八百屋のご主人に教えられた通り、雑煮で使って余った祝大根と、畑菜の二草で、簡略式にやることにした。
あとは、今がまさに旬のブリ。
照り焼きが定番だけど、塩焼きにして大根おろしにスダチとしょうゆで食べるのもいい。
お粥は炊飯器でもできるけれど、ただ米を煮るだけの話だから、鍋でやっても難しいことは何もない。
ふつうに研いで、ザルに30分上げておいた米を、全粥なら5倍量、昨日はサラッとさせたかったから9倍量の水で煮る。
20~30分も煮ればやわらかくなるから、あとは水気と米の加減が好みになったところで火を止める。
塩で味をつけ、塩をふった水で煮た祝大根と畑菜を入れれば出来あがり。
これはうまかった。
米と大根、それに青菜のそこはかとない滋味。
七草粥は1年の無病息災を願うことが目的とされているけれど、ぼくはこれを食べてみて、
「ごちそうばかり食べていないで、こういう素朴な味も忘れるなよ」
と昔の日本人が言っていると思った。
それから「酒のアテとしてお粥」というのはどうなのかとも、思わなくはなかったけれど、実際食べてみると汁物感覚で大変よかった。
ただこれは、ビールや焼酎などではダメかもしれないです。
あとはブリの塩焼き。
ブリの切り身に塩をふり、弱めの中火で焼く。
ちょっと焦げてはしまったけれど、乗りまくった脂に悶絶。
厚揚げはフライパンで焼き、ショウガと青ねぎ、しょうゆをかける。
七草粥は、現代の感覚から見れば決して「うまい」とはいえないと思うけれど、今回ぼくはこれを食べ、かなりの発見があった。
お粥は以前、色々とチャレンジしたことがあり、味付けがむずかしいと思っていた。
だしなどで下手に味をつけると、お粥ではなく「雑炊」になってしまう。
だから中華風や韓国風、リゾットなどは別として、和風のお粥は白粥にして、佃煮や梅干しなど、味の濃いものを添えて食べるのがいいというのが結論だった。
しかし何のことはない、それはお粥に魚介や肉などを入れようとしていたからで、七草粥のように野菜だけなら、米のうまみが消されずに、しみじみうまいお粥になる。
昔の日本人は、このようなえも言われぬ味わいのものを食べていたんだろうなと思う。
七草粥や棒ダラなどが、何百年にもわたって食べ続けられてきているのは、やはりそこに、何かよさがあるからだろう。
それを現代の感覚から「まずい」と切り捨ててしまっては、大切なものを見失う気がする。
「おっさんも年をとった証拠だね。」
そうかもな。