2011-02-28

鯛のかぶと煮

鯛のおかしらというのは、やはり何といっても「ごちそう」感がたかいわけで、ハンバーグなんかつくるよりは、よっぽどいいと僕はおもうのだが、それがグルメシティ四条大宮店では、養殖とはいえ、丸々一匹分の鯛のアラ、驚きの198円。

東京とか、ほかの地方では、これはいくらぐらいするんだろう。広島にいた頃も、僕はアラはよく食べていたのだが、安いとはおもっていたが、それでも鯛のアラは、半身で298円とかしていた。一匹分だと600円だから、京都は3分の1の値段なのだ。

京都の人は、肉でも牛肉が好きだったりして、三条商店街にある肉屋には、けっこうたかいのに、行列ができていたりとかするから、やはりブランド志向なところがあるのだろうな。鯛もきちんと肉が付いていればいいけれど、アラなどには手をださないのだろうという気がする。

それは僕のような、アラ好きの人間にとっては、たいへんありがたいことなのであるが、グルメシティではこれを一匹分のパックにしてくるから、一人暮らしの僕には、ちょっと食べきれないなとおもって、敬遠しがちだったのだ。グルメシティは、ほかのものはけっこう、一人暮らしには便利な小分けのパックにしてくれていて、長ネギももちろん、一本だけで売ってるし、白菜も8分の1カットというのまであって、このあたりのスーパーの中では断然、一人暮らしにやさしい店だといえるのだが、鯛のアラだけはでかすぎるのだよな。こんど鮮魚コーナーの兄ちゃんに、お願いしてみようかな。

いやべつに、もし1日で食べきれなかったら、翌日に持ち越してもいいじゃないかとおもうかもしれないが、そうやって、翌日に食べるものがすでに決まっているときにかぎって、スーパーへ行くと、うまそうなものが安く出ていたりするものなのだ。それを買いたいなとおもいながらも、いやもう食べるものはあるからと、ぐっと我慢するというのは、けっこうつらい。なので僕は、買い物は極力、その日に食べられる分だけを買うようにしている。

ちなみにこれは、一人暮らしが買い物をする際の、最大のポイントじゃないかとおもうのだがな。

もちろん仕事が忙しくて、毎日買い物に行けないという人は、買いだめをしなければ仕方ないわけだが、そうでなければ、毎日スーパーへ行って、その日食べる分だけを買うということのほうが、一見手間はかかるようには見えるが、ぜったいいい。

最大の理由は、その日に売っている、鮮度のいいものを、その日に食べてしまうというのが、いちばんうまいに決まっているからだ。

やはり鮮度のいいものを食べられるというときには、わくわく感がある。手間がかかるとかいうことよりも、こういうわくわく感をたいせつにすることが、料理を無理なく続ける上で、大事なことだと思うのだよな。

そうやって一人暮らしが、その日に食べきる分だけ買おうとすると、献立にも工夫が必要で、いろいろな材料を取り混ぜてつくる料理にしてしまうと、その分いろいろなものを買わないといけないことになってしまうので、食べきれないことになってしまう。

だから、材料の品数は、できるかぎりしぼる。

八宝菜とか、最悪なのだ。ほうれん草ならほうれん草だけ、鶏肉なら鶏肉だけ、そういう単品メニューを考える。

男性だと、料理をしようかというとき、炒め物が簡単そうだったりするから、中華料理屋をイメージすることが多いのじゃないかという気がするのだけれど、中華料理屋のメニューは、材料をいろいろ使ってあるのが多くて、一人暮らしにとっては、あまり参考にならない。

それよりいいのは居酒屋。

おしたしとか、冷奴とか、魚の焼いたのとか、たけのこの炊いたんとか、居酒屋のメニューはだいたいが、一人暮らし料理に応用することができる。

それにじっさい、酒の肴には、けっきょくそういうものがうまいしな。

というわけで、グルメシティの丸々一匹分の鯛のアラ、敬遠しがちな僕なのだけれど、昨日はグルメシティ、これを10パックほども、山積みにして売っていた。

これはどう考えても、僕に買えと言っているわけで、仕方ないからそれを買い、ごぼうといっしょに煮付けて、2日分のおかずにすることにした。



アラを料理するにあたって、とにかく大事なのは、下処理なのだ。

まず鍋に湯を沸かして火を止め、そこにアラを入れて、しゃぶしゃぶ、とやる。

そうすると水が一気に濁るから、それを捨て、水でよく洗い、ぬめりや血のかたまりをていねいに落とす。これだけやっておけば、あとはどうにでもなるのである。

たわしでよく洗って、適当な大きさに切ったごぼうを下にしき、その上にアラをのせて、ここにまず、水と酒。

この分量は、10分煮ると1カップとおぼえておく。

魚はだいたい、平べったいものなら、7~8分も煮れば火が通る。今回は、ごぼうもあるし、ずいぶんと高く積み上がってしまったし、アラだからちょっと長めに煮ると考え、15分。そうすると、水と酒で、1.5カップ。

酒は最低でも水と同量、ぜんぶ酒でもいいくらいなのだ。

そこに砂糖をバサバサといれ、みりんをジャバジャバとふりかけたら、ペーパータオルの落としぶたをして、強火にかける。

火加減は、煮付けの場合、終始強火か、強めの中火。煮付けはコトコト煮るものじゃなく、強めの火できちんと沸騰させ、煮汁が魚の上にまわるようにするのと同時に、煮時間が終了したとき、汁が煮詰まっているようにするものなのだ。

これで5分ほど煮たら、次にしょうゆを少なめに入れて、また5分くらい、そこで味を見て、しょうゆをたして、最後は一気に煮詰めていく。最後は煮汁が上までまわらなくなるから、落としぶたをはずし、スプーンで煮汁をすくって、上からかけてみたりもする。

というわけで、鯛のかぶと煮、いやバッチリできました。養殖だから、死ぬほどとまではいかないが、かなりうまい。

煮付けは、それほどむずかしいというわけでもないし、これができるようになると、魚料理のレパートリーが一気に広がるから、初めは何度か、失敗するとはおもうけれど、それをおそれずに、ぜひ挑戦してみてほしいですね。

あとはハマグリ入りの湯豆腐。食べ終わったら、汁はもちろん、塩としょうゆをいれて吸い物にする。そこにうどんとかいれても、もちろんうまいです。

酒は古都の冷やを、昨日はなんと1合。

2011-02-27

生物記号論者・川出由己さんインタビュー (まえがき)

「生物記号論」は、お世話になっている中村桂子さんの本棚で見つけた。

その本棚は、それまでも何度も見ているもので、この本の背表紙も、当然目にしていたはずなのだが、やはり出会いというものは、タイミングがあるのだと思う。

僕は郡司ペギオ-幸夫さんの研究を、ほんとにおもしろいと思っていて、僕はもちろん素人だから、科学的な研究成果にたいして、きちんとした評価はできないわけだが、郡司さんの最新刊である「生命壱号」は、生物学にとって革命的ともいえる内容ではないのかと、勝手に信じている。

「生物とはどういうものであるのか」と考えるとき、これまでの科学では、それをあくまで、原因とその結果というものの連鎖によって構成される、客観的なものであるととらえ、記述しようとしてきた。

たとえば目の前に、自分が飼っている猫がいたとして、猫の飼い主なら、猫が人間と同じではないにせよ、ある感情をもち、飼い主の行動にたいして喜んだり、不満をもったりするということは、あまりにも明らかなことだろう。また猫はいうまでもなく、自分が生きていくという目的のために、餌を食べ、さまざまな探索をし、自分が居心地のよい場所を見つけようとする。

日常的な感覚からすれば当たり前な、そのようなことも、科学では根本的には、認められていない。

人間以外の自然には、感情や目的などというものは、一切存在してはならないということが、科学における公式見解だ。一見感情とか、目的とかいうように、見かけ上見えるものも、長い時間をかけた生物の進化のなかで、高度にプログラミングされてきた結果なのであって、あくまで生物は、この歯車が動けば、それによってこちらの歯車が動き、というような、機械の一種であると考えるのだ。

科学のそうした見解にたいする異議は、これまで100年以上にわたって、さまざまな人が、提出してきた。それは「生気論」と総称され、生物には、物理的、化学的な過程だけでは説明できない、それとはべつの「生気」とでも呼ぶべき、とくべつな性質があると考えるものなのだが、そのすべては、科学によって否定されてきた。もちろん中には、理論として実際に未熟なものもあったに違いないが、今ふりかえると、説明として一考に値する、もっともなものであるにもかかわらず、徹底的な弾圧によって、抹殺されたものもあったと、科学史家の米本昌平氏は、著書「時間と生命」に書いている。

米本氏は、科学が「感情」や「目的」などというものを認められないのは、科学がキリスト教的な考え方と戦い、そこから離脱することによって誕生したという、その出自に大きな理由があるという。すべてを「神の意志」「神がつくり給うた」ものとしてではなく、真理というものをどう、探求することができるのか、という苦闘が、科学に「客観性」というものをもたらした。自然はあくまで、客観的に記述できるものであり、人間はその外側から、自然を眺めている存在なのだという自然観が、あくまで人間の属性であると考えられる「感情」や「目的」などというものを、自然にもちこむことを許さないのである。

しかし単純に考えれば、人間も自然の存在であり、46億年におよぶ地球上の進化の歴史の延長線上に、自然によって生みだされてきたものである。

そうであるとすれば、いま人間がもっている、「感情」や、「目的」などということが、人間が誕生して初めて生み出されたものではなく、その前から存在したものであると考えることは、何もおかしいことではないだろう。むしろあるとき突然、それらが生まれたと考えることのほうが、よっぽど無理がある。

生物学者もいま、徐々にそういう方向へシフトしつつある。

郡司さんはそのトップランナーであると、僕は勝手に思っているのだが、郡司さんは、生物というものが「記号」の性質をおびたものであると考え、それを仮定して、コンピュータによってシミュレーションさせた結果と、粘菌や鳥の群れなどとの観測結果が、ピタリと一致するという成果をみちびきだしている。

郡司さんの研究の前提として、「記号」をいうものを、生物に適用するという試みの歴史があり、それが「生物記号論」だ。

記号とは何なのか、それを生物に適用するとは、どういう意味なのかということは、「生物記号論」を読めば詳しいのだが、その著者である川出由己さんに、僕は先日、インタビューしてきた。

その内容を、このブログでこれから4回にわたって公開する。

川出さんは、1924年生まれ。東京大学を卒業され、京都大学ウィルス研究所教授をつとめられた。63歳の定年後、生物記号論の勉強を始め、2006年に、この「生物記号論」を出版された。

なおインタビューの内容は、事前に川出さんにチェックし、修正していただいたものである。

川出先生、お忙しいところ、本当にありがとうございました。


  

独裁者、鯖ずし、豚のはりはり鍋

僕が中東、とくにリビアの動向から目が離せず、毎日ニュースを細かくチェックしてしまうというのは、僕が時事問題一般に興味があるというわけではなく、この問題が、非常に大きな歴史的な転換を意味するからというだけのことでもない。

僕が「独裁者」というものに興味があるからなのだと思う。

興味があるといっても、独裁者は、近くにいると、とても迷惑な存在だ。

僕が前いた会社は、これはたぶん、日本の中小企業ではよくあることだと思うのだが、典型的に独裁的な体質で、社長は絵に描いたようなワンマンだった。

社長の思うことが絶対で、まわりの人間は、それに沿うように行動しないといけないわけだから、自由な発想などというものをもつことは、基本的に許されない。

さらにこの社長の場合、これも非常に日本的だと思うのだが、自分が何かを積極的に指示するということではなく、まわりの人間が、社長が望むことを忖度し、それをあたかも自分が思い付いたかのように提案することを好むという人だったから、まわりの人間も、なかなか大変なのである。

もちろん、社長にたいする批判などというものは、許されない。批判はすなわち、攻撃とみなされ、倍になって帰ってくる。社長の地位をおびやかしかねない人物は、徹底的に弾圧される。

しかし一方で、そういう基本的なところだけ守っていれば、あとは自由であるともいえるので、社長の視野に入らない、ちょっと遠くにいる人間にとっては、これほど過ごしやすい場所はない。

独裁者の特徴だと思うが、外的なルールを嫌うから、遠くの人間にとって、それもないとなると、制約はまるでなくなり、和気あいあいとした、心地よい人間関係がつくりだされる。

独裁者というのは、遠くから見ていると、人間的魅力にあふれた人に映るから、遠くにいながらそれを思うということは、ある意味幸せであるともいえる。



独裁的な組織運営というものは、ある意味組織運営の黄金であるともいえるから、大昔から今にいたるまで、そのやり方は脈々と受け継がれている。

最近では独裁も、抜身のままで姿をあらわすことは少なくなり、宗教的な権威だとか、さまざまな仕組みだとかを身につけて、カモフラージュするようになっていると思うが、そのなかで北朝鮮とリビアというのは、昔ながらの独裁のやり方で運営される、希少な国であるといえるだろう。

だからこれらの国を見ていると、なんだかなつかしい感じがしないか。

ネットで見たが、カダフィが22日の演説で、口汚いことばと反米、反イスラエルを連呼する姿を見て、リビア大使をつとめたこともあるイギリスの老外交官が、なかば嬉しそうに、「昔ながらのカダフィだ」とコメントしていたのだそうだ。近年カダフィは、英米との関係改善のために、「猫をかぶっていた」のだそうである。

今回中東の動乱は、情報手段の発達によって、独裁国の国民が、自分たちだけが虐げられ、人間扱いされないことにたいして、おかしいと感じるようになり、不満の声をあげたものだが、独裁者が追放されたはずのチュニジアで、ふたたび大規模なデモが起き、暫定政府の攻撃によって、何人もの人が殺されたという報道もあるから、リビアでもカダフィが追放されたとしても、そのあとにもっと住みやすい世の中がやってくるという保証はない。

だいたい、独裁者が追放されたあと、あらたな独裁者が権力の座につくということは、歴史が繰り返している悲劇である。



独裁と、独裁でない社会、それを民主主義とよぶとして、そのちがいは、「自由な批判が許されるかどうか」であり、またそれを実際に政策に組み込んでいく仕組みをもつかどうか、ということだろう。

たしかにそのとおりであると思うし、それはほんとに大事な問題であると思うのだけれど、物事はそう簡単でもないと思う。

批判が許され、実際にそれをおこなう勢力があったとしても、それにたいして、聞く耳をもつかもたないか、ということは、決定的な違いだからである。

大人にたいするもっとも痛烈な批判者は、赤ん坊であるともいえるだろう。

赤ん坊はとにかく泣く。こちらが良かれと思ってすることでも、気に入らないと、それを拒んで泣きわめく。まったく理不尽な存在だ。

それにたいしてビートルズは、「赤ん坊よ、もっと泣け。お母さんを悲しい気持ちにしてやれ。お母さんは、もっとちゃんとわかってもよいのだから」と歌ったが、赤ん坊の痛烈な批判に耳をかたむけ、それを受け入れることができるようになるということが、人間が成長し、新たな認識に達することができるということについての、ひとつのあり方であるといえるのじゃないか。

僕が先日東京で会った、高校時代の友人は、昔は子供が大嫌いだった。ところが自分に子供ができてみると、その子がかわいいと思えるようになり、そうすると、以前は大嫌いだった世の中の子供すべてが、かわいいと思えるようになったという。

ここには巨大な、認識上の転換がおこっているのだと思う。

理不尽で、わがままであるともいえる批判を、そういう理由で切り捨ててしまうのではなく、それを自分の内側にふくみこむことで、新たな世界が見えてくる。

根本的には、批判というものは、赤ちゃんに限らず、すべてのものについて、同じようにいえることなのであって、どんなに批判が許されたって、ただ許されているだけで、実はそれを切り捨てていたり、また単に利益を誘導するということで終わっていたとしたら、新しいことは何も始まらない。

しかし批判を受け入れるということは、何かの仕組みを整備することで、できるようになるというものではない。人間性の問題である。

このごろ、幼児を虐待する若い両親の例が、増えている気がする。

昔も、子供を捨てたりということは、もちろんあったわけだが、それは経済的に困窮して、やむにやまれず、そうせざるを得なかったということだったのではないかと思うのだが、最近の例は、べつにそういうことではなく、子供がわがままに泣くことにキレて、暴力をふるってしまうということであるらしい。

日本は民主主義だが、もしかしたら今、批判を許さない社会というものにむかって、転がり落ちていっているのかもしれない。



なんだか中途半端なのだが、もう書くのに疲れたので、昨日のめし。


土曜日は、すし屋で昼ビール。

ふたたび鯖ずし。

にぎりと巻き物。

ハマグリの入った赤だし。

夜は水菜が安かったから、豚コマ肉のはりはり鍋。

酒は「古都」の冷や。

シメは、豚のだしがたっぷり出た汁に、塩で味をつけ、コショウをふって、うどん。

このごろどうも、シメをちゃんと食べないと、がまんできない感じになってきた。太りそう。

2011-02-26

「男の手料理」、豚肉のうどん好き、アラ大根

池田満寿夫の「男の手料理」という本を読んだ。

このごろ僕は、料理にまつわるエッセイを、いろいろと読み漁っている。とくに男性の、作家が書いたもの。

ものを食べるということは、人間誰にとっても、最大の楽しみになりうるものであるというのは、まちがいのないことだろう。人間食べるということは、生きていく上で第一に必要なことなのだから、そういうものは神様が、きちんと楽しいようにしてくれて、無理なくできるようになっているのだ。

いや自分は、お金がないから、うまいものが食べられないので、べつに食べることは、とくに楽しくないという人が、もしかしたらいるかもしれないが、僕に言わせれば、その人は、ただ楽しむための努力をしていないだけなのだ。

お金をだせば、うまいものが食べられるというのは、これはまったく、誤解も甚だしいのであって、高くたってまずいものは、いくらでもある。世の中には、人から金をかすめ取ろうとする、よからぬ輩が、はいて捨てるほどいるのであって、そういうのに引っかかってしまった日には、どんなに金を払ったって、うまいものなど食えやしない。

また、うまいものを食えば、それがすなわち、楽しいのかというと、そうとは限らない。高い金を払って、うまいものを食べられたとしても、それは当たり前のことなのであって、何のおもしろさも、楽しさもない。死ぬほどうまいものが、まじ、というくらい安いというときに、楽しい気持ちというものは、わきあがってくるものじゃないのだろうか。

そのためにはやはり、脚なり、頭なりを使って、探すなり、考えるなり、しないといけないわけで、それをただ、何も考えずに、近場のコンビニで、添加物のたっぷりはいった冷えた弁当を買っているようでは、食べることを楽しむなどということは、とうてい覚束ないのである。

食に関するエッセイは、そういう食べるということの楽しみについて、あ、こんなやり方、こんな考え方があるのかと、目を見開かせてくれるようなところがある。今まで読んだ中では、やはり檀一雄と池波正太郎の書いたものがおもしろい。

「男の手料理」は、池田満寿夫がサンケイ新聞に、1年以上にわたって連載したのをまとめたもので、池田氏はこれを、とくに男性が、「こんなに簡単なら自分にもできる」と思ってもらいたいと思って、書いたと書いている。

池田氏の定義によれば、「男の手料理」というものは、まず第一に、「材料にこらない」こと。冷蔵庫を開けたときに何があるかによって、それを使って手早く料理する。第二に「手抜きであること」。なのだそうだ。

実際笑える料理がいろいろあって、第一回は「コロンブスの卵丼」。これはごはんに目玉焼きをのせ、ウスターソースをぶっかけて食べるのだそうだ。

「トウフ丼」というのもある。熱いごはんに冷奴をのせ、おかかときざみネギ、それにしょうゆをかけて食べるというだけのもの。

一事が万事、その調子で、これが料理かと思うようなものばかりなのだが、池田氏はそこで、いやこれも十分料理なのだと主張するための理屈をこね、それが楽しい食事の時間を演出することに役立ったという実例をあげる。

そのあたりのところ、僕のこのブログの料理と、共通するところもあって、まあ男というのは、けっきょくそういうものなのだなと、ちょっと微笑ましい気持ちになる。

しかし池田氏の料理、その前提において、「冷蔵庫にものが入っている」ということがあるわけなので、きちんと奥さんやら親やらがいて、冷蔵庫にものを入れておいてくれるという人にとっては、かなり参考になるのだろうとは思うのだが、上手に買い物することが、料理をする上で一番だいじなことになってくる、僕のような一人暮らしの人間にとっては、ちょっとあまり、参考にならない。

また男の料理が「手抜き料理である」ということも、僕にはちょっと異議があって、これは奥さんがいて、自分の作ったものを見せ、「どうだ、これはおもしろいだろう」などという場合には、それはそれで存在意義もあると思うが、根本的には、かけるべき手間はきちんとかけたほうが、料理するのは楽しいと思うのだ。

僕がいう「ミニマル料理」は、手抜き料理とはちがう。不必要な手間、たとえばわざわざ調味料をカップやスプーンで計ったり、材料を何種類も組み合わせたり、みたいなことはしないが、必要な手間は惜しまない。そうして、料理をつくり、食べることを楽しもうという趣旨である。



昨日の昼めし。

豚肉のうどんすき。

これは池波正太郎の「そうざい料理帖」に出ていた料理で、このところ何度も作っているのだが、ほんとに簡単にできて、おまけに安いし、しかも死ぬほどうまい。

だし昆布とたっぷりの酒をいれた水で、豚コマ肉を煮て、そこにうどんを入れるというだけの話。

しょうゆとみりんを、出来上がった鍋の汁で割り、タレにする。

豚コマ肉というのは、炒め物に使ったりすることが多いと思うが、こうやって煮て食べても、非常にうまい。



晩めしは、アラ大根。

スーパーへ行ったら、けっこううまそうな、いい色をしたカンパチのアラ、150円で売ってるのだ。

コマ肉と同じ話で、切り落とされる部分だから、値段が安くなるというわけだが、味はまずいどころか、骨の近くだから、脂がのっててプリプリとして、切り身よりよっぽどおいしい。

それが150円だというのだから、僕はスーパーでこれを見かけると、矢も盾もたまらず買ってしまう。

ぶり大根のつくり方は、今日はもう、長くなるから書かないが、こういう安い材料を、手をかけてごちそうにするというのが、料理のかなり大きな楽しみであると僕は思う。

ポイントは、アラを湯通しして、そのあと水でよく洗うこと。それからアクをきちんと取ること。それだけ忘れなければ、あとはどういうやり方をしても、それなりにおいしくできる。

今日はたっぷりの酒に、しょうゆと砂糖、みりんで味付けした汁を、強火で煮詰めてみたのだが、いやこれは、ほくほくのアラに、コッテリとしたタレがまとわりついて、大根にもきちんと味がしみ、死ぬかと思うくらいうまかった。

あとはハマグリの湯豆腐。

これは単に、湯豆腐にハマグリを入れるというだけ。火にかけて、ハマグリのフタが開いたら出来上がり。

これはもちろん、昆布とハマグリのだしがたっぷりとでた、汁がうまいわけで、中身を食べてから、塩で味をつけ、しょうゆをたらし、うどんを入れた。

これもまた、死ねましたです。

酒は、近所の酒蔵「佐々木酒造 古都」の冷や酒。

古都はなんと、川端康成が愛した酒で、このラベルも、川端康成の揮毫だそうだ。

いろいろランクがあるが、これはいちばん下の一級酒タイプ、ふだんの晩酌用。元からある甘いものと、新しく作られた辛いものとがあるのだが、これは甘いほう。

甘いなかに、はんなりとした風味があって、広島賀茂鶴の落ち着いた感じとか、福美人・白牡丹のやさしい感じとはまた違う、いかにも京都という味。

いいですな。


  

2011-02-25

新案、肉じゃが鍋

鍋といえば今までは、水炊きにするか、うす味のしょうゆ味か、味噌味か、あとは、トマトとか、カレーとか、そういう味付けはやったことがあったのだけれど、昨日サバを、甘辛いこってりとしたしょうゆ味の鍋に入れてみたら、これがかなりおいしかったわけなのだ。

ちょうど煮物の煮汁のような味で、サバは甘辛く煮付ければ、それはもちろんうまいのだから、この甘辛鍋も、言うまでもなくうまいに決まっている。

それならばもしかしたら、甘辛く煮付ける料理は、何でもこの鍋に変換できるのではないかと思い付いてしまったわけで、おりしも昨日はグルメシティ、「木曜モッくん」の特売日、四条大宮店ではいつも、牛肉がけっこう安く出る。

早速100グラム108円で売っていた、オーストラリア産の牛コマ肉を買ってきて、これで「肉じゃが鍋」を作ることにした。

肉じゃが鍋というのは、僕の勝手な命名だが、要は肉じゃがを、テーブルにおいたコンロで、鍋風に作ろうじゃないかという、ただそれだけの企画。

もちろんキッチンで、肉じゃがを作ってしまって、それをテーブルに運んできたって悪くはないのだが、酒をちびちびすすりながら、テーブルにおいた材料を鍋にいれるという作業は、以前はただめんどうくさいと思っていたが、やってみるとこれがなかなか楽しく、趣きがある。

酒というのは、酔っぱらって気分がよい時間を、ダラダラと過ごすというところに、やはりなんといっても、最大の楽しみがあるわけだから、ものごとをテキパキと進めてしまうよりも、ちょっと焦れったくなるくらいの時間の空白があるほうが、楽しみは倍増するというものなのだ。

また実際、つまみをどんどん食べてしまって、腹がふくれてしまうと、酒がまずくなるから、煮ないとつまみが食べられないというくらいのほうが、最後まで酒をおいしく飲むこともできる。

そしてなにより、一回に食べる分だけ煮て、煮えたそばからすぐ食べるというようにするわけだから、酒をのむのに1時間かかろうが、2時間かかろうが、最後まで熱々の状態を食べることができる。

さらにだ。酒をのむと喉がかわくから、この鍋の汁をすすることができるというのも、大事なポイントになる。

酒飲みにとって、肉じゃがをキッチンで作らず、卓上で作るということは、一見たいして変わらないように思えて、実はこれだけのメリットがあるわけなのだ。

しかしここで、ひとつの疑問がわいてくる。甘辛い汁で牛肉を煮る鍋というのは、すき焼きとは違うのか。

たしかにその通り。この問題については、僕もよくよく考えたのだが、これはあえて、すき焼きではなく、肉じゃがであるといっておきたい。すき焼きというと、長い歴史があり、人によるこだわりも大きいから、へたなものをすき焼きと呼ぶと、なにかとツッコミを入れられそうだからだ。

と、つまらない前置きが、長くなりますた。

牛肉は、下処理なし。海軍式に、炒めもしないし、アクもとらない。でもそれで、まったく問題ないです。

野菜は、ジャガイモは必須だが、あとは好きなもので。火が通りやすいように、うすめに切ってみた。

これをだし昆布にたっぷりの酒、みりんと濃口しょうゆで味をつけた汁で、煮ながら食べる。

いやこれは、まったく抜群だったです。

材料を一度に全部入れてしまって、煮えたら火を落として沸騰させないようにして、おでんのように味をしみ込ませながら食べるという手もあったかなと、食べながら思ったのだけれど、それはまあ、次回の課題ということで。

酒は菊正宗の常温を2合。

2011-02-24

リビア、民主党、DNA

リビアの動向から目が離せない。

中東の革命は、チュニジアから始まり、エジプトに飛び火をし、それがリビアにも飛んでいったということなわけだが、チュニジアやエジプトは、その独裁君主の顔をよく知らないということが、僕の場合あったのにたいして、カダフィは有名で、テレビや新聞で、顔をなんども見たことがあったからということかもしれないし、チュニジアやエジプトの場合は、「フェイスブック革命」などといわれ、IT機器の進歩が、革命をうながしたなどと言われるが、リビアの場合、あまりそういう様子が見えてこなくて、状況がよりシンプルで、民衆対カダフィという、対決の構図がわかりやすいからかもしれない。

カダフィはあくまで権力にしがみつく構えを見せ、デモの民衆にたいして空爆までし、千人以上を殺害したといわれているから、さすがにそれは、リビアの国民も、周辺国も、許すことはできず、もう勝敗は、ほとんど決したといえるのだろう。あとはカダフィが、どのような形で排除されるのか、亡命するのか、自決するのか、はたまた処刑されるのか、ということだけが、残された問題であるようにみえる。

しかしそれより、カダフィが排除されたあと、リビアがどのようになるのかということが、気がかりだ。

エジプトのように、軍がまとまって、国政にたいして影響力をもつようには見えないし、ほかにこれといって、民衆の意を汲みながら、カダフィ後の体制をつくりあげていけるような存在も、あるような話は聞こえてこない。アルカイダが支援を始めたという話もあるから、そうするとカダフィ後のリビアは、誰も統制をとるものがいない無秩序状態となり、テロリストが跋扈し、部族同士の内戦が頻発する、それだったら前の方がよかった、というようなことにもなりかねない。

実際、今の独裁政権だって、多くは、革命により、王政を打倒したあとにできたりしているわけだから、革命が、何でもいいものであるとは、到底いえないわけだ。

しかしいずれにせよ、独裁というものが、民衆によって明確に否定されるという世界の流れは、はっきりしたといえるのだろう。今度はそうすると、中国や北朝鮮など、アジアの独裁国家が、どういうことになるのかが、次の展開ということになるのかもしれない。



独裁の反対といえば、民主主義になるわけだけれど、この民主主義も、はなはだ危ういところにあるように思える。

民主主義国家の代表はアメリカだろうが、このアメリカも、経済は低迷し、格差が広がり、オバマ大統領の支持も凋落している。

日本もいちおうは、民主主義国家のはしくれだが、この体たらくはいうまでもない。

アメリカも日本も、独裁国家である中国に、今や追い抜かれようとすらしているわけだ。

そうやって世界では、独裁というトップダウンも、民主主義というボトムアップも、どちらもが否定されようとしているように見える。



日本においても、菅首相がなぜここまでダメなのかということについて、僕なりに想像力を働かせると、鳩山・小沢の時代に、民主党はトップダウンで、マニュフェストを実現させようとした。しかしそれが結果として、鳩山の宇宙人的発言やら、小沢の強圧的印象やらをうみ、民主党の支持率を低下させることにつながったから、菅は、自分はそういうトップダウンではなく、ボトムアップでやろうと、それなら国民に支持されるのではないかと考えたのではないかという気がする。

それで部下である官僚のいうことをよく聞き、また関係者である財界やマスコミのいうことを聞いたら、こんどはリーダーシップが感じられない、マニュフェスト無視、自民党時代へ逆もどりと言われることになってしまった。

ここでも、トップダウンもボトムアップも、両方がうまくいかない、ということが、同じようにあらわれているように見える。

要は今、トップダウンでも、ボトムアップでも、どちらでもない組織運営の仕方がもとめられている、ということなのだと思うのだ。



今生物学のことを、いろいろ勉強していて、ものすごく似たようなことがあると思っている。

生物の細胞にはすべて、その生物に固有の「DNA」がある。

DNAは以前は、「生物の設計図」だといわれ、DNAが、生物の形や機能の、すべてを決めるものだと思われていた。

しかし今や、DNAがそのようにトップダウン的に、物事を決めているとは、思われないようになっている。

DNAは「細胞」のなかにあり、その細胞には、莫大な数の、さまざまな分子があって、それがおたがいに、猛烈な数の関係性を、何十億年という時間のなかで、築くにいたっていて、生物の形を決めるためには、この細胞のなかの分子のすべてが、重要な役割をはたしていると考えられるようになってきている。DNAが重要な役割をはたすことは、それはまちがいがないことだが、同時に細胞のさまざまな分子の、ボトムアップ的な役割が、解明されなければいけないと考えられ始めているのだ。

おそらく生物は、このトップダウンとボトムアップの調和を、なんらかの形で実現しているのであって、それがどのようなものであるのかが、生物学の中心課題の一つとなっている。世界の情勢と、まさにリンクしているということなのだな。

しかし世界と日本、それに生物学が、そういうふうにリンクしているように見えるということは、なにも偶然ではなく、いずれも「組織運営」という共通の問いにたいする、同じ認識のあり方をしめすものなのだ。

それこそが、現代社会で最大の問いであると、僕は言えるのじゃないかと思っている。

キムチクッパ、サバのしょうゆ鍋

僕が以前、東京蒲田の韓国マッサージ店で働いていたオネエちゃんに聞いた話だと、韓国には「キムチクッパ」という食べ物があるのだそうだ。

ふつうのクッパや、カルビクッパ、ユッケジャンクッパなどなら聞いたことがあるけれど、キムチクッパは知らないなと思ったら、これは韓国では貧乏人が食べるもので、料理屋などには置いていないとのこと。

日本だと、キムチも買うとずいぶん高いが、韓国ではキムチは自分で漬けるものだから、いちばん安い、いつでも身近にある食品、ということになるのだろう。だからそれを煮こんで、ごはんを入れただけのキムチクッパは、日本でいえば、日の丸弁当みたいなものなのだろうな。

冷蔵庫に、ずいぶん前に買ったキムチが、まだずいぶん余っていたので、昼めしに、このキムチクッパを作ってみることにした。

ただし肉入り。

安くてうまい、国産の豚コマ肉、このごろ重宝に使うようになっている。

要はこの豚肉と、どっさりのキムチをグツグツ煮込み、塩で味をつけて、ごはんを入れれば出来上がりという、簡単な話。

1時間ほど、たっぷり時間をかけて煮込み、豚肉とキムチをトロトロにやわらかくすると、抜群にうまくなる。

塩は最後に、煮込み終わって汁の量が確定してから、入れるようにする。

きのうは煮込み時間を15分くらいにしたので、抜群にうまいとまではいかなかったが、十分うまい。

土鍋で作って、土鍋で食べるから、洗い物もラクだし、最小限の手間で、最高にうまいものを食べようという、ミニマル料理の観点からすると、これはかなりの優等生なのではないでしょうか。

ちなみにキムチは、賞味期限はほとんど関係ないのだ。

韓国では、秋に作ったキムチを、1年かけて食べたりするわけなので、きちんと冷蔵庫に入れておけば、そうそう腐ることはない。

時間がたつと発酵が進んで、酸っぱくなってくるのだが、これを煮物や炒め物に使うと、かえってコクが出て、またうまいのである。



晩めしは、グルメシティに、サバがわりと安くでていたので、これを鍋にすることにした。

サバもそろそろ旬が終わるから、今のうちに別れを惜しんでおかないといけないのだ。

サバの鍋って、あまり聞いたことないかもしれないが、ふつうにウマイ。

臭みが心配かもしれないが、きちんと湯通しすれば、まったく問題ない。

というわけで、湯通ししたサバ。

野菜は豆腐と長ネギ。

サバを鍋に入れるとき、いつもは味噌仕立てにしていたのだが、きのうはしょうゆ仕立てにしてみた。

濃口しょうゆにみりんの、こってりめの味付け。

もちろんだし昆布に、たっぷりの酒も入れておく。

いやこれは、ばっつぐんにうまかったす。

簡単にいえば、煮物みたいな味。

この煮物風鍋は、ちょっと新境地開拓かも。

酒は、京都の酒を切らしたので、菊正宗の常温。

写真も忘れた。

最後に鍋の汁をうすめて、吸い物に。

これがまた、からだがほっこりと暖まり、癒されるわけなのだ。

2011-02-23

「時間と生命」、ぶりのはりはり鍋

東京へは、科学史・科学論の専門家である、東京大学の米本昌平という人に会いにいった。

中村桂子さんの本棚で、米本さんが書かれた「時間と生命」という本を見つけ、読んでみたらとてもおもしろく、僕が書こうとする本に、ぜひ取り上げたいと思ったのだ。

米本さんは、いまの「科学」について、徹底的に批判している。

科学というといま、「正しいものの代表」という感じがするけれど、本当はそんなものじゃない。たしかに物質のふるまいの、ごく一部について、実験の結果をものすごい正確さで、科学は説明できるようになったのだけれど、そのやり方を延長して、「生物」について明らかにしようとすると、なかなかうまくいかないということがわかってきたのだ。

だいたいまず生物は、想像もできないくらい複雑だ。たとえば人間の細胞には、何十兆個という、様々な種類の分子があって、さらにその細胞が、何十兆個もあつまって、ひとつの体というものをつくり上げていて、しかもそのなかで分子はたがいに、数え上げられないほどの数の関係をもっている。そういうものを、これまでの方法で正確に実験するということ自体が、まずかぎりなくむずかしい。

さらに生物は、何十億年という時間をかけて、進化してきている。そんな長い時間をかけておこることを、実験によって再現するということは、ほとんど不可能だ。

そうやって生物が、これまでの科学の方法では、明らかにすることがむずかしいという現実に突き当たると、科学者どうしの戦いが、じっさいの正しさというものに基くのではなく、考え方とか信念、さらには派閥の政治力などというものによって、勝敗が左右されるようになる。

科学は、むかしはキリスト教が、「真理の探求」を支配し、すべては神の御心のもとにつくられたと考えるところから、脱却しようという動機のもとに生み出された、「反キリスト教」的な性格をもつから、「意思」とか「目的」とかいうものを持ち込むことを、極度に嫌う。

生物というものが、生きるという「目的」をもったものだと考える「目的論」や、さらには目的を生み出すための、物理的、化学的なものとは別の、何らかの仕組みを考えなければいけないとする「生気論」は、徹底的に弾圧され、葬り去られてきた。

つい30~40年前、米本さんが学生の時代には、目的論や生気論を口にすること自体がタブーとされ、そんなことを言うものは、科学者としてふさわしくないというレッテルを貼られるという、暗黒時代ともいえるような空気が満ちみちていて、米本さんはそれに反発し、科学者にはならない決意をする。

証券会社に就職して、仕事の合間に、科学史についての研究をつづけ、外側から、科学を批判するという道をえらんだ。

ところが縁あって、三菱化成生命科学研究所に就職することとなり、そこで生命倫理や地球環境についての研究をつづけてきたが、それを定年で退職し、ふとまわりを見わたしてみると、世の中の空気が、以前とは変わっていることに気が付いた。「意思」とか「目的」とかいうことを、主流の生物学者が、口にするようになっていたのだ。

そこで米本さんはあらためて、「目的」というものが生物学から、理不尽に抹殺されてきた歴史を克明に記し、「目的」を中心として構築される、新たな生物学の論理体系の可能性をしめすために、「時間と生命」という本を書いたのだ。

実際にお会いして、お忙しいところ、2時間ほども、お話を聞かせていただくことができたのだが、さすが現役の研究者、科学にたいする批判について、口にすることばに、いちいち迫力がある。

ただ僕は、ちょっとそれに気圧されてしまって、言いたいことをイマイチ、きちんと伝えられないまま、時間切れになってしまったところがあって、それがすこし残念ではあった。



きのうは新幹線で、京都に帰ってきて、3日ぶりの家めし。

グルメシティで天然モノのぶりを買ってきた。

ぶりは今年、天然モノが豊漁で、値段が下がり、毎年値段の変わらない養殖モノより安くなっている。ぶりもそろそろ、旬が終わるから、いまのうちにちゃんと味わっておかないといけないのだ。

ぶりは好きな大きさに切って、さっと湯通しして、水で冷やす。

それをきのうは、水菜とあわせてはりはり鍋。

はりはり鍋は、もともとは鯨肉をつかった関西の料理で、水菜にあまり火を通さず、その「はりはり」とした食べごたえを楽しむところから、付いた名前だという。

ネットでレシピを調べると、ポン酢で食べるやり方と、汁に味をつけるやり方と、両方があるのだが、きのうはポン酢でやってみた。僕のポン酢は、いつもの通り、しょうゆに自分でレモン汁をたらしたもの。

食べる分だけ煮て、火が通ったらすぐに食べる。ぶりのほっくりとした味に、シャキシャキとした水菜が、よく合うわけなのだ。いっしょに豆腐を入れるか、油揚げにするか、かなり迷ったのだが、きのうは豆腐。ぶりの味がしみて、これもまたうまい。

酒は佐々木酒造の「古都」、特選本醸造。この酒は、すこし酸味があって、それがまたうまさのポイントなのだよな。

最後のシメは、鍋の汁に塩で味付けしてしょうゆをたらした吸い物。これがほんとに癒される。


佐々木酒造


この本は、ぜんぜん予備知識がないと、ちょっとむずかしいかもしれません。

読売新聞 「時間と生命」書評

2011-02-22

東京行き


いま書こうとしている本の、取材で東京へ行くことになり、経費節減のため夜行バスを使うことにした。

夜行バスもピンからキリまであり、新幹線の値段の半額というのがだいたい標準で、京都東京間だと、7千円くらい出せば、シートが3列の、飛行機でいうとビジネスクラス並の快適さになるわけなのだが、今回は4千円という最安値に、はじめて挑戦してみた。

シートはふつうの観光バスと同じ4列で、ただ足元だけは、席数をへらし、シート前後の間隔を広くとることで、ゆったりとしているというタイプ。となりの人と、ほとんどくっつくように座らないといけないので、肘かけの取り合いとか、脚が出っぱってきたりとか、なにかと神経をつかうことにならないかというのが、いちばん心配だったわけだが、今回その点については、あまり心配しなくていいということがわかった。

夜行バスはだいたい、お金のない若い人が乗ることが多いわけで、若い人というのはマナーがいいのだ。マナーが悪いのは、むしろ僕のようなおっさんで、たぶん世の中に出て、無理が通れば道理が引っ込む、なんでもやったもん勝ち、の精神を、身につけてしまうからそうなるのだろう。シートをいちばん下まで倒さないという、まことに見上げたマナーを身につけている者も多く、またいびきをかくやからも、今回はひとりもいなかった。

シートにはフットレストとレッグレストが付いていて、これを使い、シートをいちばん下まで倒すと、感覚的には、からだがほとんどまっすぐ、横になるような感じになる。さらに今回、「さくら観光」という会社だったが、ひざ掛けに加えて、薄いクッションが2枚付いていて、これを首の下にしくと、頭もしっかりと固定される。飛行機のエコノミークラスよりよっぽど快適で、そこそこきちんと眠ることができ、脚もむくまなかった。



朝の6時に新宿に着いたのだが、前の晩、トイレと脚のむくみを用心して、酒をすこししか飲まなかったから、ちょっと一杯引っかけて、そのあとサウナで仮眠することにした。さすが歌舞伎町には、24時間営業している居酒屋がいくつもある。養老乃瀧に入ったが、けっこう混んでいて、さらにあとから、ひっきりなしに人が入ってくる。キャバクラのアフター組と学生、フリーター、というのが、おもな客層みたいだった。

煮込みをつまみにお銚子を一本あけ、いったん店を出たのだが、ライターを忘れたことに気付いて取りにもどると、泥酔した様子の若い女性が、千鳥足で店に入っていく。声をかけたらいっしょに飲もうということになり、それからしばらく、一回店もかえながら、延々とつづく彼女の話をきいた。

旅行のことやら音楽や本のこと、友達のこと、家族のこと、不倫していた元彼のことなど、他愛もない内容なのだが、ウーロンハイをあおりながら話す彼女の話は、いつまでたっても終りをしらず、そのあとに期待しないでもなかったわけだが、午後からの取材のしたくをしないといけなかったので時間切れ。泥酔する彼女を居酒屋にひとり残して、後ろ髪を引かれながら、僕はサウナへとむかった。34歳の、松坂慶子にも似たけっこうな美人で、昨日は仕事が休みだったそうなのだが、そうやって休日に、行きずりの男と、朝から酒を飲む若い女性が、東京にはいるということなのだよな。



午後からの取材は、まだ多少酒が残っていたが、なんとか無事に終了。



夜は高校時代の友達と、プチ同窓会。

中学の友達とは、10年ほど前に20数年ぶりの同窓会があり、それ以来ときたま会うのだが、高校の友達は、卒業以来まったく連絡し合っておらず、どうしているかと思っていたところ、先ごろFacebookを始めたら、30年ぶりに連絡がついた。

急な話だったのに、二人が都合をつけてくれて、新丸ビルの和食処で、また延々と酒を飲んだが、高校時代の友達というのは、多少シワが増えたり、髪に白いものが混じったりはしているが、基本的にまったく変わらない。中学の友達は、人によっては見違えるほど変わっていたりするのだが、高校にもなると、人格はほぼ完成するということなのだろうな。30年ぶりに会っているのに、なんの違和感もなく、高校時代とおなじ調子で話をした。

会社を辞めたといったら、おまえが勤めなど、続けていられたとしたら、そのほうが不思議だといわれるし、いま書こうとしている本の話をしても、おまえは高校のころから、おなじことをいっていたといわれる。こちらとしては人生のなかでいろいろ学び、経験もし、発見や決断をして、それなりに成長しているつもりでいるわけだが、そういわれるとちょっと拍子抜けするような、またほっと安心するような気持ちになる。昨日は来られなかった友達も何人かいたので、近々の再会を約束して、昨日は別れた。

そのあとは、八重洲の街で、客引きの助言にしたがって熟女キャバクラ。牛丼食べて、サウナで風呂あがりのビールを一杯飲んで、長い一日が終った。

2011-02-20

大宮のディープながっしりバー、「雅屋」

京都の料亭が「一見おことわり」であるというのは、よく知られた話だが、料亭にかぎらずふつうのバーや飲み屋でも、一見をすべてというわけではないが、店主が自分の店の雰囲気にあわないとみれば、お客をことわる店は多い。

僕がなじみにしている、四条大宮のバーも、僕はことわられはしなかったのだが、いちど絵にかいたような酔っぱらいのおっさんが、鼻ちょうちんでドアをあけた、その瞬間に、マスターが「ごめんなさい」とことわっているのを見たことがある。べつのバーでも、そこはママがひとりでやっている店だから、一見の男性客はことわることが多いといっていた。

カウンター式の飲み屋の場合、東京では、となりにすわったお客さんに、勝手に話しかけてはいけないというマナーがある。店主なりバーテンダーなりに、話の橋渡しをしてもらって初めて、話してよいということになるのだ。またほかのお客さんの話を引きとって、自分の話にしてしまうことも、いけないことになっている。東京では、店内にそういうマナーを持ち込むことにより、ややもすると乱れがちな酔っ払いどうしの場を、秩序だてているということなのだろう。

それにたいして京都の店では、カウンターというのは、そこに席をならべてすわった、見ず知らずのお客どうしが、たがいに話して仲良くなることを楽しむ場所である、ということになっている。よく「ほっこりバー」とか、「ほっこり居酒屋」とか、飲み屋の雰囲気をしめすのに「ほっこり」ということばがつかわれるのだが、それはそういう意味だろう。そうなると、店内の秩序を、東京のようなかたちで制御するのが、なかなかむずかしいことになるので、店の雰囲気をこわしそうな人にたいしては、入店自体をことわるようにするということなのだと思う。

ところで京都の飲み屋のなかには、この「ほっこり」を超え、「がっしり」とでも呼びたくなるような飲み屋が、ときどきある。

常連客のむすびつきが強力で、まるでスクラムを組んでいるかのような関係性を構築しており、初めて店に入った客は、いやおうなく、そのスクラムのなかに叩き込まれてしまうのだ。

四条大宮上ルにある、ドヤ街のような飲み屋街の、いくつかの居酒屋で僕はそれを経験したのだが、それはそういう、古いタイプの飲み屋だからだろうと思っていたところ、おととい、ホルモン天ぷらを食べたあとに立ち寄った、坊城通四条東にある「雅屋」というバーが、まさにこのがっしりタイプだった。

僕が毎日のように通うスーパー「グルメシティ」の並びにあり、そのおしゃれを通り越し、ちょっと趣味に走っているとも思える独特な外観は、いままで幾度となく、通りがかりにながめていて、気にはなっていたのだが、いつも開店前で、まだ営業しておらず、入ったことはなかったのだ。おとといは夜だったので、営業しているところを初めてみて、意を決して入ってみたわけだ。

店に入ると、マスターは店の奥のほうでなにかしていて、あまり「いらっしゃいませ」ともいわれない。10人ほどが座れる、長いカウンターがあって、そこに6、7人のお客さんがすわっていて、どこにすわれともいわれないので、とりあえずいちばん手前にあいていた席にすわってみた。

そこは左に30代とおぼしき女性、右に60歳くらいの男性が、話をしている、そのあいだにある席だったので、すわった瞬間から、当たり前のように、二人の会話に参加するということとなり、僕はあっというまに、自分がバツイチ独身であることから、会社をやめて、モノを書きたいと思っていること、京都へは、関西に人脈があったからきたこと、さらには、どんな本を書きたいと思っているのか、その内容はどんなものなのかにいたるまで、ひと通りを聞きだされてしまった。

誰かが帰ると、席がえのように人が入れかわり、あいた席に誰かが入ってという具合に、相手をかえながら、会話は延々とつづいていく。お客さんは、見たところだいたい、30代から60代の男女。サラリーマンらしき、背広を着た人はひとりもおらず、僕の左にいた女性は舞台女優、あとから僕のとなりにきた人は遺跡の発掘調査員、リタイアしたとおぼしき人もいたが、みなカジュアルな、しゃれたかっこうをしている。

マスターは僕とおない年。これがまた無口な人で、会話の仕切りらしいことは、いっさいしていない。それがどうやって、こういうディープな雰囲気をつくりだしたのか、なんとも不思議なのだが、逆にいえば、マスターが無口だからこそ、お客がはりきるということが、あるのかもしれないな。

ジントニックを、1杯のつもりが2杯飲んで、お勘定は1,200円。1杯600円だから、チャージはなく、そのままの値段だ。

帰りには、マーサ、オギー、ミッチー、トモさんと、話した人の名前をおぼえさせられ、僕のあだ名をつけようという話になって、それはけっきょくいいのが思い付かなかったが、僕はお客さんになんどもおじぎして、お礼をいって、店をでた。

これはとにかくすごい店。遠からずまた行ってみないといけないな。

広島名物ホルモン天ぷら 京都西院 「ホルモンくれや」

広島といえば、名物はお好み焼きだ。これはよく知られている。

それからこれは、あまり知られていないが、広島はラーメンがうまい。しょうゆとんこつの中華そばが、ふつうといえばふつうなのだけれど、ほんわかとしてやさしい、なんともたまらない味で、ああいうラーメンはほかにはなかなかないから、もし広島へいく機会があれば、ちょっと不便な場所にあるのだが、「すずめ」という店でラーメンを食べてみることを、僕はぜひすすめたい。

広島にはほかにも、独自の麺類として、広島つけ麺というのと、汁なし担々麺というものがあって、広島つけ麺は全国にチェーン展開しているし、汁なし担々麺は、「ブルータス」のお取り寄せグルメで1位になったりもしているから、知っている人も多少はいるかもしれないけれど、辛いものが好きな人は、ぜひ食べてみてほしいところだ。

あとはカキ、小イワシ、あなごめし、もみじまんじゅう、そのくらいが、広島の名物としてあげられるものかと思うのだけれど、じつはそれ以外に、かくれた名物といえるものが、広島にはある。それが「ホルモン天ぷら」だ。

肉の天ぷらというもの自体が、ふつうはあまり見かけないもので、すくなくとも東京では、まず見たことがないのだが、広島の食堂などでは豚や若鶏の天ぷらを出すところも少なくない。これを酢醤油で食べるわけなのだが、僕はカツや唐揚げより、こちらのほうがうまいと思うくらいだ。

ホルモン天ぷらというのは、その肉がさらに、ホルモンであるということになるわけで、それを酢醤油に一味唐辛子をたっぷりといれたタレで食べる。ホルモンをこういう食べ方をするというのは、全国広しといえども、広島くらいにしかないのじゃないか。

またこのホルモン天ぷらの店というのが、いくつかの名店があるのだが、いずれも繁華街でもなんでもない、住宅街の、裏路地の、めだたない場所に、ひっそりとのれんを出していて、行列ができるわけでもなく、知る人しか知らない、まったく地味な営業のしかたをしている。

僕は広島から引っ越すことが決まったころに、ようやくこの店のひとつへいった。ホルモンといえば、焼肉にするか、こってりと味噌で煮込むか、いずれにせよ韓国風の味付けが多いところ、天ぷらという純日本風の料理で食べる、ホルモンの素朴な味わいに、舌つづみをうつとともに、創業40年以上になる老舗の、飾り気のない店内、気のおけない会話をかわす、常連のお客さん、無口で無愛想だが、さりげなく心づかいをしめす女将、それらの渾然一体とした空間に心が洗われ、どうしてもうすこし早くこなかったのかと、かなり後悔したのだった。

その広島ホルモン天ぷらの店が、ここ京都の、しかも家から歩いて10分くらいの場所にあるということを、つい最近知人に聞いて知り、最近では決まった店にいく以外は、ほとんど飲み歩かなくなっている僕なのだが、これは行かずばなるまいと思って、おととい、でかけていったのだ。

「ホルモンくれや」という名前で、大将は呉の出身。長く広島市内に住み、ホルモン天ぷらに心を奪われ、これを県外でひろめるということを、自分の人生の目標と見定めて、1年半ほどまえに30代後半で、京都へやってきたのだそうだ。

この大将というのが、絵に描いたような広島男児だ。

広島出身の男というと、矢沢永吉、世良公則、奥田民生、吉川晃司。こう並べるだけで、硬派な、独特な雰囲気があるということが、すぐに感じられると思うのだが、基本的に、情に厚く、純粋。その純粋さをまっすぐに人にぶつけ、しかしもし、その気持ちを受けとらないという人がいたら、最終的にはケンカも辞さない、そういう覚悟を秘めている。またそれにたいする広島の女性というのが、そういう男性に三歩さがって尽くす、絵に描いたような日本女性だったりするわけなのだ。

この大将が、僕が店にはいるなり、話しかけてくれ、僕も広島がなつかしいものだから、意気投合して、初めから最後まで、ずっと心地よく時間をすごした。何度か通うと、小さな表札のような板切れに、自分の名前を書き、それを店に飾ってくれるようになるのだが、これが何百枚という、膨大な枚数。繁華街ではなく、大宮と西院のあいだくらいの、ちょっとさびれた場所にあるのだが、見知らぬ土地で、がんばってやっているわけだ。

お客さんのほとんどは、ホルモン天ぷらを食べるのは初めてだそうだが、女性などでも、ホルモンを食べるのはあまり好きではなかったが、天ぷらにするとおいしいと、いってくれるのだそうだ。

天ぷらをふたつみっつと注文すると、出してきてくれたのは、ミノとハチノス。広島ではこれを、小さなまな板と包丁で、自分で切って食べるようになっているのだが、あちらは夜9時に終わるからいいが、こちらは深夜12時すぎまでやっているから、包丁はあぶなくておけないとのことだった。

酢醤油には、一味唐辛子をたっぷりといれる。一味は韓国唐辛子で、それほど辛くなく、甘みがあるから、手加減せずにたっぷりといれるのがうまい。

ホルモンの天ぷらというのは、あえて例えれば、イカの天ぷらのような味わい。淡白な味で、歯ごたえのあるのホルモンに、さくさくの衣がつき、これを酢醤油に一味の、ちょっと刺激のある味で食べるから、酒のつまみとしてはたまらない。

ホルモン以外にも、いろんなものを天ぷらにしてくれるようになっていて、おすすめだった砂肝、それに玉子とレンコン。

砂肝の天ぷらは初めて食べたが、なかなか悪くない。

シメはホルモン汁と白めし。

ホルモン汁というのは、ホルモンをかつおだしで炊いて、和風の吸い物にしたもので、臭みなどはもちろんまったくなく、しみじみとうまい。

お勘定は、お酒を2合のんで、総額2,900円。いいのじゃないでしょうか。


ホルモン天ぷら 鉄板焼き ホルモンくれや ホルモン / 西院駅(京福)四条大宮駅西院駅(阪急)

夜総合点★★★★★ 5.0