いてあったか全部忘れてしまった僕のような人間にとっては、どうしてもよくわからないことがあるのだが、絵はすぐに見られるから、まあわかりやすいと言えば、わかりやすい。わかったような気になってるだけだとは思うが。

小林秀雄は、もともと文芸批評家だったわけで、デビューは毎月の文芸時評で、その時々の小説や評論を批評する、ということだったのだが、それがだんだん、現代の小説に嫌気がさして、「西行」やら「実朝」やら、古典文学を取り上げるようになり、さらに「モーツアルト」で音楽の世界に挑戦し、そして今度は絵画なわけだ。それはしかし、多才、ということではなく、そのたびに猛烈に勉強して、出来るかどうかわからないが、やってみる、という、まさに挑戦をしている。この近代絵画の次は、またこれも、何年にもわたって、フランスの哲学者、ベルグソンに挑戦するのだが、それは力およばず、未完のまま連載休止に至り、小林秀雄自身は、それを上梓することも、全集に収録することも禁じたということなのだが、まあすごいことだよな。

小林秀雄の批評は、常にすべてがそうなのだが、作品の技法やら主義やら、そういう表面的なことにはまったく捉われず、もちろんそういうことにも目配りはきちんとしながらも、その作者の人生がどんなものであったのか、それを明らかにしようとしていく。でもそれは、ただ伝記とか、作者の経験した出来事とかいうだけの意味ではなく、作者がどういう時代背景のなかで、どういう課題を持ち、それを創造ということによって、どのように実現したのか、ということを、小林秀雄自身の想像力によって、明らかにしようとしていくのだ。芸術家の内側で起こる創造活動そのものを見ようとしなければ、その作品を理解することはできないという、まさにもっともなことなのだが、現代という時代は、それを異端として排除しようとする枠組みになっている。客観的な事実だけが、真理を明らかにする唯一の道だからだ、と考えられているからだが、しかし本当にそうなのか、芸術家の内面を見ることなしに、芸術を論ずることはできないではないか、と小林秀雄は、この「近代絵画」で、後半、かなり激烈な現代文明批判をしている。

小林秀雄はもともと、それが考えの中心にある人だと思うのだが、それがあらわな形で出ていた初期の頃から、だんだん、それを抑えて、もっと穏やかになり、戦争に向けて時代がいよいよ難しくなっていくと、何とかそれを、理解してもらおうということに変わり、戦争中は、それに触れないことが、最大の批判であるとばかりに、日本の古典文学に没頭し、戦後は、また一常識人として、穏やかな感じでいたのだが、ここに来て、どうもまた、我慢ができなくなってきたみたいだな。世は高度経済成長で、科学技術一色、経済一色に、どんどん向かっていった頃だろう。何か言っておかなくてはいけない、と思っているということが、ひしひしと伝わってきた。

小林秀雄が次に挑戦したベルグソンという人は、小林秀雄はたぶん、そういう現代の文明と、折り合いを付けながらも、次の時代を見通せるような、そういう思想を見つけられるのじゃないかと思って、取り上げることにしたのじゃないかという感じがする。ベルグソンについての文章は、小林秀雄は全集に収録することを禁止したが、新しい全集には別巻として収録されていて、次の23巻を読む前に、本来はここに来るべきだった別巻を先に読むことにした。まあ、それがどういうことで、どう挫折したのか、これからまた楽しみだわ。

小林秀雄全作品〈22〉近代絵画

2009-11-24

晩めし 鶏の水炊き

今日も鍋。鶏の水炊き。この頃はもう、鍋か、サバの塩焼き以外、する気がせんな。ていうか、してないし。サバもそのうち、鍋に入れてやろうと思っているのだ。サバは鍋に入れてもけっこうイケると、物の本に書いてあった。

最近は、マダムジョイ、ちょっと浮気して、スパークでも買い物してるのだ。スパーク庚午店は、職場から自宅の途中にあるんだよな。魚はマダムジョイが圧勝だが、肉はスパークのほうが、いい物を置いている。ブラジル産とかアメリカ産、台湾産の肉で、激安なものも置いてあるのだが、でもこれは、気を付けないといけないよな。こういうものを買うと、日本の農家の経営を圧迫するということだ。まあそういうこと、主義というわけじゃないんだが。ブラジル産も買うかもしれないし。

今日も相変わらず、なぜ鍋がこんなにうまいか、わからないながらも、うまいうまいと食っている。世の中の食い物で、うまいのに、その理由がわからないものって、あまりないと思うんだよな。どうも鍋は、何か普通とは違ったものが、隠れているに違いない。

鍋と、何か似ているものがあるとにらんでいるのが、ラーメンで、これもなぜこうラーメンばかり、毎日食べたくなるのか、不思議なのだよな。絶対に何か、秘密があるな、鍋とラーメン。

昼めし 「リンデン」

いやリンデン、すごいな、おばあさんのパラダイス。午後1時過ぎ、満席で相席。お客は半分以上がおばあさん。あとから入ってくる人も、おばあさん。おばあさんの団体もあって、楽しげに話してたりもする。こんなにたくさんのおばあさんは、なかなか見る機会がないな。
頼んだのはラーメン定食、750円。ラーメンもうまいし、おにぎりは握りたてのホクホク、から揚げは揚げたて、なかなかちゃんとしてるのだ。
今日はラーメンの麺を、カタ指定してみた。指定しないと、ものすごくやわらかいのだ。「固くしてください」と言ったら、「固めじゃなく、とっても固く、ですね」との答、とっても固く、にしてもらった。
でもとっても固くでも、普通のラーメンと同じか、まだやわらかいくらい。元々あまりコシのない麺を使ってるんだな。まあおばあさんが相手の店だからな、やわらかくないといけないのだ。諦めるしかないな。




2009-11-23

晩めし みぞれ鍋

今夜は久々に家めし。ということで、当然、鍋。ずいぶん前にチゲ鍋に使ったキムチがまだ余っていて、たぶん賞味期限はとおに過ぎたが、鍋に使うにはちょうど良い頃なので、チゲ鍋にしようかとも思ったのだが、しかし、みぞれ鍋。豚ばら肉と野菜を煮て、大根おろしを大量に掛け、ポン酢で食べるこの鍋が、今のところ一番うまいのだ。もちろんポン酢は、ちょい付け。ポン酢の入った器に、くれぐれも、肉や野菜を色々取り分けてはいけないのだ。肉でも野菜でも、箸でつまんで、そのまま箸を離さずポン酢にちょいと付けて、口に運ぶ。ざるそばを食べる要領なのだ。家族で食べたりする場合、日本人のマナーとして、鍋を取り分けずに食べるというのは抵抗があるかもしれないが、絶対にそうしたほうがうまい。

今日も最後まで食べ切るまで、鍋の前を離れることができず、酒も2合ほど、十分に飲み、完全にノックアウト。この日記を読んでくれて、ちょうど大根を知り合いにもらったものだから、2日連続でみぞれ鍋に挑戦した拓治郎さんという人も、なぜ鍋がこれほどまでにうまいのか、色々考えたようなのだが、僕もやはり再び、食べながら深く考えてしまった。なぜ鍋は、これほどまでにうまいのか。今日は今日で、一つの結論に達したのだが、もうすでに気持ちよく酔っ払い、ふらふらになっているので、今日はもう書けない。明日朝、時間があったら書くことにする。別に読みたくもないと思うが。

酒は、賀茂泉。フルーティーだな、これは。賀茂鶴、千福、白牡丹の御三家に対して、独自の路線で勝負してるんだな。ほんとは冷やで飲んだらうまいのかもしれないが、今日は鍋だったので、当然のごとく燗付けした。

昼めし 三原「ラーメン康」

今日も三原で仕事なのだ。三原の、まあとくべつラーメン好きでもない普通の人が、三原でラーメンと言えばここだろう、と、衆目が一致するのがこの店。名前から、新しいニューウェーブ系の店かと想像していたが、全く正反対。三原の両隣の尾道ラーメン、広島の醤油とんこつ、さらにとんこつラーメンの3種を出し、セットや一品料理も充実して、家族で来て、みんながそれぞれ違うものを頼み、お父さんはちょっとお酒を飲んで、みたいなときに、まさに使いやすい店。自動車で例えれば、ホンダじゃなくトヨタ、電器ならソニーじゃなく松下、というところだな。
人気No1という尾道ラーメンに、半チャーハンのセット850円を食べたが、なかなかうまかった。尾道ラーメンは、朱華園系の醤油の濃いやつじゃなく、もっと一般的な、ライトなタイプ。麺も平打ち麺じゃなく、普通の中細麺だった。たぶん全部のラーメンに、同じ麺を使ってるんだな。
チャーハンに、マグロかなにかの魚が入っていると確信し、帰り際に聞いてみたら、チャーシューだけで魚は入っていないとのこと。まあいいが。店員の感じもよく、商売としてきちんとやっている、という印象だな。
しかし尾道ラーメン、たしかにうまいのだが、うまいと思ってしまうことが、ちょっと悔しいんだよな。背脂と魚介だしを入れることで、コクをがあって、しかもあっさりしているものが好きという、日本人としての弱点を、労せず攻め込まれてしまうという気持ちがする。しかもブランドをアピールするのも上手いしな。まあこういうやつが、社会をのし上がっていくのだと、改めて実感。なんのこっちゃ。

2009-11-22

三原市本郷駅前「源来軒」

今日は三原で仕事だったのだ。でブログでこの頃、ちょくちょく見かけるこの店へ。三原の人って、仕事で接して感じるのだが、一言でいうと純真なんだよな。ラーメンにもそれが表れているんじゃないかと思うのだが、この店も、それから三原駅に近い「来来軒」も、鳥ガラだしの、ラーメンといえばこれだろう、という、正しいラーメン。両隣の広島、尾道とはちがう、独自の道を歩んでいるのだな。
来来軒が、表面に脂を浮かせて、こってりした味を出しているのに対して、この源来軒は、完全に澄んだ、あっさりしたスープ。それに細めの平打ち麺を、固めにゆでてくる。平打ち麺って、カップヌードルを思い出してしまいがちだが、ここのは固めにゆでるからなんだろうな、そんなことは全くない。まあカップヌードルを思い出すというのは、平打ち麺の責任ではないわけだが、やはり思い出さないほうがいいからな。
チャーシューが2枚とメンマ、それに白ねぎ、青ねぎじゃないのだ、で、なんと400円。すごいな。
ギョウザは、ちょっと小さめ、ジューシーで野菜たっぷりの、これも正しいギョウザ。なんかいいな、三原。




2009-11-21

山口市「中華そば 吟」

山口の仕事先の人に、ここはうまいと教えてもらったのだ。「匠味」という、メニューのいちばん上のを頼んだが、たしかによくできたラーメン。スープは2日かけて取り、継ぎ足していくのだそうだが、何が入ってるのかな、よくわからん、豚骨、鳥ガラが基本だと思うが、魚のだしも使っている感じがするし、山口だからな、牛骨の甘みも感じるような気もする。まあとにかく、複雑な旨味があって、しかも脂っこいのではなく、あっさりしていて、これがこのラーメンの最大のポイントだな。
麺は広島にあるような、中細でまっすぐな、固めの麺。大きなチャーシューが2枚としゃきしゃきの細もやしで、500円。かなり繁盛しているらしくて、時間を外して行ったほうがいいとアドバイスを受けたが、うなずける。
山口市泉米2ー2ー7
083ー921ー3007
年中無休



2009-11-20

晩めし サバ塩焼き

鍋ってのは、うまいんだけど、毎日食うのはちょっと疲れるんだよな、あまりにうますぎる、って感じで。しかも出来立ての熱々がやはり一番うまくて、時間が経つにつれて味が落ちるから、どうしても、早く食わなくちゃと、急かされるところがあるしな。

ということで、今日はこないだ、って一昨日か、シメサバをやるのに、使わずに冷凍しておいた残りのサバの半身を、塩焼きにした。冷凍にすると、やはりちょっと、モソっとして、味が落ちるな。でも今日はうますぎないものを食べることが目標だから、これでいいのだ。

ずいぶん前だが、若花田がビールかなにかのコマーシャルに出ていて、豆か何かをポーンと上にあげて口に入れ、そのあとすかさず、ビールをごくごくっと飲んでいるのを見て、僕は驚いたことがあるのだ。口の中で、酒と食い物が一緒になるというのが、ありえないことだと思っていたからなのだが、この頃日本酒を毎日飲むようになって、それもちょっとわかるようになったのだな。僕がこれまで飲んでたウィスキーとか焼酎とかだと、酒と食べ物が口の中で調和することはほとんどないが、和食はだいたい、料理に日本酒を使うくらいだからな、合うんだな、日本酒は。まあもちろん、食べ物が口に入ったまま飲まないほうが、酒はおいしいとは思うが、お相撲さんとか、日本酒を飲みながら、すごい勢いでちゃんこを食べるのだろうからな、そういう場合、ちゃんこを飲み込み切らないうちに、酒を口にするというのも、日本酒の場合、アリだということなんだな。

2009-11-19

晩めし すずきアラの水炊き

今日はマダムジョイで、すずきのアラを買って、水炊きにした。あとカキ。カキはパックではなく、量り売りで出ていて、旬はまだこれからということで、おまけ程度にちょっぴりにしようと思い、おいちゃんに100グラムくれといったら、130グラム入れてきて、それがけっこうな量だった。もうちょっと少なくても良かったんだけどな。上の写真はその半量、最後に入れて、ひと煮したらまずカキだけ、固くならないうちに全部食べてしまう。ぷっくり煮えたカキにポン酢、悪くないな。考えてみたらうちの実家は、鍋は水炊きで、カキもポン酢で食べていたのだった。今日思い出した。

しかしアラっていうのは、鍋には最高なんじゃないのか。骨付きだから、だしもよく出るし。またすずきというのが、淡白な魚なので、前に塩焼きにしたときは、イマイチ味が足りないと思ったが、水炊きには言うことないな。昆布だしで、まず熱湯に通したアラだけ、アクを取りながら煮るのだが、この水に魚や肉のうまみが溶け出していくひと時が、僕はなんとも言えず、好きなのだ。で10分くらい煮て、アクがあまり出なくなったら、酒と塩で薄く味をつけて、野菜を煮て出来上がり。青菜は今日も、水菜を使ってみた。水菜、うまいな、と今日も洒落てみたくなるくらい、鍋には合うな。春菊より、僕は好きだな。

酒は今日も、白牡丹。甘口の日本酒ってのも、いいもんだな。この白牡丹は甘いが、飲み口はすっきりしている。

2009-11-18

晩めし シメサバ

今日は夢にまで見た、シメサバなわけだ。マダムジョイ己斐店には、スーパーによくある、パックに入った切り身のほかに、魚屋みたいな、大きな四角い、氷が敷き詰められたケースがあって、その上にはいつも、まるまる一匹の魚が所狭しと並べられているのだが、今日はそこに、鹿児島産のサバ発見。シメサバにできるかおいちゃんに聞いたら、おいちゃん、サバの身を肉で押して確かめて、これは大丈夫とのことなので、さっそく2枚に下ろしてもらった。骨のない方は、今日シメサバにする分、骨のある方は、冷凍保存して、後日塩焼きにするのだ。まあサバ一匹といっても、380円だから、安いもんだよな、まったく。

シメサバは、まず塩をたっぷり振って、それからそれを水で洗って、次に酢に浸けるのだが、マダムジョイのおいちゃんは、真っ白になるくらい、たっぷり塩を、両面に振って、3時間、酢に浸けて30分、恵美のおばちゃんは、身の方にだけ、塩焼きの時よりはちょっと多めの塩を振って2時間、酢に浸けて20分と言っていた。恵美のおばちゃん、市場でその日に買った、ほんとに新鮮なサバを使う場合のこと、言ってる可能性があるからな、間を取ることにして、両面にたっぷり塩を振って2時間半、酢に浸けて25分、でやってみた。

酢に浸けたら、まず皮をむくのだが、これは酢に浸けたせいなのか、手できれいにむけるのだ。で骨のあったところに沿って縦半分に切って、骨を取り、斜めに切れと言われたが、まず骨を、100円ショップで買った骨抜きで取ろうとしたが、うまく取れずにあまりにイライラするので、骨を取るのはやめた。骨なんか、あってもいいのだ。実際食ってて、サバの骨は柔らかいのかな、まったく気にならなかった。切るのも、刺身を切ることなぞ初めてのことで、しかも安物の三徳包丁、白菜を削ぎ切りするときの感覚でやってみたが、あまりきれいには切れなかった。

しかし味は、なかなかグー。シメ加減もいい感じ。極上とまではいかないが、下手な回転寿司よりぜんぜんうまい。

酒は、広島の酒、第3弾、白牡丹。これは甘口。やはり燗にしたが、けっこううまい。広島の酒はうまいな。

昼めし 都町「ごはんや」

今日は休みなのだ。ラーメンでも食いに行こうと思って、チャリンコをぷらぷら走らせていたら、平和大通り、西消防署の角を北に入ってすぐのあたりに、まだ入ったことがないこの店を見かけたので、入ってみることにしたわけだ。
お食事処なのだが、店構えは微妙に洒落ていて、入ってみたら、僕より若い姉妹でやっているみたいだった。壁に昭和系のビールのポスターが貼ってあったりする。わりと新しいんだろうな、きれいでこざっぱりしている。
カウンターに並べられたおかずを自分で取って、あとはご飯物や汁物を頼む、よくある食堂の形式で、まずはサバの塩焼きと、そしてやはり生ビール。休日はこれがないとな。サバは電子レンジで温めて、大根おろしをたっぷり添えて出てきた。
ビールが終わったら、白菜とベーコンの炊いたのに、白めし、それにホルモン汁。ホルモン汁、どんなものかと思ったら、下ゆでしたホルモンに、和風だしを合わせた、お吸い物。ちょっと意外。練り唐辛子が一緒に出てきて、これを入れるとまた、嘘のように味が変わって、うまかった。
日曜、祝日休み
11時〜14時と17時〜21時の営業





2009-11-17

晩めし みぞれ鍋

いやー、今日はたまらん。ほんとにたまらん。いつも晩めしは、酒を飲むので、あまり酔っ払ってしまうとこの日記が書けなくなるので、途中で一度食べるのを中断して、いつものつまらない晩めしの感想を書いて、また食べる、というようにしているのだが、今日はあんまりうまくて、最後まで食べ切るまで、鍋の前を離れることができなかった。

やったのは「みぞれ鍋」というもので、豚ばら肉と野菜を、昆布だしに酒と塩で薄く味を付けた汁で煮て、鍋の上から大根おろしをドバっとかけ、それをポン酢で食べる、というものなのだが、まあもちろんそれも、なかなか旨かったのではあるが、今日これほど旨かったのは、みぞれ煮だったから、ということではない。水炊きの正しい食い方に、今日ついにたどり着いた、ということなのだな。

これまでは、ポン酢と青ねぎの入った器に、鍋から肉や野菜をいくつか取り、それから鍋を離れて、器から食べるというようにしていたのだが、それは違うんだな。そうじゃなく、要は生そばを食べるのと一緒なのだ、肉でも野菜でも、鍋から箸でつまんだら、それをそのまま離さず、ポン酢には浸すのではなく、ちょんと付けて、そのまま口に運ぶ、ということなのだ。

この食べ方は、生そばに限らず、寿司とか、天ぷらとか、最近はとんかつも、そうやって食べるよな。水炊きも同じなのだ。まあそんなこと、誰でもとっくに知ってることなのかも知れないが、そうやって食べると、熱々なのが冷めずに、またポン酢が付きすぎて塩っぱくなることもない、という、実際的な利点もあるのだが、それだけじゃない、感動があるんだな。

この感動は何なのか、再び、食べながら考えたのだが、公衆の面前でこんなことを言うと、ちょっと人格を疑われそうなのだが、あえて言うと、真っ裸の女が目の前にいるよりも、それがちょっとした肌着でも羽織っていたほうが欲情する、という、日本人独特の美意識みたいなものなんじゃないかと。未完成なものの方が、完成したものより上等だ、というような。

日本人って、たしかにそういうところ、あると思うんだよな。だいたいとんかつだって、元は西洋の料理で、ソースが上からかかって出てきたのを、ソースは自分でかけるようになって、さらにこの頃は、ソースを小皿に入れて、それに付けて食べるようになってたりもする。こないだカキのチゲ鍋をやったのだが、うまかったはうまかったのだが、今日のような感動はなかったのだ。

いやまあ、だからどう、ってわけでもないんだが、ちょっとした食べ方の違いで、ここまで感動するというのは、面白いなとは思うのだ。よくわからないが、もうちょっと考えると、何かありそうな感じもしたりして。でももう感動も醒めたから、そんなものなさそうな気もするが。あとまた日本酒が、あまりにも旨いんだよな、鍋にはな。

2009-11-16

晩めし さば塩焼き

このところは、焼き魚といえばサバ、と馬鹿の一つ憶えになっているのだ。マダムジョイ己斐店にはもちろん、スーパーとしちゃかなりの種類の魚が置いてあるのだが、今サバは安くて、しかも日を追うごとに、メキメキうまくなっていくのだから、ほかの魚には、なかなか浮気できないな。脂の乗り具合は、グリルで焼くときの、パチパチいう音でわかるのだが、この頃はもう、全盛期のサンマみたいな音がするようになっている。

今朝夢で見た、シメサバだが、ウェブで見てみたら色んな作り方があるのだが、マダムジョイのおいちゃんに聞いてみたところ、まず「べた塩」というそうだが、真っ白になるくらい塩をふって、今の時期だったら3時間くらい、置くのだそうだ。それから酢につけて3、40分ということなので、仕事のある日は無理だな。休日に、うまく活きのいいサバが売ってたら、やることにする。まあ急ぐことはないよな。サバはまだまだこれから、うまくなるからな。

昼めし 庚午「チェック」

庚午にある、定食メニューが充実した喫茶店「チェック」、この店に行くのは、うまいものが食いたいからというより、店内が店というより、誰かの家かと思うような感じで、僕にとっては落ち着ける雰囲気なので、食後にコーヒーでも頼んで、ちょっとゆっくりするために行くのだが、食い物もけっこう独特で、面白く、おいしかったりする。

今日の日替わり定食は、「和風とんかつ」。日替わり定食の中では、これがいちばんおいしいな。かかっているソースが、チキンやハンバーグなんかによくかかっている、照り焼きソース。とんかつにかかっているのは、まだここでしか見たことない。見たことないのだが、これがとんかつに、ほんとによく合うんだな。でまた肉も、何かに浸け込んだりするのかな、ロース肉だが、ふわふわと言ってもいいくらいやわらかく、これに照り焼きソースが絡まり、やわらかめに炊かれたご飯といっしょに食べると、口の中でとろけるような感じ。

食後のコーヒーは、前に34周年記念の券をもらっていたので無料、さらに携帯サイト
http://www.datasoft.jp/k/index.asp?a=593
にアクセスして、画面を見せると、いつもは杏仁豆腐なのだが、今日はコーヒーゼリーが無料という、細かいサービスも色々ある。そんなこんなでこの店、恵美の合間を縫って、けっこう行ってしまうのだ。

2009-11-15

晩めし 秋鮭の水炊き

今日は秋鮭の水炊き。作り方は今までのと、まったく一緒。ポン酢で食べる。酒は千福、ぬるめの燗。風呂に入って、鍋に日本酒、これはいわば、風呂に入って、また風呂に入る、みたいなもんで、癒されることといったら、たまらんな。今日はテーブルの配置を工夫して、PCをパチパチしながら、鍋が食べられるようにしてみた。PCの角度を変えただけだが。ちなみに燗は、紅茶ポットでつけている。

最近はこうやって、かなりの頻度で鍋にして、今のところまったく、飽きる気配を見せないのだが、これはもしかしたら僕が、鍋一般というよりは、水炊きが好き、ということなのかなと、ちょっと思ったりしているのだ。だいたい僕は、鍋でなくても、魚をただ焼いて、大根おろしにポン酢をたらして食べるとか、ほうれん草をただゆでて、醤油をかけて食べるとか、そういうのが好きなんだよな、どうも。まあ他に作り方を知らないということも、なくはないが。水炊きも、ただ水で煮て、ポン酢で食べるわけだから、それと同じなのだよな。こないだカキをチゲ鍋にしてみた時、うまくは出来たが、感動はしなかったのだ。まあこれから、鍋もいろいろ、やってみようとは思ってるけど。