2011-02-20

大宮のディープながっしりバー、「雅屋」

京都の料亭が「一見おことわり」であるというのは、よく知られた話だが、料亭にかぎらずふつうのバーや飲み屋でも、一見をすべてというわけではないが、店主が自分の店の雰囲気にあわないとみれば、お客をことわる店は多い。

僕がなじみにしている、四条大宮のバーも、僕はことわられはしなかったのだが、いちど絵にかいたような酔っぱらいのおっさんが、鼻ちょうちんでドアをあけた、その瞬間に、マスターが「ごめんなさい」とことわっているのを見たことがある。べつのバーでも、そこはママがひとりでやっている店だから、一見の男性客はことわることが多いといっていた。

カウンター式の飲み屋の場合、東京では、となりにすわったお客さんに、勝手に話しかけてはいけないというマナーがある。店主なりバーテンダーなりに、話の橋渡しをしてもらって初めて、話してよいということになるのだ。またほかのお客さんの話を引きとって、自分の話にしてしまうことも、いけないことになっている。東京では、店内にそういうマナーを持ち込むことにより、ややもすると乱れがちな酔っ払いどうしの場を、秩序だてているということなのだろう。

それにたいして京都の店では、カウンターというのは、そこに席をならべてすわった、見ず知らずのお客どうしが、たがいに話して仲良くなることを楽しむ場所である、ということになっている。よく「ほっこりバー」とか、「ほっこり居酒屋」とか、飲み屋の雰囲気をしめすのに「ほっこり」ということばがつかわれるのだが、それはそういう意味だろう。そうなると、店内の秩序を、東京のようなかたちで制御するのが、なかなかむずかしいことになるので、店の雰囲気をこわしそうな人にたいしては、入店自体をことわるようにするということなのだと思う。

ところで京都の飲み屋のなかには、この「ほっこり」を超え、「がっしり」とでも呼びたくなるような飲み屋が、ときどきある。

常連客のむすびつきが強力で、まるでスクラムを組んでいるかのような関係性を構築しており、初めて店に入った客は、いやおうなく、そのスクラムのなかに叩き込まれてしまうのだ。

四条大宮上ルにある、ドヤ街のような飲み屋街の、いくつかの居酒屋で僕はそれを経験したのだが、それはそういう、古いタイプの飲み屋だからだろうと思っていたところ、おととい、ホルモン天ぷらを食べたあとに立ち寄った、坊城通四条東にある「雅屋」というバーが、まさにこのがっしりタイプだった。

僕が毎日のように通うスーパー「グルメシティ」の並びにあり、そのおしゃれを通り越し、ちょっと趣味に走っているとも思える独特な外観は、いままで幾度となく、通りがかりにながめていて、気にはなっていたのだが、いつも開店前で、まだ営業しておらず、入ったことはなかったのだ。おとといは夜だったので、営業しているところを初めてみて、意を決して入ってみたわけだ。

店に入ると、マスターは店の奥のほうでなにかしていて、あまり「いらっしゃいませ」ともいわれない。10人ほどが座れる、長いカウンターがあって、そこに6、7人のお客さんがすわっていて、どこにすわれともいわれないので、とりあえずいちばん手前にあいていた席にすわってみた。

そこは左に30代とおぼしき女性、右に60歳くらいの男性が、話をしている、そのあいだにある席だったので、すわった瞬間から、当たり前のように、二人の会話に参加するということとなり、僕はあっというまに、自分がバツイチ独身であることから、会社をやめて、モノを書きたいと思っていること、京都へは、関西に人脈があったからきたこと、さらには、どんな本を書きたいと思っているのか、その内容はどんなものなのかにいたるまで、ひと通りを聞きだされてしまった。

誰かが帰ると、席がえのように人が入れかわり、あいた席に誰かが入ってという具合に、相手をかえながら、会話は延々とつづいていく。お客さんは、見たところだいたい、30代から60代の男女。サラリーマンらしき、背広を着た人はひとりもおらず、僕の左にいた女性は舞台女優、あとから僕のとなりにきた人は遺跡の発掘調査員、リタイアしたとおぼしき人もいたが、みなカジュアルな、しゃれたかっこうをしている。

マスターは僕とおない年。これがまた無口な人で、会話の仕切りらしいことは、いっさいしていない。それがどうやって、こういうディープな雰囲気をつくりだしたのか、なんとも不思議なのだが、逆にいえば、マスターが無口だからこそ、お客がはりきるということが、あるのかもしれないな。

ジントニックを、1杯のつもりが2杯飲んで、お勘定は1,200円。1杯600円だから、チャージはなく、そのままの値段だ。

帰りには、マーサ、オギー、ミッチー、トモさんと、話した人の名前をおぼえさせられ、僕のあだ名をつけようという話になって、それはけっきょくいいのが思い付かなかったが、僕はお客さんになんどもおじぎして、お礼をいって、店をでた。

これはとにかくすごい店。遠からずまた行ってみないといけないな。