2010-04-18

中村桂子先生インタビュー(最終回) 「突破口はどこに」



高野 最後にお伺いしたいのは、中村先生、「ゲノムが語る生命」の中で、言語学の人とか、情報科学の人とか、複雑系の人とか、いろんな人と勉強会を始めています、っていうことをお書きになっているんですけれど、それは今、どんなふうな感じで進んでいらっしゃるんですか。



中村 物事をほんとに考えたいという人たちと、話しはしてて。たとえば、こないだ酒井さんともお話ししたし、情報でいえば西垣さんとよくお話ししてますね。今度、生命誌研究館のトークで、津田一郎さんと話そうと思っているんですけどね。あと津田さんと同じ仲間でいうと、金子邦彦さんとか。「生命とは何か」を書いた方です。そういう人達とは話をしていますけれど、誰と話をしても、みんな今、悩んでいる最中。 

高野 なるほど、面白いですね、みなが悩んでいるって、こんなに面白いことないですね。 

中村 私が、その人がおっしゃったことを「あ、なるほど」って思って、答えに近付くというところに、まだ行きませんね。みんな、なんかこう、探っているという感じね。 

今のこの世代の人たちが、もしできないとしたら。たとえばチューリングという、とんでもない天才が出てくるじゃないですか。日本でなくていいんです。日本だともっといいけど。だけどやっぱり、東欧ってすごいよですね。有名な話があるじゃないの、「宇宙人はいるだろうか」って言うと、「いる。今ハンガリーにいる」。 

高野 あはは、あ、宇宙人っていうのは、科学者として、宇宙人みたいにできる人たち、っていう意味なんですね。 

中村 ハンガリーのあたり、すごいでしょう。天才の産地ですよ。だってヨーロッパの文化って、あの辺から出てるわけじゃない。東側じゃない。イギリス、フランス、ドイツなどまだ文化的でなかった頃、東側は進んでいた。音楽もそうで、イギリスなんて地の果てだったわけでしょう。それが、大英帝国と言って、軍艦持って、偉そうにやっただけでね。長い人間の歴史でいったら、やっぱり東ですね、文化は。ノイマンもそうだし、天才は東欧ですよ。 

高野 あははは、そういう人たちでもいいから、何か見つけてくれ、っていうお気持ちなんですね、中村先生は。 

中村 ハンガリーでもどこでもいいけど、そろそろ天才が出てくるんじゃないかと。この頃あんまりいないでしょ。 

高野 そう言われればそうですね、アインシュタインみたいな。 

中村 そろそろ出てきてもいいんじゃないかと思うんです。 

高野 しばらくいないですもんね。 

中村 数学は面白いでしょ。「フェルマーの定理」とか、長いあいだ解けていなかった定理が、このごろ解かれているでしょう。我々それが解かれても関係ないって言えば、関係ないんだけど、今、数学が面白いですよね。そろそろ生物学で。でも生物学って、あまり天才の出るところじゃないのかもしれないのだけど。だけど、生物に限らず複雑系というところで、天才が出てきて、ああそうかー、って、みんなが分かるようなこと、言ってくれないかなって思ってるのだけど。そろそろ出てこないといけないわね。 

私はそんなことは、全然分からない、凡人の凡人の凡人だけど、ただ、今まさにそういう時期だな、って気はする。でもそういうことに関心をもって、そういうことを考える学者が少なすぎると思います。大金を持って、お金をかけて、データ出すことだけやってる人が多すぎる。とくに日本は多すぎる。今はこれは、危機ですよ。学問の危機。面白いのに、こんなに面白い時期に、悩まないっていうのは、変なんですよ。歴史から見ても、面白い時期は、悩んでいます。 

高野 でも今回の悩みっていうのは、「生命」、「意識」という、誰でも持っているものについての悩みなんですよね。僕それがね、今までの問いとはちがうと思うんですよね。量子力学だったら、実験室とかで、実際に原子や電子を見られる人しか悩めなかったじゃないですか。ところが生命とか意識とかっていうものは、人間なら誰でも全員が持っているものですからね。だから僕は、まあいろんな幅があるにしてもね、人間であれば、少なくとも、それが面白いっていうことはね、絶対に分かるはずなのに、そんなに面白いことがあるっていうことをほとんどの人が、まだ知らないと思うんですよ。 

中村 脳科学者は、頭に線のいっぱいついた帽子をかぶせて、これで子供のお勉強がどうこうって。意識とは何かと、もっと考えなくてはいけない。それが少なすぎると思います。 

高野 今日は長い時間、お話しいただきまして、どうもありがとうございました。

(おわり)

中村桂子先生インタビュー(1) 「分子生物学の始まり」
中村桂子先生インタビュー(2) 「分子生物学の流れ」