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2008-07-01

竹屋町 お好み焼き 元祖 八昌



八昌は薬研堀の店が有名だが、ルーツを辿るともともとお好み村の一階が始まりで、次にお好み村の二階に、一階の八昌の薫陶を受けたという人が、やはり八昌という店を開いた。
この二階の八昌が薬研堀に移ったのが、今の最強店八昌。その後薬研堀の店は弟子に譲り、今は五日市でやはり八昌という店をやっているそうだ。
空いたお好み村二階の八昌には、屋号を変えずに別の人が入り、今も営業している。この新・二階の八昌で修行したという人が、今度はキング村という場所でやはり八昌という店をやっているらしい。
というように八昌も色々あるわけなのだが、それら全ての元となった、お好み村一階の八昌が移転した先が、この竹屋町の元祖八昌。看板に偽りなしなのである。

写真を見ると分かるが、中心街からははるか外れた住宅地、裏通り。あまりに普通な、どこにでもある、ローカルのお好み焼き屋。
とくべつ行列ができるわけでもなし、観光客が来るわけでもなし。でもお好み村からこちらに移ってきたというのは、そういうことが煩わしかったのだろう。
近所の常連客相手に、のんびりと商売をする。これがお好み焼き屋という稼業にとっての理想の姿の一つなのだなと、改めて感じる。

今では娘さんと孫娘が切り盛りしているようだが、作り方は薬研堀の八昌とは、またかなり趣が違う。卵も薬研堀のようにトロっと半熟、というわけではなかった。あちらはあちらでまた、新たな進化があったのだろう。
鉄板の火力が強いことが特徴だそうだ()。時間をかけて、うまみ、甘みをじっくり引き出すというよりも、強い火力でパリッと仕上げるというところに身上があるのだろう。
こしょうも効いて、こちらはこちらでおいしかった。

しかし広島でなぜ、これほどまでにお好み焼き屋が広まり、支持されているのか、本当に不思議だ。市内に千軒、県内に二千軒があるのだという。
戦後お好み焼きの屋台はもともと、原爆でご主人をなくした女性が始めたものだとも聞く。そういうことも関係あるのかもしれない。

八昌 (はっしょう)
中区竹屋町5―21
082-243-8776

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