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2008-05-02

とんかつ丸一

一週間に一度はとんかつを食べないと気が済まない。

そもそもまず豚肉が好きである。しかも脂身豊富なロース肉。聞いた話では豚肉の脂身は他の肉と違い、オレイン酸などの身体に良い成分が豊富に含まれているとか。沖縄の人たちが長寿なのも脂身たっぷりの豚肉を食べることも一つの理由だというから、メタボに気をつけないといけないぼく位の年齢の人間にとっても安心なのである。(なんのこっちゃ)

豚肉はただ焼いて塩コショウしただけのものも好きだし、しょうが焼きも時々食べる。しかしなんといってもやはり、豚肉はとんかつが一番だろう。豚肉のうまみがそのままぎゅっと衣の中に押し込められている。ぼくはそれに醤油をかけるが、からしもつけて、付け合せのキャベツの千切り、それにご飯と味噌汁、お新香。日本人が豚肉を食べる様式としては、最強だろう。

とんかつを考案したのは、銀座にある洋食屋、煉瓦亭だと言われているそうだ。もともとフランス料理の「仔牛のコートレット」を出していたが、どうもしつこすぎて日本人の舌には合わない。そこでまず仔牛肉ではなく、豚肉を使うようにした。次に天ぷらを参考にして、コートレットが少量の油で焼くようにしていたのを、大量の油で揚げるようにした。また衣に粉チーズを使っていたのを卵に変え、パン粉を生パン粉にしたという。

さらに初めはドミグラスソースを使っていたが、パンではなくご飯を一緒に出すようになって、ご飯に合うソースということでウスターソースを使うようになった。ウスターソースに合う付け合わせとして、温野菜を添えていたのをキャベツの千切りに替え、煉瓦亭はここまでだと思うが、それを味噌汁、お新香といっしょにお箸で食べるようになって、今のとんかつの完成というわけである。


とんかつ丸一 極上ロース

そのとんかつだが、蒲田には「とんかつ丸一」という最強店がある。ここはもともと知り合いの寿司職人から、「自分がこれまで食べた日本中のとんかつの中で、ここが一番うまい」と聞いたので行ってみた。昼でも夜でもご飯時は、ずらっと人が並んでいる。行列のできる店である。

まず何と言っても肉の厚さがすごい。普通のとんかつ定食でも2センチほどはある。上ロース、極上ロースとなると、さらに肉厚が増していく。この分厚い肉を覆っている衣はパリパリ、そして中はほんのりピンク色なのである。ここで使っている肉は「無菌豚」というもので、残飯を食べさすなどということではなく、菌が豚の体内に繁殖しないように、しっかり管理して特別に育てられたものである。だから普通は火をきちんと通さないといけないと言われる豚肉でも、ほんのりピンク色にできるのである。

次にたぶん、使っている油がすごい。塩をつけて食べるだけでも、十分おいしいのだ。臭くないのはもちろん、食後の胸焼けなども、まったくしない。

さらにご飯がおいしい。とんかつ屋はご飯に気を使っているところが多いが(反対に中華料理屋はほとんどの店でご飯がまずいが)、ここも例に漏れず、白くてホクホクのご飯を出す。味噌汁は赤味噌のトン汁、お新香はきゅうりのぬか漬けに白菜の塩漬け、それだけそろって、ランチは1000円、夜も1200円である。これは行列ができるはずである。

この店の大将、もともと大森の丸一という店で修行をしたそうだ。蒲田の駅の反対側に、やはり同じ店で修行をした人が出した「鈴文」という店があるし、その他川口や鹿児島や、全国で10軒くらい兄弟店があるとの事。

それだけの人を育てた大森の丸一の親父さんというのはどういう人だったのかを聞くと、普通はそんなに簡単に人に揚げさせないそうだが、大森の親父さんは、こいつはと見込むと、入店してすぐに揚げさせたそうだ。しかも後ろで見張っているのではなく、自分はどこかへ行ってしまうのだという。

揚げ物というのは家庭料理でもあり、簡単そうに見えるが実は、火加減とか、揚げる時間とか、かなり微妙で奥が深い。それは自分で何度もやってみて、失敗もしながら身体で覚えるしかないのだが、大森の親父さんが「変わり者だ」と言われながらも、店の弟子たちにそうやってすぐに揚げさせていたから、そこからたくさんの店が生まれたのとのことである。

まぁしかしそうは言っても、それでは毎日とんかつを揚げている他のとんかつ屋が、ここ丸一や、あと鈴文でもそうだが、そこと同じくらいうまいかと言うと、そうではない。おそらく大森の店には、教えることによっては伝えることのできない、何か大事なものがあったのだろう。

もしかしたらそれはお客さんではなかったか。少なくともそこには、新入りの揚げた失敗作のとんかつを食べながらも、親父さんの心意気を受け止め、通い続けたお客さんがいたはずだから。

とんかつ丸一 (とんかつ / 蒲田)
★★★★★ 5.0