2010-04-13

中村桂子先生インタビュー(5) 「ゲノムとは」



高野 なるほど。お話しをお伺いして、中村先生が今、並々ならぬ危機感をお持ちだということがよく分かります。それではそのような危機的な状況を、すこしでも前に進めていくために、どうしたらよいかということについて、中村先生はやはり「ゲノムが語る生命」のなかでお書きになっていらっしゃるわけですけれど、それについても、いくつかお話しをお伺いできればと思います。 

まず僕がとても面白いと思いましたのが、中村先生が「ゲノム」というものと「言語」というものとを、並べて考える可能性についてお書きになっていらっしゃることです。ただ単にたとえ話ということに留まるのではなく、もっと踏み込んで、ゲノムの中には言語でいえば「文法」にも当たるような、何らかの構造があるのではないか、ということをお書きになっていらっしゃる。そういうことについて、生命誌研究館でも実際のご研究をスタートされていらっしゃるということをお書きになっていらっしゃいましたので、そのあたりのことについて、お話をお伺いできればと思うのですが。 

中村 それはまさに今、私が悩んでいることの一つですから、はっきりとした答えはありません。でも探すべきなのはどういうものかと言うと、物理法則のような、アインシュタインの「mc2」とかね、そういうような公式、法則、これに則って物事は動くんだ、というものではないですよ。 

生きものは「予測不能」なもので、生きもののことを知ろうと思ったら法則性を探すのではなくて、歴史を調べるしかないわけです。40億年のあいだ、どうやってきたのか。そのことが、生きものの中に書かれている。生まれてくる時どうするかとか、動く時どうするか、考える時どうするか、そういうことも全部ふくめて考えなくてはいけない。それの基本にあるのがゲノムですけれど、ゲノムだけで決まるわけでもなんでもありません。
この本を書いた頃と、ゲノムにたいする考え方が違ってきていて、今私は、ゲノムは「アーカイブ」だと思っているんです。 

ゲノムは「設計図」だって、みんな言いますね。でも設計図ではありません。だってそれに従って、あらかじめ決められた建物をたてる、みたいなことは、生きものにはできないのだから。 

カエルのゲノムがあれば、「カエルが生まれます」ということは言えますよ。でも脚が何センチのカエルが生まれるかということは分かりません。そのときの様子で、脚は3センチかもしれないし、3.5センチかもしれない。そんなことは分からない。3センチならカエルで、3.5センチだったらカエルじゃないということはない。カエルはカエルなんですね。だからカエルのゲノムの中にあることは、「ここからはカエルが生まれる」ということは分かるけれど、設計図のようにきちっとしたことが書いてあるわけではない。だからゲノムは、設計図ではないというのは、昔から思っていました。 

(つづく)

中村桂子先生インタビュー(1) 「分子生物学の始まり」
中村桂子先生インタビュー(2) 「分子生物学の流れ」